
『くらくら西条』を読んだら、忘れていた風景が次々とよみがえった
「うーん、どうしようかな」
今度、私が参加しているオンラインコミュニティのメンバーと一緒に、西条の酒蔵めぐりをすることになった。
もちろん、メンバーのみんなに来てもらえるのはうれしい。
けれど、私は普段、ほとんど日本酒を飲まない。そして、東広島市に住んでいるものの、酒蔵のことを詳しく知らないのだ。
西条は、広島県東広島市にある、日本三大酒どころのひとつ。JR西条駅の近くには、白壁の蔵や赤レンガの煙突が並ぶ「酒蔵通り」がある。
せっかくみんなが遊びに来てくれるのだから、私自身、ちゃんと酒蔵通りのことを知っておきたい。
そこで、ちょうどコミュニティのメンバーが紹介してくれていた本を読むことにした。
清水浩司さんの『くらくら西条』である。
「この本を読めば、きっと日本酒や酒蔵通りのことがよくわかるはず」
期待をこめて、手に取った。

本を読む前から楽しかった
思いがけず、本を開いた見開きページで、いきなり目が吸いよせられた。
万年筆を思わせるような手書きの文字で、こう記されている。
酒と散歩はよく似ている。
どちらもどこかに連れて行ってくれる。
最初に見た時、
「えっ、これ清水さんが書いてくださったの?」
と思った。
もちろん印刷だ。けれど一瞬、自分のために書いてもらったような気持ちになり、なんだか、清水さんとの距離が近くなった気がした。
実はこの本は、帯も面白い。
帯を裏返すと、酒蔵通りの地図になっていて、本の中に登場する場所がイラストや写真などで紹介されている。
「こんな場所があるんだ」
「ここ、知らなかった」
などと、眺めるだけでも楽しい。
本を読む前から、いつのまにか酒蔵通りめぐりが始まっていた。
西条駅からの見え方が違った
読み始めて、最初に「へぇ~」と思ったのが、西条駅を出てからの話だ。
清水さんが、初めて酒蔵通りの取材をしに西条へやってきた時のこと。
「さあ吞むぞ」という気持ちで西条駅を出たそう。
ところが。
目の前に広がっていたのは、駅のロータリーやコンビニ、車がビュンビュン行き交う交差点など、ごく普通の駅前。
歴史的なたたずまいや情緒などが感じられず、戸惑ったという。
その描写を読んで、「ああ、そうか」と思った。
私は子どもの頃から西条駅を知っている。建て替わる前の古い駅舎も覚えているし、駅前周辺が少しずつ変わっていく様子も見てきたから、違和感を持ったことがなかった。
実際には、最初の交差点を曲がると昔ながらの雰囲気も感じられるのだけど、初めて訪れる人にはそう映るのか。
外から見た西条を初めて知った気がした。
「推し〇〇」があるなんて
酒蔵通りには、酒の仕込み水が湧き出る井戸があり、地元住民にいくつか開放されている。
私も、ポリタンクを持って水をくみに来ている人を何度も見かけたことがある。「仕込み水だから、おいしいんだろうな」くらいに思っていた。
ところが、本を読み進めるなかで、私の認識が違っていたことを知った。
人によって、「ウチはここの水しか使わん」という推し井戸があるらしい。
「推し井戸」!
そんな世界があるとは、全然知らなかった。
今度、仕込み水を飲み比べてみたいと思った。

煙突と冬の朝の匂い

本の中に「煙突のあるまち」という話が出てくる。
読みながら、ふと高校時代のことを思い出した。
当時、酒蔵通りの近くに、ショッピングビルがあった。
学校帰り、友達とこのビルのフードコートに行き、銀だこのたこ焼きを食べて、屋上へ行っていた。西条の町や酒蔵の煙突を眺めながら、いろんな話をしたな。
……もうひとつ思い出したことがある。
小学6年生の頃、西条駅近くの塾へ通っていた。
冬の朝、バス停から降りて塾に向かって歩いていると、どこからか甘い匂いが漂ってきた。
あれは、酒米を蒸したのではなく、酒饅頭を蒸している匂いだったかもしれない。
朝日を受けて白く光る湯気と、ふわりと漂ってきたあの匂いを、本を読みながら思い出した。
すっかり忘れていたなぁ。
のん太、出世したねぇ
本を読んだあと、私は下見のつもりで、酒蔵通りを歩いてみた。
本に載っていた「御建(みたて)神社」にも行ってみた。
実は、御建神社に行くのは、初めてだ。
大きな木に囲まれている御建神社の境内を進んでいくと、お酒の神様が祀られている松尾神社があり、大きな酒樽が並んでいた。
そして境内の近くには、本を読んで初めてその存在を知った、「のん太大明神」もいた。

お酒の失敗談や恋愛相談など、何でも聞いてくれるらしい
のん太は、もともと、酒まつりのマスコットとして生まれたキャラクターだ。

まさか、大明神にまでなっていたとは。
「のん太、出世したねぇ」
思わずそんな言葉が出た。
◆
実は私は、のん太が誕生して間もない頃の姿を見ている。
もう、30年以上も前のこと。
市民祭りの「東広島みんなのまつり」と、西条酒造協会の「西条酒まつり」が一体化して、現在の「酒まつり」が誕生した。
その新たな酒まつりに、私の父も関わっていたのだ。
ある夜、高さ30~40cmくらいのぬいぐるみを、父が持って帰ってきた。
そう、のん太だ。
「今度、これが酒まつりのキャラクターになるんよ」
そう話していた気がする。
けれど、当時の私は弟と一緒に、
「最近はやりのゆるキャラ?」
「誰が買うん?」
みたいな、冷ややかな反応をしていた。
それが今では、東広島市の観光マスコットとして市民に親しまれ、新たにできた道の駅の名前にもなっている。
あの時、父は何も言わなかったけれど、心のなかでは、少し残念だったかもしれない。
のん太大明神を見ながら、あの夜を思いだした。
私にとっての「原風景」
一体、人はいつ見た風景を原風景と思うのだろう。
賀茂鶴酒造では、近所の保育園の子どもたちが、酒米づくり体験をしているという。
春に田植え、秋に刈り取りをし、収穫した米をリゾットにして食べるらしい。
賀茂鶴酒造の社長、石井さんにとっては、自分が子ども時代に過ごした「レンガ煙突のあるまち」が原風景という。
石井さんは、日本酒とは関係のない仕事をしていた。だが、「ここ(西条)が自分の原点」という思いがあったことから、社長だったお父さんが亡くなられたあと、迷わず蔵を継ぐことを決めたそうだ。
そのような自身の思いもあり、「子どもたちにとって、田植えや稲刈り、リゾットなどの記憶が残り、まちに愛着を持ってくれれば」と、取り組みを続けているのだそう。
ふと、ページをめくる手が止まった。
私にとっての原風景は何だろう。
◆
私の実家は、兼業農家だ。
田植えや稲刈りの時期になると、家族総出で作業をしていた。
私が結婚して、子どもが生まれてからも同じだった。
みんなで田んぼへ行って、一緒に作業をして。
お昼になると、田んぼのそばにある農機具小屋の前にシートを敷いて、わいわい話しながらお弁当を食べた。
それが当たり前だった。
でも今は違う。
田んぼの一部にソーラーパネルが並び、野菜を作る面積が増え、米作りをする田んぼが減った。
子どもたちも大きくなり、上の子どもたちは県外へ巣立った。
子どもたちが、田んぼの中で虫を探したり、父が作ったブランコで遊んだり、米袋を一輪車に乗せて運んだりしている様子を、ついこの間のことのように覚えているけれど、もう見ることはない。
今、関東で暮らす子どもたちにとって、あの景色は原風景になっているだろうか。
清水さんのまなざしと言葉に、何度も立ち止まった
『くらくら西条』を読んでいて、何度も思った。
私は清水さんのまなざしが好きだな、と。
酒蔵のことを知りたくて読み始めた本だったけれど、気づけば、清水さんの目を通して語られる、酒蔵に関わる方たちの話に引き込まれていた。
ぐっときたり、時にはクスっと笑ったり。
同世代ということもあり、共感できる言葉があちこちに出てくる。
じーんとした言葉、この表現すてき!と思った言葉を付箋にメモしていたら、メモだらけになった。

特に印象に残っているのは、酒蔵のレンガ煙突について書かれたところだ。
線路の上の橋から見ると、昔は広い空の下で堂々と立っていたであろう煙突たちが、今はマンションやビルのなかに埋もれながら、少しだけ顔を出している。
「どんどん変化するまちのなかで踏ん張っている煙突」に、清水さんは語りかける。
がんばれ。まけるな。
その言葉を見た時、目の奥が熱くなり、鼻がつーんとした。
なんだか、私のことも応援してもらっているような気持ちになった。
……私は、西条を知っているつもりだった。
でも、本を読んでみると、知らないことがたくさんあった。
そして、清水さんのまなざしを通して酒蔵通りを眺めていたはずなのに、自分のなかにある、「当たり前だった風景」を見つめ直す時間にもなった。
今度、コミュニティのみんなと酒蔵通りを歩く時、私の目には、どのような景色が映るのだろう。
