
最強のギャルを目指した少女が39歳で勝負を降りるまでの話
おーい、見ているかい。26年前のわたし。
そっちの天気はどうだい、晴れてる?
なに?それどころじゃない?
えぇ?「わたしは最強のギャルになる」?
あーそうだったそうだった。
平成のあの頃はね、霊長類最強だったよね。ギャル。
で、なんでだっけ、ギャルになりたいの。
あーそうそう、そうね。
引っ込み思案な自分を変えて、クラスのクソどもを見返すため───だったね。
藤井みほな先生の「GALS!」っていう漫画がきっかけだったっけ。
最強のカリスマ女子高生の主人公、蘭ちゃん。
おしゃれで可愛くて、言いたいことをズバズバ言う彼女に憧れたんだよね。
いま中学生になったばかりのきみは、髪が染められずピアスも開けられず、ただただ浜崎あゆみを神と崇めることしかできなくてヤキモキしていることだろう。
でも安心してくれ。高校生になるころには、立派なギャルに育っている。
すげえギャルが入部してきたと部活の先輩に恐れられるし、席後ろの子に「ハサミ貸して」ってお願いしただけで震えあがらせてしまうし、相変わらず周りに馴染めてはいないけれど、少なくともその見た目は防御力の高い鎧にはなった。
でも、ごめん。
きみは、最強にはなれなかったんだ。
どうしてかって?
それは───────
***
すこし時を進めようか。
きみはギャルをやりながらもそこそこ真面目に勉学に励み、大学に進学する。
ギャルだからどうせアホだろうと思われるのも癪だったからね。
コミュニケーションについても試行錯誤を重ねていた。
単に周りから恐れられるという自分から卒業して、「最初恐いと思ったけど話してみたらおもろいヤツだった」と思われるような自分を目指したんだ。
その甲斐もあって、きみは入学から数か月で何十人と友達をつくることができた。
毎日たくさん遊び歩き、たくさん笑い、そして半年後、突然大学を中退する。
やっと強くて頼もしい自分になれたはずなのに、そのとききみは、なぜだかすべてが嫌になってしまったんだ。
「なんで大学やめたの?」と方々から聞かれ、きみはうんざりしながら、ただ、「飽きたから」と答えた。
でもそれは正確な答えじゃない。今のわたしなら分かる。
きみは怖くなったんだ。
大勢に囲まれて、自分の周りに「目」が増えたことに。
その中に自分の鎧の中を見透かす「目」が、あるんじゃないかってことに。
***
きみのいいところのひとつに、「真面目なところ」というのがあると思う。
ギャルなのに性格が真面目なんて似合わない!と思うかもしれないけれど、自分が生き抜くための戦略を真面目に考えた結果、きみはギャルになろうと思ったのだから、やっぱりきみは真面目なんだと思う。
大学をやめたきみは、なんだか挫折してしまったような気になって落ち込んでいたんだ。
ギャルにはなれたけど、外見を着飾るだけじゃ、最強の称号は得られないんだって。
それで、この状況をなんとかしなきゃ!って真面目に考えた結果、バイトでお金を貯めて専門学校に入り、職につくことになる。ちなみにネイリストではないんだ、ごめんね。
でもこのとき学んだスキルが、39歳の今でもバリバリに生かされていることは確か。チョベリグだよ。
だけどまだ20代だった当時は、順調にキャリアップするまでには至らなかったんだ。
なぜならきみはこのあとすぐ、運命の出会いを果たすことになるからね。
***
「運命の出会い」と聞いて、中学生のきみは胸が高鳴ったかもしれないね。
周りから不良だと言われているけれど実は捨て猫の世話をしているやさしくてかっこいい彼、みたいな、きみがよく読んでいる少女漫画に出てくるような人との運命的な出会いを想像したかもしれない。
けれどもそれとはちょっと違うんだ。
きみが出会う運命の人、それは小さな小さな女の子なんだ。
女の子といっても、出会った瞬間は「女の子…なのか?」と怪しんでしまうほどおサルに近い生命体なのだけど、彼女と出会った瞬間きみは、感動なんていうひと言ではおさまらない、痛え苦しい助けろ尊い!と嵐のように吹き荒れる感情の中で、顔をぐちゃぐちゃにして泣いたんだよ。
さて、運命の出会いがかっこいい彼、でなくて残念だった?
もちろんきみは恋をしたよ。
それはそれは、燃えるような情熱的な恋だった。
クリスティアーノ・ロナウドと出川哲郎を足して2で割ったような顔をした彼は、年上で、少しワルで、いろんなことを知っていて、18歳の少女が恋をするには充分だったんだ。
でも、さきに惚れたのは彼のほうだよ。
なんてったって彼は、ギャルが好きだったからね。
そんなこんなで、きみは彼と7年つき合い、そして結婚した。
けれども結婚生活は、それほど順調なものではなかったんだ。
きみたちは5年間の結婚生活の中で、たくさんのすれ違いを経験して、たくさん喧嘩をして、きみはたくさん泣いた。
そして最後には、情熱の炎が消えてしまった。
きみはまだ小さな女の子を抱えて、二人で生きていくことを決めたんだ。
***
二人で生きていくと決めたものの、お金もねぇ、仕事もねぇ、おまけに子が小さくて自由がきかねぇ、ってな感じで、それはそれは厳しい道のりだと、想像はできるよね。
きみはこれまでよりもっと、強くならなければならなくなった。
しかもそこに神様のいたずら…だとしたらあまりにもタチが悪いんだけど、きみは、このあとすぐ癌になる。
癌の告知を受けた人間が、最初に何を思うか分かる?
「ガーン」だよ。
いやいや、冗談じゃないよ。ほんとに、ガーンなんだ。
頭の中にただただ、ガーンという音が響き渡るんだ。
そのあとはただひたすら泣いていたよ。
一人になりたくて、娘を人に預けて、フレッシュネスバーガーでチキンナゲットを注文して。
ギャン泣きしながらチキンナゲットをむさぼるギャルに、まわりは不審がっていたかもしれないね。少なくともナンパはしたくないよね。
でもそのときのきみは周りの目なんて気にしている場合じゃなかった。
自分が死んだら、誰が娘の面倒を見てあげられるのか。
あの繊細な娘の気持ちを察してあげられる人間が、自分以外にいるだろうか。
自分が死んだあとの娘の誕生日のために、10年分のビデオメッセージを作ることまで考えて、ギャンギャン泣いた。
恐がらせてしまったかな?ごめんね。
でも大丈夫なんだ。
優秀なお医者さんが手術してくれて、きみの癌はきれいに切り取ってもらえたよ。
手術入院となったときも、きみは強さを崩さなかった。
家族の付き添いを断って、ひとりで入院に臨んだんだ。
看護師さんからは何度も、「付き添いの方はいないんですか?」と聞かれたけれど、きみは「一人で大丈夫ですから」と答えていた。
「あら…そうですか…いないんですかぁ…」という看護師さんの憐れむような目に、少しだけ傷つきながらね。
***
ここまで聞いて、どんだけ紆余曲折なんだよ!って、もう嫌になった?
でも実際のきみは、こんなことで心を折ったりしなかったんだ。
さすが、最強のギャルを目指すだけはあるね。
さて、病気が治ったとなれば、次に問題となるのがお金だ。
二人分の生活費のため、ばりばり稼ぐ必要があったからね。
きみは子育てのために一時的に職を離れていたから、まずは職探しからのスタートだった。
職探しのためには、ギャルの鎧をまとうだけでは当然太刀打ちできない。
少なくとも、しごできなギャルでなければいけない。ああごめん、「しごでき」は、令和の言葉だったね。
ちなみに言いにくいんだけど、このとききみははすでに30歳を超えていて、さすがに目の下に白いラインを引くのはやめたんだ。
目の周りをぐるっと黒のリキッドライナーで囲むのも。黙っていてごめんね。
けど髪の色はぜったい黒くしないから。
むしろインナーカラーとかでどんどん遊んじゃってるから、許してくれ。
話を戻そうか。仕事のことだったね。
きみは20代に少しだけ培ったなけなしのスキルと経験を3.8倍ほど盛って自分を売り込み、運良くホワイト企業に時短勤務の派遣社員という形でもぐり込むことができたんだ。
そこには髪に金のメッシュを入れたギャル風のすごくおしゃれで仕事もめちゃくちゃできる先輩がいて、きみは彼女にすごく憧れたんだよ。
「はなちゃん(わたし)も昔ギャルだったでしょ?」ってお昼ごはんのときに言われて、顔をぶんぶんふって頷いたんだ。
アルバ(ALBA ROSA)の服着てたよねーとか、ラブボ(LOVE BOAT)の鏡使ってたよねーとか、むかし話に花を咲かせつつ、きみはその先輩から、仕事のノウハウもたくさん教えてもらったんだ。
そのおかげもあって、きみは仕事がめちゃくちゃできるギャルにクラスチェンジした。
つねづね仕事に対する情熱をアピールしていたのもよかった。
クラスチェンジした先に何が待っていたか。そう、正社員登用だよ。
ここから先はとんとん拍子だった。
頑張れば頑張るほど、お給料はどんどん上がっていく。
お金の心配はなくなって、広い家に住んだり、年に数回、旅行に行く余裕もできた。
娘は健康にすくすくと育ってくれたし、だんだんと手を離れて時間の余裕もできた。
もう諦めかけていた恋愛も、また経験できるほどにね。
まさに順風満帆。
歳を重ねてギャルの風格は弱まったかもしれないけれど、このときのきみは、どんどん最強に近づいてる感じがしていたんだ。
「あの日」がくるまではね。
***
冒頭にわたしが、「きみは最強になれなかった」と言ったのを覚えてる?
離婚も癌も乗り越え、順風満帆だったきみが、どうして最強になれなかったのか不思議に思うかもしれないね。
きみは、うつ病になるんだ。
ああ、うつ病というのはね、心身に強いストレスがかかったりすることで、脳が正常に機能しなくなる病気なんだ。
症状としては、眠れなくなったり、食欲がなくなったり、気分が落ち込んだりとさまざまなんだけれど、きみの場合は、「パニック発作」という症状からその病気が始まったんだ。
あの日は金曜日でね。
きみの仕事はリモートワークで、いつものように自宅で仕事をしていたんだ。
その頃のきみは、会社の期待を背負って、超大型のクライアントを担当していた。
そのクライアントってのがちょっと、というかかなりの曲者でね。
きみはその対応に朝から晩まで追われて、もう毎日へとへとだったんだ。
そしてあの日の夕方。
忙しくて朝から何も食べていなかったと思い出したきみは、家に常備していたペヤングを食べようと、熱い湯を注いでいるところだった。
え?ああ、きみはあるときからUFO派からペヤング派に鞍替えしたんだよ。衝撃だった?
話を戻すね。
まだまだタスクは山積みだけれど、今はいっとき仕事のことを忘れて腹を満たそうと考えたそのとき、
きみは突然、「息ができない」と思った。
喉の奥がきゅっと締まるのを感じたんだ。
頭の中で警報音が鳴った。
新鮮な空気を求めて、きみはあわててサンダルを引っ掛け、外に転がり出る。
けれども外に出てもまだ息はうまくできない。
脈が速くなる。眩暈がする。手も痺れてきた。
「死んでしまうかもしれない」という思考が、繰り返し繰り返し流れ込んでくる。苦しい。恐い───
それがきみの、初めてのパニック発作だった。
ここからは、坂道を転がり落ちるように状況が悪くなる。
夜はほとんど眠れなくなり、食事も喉を通らなくなり、発作が恐くてほとんど外に出られなくなってしまった。
最強に近づいていたはずのきみは、その日を境に、近所のコンビニすら行けなくなってしまったんだ。皮肉なものだよね。
「でも、そのうつ病とやらにもどうせ打ち勝っちゃったんでしょ?」って、きみは期待してるかもしれないね。
ごめん、実は───
二年経った今も、きみは、わたしは、うつ病に打ち勝つことはできていないんだ。
これまできみは、さまざまな困難にも、自分が強くなることで打ち勝ってきたよね。
もちろんうつ病に対しても、きみはそれに打ち勝つために、自分がもっと強くならなきゃと、たくさん努力をしたんだ。
本やネットでたくさん情報を集めて、片っ端からそれを試して。
お前は真面目すぎると、まわりから呆れられるくらいにね。
けれどその努力は身を結ばなかった。
それどころか、どんどんつらさが増すばかりだったんだ。
きみは、ついに諦めた。
強くなること、打ち勝つことに。
でもね、実はそこからだったんだ。
病気が、回復していったのは。
***
うつ病というのは、実は、「打ち勝つ」というような性質の病気じゃなかったんだ。
それは、きみがうつ病になってしまった理由にもつながっていると、わたしは思ってる。
もちろん、仕事が忙しすぎてつらくなっていたとか、トラブルが連発していたとか、短期的な強いストレスもあったと思う。
けれど、もっと長く、きみの体力をじわりじわりと削っていたもの。
それは、
重たく身にまとった、
たくさんの「鎧」だったんだ。
ギャルという見た目の鎧。
頭がいいという鎧。
おもしろくて気のいいヤツという鎧。
癌にもひとりで立ち向かうという鎧。
仕事がめちゃくちゃできるという鎧。
どんなときも強い母であるという鎧。
きみがうつ病になったのは、「もう重たいその鎧は脱ぎなさい」という、きみ自身からの合図だったんだ。
生き抜くために着込んだ鎧を、今になって脱がなきゃいけないなんて、なんだか矛盾しているようだよね。
でも、そんなことはないんだ。
きみは最初に言ってたよね。
「最強のギャルになって、クラスのクソどもを見返す」って。
でもいまわたしのまわりには、もうそのクソどもってのはどこにもいない。
それどころか、何もできなくなったこんなわたしを助け、勇気づけてくれる人たちばかりなんだよ。
たとえばまだ中学生だった頃のきみは、「悩みを親に打ち明けるくらいなら、死んだほうがマシ」って、思ってたよね。
でも、今のわたしはね、気持ちが辛くなると両親に会いにいって、そこでめそめそと泣いたりするんだよ。
でもそれを、「情けない」とか「みっともない」とか責める人間は、わたしのまわりには1人もいないんだ。
わたしの娘もきみと同じ中学生になってね、わたしが元気がないとき、「エネルギー注入」という文字の横に、彼女がわたしに何かやばそうな波動を送っているイラストをそえた付箋を、部屋のドアに貼っておいてくれる。
友人たちはわたしがうつ病になったあとも、前と変わらず接してくれてる。
会えば病気のことなんて忘れて、ゲラゲラ笑える。
それでわたしは気づいたんだ。
ああ、もう自分には、鎧なんて必要ないんだって。
今のわたしに必要なのは、
病気に打ち勝つ強さを手にすることじゃなくて、
「何に負けてもべつにいいや」と、
勝負から降りることだったんだ。
***
そういえばきみが高校を卒業するとき、卒業文集に、「◯◯な人コーナー」っていうのがあってね。
きみはクラスの投票で、「高級ホテルの最上階で優雅にワインを飲んでいそうな人」っていう項目で一位を取ったんだ。
なんやねんそのしょうもない項目、というのはひとまず置いといて、きみが最強を目指す先にイメージするものは、もしかしたらそういう光景だったかもしれないね。
でも実際に大人になったわたしの本日のトピックといえば、最近手に入れた星のカービィのTシャツを着て、散歩がてらコンビニでおいしいアイスを買ったってことぐらいなんだ。
ちなみに、店員さんが「カービィ好きなんですか?」と聞いてくれたから、誇らしげに「はい、大好きです」と答えたよ。
がっかりした?
でも案外、鎧を脱いだこういうゆるーい生活を、今のわたしは少し気に入っていたりするんだよ。
***
これが、39歳になったわたしからの、きみへの物語だ。
どうだったかな?
想像してた未来とは、ずいぶん違っていたかもしれないね。
え?生きるのが下手くそすぎる?ああ、それは確かにその通りかもしれない。悔しいけど認めよう。
思えば最初にギャルの鎧をまとったきみも、ずいぶんと不恰好だったよ。
ブリーチで傷んだ金色の髪。
油断するとパンダになる黒のアイライナー。
何度も足を挫いてしまう厚底ブーツ。
けれど精一杯走ったきみのバトンは、39歳のわたしが、この手でしっかり受け取った。
知ってる?人間万事塞翁が馬という言葉があってね。
幸も不幸も、どんなふうに転がるか分からないのが人生なんだ。
最強のギャルを目指した少女が、39歳で勝負を降りたけれど、やっぱり80歳で最強になった話だってあるかもしれない。
いや、ある。ある気がしてきた。
そんなことを考えながら、わたしはつぎに渡す自分のバトンを、まだじっくりと、温めている最中なんだ。
だからまた、80歳になる頃に、あらためてきみに物語を書くことにするよ。
それじゃあまたね。
きみは迷わず、「最強のギャル」を目指して、突っ走ってくれ。