
『ラムネのない夏』
私は夏が好きだ。
コンビニを出た瞬間の熱気。湿ったアスファルトの匂い。夜なのに明るい空気。
あの夏、彼はラムネみたいだった。
特別ラムネが好きなわけでもないけれど、ラムネのない夏はなんだか虚しい。
ラムネがなくても夏は楽しめるけれど、あると夏が輝く。
今日はまだ帰りたくない。
彼と初めてデートをしたのは1年前の夏。
彼に可愛いと思ってもらいたくて、準備に3時間も費やした。
鏡の中の自分を見つめて、思わずにやけた。
「よく誘った。偉いぞ。」
待ち合わせはコンビニの前の曲がり角。
彼がいた。見慣れているはずなのに、私服の彼はどこか違って見える。
家を出る前、あんなに自信に満ちていたことが嘘みたいに、不安が込み上げる。
前髪をそっと触って、彼の元へ小走りする。
「お待たせ」緊張混じりの声で彼に話しかける。
少し間が空いて、彼が言う。「行こうか」
暑さのせいか頬が赤くなっているのがわかった。
彼が告白してくれた日のことは一生忘れない。
帰り道、2人並んで歩いていると手が触れてしまった。
その日のデートは一日中、手が触れそうで触れない距離感を保っていたのに、触れてしまった。
気まずくならないように、私が笑うと、彼はぎゅっと手を握ってくれた。
幸せだった。胸の奥がシュワっと弾ける音がした。
昔の私は、恋とは何か特別なものだと思っていた。日常を彩るスイーツのようなもの。
けれど彼は違った。彼は私にとって日常なのだ。
朝起きて、仕事へ行き、帰ってお風呂を済ませ、お気に入りの映画を見ながらご飯を食べ、そして寝る。
彼は日常の中にいる。
仕事から帰って、今日あったことを話しながらお風呂へ入る。
ご飯を食べながら今日見る映画を決める。
そしてくだらない話をしながら眠りにつく。
そんな人がそばにいてくれる日常。
自分にとっての幸せはなんだろう。
幼い頃の私が聞くときっと笑うだろうけど、今は私にとって彼が隣にいてくれることが幸せなのだ。
彼が笑えば私も笑い、彼が辛い時は悲しくなり、彼が喜べば嬉しくなる。
そんな人に巡り会えたことは私の人生にとって大きな宝だ。
そんなことを考えていると、頬に冷たい何かが当たった。
ラムネだ。彼が持ってきてくれた。
今日のラムネは、いつもより少しだけ甘い気がした。