姫と下町の工房の日常1
1)工房の朝
朝は香りから始まる。
焼きたてのパンの香り。
淹れたてのコーヒーの香り。
窓辺に並んだ鉢植えのハーブが、朝の光を受けてやわらかく香る。
そんなものに囲まれて暮らしていると、幸せは意外と遠くない場所にあるのだと思う。
🦊「……肉が無い……」
朝一番の第一声がそれだった。
私はコーヒーカップを置いて、向かいに座る居候の白狐さんを見る。
お皿には焼きたてのパン。
ハーブを添えたサラダ。
それから、昨夜の残りのスープ。
工房の朝食としては十分すぎる内容だ。
しかし白狐さんは、まるで世界の終わりでも見たかのような顔で皿を見つめていた。

🦊「肉が無い……」
「…昨夜食べました。」
🦊「今無い。」
「…そうですね。」
🦊「…無い」
「パンがありますね。」
私が小さな幸せをひとつひとつ拾い集めて噛み締めている最中に、この白狐さんは無いものを探している
どんなに求められても無いものは無い
なので私は、華麗に聞き流す
これが工房のいつもの朝の風景である
🦊「昼は焼肉弁当かな」
「葉野菜がたくさん育ちましたね、お昼はそれらを使ってパスタもいいですね」
🦊「…何故この工房は金がないんだ…」
「何故でしょう。お肉やお菓子を要求するのに家賃は未納な白狐さんがいるからでしょうか…」
🦊「…」
「でもお金より大切なものはここにはたくさんありますよ」
🦊「…それとこれとは別会計だな。感情で焼肉弁当は買えん…」
「では白狐さんも働きましょうか」
🦊「……焼肉弁当は…今度でいい…」
「さては睡眠時間が削られるのを恐れてしまいましたね?」
🦊「…今朝のパンも…悪くないと思っただけだ…」
白狐さんはパンを一口かじった。
白狐さんの戦略的撤退である
工房には再び静かな朝が戻る。
窓の外に目を向けると、昨晩の強風で庭のレモングラスが何本か折れているのが見えた。
葉が新鮮なうちにカットして乾燥させなくちゃ…えっとそれから…
🚪バーン!!!
本日のやることリストをまとめていると工房の入り口が勢いよく開けられた
私&🦊「っ!?」
???「おばさまーっ!!」
