
“またね”の続きを私は知らない。最後に会った日のまま時間が止まっていた【大親友がもうこの世にいなかったなんて】
“またね”の続きを、私は知らない
私には、
「またね!!」
を疑ったことがない相手がいた。
あこちゃん。
小学校からずっと一緒で、
朝も帰り道も当たり前のように隣にいた。
話すことは、いつも尽きなかった。
恋愛のことも、友達のことも、家のことも、
言葉にしにくいことまで、
気づけば全部、あこちゃんに話していたし、
あこちゃんの事も全て知っていた。
お互い事で知らない事は何もなかった。
でも、高校入るとあこちゃんは少しずつ遠くの世界を知っていく人だった。
メイクを覚えて、髪色も変わっていって、
あこちゃんは、どんどん綺麗になっていった。
夜の私の知らない場所で働いて、
私の知らない人たちに囲まれて、
私の知らない時間を少しずつ増やしていった。
それでも、廊下ですれ違えば、
「久しぶり!」と笑って、
何も変わらず楽しく近況など話して、
最後はいつも、
「またね」で笑顔で終わった。
その「またね」に、
終わりがあるなんて、
あの頃の私は、一度も思ったことがなかった。
高校を卒業して、
私は美容院に就職した。
通信で学校に通いながら、
朝から晩まで働いていた。
朝は早くから店で練習をして、
夜は、仕事が終わってからまた練習。
休みの日も、
講習や練習で埋まっていった。
気がつけば、一日が終わるのはいつも深夜で、
やっと空いた休みは、ほとんど眠るだけだった。
誰かに会う時間は少しずつ削られていった。
卒業してから、
あこちゃんと会ったのはほんの数回だった。
ある日、コンビニで偶然ばったり会った。
「え!久しぶりー!!」
そんな一言で、時間はすぐにあの頃に戻る。
なんとなく、そのままコンビニでアイスを買って、
駐車場の縁石に並んで座った。
他愛もない話。
最近どうしてる、とか。
仕事のこと、とか。
昔と変わらない調子で笑いながら話した。
ふと見ると、
あこちゃんは、前よりずっと痩せて華奢になっていた。
顎の線がすっとして、鎖骨がくっきり出ていた。
高校の時よりもより一層キレイになっていた。
「なんでそんなアイス食べてるのに、痩せてるの?」
冗談みたいに聞くと
あこちゃんは笑って、
「えー、別にダイエットとかしてないよ!」
って答えた。
「嘘だぁ!いいなぁ!何もせず痩せるなんて!」
冗談を言い合いながら
そのまま、また、いつものように話して、
「またね!!」
いつも通りの言葉で、その日は終わった。
その後、あこちゃんは何度か連絡くれた。
「今日暇?」
「会える?」
でも、私はなかなか仕事が忙しく、会える日がなかった。
そして、あこちゃんの連絡先は何度も変わった。
携帯番号もメールアドレスも、
気づけば、前とは違うものになっていた。
そのたびに新しく登録してまたやり取りをして、
いつの間にか、それが少し面倒に感じるようになっていた。
返信を後回しにしたまま時間だけが過ぎていくこともあった。
最後の方は彼氏の携帯を使っていると聞いて、
私は連絡先を登録しなかった。
気づいた時には、
もう、あこちゃんに連絡する方法が分からなくなっていた。
「またね」と言ったまま。
会わない時間はどんどん過ぎて行った。
それから、何年か経ったある日。
一人のお客様のカルテを見た瞬間、手が止まった。
見覚えのある名前だった。
会ったことはない。
話したこともない。
でも、その名前だけは、ずっと前から知っている。
——あこちゃんの妹だ。
(もしかして…)
そう思いながらも、同姓同名の可能性もある。
少し迷ってから私は聞きました。
「もしかして…あこちゃんの妹さん??」
一瞬驚いた顔をしてから、その子は答えました。
「はい、そうです!」
やっぱり。
そう思った瞬間、向こうも少し目を見開いた。
「もしかして、はなちゃんですか?」
「え、なんで……」
思わず笑ってしまう。
「姉から、よく聞いてました」
その一言で、
一気に距離が縮まった。
「私も妹さんの話、聞いてたよ!」
そう言うと、少し照れたように笑った。
会ったことはなかったのに、
どこか知っているような感覚。
「あこちゃん、元気??最近全然会えてないんだー」
「はい!元気ですよー!」
気づけば、あこちゃんの名前を挟んで、
昔の話に自然と花が咲いていた。
「そういえば——」
ふと思い出して、聞いた。
「あこちゃんの連絡先、分かる?」
「私、分からなくなっちゃって」
「もしよかったら、教えてほしくて」
一瞬、
空気が止まった気がした。
「あ……えっと……」
少しだけ視線を泳がせて、
妹さんは、小さく笑った。
「実は、私も今よく分からなくて……」
「携帯、持ってるのかな……」
「え、妹さんでもそんな感じなの?」
思わず、つられて笑ってしまう。
「相変わらずだね」
「また変えちゃったのかな」
笑いながら、なんとなく、そのまま話は流れていった。
その時は何も思わなかった。
何気ない会話。
昔と変わらない、あこちゃんの名前。
それだけで、なんだか安心していました。
⸻
施術が終わって、お会計。
「またアコちゃんによろしくね!!」
そう言って、いつものように外までお見送りをしようとした、その時。
「はーい」
そう答えながら、
帰ろうとしたその子の表情が——
一瞬で、変わりました。
何かを決めたような顔。
そして、
「あ…あのっ…!」
思わず足を止める。
「うん?どうしたの?」
少しの沈黙。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「あの…」
「うちの母が亡くなったのは、知ってますか…?」
「うん、知ってるよ」
高校を卒業してすぐくらいだったと思う。
あこちゃんのお母さんは若くして亡くなった。
たしか、子宮がんだった。
卒業後、数回しか会っていなかったが、その中であこちゃんから聞いていた。
⸻
「実は…」
少し震える声で続けた。
「その…」
「お母さんと同じ病気で…」
一瞬、嫌な予感がした。
でも、理解したくなかった。
「お姉ちゃんも…」
「半年前に……」
⸻
……え?
⸻
頭が、追いつかない。
何を言われたのか、
理解できないまま、時間だけが止まる。
数秒の沈黙。
でも——
言葉の意味は、ちゃんと分かってしまった。
⸻
信じられなかった。
何も言えなかった。
ただ、
目の前にいるその子の表情だけで、
冗談じゃないってことだけは、はっきり分かった。
「うそ……」
思わず、声がこぼれた。
頭の中が真っ白になる。
——え、私。
最後に会ったの、いつだっけ。
何を話したっけ。
必死に思い出そうとするのに、
記憶はぼやけて、うまく掴めない。
ただひとつ、
はっきり残っているのは——
久しぶりに会った時のあこちゃんの姿。
華奢で痩せていた。
でも、それよりも、
綺麗になったな、って思った。
だから——
ダイエットだと思っていた。
⸻
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
そんなわけない。
でも、
目の前にいる妹さんの表情が、
それを否定させてくれなかった。
⸻
「……あこちゃん、」
やっとの思いで、言葉を絞り出す。
「本当に、、、、、?」
自分で聞いておきながら、
受け止めきれない。
もう、いない?
そんなこと、ある?
⸻
子宮がん——?
頭のどこかで、
あこちゃんのお母さんのことがよぎる。
同じ病気。
同じ結末。
⸻
しばらくの沈黙のあと、
私は、やっと口を開いた。
「……教えてくれて、ありがとう」
声が少し震えていた。
「妹さんも、つらいのに」
きっと、どう伝えればいいか、
ずっと迷っていたんだと思う。
店の中では、何も変わらないふうに私の話に合わせてくれていた。
帰ろうとした、その時まで、
何度も言葉を選んでいたのかもしれない。
それでも——
最後にちゃんと伝えてくれた。
そのことだけで胸が強く締めつけられた。
「本当に、ありがとう」
それ以上の言葉が見つからなくて、
私はただ、そう繰り返すことしかできなかった。
ドアが閉まった瞬間、
現実が、音を立てて崩れた。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
落ち着かない。
呼吸が浅い。
いつから——?
どうして——?
何も、知らなかった。
その夜。
どうしても、じっとしていられなくて、
私は、あこちゃんの妹に手紙を書いた。
⸻
会いに行きたい。
仏壇に、手を合わせたい。
ちゃんと、話を聞きたい。
⸻
震える手で文字を書いた。
数日後。
妹さんから、メールが届いた。
⸻
「ぜひ、来てください」
⸻
その一文のあとに、
もうひとつ、
知らなかった“あこちゃん”が書かれていた。
——あこちゃん、結婚していたんです。
一瞬、時間が止まる。
さらに、続く。
——子どもも、いました。
言葉を、失った。
でも、その次の一文で世界が静かに崩れた。
——ただ、その子は未熟児で、すぐに……
息が、止まる。
妊娠に気づかないまま、陣痛で初めて知り、
出産と同時に子宮がんが見つかったという。
あまりにも——
あまりにも、現実とは思えなかった。
知らなかった時間の中で、
あこちゃんは、こんなにもたくさんのことを抱えて生きていた。
あこちゃんが結婚していたことも、
子どもを産んでいたことも、
そして、その子が生まれてすぐに亡くなっていたことも。
何も知らなかった。
あこちゃんは、私の知らない場所で笑って泣いて、
大切なものを抱えて、
そして——
全部、終わらせていた。
私は何も知らないまま、生きていた。
「またね」で終わらせていた。
そういえば——
あこちゃんから何度か連絡が来ていたな。
画面に残っていた名前。
「今日、暇?」
「会える?」
そんな短い言葉。
そのたびに、あとで返そうと思って、
そのままになっていた。
忙しい、という理由で後回しにしていた。
あの時、一言だけでも返していたら、
何か変わっていたんだろうか。
彼氏の携帯だとしても、ちゃんと繋ぎ止めようと思えばできたはずだった。
気づいた時にはもう、何も届かない場所にいた。
あの時、「またね」と言ったままの人は、
今、何人いるんだろう。
会おうと思えば、会えた人。
連絡しようと思えば、できた人。
私は、そのひとりをもう二度と呼ぶことができない。
だから——
せめて、これを読んでくれた誰かが、
「今」誰かを思い出してくれたなら、
それだけで、いいと思った。
あこちゃんとの「またね」には、もう続きがない。
だから私は、会いたいと思った人に会いに行く。
“またね”に、ちゃんと続きを持たせるために。
もし、時間を戻せるなら、
私はきっと、どうでもいい話でもいいから、
もう一度、あこちゃんに連絡する。
「元気?」
それだけでよかった。
でも、その一言は、もう一生、届かない。
だから、せめて思う。
「またね」と言ったままの誰かに、
ちゃんと、続きを渡してほしい。
会えるうちに。
話せるうちに。
“今”が、まだあるうちに。