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小説②コンプラの無い職場って、何処ですのん? 建設現場編2

     その日、臨時で開かれた早和子の歓迎会は、異例の参加率になった。協調性ゼロで挨拶一つ出来ない若者も、今日は参加している。
    (美人って、凄いな)
     と考えながら、この人数でも何とか予約が取れた駅前のチェーン店居酒屋のへ足を踏みいれた。
     店内はまだオープンしたてで閑散としており、店員が、
    「飲み放題のメニュー表が置いてある席に座って下さい」
     と案内しても、誰が早和子と同じテーブルに、何なら隣に座るのかでソワソワしている奴らばっかりで誰も座ろうとしない。
     そして、当の早和子は寄る場所があるとのことで、少し遅れて合流する予定だった。
    (俺はまー、ここはいつメンの)
     最近娘から習った「いつメン」。いつものメンバーという意味らしい。おそらく自分が座れば傍に来るであろうメンバーを想像しつつ、心のなかでそう呟いた。
     全体を見渡せる、かつ厨房から近く追加注文がしやすい端の席へ座ると、ちょうど到着した現場監督がコチラへ寄ってきた。
    「なべちゃーん。ほらぁ、言った通り、可愛かったろ?」
    「別に、可愛くないなんて俺は言ってないだろ」
    「だってなんだよあの、素っ気ない⋯⋯」
    「お前がデレデレし過ぎなんだよ。一番上なのに、舐められるぞ?」
     そう言われると、現場監督の笠原はむっと口さつぐみ、渡辺の向かいの席に座った。
    「お前にはさ。幸せな家庭があるけどな? 俺なんて⋯⋯なんて⋯⋯」
     まだ酒が入ってないのに、ボヤき始めた。

     早い、早い。

     心のなかで苦笑いをしながら、笠原に飲み放題のメニューを差し出す。
    「婚カツサイトで会った、中学校教師とは? どうだったんだよ?」
    「⋯⋯ご飯一回食べに行ったら、他に気になる人がいるって。その場で、断られた」
    「うーん」
    「気になる人がいるならさ! 来なきゃ良くないか!?」
    「そうだな」
    「浮気じゃん! 俺は⋯⋯俺はそんな尻軽、嫌だからな! こっちから、願い下げだね!」
    「そ、そうだな」
     おそらく、気になる人がいるというのは適当に着いた方便なのだろう。それが笠原の逆鱗に触れてしまうかどうかなんて、配慮して貰えないほど、笠原の態度は悪かったに違いない。

     改めて、生ビールを店員に注文する笠原を眺める。
     自分より四歳年下ではあるが、大卒の自分と笠原は同期だった。同期とは言っても、同じ入社式に出た仲ではなく、笠原は高卒の現場叩き上げ。ひたすら職人たちからノウハウを吸収し、同時に出世欲も出して現場で取れる資格を網羅していった。
     朝は一番早く出勤し、夜は遅くまで残り、現場のことを一番把握している笠原が現場監督に任命されたのは誰もが頷く結果だったと言えよう。⋯⋯そう、赴任してきたときに、定年間際の前任者から聞いた。
     対して渡辺は、本社の勤務体系についていけなかった。平社員を脱して管理職になると「みなし残業」が適用される。基本給の1.2倍付与された残業代金の中で、効率良く働けば早めに帰れる⋯⋯なんて最初、人事に説明された時は「これが働き方改革なんだな」と浮足立っていたが、蓋を開けてみれば残業代を足切りしたい経営陣にだけ都合の良い「残業サブスク」だった。
     次から次に仕事が舞い降りてくる。
     案の定、先に出世していた同僚たちは条件の良い職場へ転職していった。ならば自分も⋯⋯満員電車の中で転職サイトを眺めていたら、吊り革を持っていた手に力が入らなくなって、そのまま近くの人に倒れかかってしまった。
     脳梗塞だった。まだ幼い娘がいるのに、定職を失うわけには行かない。なんとか人事からの言外の「自主退職をしてほしい」というニュアンスに気付かないふりをしながら、命じられた転属先を素直に受け入れた。
     対処が早かったおかげか、左手に麻痺が出る程度で済んだ。その頃小学生だった娘は、今年大学へ入った。まだまだ稼がないといけない。渡辺は店員にノンアルコールビールを注文すると、早和子からの着信を取った。

    『あの! いま駅に着いて』
    「急がずに、ゆっくりおいで。まだ乾杯もして無いし」
    『えぇー、も、申し訳ないですー』
    「良いよ別に、転んで怪我でもされた方が大変だから」
    『あぁー! 私がぼぅとしてるとおもてー?』
    「思ってないから。だいじょ⋯⋯あ、笠原!」
     笠原に、スマホをむんずと取られてしまった。
    「早和子ちゃーん! 今どこ? 迎えに行こうか?」
    「やーめーとーけ! お前⋯⋯」
     笠原からスマホを取り返そうとしたら、鬼の形相でスマホを死守されてしまった。しかし負けずに睨むと、渋々と言った様子で、電話をスピーカーモードに変える。
    『もしもしー、あ、監督さぁん。お店分かったんで、お迎え大丈夫そうですわ』
    「えぇー? もう着く?」
    『はいはい。監督さんの、お隣よろしいの?』
     エレベーターの中の、チンッ! という電子音が電話の向こう側から流れてくる。笠原の、得も言えぬ嬉しげな顔。
    (勘弁、してくれよ)
     渡辺は席移動を考え始めた。どうせ仕事でも話す機会はあるし、そもそも早和子の私生活まで知ったところで、芽生えてしまう感情は邪魔でしかない。そう、娘と妻を守るためには、この感覚は邪魔なのだ。
     ニコニコと店内に入ってきた早和子に、手を大きく降る笠原。席移動のために荷物をまとめていた渡辺に、早和子が近寄ってきた。
    「帰っちゃいますのん?」
    「え、いや、違うけど」
    「早和子ちゃんが近くだと照れるんだよなー? なー? なべ」
    「⋯⋯それはお前だろ、笠原」
    「な、俺は!」
    「オッサン方。セカンド童貞、こじらせ過ぎてませんか」
     ここへカットインしてきたのが工期担当者。お前、本社に帰ったんじゃなかったのかよ。
     その場の全員の視線を浴びて、工期担当者の筒井は頭を掻いた。
    「いや、溜まったパソコン仕事を駅前の喫茶店で捌いていたら。いたらこう、会社の人達が同じビルに吸い込まれて行ってたので」
    「いややぁ。本社のお兄さん、それおじさんストーカーやないの?」
     目をパチクリさせていた早和子は、バツが悪そうにしている筒井の肩を叩いた。
     釣られて笑い始める面々。

     何故か自然に、早和子が自分の隣に座ってしまって、退路が塞がれてしまった。正面には現場監督の笠原、斜向かいは筒井。
     何だこの、魔境のようなテーブルは。

     こんな事なら幹事を若手に任せずに、自分でやっておけば良かった。それならくるくる移動しやすかったのに。
     バカバカ俺のバカー! なんて可愛こぶってみたものの、再生される自分の声に嫌悪感を覚える。無理。五十代のオッサンのバブみは、本人の内心にすらダメージを与えた。

    「へへへー。渡辺さんのお隣げっとー」
     店員からお絞りを受け取りながら、早和子は無邪気に渡辺への距離を縮める。
    (なんだ? 俺の隣になんか、なんの価値もない⋯⋯はずだが?)
     奇異なものを見る気持ちで、ほくほくと笑う早和子を眺める。
    「えぇーと、お二人はビール頼まはったんですか。わーたーしーは、どうしましょうかねー?」
     隅から隅まで、くまなく飲み放題のメニューを眺める早和子に、筒井がさり気なく指摘した。
    「男ばっかりの飲み会だし、アルコールは飲まない方が良いんじゃないですか?」
    「へぇ? なんでですのん」
    「いや、その」
    「わたし、緑茶ハイが好きなんですよねぇ」
    「はいはいはいはい! 早和子ちゃん緑茶ハイね! 緑茶ハイ、ひとつ!」
     声高に店員さんに注文をする笠原。
     ⋯⋯頼むからワンチャン、とか狙わないでくれよ?

     渡辺は笠原をギュッと睨んでいたが、笠原の視線は早和子にしか向いておらず、渡辺の焦りになど気付かない。やがて意味がないと悟り、早和子にあまり酒を飲まない方向へ、早く帰りたくなるように促す。
    「親御さんとか、厳しくないの?」
    「やぁー? そうですねぇ。それなりに⋯⋯まぁでも、なんも知らん方がヤバいと気付いたみたいで」
    「⋯⋯なるほど」
    「一人暮らし! 一人暮らししてるって本当!?」
     一人だけ、大学のコンパのようなノリの笠原。お前そろそろ黙れ。
    「えぇー。そーう、ですね? 一人は、一人ですね」
    「なんか、含みのある答え方ですね」
     自分もちゃっかり早和子と同じ緑茶ハイを注文した筒井が店員から受け取りながら聞く。
    「へへへ、許嫁、言うんですかね。婚約者が、たまーに泊まりに、来るんですよぉ」
     まるで背後に花園が咲き乱れた様に、一気に早和子の雰囲気が色めき立った。
    「そ、そろそろ、歯ブラシとか買った方がええんやろかとか、考えてるんですけど。どないですやろか」
     どないですも何も、彼氏に聞いてくれ、そんな事。と三人とも言いたくても、この後の第一声で早和子からの印象が如何様にも変わると察しているため、誰も声を発しない。

     しばしの沈黙ののち、
    「⋯⋯一緒に買いに行ったら良いんじゃないですかね。好みとかもあるし」
     口を開いたのは筒井だった。
     この中で一番「可能性」のある男だ。本社の出世コースに乗っているし、何よりも早和子と同年代。恐らく彼も連絡先くらいは狙っていたのだろうが、先程の許嫁発言に戦意を喪失したらしい。  
     幹事に、
    「早く乾杯にしませんか」
     とまくし立て始めた。
     すると、急遽一人増やされてワタワタしていた幹事が、ムッとしながら乾杯の音頭を取る。
     突然冷たくなった筒井に、気付いているのか気付いてないのか。早和子はニコニコしたまま、この会を開いてもらった感謝を全員の前で述べて乾杯がされた。

    「そーーーですよねぇ。一緒に買いに行けやって、感じなんですけどぉ⋯⋯彼すぐに消えちゃうんですよねぇ」
     乾杯が終わると、早和子はまた話し始めた。
    「消える?」
     許嫁発言以降、抜け殻のようになっていた笠原がなんとか聞き返した。
    「消えちゃうん、です。どうやらスロット回しに行ってる、みたいで」

    「「「スロット?」」」

    「へぇ。あの、パチンコ屋さん? とかにあるような。あの喧しい機械です」
    「⋯⋯それ、大丈夫なんですか? 彼女とのデート中に、そっち優先で行っちゃうって」
    「か、賭け事はいかん! いかんって、死んだばあちゃんが、言ってた!」
    「え。彼氏さん、借金とか。借金とか、大丈夫なの?」
     口々に言う三者三様の言葉。その中で、えっと、と早和子が返したのは渡辺にだった。
    「へぇ。借金はない、ですよ。彼の親の系列店でしか、回してないって、言ってましたから」
    (パチ屋の御曹司かよ!)
     心の中で天を仰いだ渡辺は、一応許嫁をフォローしてみる。
    「えと。つまり、彼氏さんが消えるのは。消えるのは、ミステリーショッパーみたいな機能も兼ねてる、とか?」
    「へぇ。そうなんですかねぇ。こっちは二人分のレストラン予約してるんに、直前で振られた女みたいに行かなあかんくって。店員さんにも迷惑かけるし、嫌なんですよねぇ」
    「それ本当に、スロットなんですか? 別の女、の線は?」
     筒井が鋭く指摘する。こういう時、遠慮のない若者は助かる。
    「ええーと。どうなんでしょ? 許嫁ではあるけど、彼氏とか、恋人扱い、されたことがない、というか」

    「「「恋人扱い、されたことがないぃ!?」」」

     流石にこれには声を荒げた。
    「ここここ、こんなに可愛い! 彼女に!? 親公認なのに!?」
    「あれですか、彼氏さん、同性愛者とか、そう言う?」
     動揺する笠原を他所に、筒井がまるで用意していた質問のように畳み掛ける。
    「⋯⋯やーぁ。女の人が好きみたいですけどね。最初はめっちゃ私にホワホワしてはったし。って、あ」
     居酒屋の店員が何やら案内してきた。後ろには白いポロシャツを着た⋯⋯。
    「これですこれです。私の許婚」
     いつの間にか側耳を立てていた、辺りのテーブルの連中も一斉に視線を注ぐ。その先には⋯⋯普通の好青年。
     スラっと長身で、早和子と並ぶと良く似合うカップルになりそうだった。

     ⋯⋯が。
     なにやら、姿勢が悪い。早和子と喋り始める前に、敢えて猫背になったように見えた。
    「ごごごご、ごめん。早和ちゃん! 思ったより早く着いたから。早く来ちゃって!」
    「もぉー。ホンマやわぁ。監督さんたちともっとお喋りしてたかったのにぃ」
    「ああああ、でも! でも、時間には! 今回は、間に合った、し」
    「⋯⋯せやね。ありがとうね。スミマセン、私そろそろ」
     渡辺に酒の代金を払おうとする早和子。しかしこれに笠原が、ストップを掛けた。
    「主役に! 払わせるわけには! イカン!」
    (まだ、お前⋯⋯)
     とはいえ、そう言えば名目上、早和子の歓迎会だった。許婚のインパクトに忘れてしまっていた。徴収しそうになっていた手を引っ込める。

     すると、早和子は、
    「じゃあ、ねぇ♡」
     と渡辺の手をとり、飴玉を一つ置いた。


     紫の、ブドウ味。


    「美味しいお酒でした♡ また、飲んでください」
     そう言い残して、許婚の待つ店外へ。
     早和子の後ろ姿を見送った男達は、その後もちろん早和子と許嫁の関係についてで持ちきりになった。



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