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Photo byryokoyunoki

【後日談】スイートピー | さよならの代わりにありがとうを

    春が終わりかけた頃には、
    部屋の窓は毎朝開くようになっていた。

    薄いカーテンが風に揺れ、
    光が床の上をゆっくり滑っていく。

    以前なら眩しすぎると感じていた朝も、
    今では少し心地いい。

    あの日、外へ踏み出してから、
    何かが劇的に変わったわけではなかった。

    眠れない夜もあったし、
    急に胸が沈む日もある。

    街角で似た香りを嗅げば、
    閉じ込めていた記憶がふと蘇ることもあった。

    けれど、そのたびに
    無理に蓋をしなくなっていた。

    苦しかったことも、失ったものも、
    ちゃんと自分の中に存在していたと認められるようになったのだ。

    休日には小さな花屋へ立ち寄るようになった。

    色とりどりの花を眺めながら、
    季節が変わっていくことを知る。

    以前の自分なら、
    綺麗だと思っても口には出さなかっただろう。

    けれど今は、
    「この花、好きだな」
    と自然に零れる。

    それだけのことなのに、
    胸の奥が少し温かくなる。

    ある日の帰り道、
    夕焼けに染まるガラスに自分の姿が映った。

    そこにいたのは、
    どこか疲れた顔をした過去の自分ではなかった。

    笑っていた。

    誰かのために作った形ではなく、
    自分の内側から滲むような、
    静かな笑顔だった。

    ふと、あの閉ざされた部屋のことを思い出す。

    光を拒み、
    時間だけが積もっていた日々。

    あの頃は、終わってしまったものばかりを抱えていた。

    でも今なら分かる。

    あの日、カーテンを開けた瞬間は、
    何かを失った日の続きではなく、
    自分を取り戻し始めた最初の日だったのだと。

    傷は消えていない。

    きっとこれからも、
    完全になくなることはないのだろう。

    それでも私は知っている。

    痛みを抱えたままでも、
    人はちゃんと笑えることを。

    そして、
    過去を否定しなくても、
    前へ進めることを。

    柔らかな風が吹く。

    彼女は少しだけ目を細め、
    新しく買った花を抱え直した。

    その足取りは、
    もう迷いではなく、
    確かな今へ向かっていた。


    スイートピー
    【花言葉】
    門出、別離

     
     
    花言葉を紡ぐ短編作家《花語り》 一輪の花に宿る想いを、やさしくも切ない物語にのせて届けます。 短いからこそ深く響く、心にそっと残る一編をあなたへ。 日常のすき間に、心ほどけるひとときを。

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