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子どもが熱を出したので、孊校の先生を蟞めたした。 #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    「保育園から連絡がきたから、戻っおこれられる」


    そんな連絡を受けた日、私が最初に思ったのは子どもの心配ではなかった。


    「え、たた  」


    頭に浮かんだ自分の䞀蚀に、自分で傷぀いた。


    ヌヌ「倏䌑みに孊校を開攟しよう」ずいうニュヌスを芋お私が思い出したのは、「あの日」のこずだった。

    倏䌑みに孊校を開攟しよう


    このニュヌスが私のSNSタむムラむンに回っおきたのは、昚日の朝のこず。


    子どもたちに䜓隓掻動ができる機䌚を。
    先生たちが忙しくならないように留意したす。


    そんなこずが曞いおあり、私は銖をかしげる。


    いよいよ先生から倏䌑みも取っおしたうのか  

    私は元䞭孊校教員で、今は教育分野を䞭心に曞くフリヌランスずしお働いおいる。プラむベヌトでは、小孊校2幎生、幎長、0æ­³4ヶ月の男児3兄匟を育児䞭。
    教員時代は、長男2歳、次男0歳で埩垰し、フルタむムワヌママ先生をしおいた過去がある。
    なので、先生の気持ちも、芪偎の気持ちも、少なからずわかる぀もりだ。


    前提、「先生の負担を増やさないでほしいよぉ〜」ずいう気持ちが第䞀にではあるのだが


    「仕事を䌑むわけにはいかない」
    「孊校保育園に行っおくれないず困る」


    そういった「芪偎の郜合」を考えるずき、自分の苊い経隓を぀い、思い起こしおしたう。


    ヌヌヌ


    長男2歳次男0歳、絶賛コロナ犍だった2021幎。通勀に1時間半ほどかかる勀務校にフルタむムで埩垰した。

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    子どもをも぀前たで「䌑むこず」に察しおかなりマむナスのむメヌゞをもっおいた私は、熱が出ようず具合が悪かろうずほずんど䌑たずに勀務をしおいた。


    この「䌑たないこずこそ矎埳」であり、「䌑むずみんなに迷惑がかかるから、䜕がなんでも出勀しなくおはならない」ずいう䟡倀芳は、2児ワヌママになった私の銖をぎゅうぎゅうに締め䞊げるこずになる。


    働き始めおからずいうもの、いわゆる「保育園の掗瀌」をガンガンに济びた。


    あるあるの「保育園には行ったけど、呌び出しの電話がかかっおくる」はもちろんのこず、
    昚日たで元気だったのに、朝起きおなんか䜓がほかほかしおるな  で蚈っおみたら熱があるも䜕床もあった。


    䞋の子が感染症もらっおきお、治っおきたなず思ったら䞊の子も発熱し、う぀ったかず思っお受蚺したらなぜか別の感染症
    ずいうこずもあったこれはほんずになんでなのか䞍明笑


    子どもが保育園を䌑むずなるず、圚宅ワヌクだった倫に子どもをお願いするこずも倚くあったが、倫だっおフルタむム残業で働いおいる。
    もちろん倫1人ですべお芋られるわけがないので、お互いに䌑みを調敎し぀぀、子どもを看病する。


    「孊校の授業に穎を開けたくない」
    「なるべく䌑みたくないのに」
    「準備しおきたのに、授業できなかった」

    䌑んでいるあいだに代わりに授業に入っおくれた先生たちに頭を䞋げおたわるのもしんどかった。
    䞀床、朝バタバタしおいお1人だけお瀌に行けなかった先生がいた。あずで䌚った時に ず思っおいたら、裏で「朝むチに瀌に来るもんだろ」ずめちゃくちゃに悪口を蚀っお怒っおいるずいうこずを知らされ、こっそり泣いた。


    珟圹で育児䞭の先生は私だけだった勀務校で、たぁたぁ颚圓たりも匷かった。


    でもそうはいっおも、この時期くらいたでは、「かっこいいママの背䞭を子どもたちに芋せたい」「ママは先生しおるんだっお、自慢になるような先生でいたい」ずいう思いもあり、なんずか必死で喰らい぀いおはいたず思う。


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    私は長男が2歳になる幎たで育䌑をもらっおいたが、育䌑䞭に自宅で子どもたちを芋おいたずきはずにかく

    「倧䞈倫」
    「かわいそうに」
    「早く治りたすように」

    ず思いながら看病をしおいた。


    埩垰しおからだっお、長男の堎合は熱性痙攣があったので、熱が出るたびに気が気ではなく神経質になっおいたし

    次男はそもそも0歳入園でただ赀ちゃん。吐き戻ししやすい子だったこずに加え、1歳前にRSりむルスでの入院も経隓した。

    子どもたちを第䞀に、䞀緒にがんばろう。その気持ちは、埩職しおからもずっず持ち続けおいたはずだった。


    だけど、秋ごろだっただろうか。


    ずにかく子どもたちが発熱を繰り返す。䞊が治ったら次は䞋。そんなふうに、䜓調を厩しがちな期間があった。


    やっず萜ち着いたず、なんずか出勀しお、さぁ仕事  ずいうずきに、倫から連絡が入った。


    「保育園から連絡がきた、戻っおこれる」


    このずき、私の脳裏にぱっず、最初に浮かんだのは、子どもの心配  

    ではなく。

    「え、たた  」


    だった。

    そうしお、「たた」ず思っおから、はっずした。

    え、私いた「たた」っお思った
    心配じゃなく


    「子どもの心配の前に、自分の仕事のこずを考えおしたう」


    「それだけは絶察したくない」ず思っおたこずが簡単に厩されおしたったあの瞬間が、私にずっおは倧きなショックだった。


    自分の子どもたちのこずはそっちのけで、熱が出おも「なんで」ずか思っお、家事も仕事も䞭途半端で、なんのために働いおるんだろう。

    そのずきに、ずっずなんずか繋いでいた糞が、ぷ぀ヌんず切れちゃったような気がする。急に薄暗がりに攟り出されたような、途方もないような気持ちになった瞬間だった。


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    そこからはあっずいう間。


    あれよあれよずメンタルを病み、自分を責める日々だけが続いた。


    すべおが䞭途半端な人間が、子どもに「ママは先生なんだよ」なんお、そんなこず蚀えない。子に胞を匵れない生き方をしおいる自分のこずが、心底倧嫌いだった。


    呚りの環境、ずいう意味でも、その幎の冬はさんざんだった。コロナで保育園は閉たるわ、子どももコロナになっお党員自宅埅機解陀になるたで登園しちゃダメず蚀われるわ、濃厚接觊者も動けないわ、1ヶ月以䞊働けないわで絶望に぀ぐ絶望を味わうこずになる。


    「えみんなどうやっお働いおるんだ」ず、倫婊で真剣に蚀い合った。それくらい、たったく働きに出られなかった。


    病児保育も埌半すこし䜿ったが、申し蚳ない気持ちになっおしたっお毎回心が痛く、ずにかくストレスになっおしたっおいた。ずこずん、「ワヌママ」「ママ先生」に合わない粟神性なのかもしれない。

    結局、コロナもきっかけのひず぀ずなり、私は公立䞭孊校教諭を蟞め、「週3回非垞勀講垫をしながら空いた時間に圚宅ラむタヌ」ずいう働き方を遞んだ。

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    さらにラむタヌずしおの収入が安定したタむミングで、非垞勀講垫も卒業し、珟圚はフリヌランスずしお働いおいる。

    子どもが具合が悪いずき、「倧䞈倫」ず真っ先に心配できる芪でありたい。
    誰かに謝るこずより先に、子どもの手を握れる芪でありたい。
    平日の参芳日も、むベントも、「仕事だから無理」ず諊めずに飛んでいける芪でありたい。


    それが、あの頃の私が遞んだ生き方だった。


    もちろん、フリヌランスになったからずいっお、迷いがなくなったわけじゃない。

    締切はあるし、受けたい仕事ず子どもの予定が重なるこずだっおある。


    「この仕事を受けたほうがいいんじゃないか」
    「今、䌑んでいる堎合じゃないんじゃないか」


    そんなふうに萜ち蟌む瞬間は、今でもある。


    だけど、そのたびに私は自分に蚀い聞かせる。


    「子どもファヌストにするこずで続けられなくなる仕事なら、そんなものずっずず蟞めちたえよ。なんで教員をやめたのか、ちゃんず考えろ。」


    劊嚠や出産で受けられなかった仕事。
    育児で途切れおしたったご瞁。


    それで終わる仕事なら、きっずそれたでなんだ。
    本圓に必芁ずしおくれる人なら、たたご䞀緒できる日が来る。
    そうでないなら、私の実力がただ足りなかっただけ。足りないものは、子どものせいじゃない。
    そしお、子どもにも、そう思わせたくない。


    「自分たちがいたせいで、お母さんは先生を蟞めた。」
    「自分たちがいたせいで、お母さんは仕事を諊めた。」
    そんなふうにだけは、絶察に思っおほしくない。思われるような状態でいおはならない。

    圓然のこずながら、子どもたちは、私に䜕かを犠牲にしおほしいなんお䞀床も頌んではいないのだから。


    遞んだのは、党郚、私自身。
    遞んだ道を「正解」にできるのも、私自身だけ。


    子どものそばにいたいず思ったのも
    熱が出たずき、真っ先に「倧䞈倫」ず蚀える自分でいたいず思ったのも
    授業より先に、仕事より先に、子どもの手を握れる働き方を遞びたいず思ったのも


    党郚、私がそうしたかっただけ。


    でもだからこそ、私をい぀だっお奮い立たせおくれるのは子どもたちの笑顔なんだ。



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    去幎の倏䌑み。小孊校1幎生の長男は、孊童には行かずに自宅で過ごしおいた。


    倏䌑みに限らず、我が家では平日はだいたい、私はダむニングテヌブルで原皿を曞き、その隣では長男が宿題をする。これが我が家の「い぀ものフォヌメヌション」で、倏䌑み䞭も倉わらずに2人で䞊んで座っおいた。

    隣でごちゃごちゃ蚀いながらも、囜語ず算数の問題を解く長男。


    「ママ終わったあヌ、぀かれた」


    キヌボヌドを打぀手を止めおプリントを受け取り、䞀緒に䞞を付ける。


    「よくがんばったねじゃあ、おや぀食べようか。」


    そんな䜕気ない午埌を過ごしながら、ふず思う。
    私は、この時間がほしかったんだ。


    教員をしおいた頃の私には、「なりたい姿」はただよく芋えおいなかったけれど。「なりたくない姿」だけは、はっきりしおいたのだず思う。


    子どもの䜓調より先に、仕事の心配をしおしたう自分。
    子どもの存圚を、仕事ができない理由にしおしたう自分。
    誰かに謝り続けながら働く自分。


    そんな自分にはなりたくない。
    だから私は、働き方を倉えたんだ。

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    今日「倏䌑みに孊校を開攟する」ずいうニュヌスを芋お、耇雑な気持ちになったのは、そんなこれたでの積み重ねがあったからだろう。


    仕事を䌑めない芪がいるこずも知っおいる。孊校に頌らざるを埗ない家庭があるこずも知っおいる。でも同時に、先生だっお誰かの芪かもしれない。


    「倧切な人を倧切にしたい」ず思う気持ちを、仕事ず倩秀にかけなくおいい瀟䌚であっおほしい。


    そんな思いが、心の底から自然ず湧き䞊がっおきたんだ。


    5幎経った今もなお、私は、あの日「たた  」ず思っおしたった自分を忘れられないでいる。

    あの悲しみは、これからもきっず忘れられないし、ずっず消せないんだろう。

    けれど、だからこそ。私は今日も、原皿より先に子どもの「終わった」に䞞を぀けるんだ。


    い぀か自分の人生にも、自分で䞞を぀けおあげられるように。

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     
    曞くこず、育おるこず。教育珟堎の実践や、子ども・先生の想いを蚀葉にする仕事をしおいたす。合同䌚瀟ここらいず代衚元囜語教員蚘事執筆・取材・線集・教材制䜜3兄匟の母🍡手垳ず文房具が奜きい぀か玙の本を出したい📚 💌91428.hana@gmail.com

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