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裸足の女神

    「右、右!みんな手振ろーぜ!」


    生徒の移動教室引率最終日

    ホテルで最後の朝食を食べ、

    帰りの身支度を済ませる


    窓の外を見れば

    少しの太陽と

    緑多き世界の香り

    露が葉の上でゆったり寝そべっている

    両手を広げれば

    もうすぐこの手のひらに戻ってくる都会の匂い

    どんな3日間を過ごしてきたかなんて

    東京へ帰れば誰も知らない

    私たちだけの「しおり」

    何度も開いて

    何度も落として

    ぼろぼろのしおり。


    あっという間だった

    誰でも言うかもしれないが

    本当にあっという間だった

    次へ次へとやってくる「しおり」の行程に

    先回りすること

    それだけにずっと必死だった


    「また、いつでも、このホテルに泊まりにきてくださいね」


    ホテルの方は、そう言った

    全員の荷物をトランクに詰め込んで

    バスが発車するのを今か今かと待つ

    各クラスの運転手さんは

    シーバーで会話をしている

    もう、そろそろかもしれない


    ゆっくりと動き出す

    ゆっくり

    ホテルは遠ざかっていく

    バスは左にカーブして

    太陽の差し込む角度は変わっていく

    すると

    右の方から

    手を振る人たちが見えた

    ホテルの方たちだ

    さっきまでホテルの中にいたのに、先回りして見送りに来てくれたのだ

    全てのクラスのバスを一つ一つ見て

    笑顔で手を振っている


    ああ、そういえば

    そんなこと、自分が中学生の頃もあった

    移動教室でお世話になった施設の方は

    いつもいつも

    こうやって先回りして私たちに手を振ってくれていた

    しわくちゃの手

    もうあと数年したら

    私たちの方が

    追い越してしまいそうな背

    もう2度と、会えないのかもしれない

    その時いつも無性に泣きそうになって

    でも

    込み上げてくる感情が何という名前なのか

    よくわかっていなかった


    ホテルの人の名前、聞いてなかったな

    ご飯おいしかったですって、何で言わなかったんだろ

    早く東京に帰りたいとばかり思って、

    どうして、こんなに大切なことを、忘れてしまったのだろう

    もっと話せばよかった たくさんありがとうを直接言いたかったのに
    ああ、もう今言ったって、聞こえないじゃん

    広い緑を感じながら

    この場所で、生きている人たち

    私たちと全然違う、道の歩み

    もう2度と、会えないのかなあ

    せっかく会えたのに

    やっぱり名前、聞けばよかった

    せめて、名前だけでも。


    目の奥がずーんと重くなって、

    込み上げてくる何かを、

    毎度毎度こらえていた

    あれから何年も月日を重ねたけれど

    やっぱり慣れない

    大人になっても慣れない景色


    「おい、右、右!ホテルの人いる!

    みんな手振ろーぜ!」


    後ろから、生徒たちの声が聞こえる

    彼らもそうなのだろうか

    いろんな気持ちをすべて押し込んで

    出せる全てを出して

    手を振っているのだろうか


    窓越しに、とても笑顔で手を振る

    生徒たちの姿が見える

    一生懸命に、

    楽しかったよと言わんばかりに、

    みんなが右を見て、

    それはそれは懸命に振っていた。

    それを見て、またホテルの方が

    笑顔で手を振っている。

    この込み上げてくる涙は、

    何なのだろう。

    一体、何という名前なのだろう。


    この広い大地の中で

    もうすぐ梅雨のあげる

    なごやかな空の下で

    心から誰かに微笑んで

    手を振ってくれた人

    「行ってらっしゃい」

    そんな声が、いつも聞こえる

    ああ、どうか、これからも元気で

    幸せでいてほしい。


    そんなことを思いながら、

    だんだんと都会に近づいていく
    景色を見つめていた

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

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