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【創䜜倧賞2026応募】最埌列の俺ず窓際の完璧な圌女 #【完結】

     母芪が神厎の家を蚪ねおきたあの日から、二週間が経った。

     桜庭は䜕も知らないたた、い぀もの時間に来おいた。

     平日の攟課埌、五時前埌。
     匕き戞を二回叩いお、「お邪魔したす」ず入っおくる。

     圌女が䜕も知らないずいうこずが、たぶん母芪の優しさだった。

     自分で䌝えるのを埅ちたい。
     母芪は、そう蚀った。
       俺は、それを守った。

     朝晩が冷えるようになっおいた。
     庭の隅の、名前の知らない朚の葉が少しず぀色を倉え始めおいた。
     緑から、薄い黄色ぞ。
       季節が倉わっおいた。

     「神厎くん」
     瞁偎で、桜庭が爺さんの本をめくっおいた。
     「あの朚」
     「ああ」
     「葉の色が倉わり始めたしたね」
     「ああ」
     「秋ですね」
     「ああ」
     「䜕の朚か、いただに分かりたせんけど」
     「  」
     「調べたした」
     「は」
     「先週」
     桜庭が、ぱたんず本を閉じた。
     「葉の圢ず暹皮の感じから、たぶんハナミズキだろうず」
     「  」
     「あ、図鑑で調べたした」
     「  ふうん」
     「春になるず、癜い花が咲く朚です」
     「  そうか」
     「お祖父様が怍えたんですね」
     「ああ」

     桜庭は、それからしばらく庭の朚を芋おいた。
     「春に、癜い花を芋たいです」
     ぜ぀りず、圌女は蚀った。
     春に芋たい。
       圌女が来幎の春、ただこの瞁偎にいるずいう前提で蚀った蚀葉だった。
     あるいは、そうしたいずいう宣蚀だったのかもしれない。

     俺は䜕も蚀わなかった。
     蚀わないずいうこずが、「いいよ」の代わりだった。
     桜庭も、それを知っおいた。

     倕方。
     桜庭が台所で倕飯の支床をしおいた。
     リンゎを剥いおいた。
     果物を剥くのは、最近増えた。
     文化祭の埌から、圌女は「食埌に果物を剥く」ずいう習慣を神厎の家に持ち蟌んだ。
       家で母芪が剥いおいた習慣なのかもしれない。

     皿にリンゎが䞊んだ。
     兎の圢に切られおいた。
     二぀。
     桜庭が、それをちゃぶ台に出した。
     「  兎か」
     「ええ」 
     「桜庭が、兎切るんだな」
     「ええ」
     「意倖だ」
     「  䜕故ですか」
     「もっず几垳面に、四角く切るかず思っおた」
     「  ふふ」
     桜庭が笑った。
     「以前は、そう切っおいたした」
     「うん」
     「家でリンゎを剥くずき、私はい぀も四角く切っおいたした。皮を薄く長く剥いお、癜い果肉を四角く揃える。それが私の剥き方でした」
     「  」
     「祖父が奜む剥き方でした」
     祖父の話が、自然に出た。

       以前は、圌女の家族の話を聞き出すのに長い沈黙が必芁だった。
     今は、季節の話ず同じ枩床で出おくる。
     「兎は、い぀から切るように なった」
     「先月です」
     「先月」
     「ええ。母が剥いおいたのを芋たした」
     「  」
     「母も、家では四角く切っおいたした。でもある日、私のために兎の圢に切っおいたんです」
     桜庭が、自分の指でリンゎの兎の耳を぀぀いた。
     「私はそれを芋お芚えたした。母が私のために切る、リンゎの圢」
     「  」
     「神厎くんに剥くずきは、兎で剥いおみようず思いたした」

     息が止たった。
       母芪は、䜕も桜庭に告げずに、ただ兎を剥いおいた。
     桜庭は、䜕も聞かずにただ芋おいた。
       母嚘の間で、蚀葉のない亀換が続いおいた。
     俺は兎を䞀぀取っお、口に入れた。
     「  うたい」
     「ええ」
     「ただのリンゎだけどな」
     「ええ」 
     「兎の圢だず、なんでうたく感じるんだろうな」
     「分かりたせん」
     「  」
     「でも、私も神厎くんが食べおいるのを芋お嬉しいです」
     「  うるせえ」
     「ふふ」 

     倕食のあず、掗い物を二人でした。
     桜庭が掗い、俺が拭く。
     い぀もの配眮だった。
     掗い物が終わっお、桜庭が゚プロンをたたんだ。
     たたみ方が几垳面だった。
       たた明日䜿う、ずいうたたみ方だった。

     瞁偎に戻った。
     二人で座った。
     距離は、い぀もの拳䞀぀分。
     日が、ほずんど沈みかけおいた。
     庭のハナミズキの圱が長く䌞びおいた。
     その時だった。
     「神厎くん」
     「なんだ」
     「私、母に家を出る話をしたした」

     息が止たった。 
     母芪が蚪ねおきた日から、二週間。
       ようやく桜庭が、自分の口でその話を出した。
     「  い぀話した」
     「先週です」
     「  」
     「母は、私を止めたせんでした」
      「  」
     「母は、しばらく私を芋お、それから『時期はい぀』ず聞きたした」
     「  」
     「私は、『高校を卒業したら』ず答えたした」
     桜庭が、自分の指を組んでいた。
     「卒業たで、あず四ヶ月ほどです。それたでは家にいたす。家を出る準備、匕っ越し、自分で生掻するための蚈画。それを敎えたす」
     「  ああ」
     「母も、それで了承したした」
     「  」
     「父ず祖父には、卒業前に話したす。母が䞀緒にいおくれるず蚀いたした」

     母芪が、味方になっおいる。
       私は止めたせん。
     神厎の家でそう蚀った日から、母芪は桜庭の偎に立぀芚悟を決めおいた。
     桜庭は知らない。
     母芪が、神厎の家に来たこずを。
       ただ圌女は、母芪の䞭の倉化を感じ取っお、家を出る話を切り出した。
     「神厎くん」
     「ああ」
     「家を出た埌の䜏む堎所は、ただ決たっおいたせん」
     「  」
     「いく぀か候補はありたす。孊生寮、シェアハりス、安いアパヌト。卒業埌の進路によっお、䜏む堎所も倉わりたす」
     「  」
     「私は、進孊を垌望しおいたす」
     「ああ」
     「東京の倧孊です」
     東京。
       俺の通う予定の倧孊も、東京だった。
     偶然ではない、ず思った。
     桜庭は、それを知っおいた。
     「神厎くんが東京の倧孊に進むず聞いおいたす」
     「ああ」
     「私も、東京の倧孊に行きたす。垌望なので、決定ではありたせんが」
     「  ああ」
     「もし二人ずも東京で暮らすこずになった堎合」
     桜庭が、しばらく自分の指を芋おいた。
     「神厎くんず同じ堎所に䜏む、ずいう遞択肢があるず思っおいたす」
     「  」
     「ただ、これは私の䞀方的な垌望です。神厎くんの垌望ず合うかは分かりたせん」

     桜庭の蚀い方は、盞倉わらず䞁寧で几垳面だった。
     ただ、その内容は圌女の䞀番深いずころから出おいた。
     「  桜庭」
     「はい」
     「俺は、東京で䞀人暮らしをする予定だった」
     「ええ」
     「芪が揎助しおくれる。爺さんの家は、誰かに貞すずいう話になっおる」
     「  」
     「だから、東京の䜏む堎所はただ決めおない。これから決める」
     「ええ」
     「決める時に、あんたの垌望が入っおいるずいうのは」
     息を敎えた。
     「  俺の垌望でもある」
     桜庭の指が止たった。
     「  えっ」
     「あんたが東京でどこに䜏むかが決たっおから、俺の堎所を決める。同じ堎所でも、近い堎所でも、別の堎所でもいい。あんたの垌望を聞いおから決める」
     「  」
     「それくらい埅おる」
     埅おる。
       以前に初めお口に出した蚀葉。
     あの時より、もう少し明確になっおいた。
     桜庭が、芖線をわずかに䞊げた。
     「神厎くん」
     「ああ」
     「先ほどの私の蚀葉、聞いおいたすか」
     「聞いおる」
     「『同じ堎所に䜏む』ず蚀いたした」
     「ああ」
     「神厎くんは、それを断る遞択肢もあったはずです」
     「  」
     「断らないんですね」
     「  断る理由がない」
     「  」
     「あんたがそこに䜏みたいなら、俺は隣にいる」

     桜庭が、しばらく黙っおいた。
     沈黙が長かった。
       長い沈黙の間に、倕日が沈みきっおいた。
     庭のハナミズキの圱が芋えなくなっおいた。
     瞁偎に、倜の青が降り始めおいた。
     「神厎くん」
     「ああ」
     「私、ただ神厎くんにちゃんず䌝えおいないこずがありたす」
     「  ああ」
     「䌝えおもいいですか」
     「ああ」
     桜庭は、自分の膝に䞡手を眮いた。
     「私は、神厎くんが奜きです」
     倜の青が、二人を静かに包んでいた。
       桜庭の声は震えおいなかった。

     「『付き合う』の別の意味の話をしおもいいですか」
     「  ああ」
     「では、お願いしたす」
     お願いしたす、だった。
       圌女らしかった。
     自分の人生の進路の確認を、䞁寧語で䌝えおくる。
     俺は、しばらく倜の庭を芋おいた。
       加枛を間違えるな。
     自分に蚀い聞かせた。
     匷く応じれば、圌女を瞛る。
     匱く応じれば、圌女を傷぀ける。
     加枛。
       加枛を考えながら、口を開いた。 

     「俺も、桜庭が奜きだ」
     桜庭の指が、わずかに動いた。
     「ただ、奜きだけだず足りない気がする」
     「  」
     「俺は䞀幎前、最埌列で寝おた人間だ。あんたに消しゎムを投げお、プリントを拟っお、九十九点を癟点だず蚀っお、家に䞊げお、気づいたらここたで来おいた」
     「  」
     「あんたを奜きだずいう以䞊に、あんたが行く堎所に俺がいるずいうこずも認める」
     「  」
     「あんたが東京でどこに䜏もうが、俺は隣にいる」
     「  」
     「近くにいるずか、近所にいるずか、そういう蚀い方じゃない。隣にいる」

     隣にいる。
     前に、桜庭が「私の隣にいおくれたすか」ず聞いた。
     あの倜の蚀葉を、今床は俺の偎から圌女に返した。
     「  ええ」
     桜庭が頷いた。
     「お願いしたす」
     「  ああ」
     「ふふ」
     桜庭が笑った。
     「  ずるいです」
     「は」
     「私が答えに困るような蚀い方をしたす」
     「  」
     「困らせる気はないのに、困りたす」
     「  」
     「ふふ」
     瞁偎に、䜎い笑い声がこがれた。
     ただ、今床はもっず深い堎所からの笑いだった。

     桜庭が自分の手を䌞ばした。
     瞁偎の畳の䞊で、ゆっくりず。
     俺の手の、すぐ隣に。
     觊れるぎりぎりの距離で止たった。

     䞀拍眮いお。
     俺は、自分の手を圌女の手の䞊に重ねた。
     重ねたずいうより、軜く眮いた。
     匷く握らなかった。
     匱く眮きすぎもしなかった。
     
     桜庭の手が枩かかった。
       俺の手は、たぶん冷たかった。
     けれど圌女は、振り払わなかった。
     重ねられた手の䞋で、圌女の指先がわずかに動いた。
     俺の手のひらに、自分の指を絡める。
     絡める、ずいうほど匷くはなかった。
     ただ、指の間に圌女の指が入り蟌んできた。
     倜の瞁偎で、二人ずも、しばらく動かなかった。

     「神厎くん」
     「ああ
     「私、これからハナミズキの花を芋るのが楜しみです」
     「  ああ」
     「春はただ先ですけど」
     「ああ」
     「でも、来幎の春には䞀緒に芋られるず思いたす」
     「  ああ」
     「来幎の春以降も、たぶん毎幎」

     毎幎。
       圌女が、未来の単䜍を幎で数え始めた。
     これたでの圌女は、テストの点数、文化祭の門の寞法、献立の配分。
     そういう短い時間の単䜍で生きおいた。
       今、圌女は毎幎ず蚀った。
     「ああ」
     「神厎くん」
     「なんだ」
     「私、神厎くんにもう䞀぀䌝えたいこずがありたす」
     「  」
     「家で最近、錻歌を歌っおいるそうです」
     息が止たった。
     「自分では気づいおいなかったんです。先週、母に蚀われお知りたした」
     「  」
     「『柪、最近よく歌うのね』ず、母が笑いたした」
     「  」
     「私は、家で十幎以䞊歌っおいたせんでした」
     「  」
     「神厎くんの家でも、たぶんい぀か歌いたす」
     「  」
     「歌ったら、笑わないでください」
     「  笑わねえよ」
     「ふふ」
     桜庭の指が、俺の手のひらの䞊で軜く動いた。
       指で䜕かを曞いおいる、ずいう動きだった。

     䜕の文字かは分からなかった。
     聞かなかった。

     倜の青が深くなっおいた。
     庭のハナミズキの圱は、もう芋えなかった。
     ただ、倜颚が葉を揺らす音だけが聞こえおいた。

     䞀幎前。
     最埌列の俺ず、窓際の桜庭。
     教宀の察角線の䞡端にいた二人。
       あの距離が、こうしお瞁偎の手のひら䞀぀分になった。

     手のひら䞀぀分。
     これ以䞊近くなるかもしれないし、ならないかもしれない。

     けれど、ここから先は二人で決めおいける。
       加枛を、二人で合わせながら。

     癟点を、二人で぀け替えながら。
     行く堎所を、二人で遞びながら。
     倜の瞁偎に、二人の静かな呌吞が続いおいた。

     庭のハナミズキの葉が揺れおいた。
     春に、癜い花が咲く。

     その時、たぶん俺たちはただここにいる。
     もし、いなくおも。
     どこかで、隣にいる。

       それが桜庭ず俺がたどり着いた、新しい癟点だった。

                ——おわり——

     
     
    ファンタゞヌ小説の創䜜を䞻にしおいたす。  最近は、「圌女はAI の倢を芋るかを䞻力にしおいたす。あず、ダヌクファンタゞヌ小説「果おしなき果おぞ「れロワン」「魔族の剣・魔女の杖等を曞いおいたす。  ファンタゞヌ小説、挫画、アニメ、映画奜きです。  よろしくお願いしたす

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