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芋出し画像

食堂はたる 第5話 倩䜓ず鯛

    校了を終えた色校正玙が机の䞊に積たれおいた。
    印刷したばかりの玙から埮かにむンクの匂いがする。俺にはい぀も湯気のように、むンクが蒞発するのが芋える気がする。
    倜空を刷り蟌んだ黒はモニタヌで芋るよりも柔らかく、心が吞い蟌たれそうな黒だった。
    写真家ず䜕床もやり取りを重ねお決めた色だ。
    「校了でお願いしたす。」
    印刷所ぞ最埌のメヌルを送る。画面の隅の玙飛行機マヌクがビュヌンず音を立おるず、肩の力が抜けた。
    窓の倖を芋るずただ明るさが残っおいた。䞀昚日降った雚が今日䞀日で日が照っお也いたようだ。この時間でも、空の色が柄んでいる。
    今日はいい写真が撮れるかもしれないぞ。
    䞡腕を粟䞀杯䞊にあげ、䜓を䌞ばし、駅ぞ急いだ。
    䞭倮線の䞋りは混んでいたけど、今日は指定垭をあらかじめ買っおおいた。電車に乗る前にコンビニでおにぎりを買っおさっさず食べたら眠くなっおしたった。今日は仕事を終わらせたくお、昌も抜いたたただったな。カヌテンも閉めるず、あっずいう間に眠りに萜ちた。

    山の䞊で䞉脚を据え、ピントを合わせ、シャッタヌを切る間隔を蚭定する。あずは、倜が深くなるのを埅぀だけだった。針に逌をくくり぀けお川の䞭に入れお魚が食い぀くほどのスリルすらない。ただひたすらに埅぀こずで倩䜓写真は撮圱できる。
    地䞊よりはいくらか涌しいので、マットを敷いおひっくり返った。今日は倩の川もしっかり芋える。倏の倜のこの蟺の山ずしおは最高のコンディションだろう。
    どんな写真が撮れるかずいう楜しみもあるけど、この埅぀時間が䜕よりも奜きだった。
    倜には深床があっお、それは時間をかけおピントが合わないず芋えおこない。
    深床が深くなるほど星々は瞬き出す。月のない倜だからなおさらだ。
    倜空を眺め続けおいるずやがお自分が倩ず䞀䜓化する瞬間がある。
    いや、倩なのか、背䞭を預けおいる地面なのか、その境界さえ曖昧になる瞬間が蚪れるのを静かに埅っおいるのは山の倜以倖では味わえない莅沢だった。
    時々画面を確認するくらいで埌はひっくり返っおいるだけなのだが、その時間を長いずも短いずも感じなかった。時間の感芚がここではい぀もず違ううねりを持っおいるのだ。
    山の向こうが明るくなっおくるず「極䞊の時間の終わり」が静かに告げられる。
    この瞬間も終わりず始たりの矎しさがあり、䜓の内偎がじんわりず枩かくなる瞬間だった。
    片付けをしお、ヘッドラむトを頭に装着しおからもう䞀床ただ暗い山際を眺める。
    振り返っお明るくなる空を芋お、新しい1日の始たりを確認する。
    䞋山しおレンタカヌに荷物を乗せ蟌み、シヌトを限界たで倒したら埌は泥のように眠った。

    目が芚めたらいい時間だった。今日は昌飯を予玄しおいるのでそろそろ出なければ遅れおしたう。
    駐車堎のトむレで着替えお顔を掗った。わざわざ予玄しお飯を食べに行くなんおこずをするのはい぀以来だろう。
    前回この山に来た時に店の前を通り、気になっお埌で調べおみたら予玄制の店だった。
    あなたのための献立、か。
    その蚀葉に気持ちがほっこりしお予玄しおみる気になったのだった。
    食堂はたるの入り口に立぀ず、お腹が鳎ったのずお出汁の銙りがしたのず同時だった。
    かぐわしい。俺もちょっずは線集者らしい衚珟するじゃないか。腹の音も鳎っおるけどな。
    暖簟のかかった玄関の脇には青い朝顔が咲いおいた。
    いい色だ、ず思っお暖簟に手をかけるず、䞭から「いらっしゃいたせ。」ず声がしお、戞が開いた。

    「和䜐倧暹さんですか。暑い䞭、ようこそいらっしゃいたした。どうぞお入りください。」
    板の間に案内されるず、倧きな窓から矎しい川の流れが芋えた。小さな応接間だが、壁䞀面が本棚になっおいる。
    「私ははるかず申したす。冷たいお飲み物、お持ちしたすね。」
    本棚を眺めるず、過去に出版した星ず月の写真集があった。思わず手に取り、開いおみる。
    初めおの堎所でこんなふうに自分が䜜った本ず出䌚えるのは嬉しかった。
    「お埅たせしたした。すももゞュヌスです。」
    女将さんはテヌブルにグラスを眮き、俺を芋た。
    「その本、玠敵ですよね。぀い芋入っおしたいたす。倜空、眺めたりしたすか。」
    「ええ、今日も、実は眺めおきた垰りでしお。」
    昚日仕事を終えお電車に乗っおから今たでのこずを話した。
    「それは、玠敵な1日でしたね。どうぞ、氷が溶けおしたうので。」
    女将さんに蚀われおハッずした。
    「すみたせん、぀い盛り䞊がっおしたっお。」
    「いえ、お食事の準備をしおきたすね。」
    やたらず話しおしたった恥ずかしさでグラスを手に取っおすももゞュヌスをぐびぐび飲んだ。気持ちが萜ち着くず、子䟛の頃すももを食べすぎお腹を壊した時のこずを思い出した。
    今はもうないあの実家の庭のすももの朚。兄匟で取り合っお䜕個食べられるのか競争しおいたのだ。腹が痛いず顔をしかめお苊しんでる俺を芋お、匟も俺ももうすぐ痛くなるかもず怯えおいた。バカみたいで笑っおしたう。
    「お埅たせしたした。こちら、お先に前菜です。」
    テヌブルにはだし巻き卵ず、なすず茗荷の揚げ浞し、オクラの胡麻和えが䞊べられた。
    俺は早速だし巻きを食べた。じゅわっず出汁が溢れ出お、その埌卵の甘みが口䞭を満たした。さっきの出汁の銙り、これだ。
    「ずおも矎味しいだし巻きですね。」
    「ありがずうございたす。今朝、この蟺の逊鶏堎さんから仕入れたんですよ。芏栌倖の卵なんですが、味が濃くお矎味しい卵なんです。」
    「卵もなんですが、出汁が矎味しい。」
    「それは嬉しいです。今日の䞻圹はこの出汁で。あ、䜕か飲たれたすか。」
    「今日は車なので、ノンアルコヌルビヌルはありたすか」
    「はい、少々お埅ちください。」
    なすの揚げ浞しからも、オクラの胡麻和えからも出汁の颚味がした。
    普通のうどんの出汁ずはちょっず違う銙りがする。少し銙ばしい。
    俺も容子も広島が出身だから、東京のうどんが䞍味くお嫌いだった。容子が実家から関西の䌚瀟の垌釈甚出汁を送っおもらっおいたっけ。家では蓉子が䜜ったうどんを食べおいたけど、圌女が亡くなっおからはうどんそのものも食べなくなっおしたった。
    「蕎麊は平気なのに、なんでうどんの出汁は蚱せないんだろうね。」圌女の顔が浮かぶ。

    ただ党然死ぬような歳じゃなかったのに、がんが芋぀かっおからはあっずいう間だった。
    俺は先ほどの写真集を開く。圌女が亡くなっおから最初の仕事だった。この本で俺は倩䜓写真ず出䌚い、写真家さんから手ほどきを受けお自分でも撮るようになった。
    写真はなかなかうたくならないけど、あの山での時間を過ごすこずができるようになったこずは倧きかった。圌女は家からいなくなっおしたったけど、倜の山には存圚しおいるような気がしたからだ。
    襖の奥で、女将さんがこちらに近づいおくる気配がした。
    こんな料理ず䞀緒に、本圓は日本酒を飲みたいずころだ。俺は珟実の䞖界に垰っおくる。
    「お埅たせしたした、鯛そうめんです。」
    女将さんはグラスにノンアルコヌルビヌルを぀いで手枡しおくれた。
    俺は鯛そうめんを芋お、ぐっずきおしたった。
    ラヌメン䞌よりも倧きな噚に、そうめんず鯛が䞀尟どんず暪たわっおいた。 鯛だ。さっきの出汁。鯛から出汁を取っおるんだ。
    俺は䞀口ビヌルを飲み蟌んで、鯛そうめんの倧きな噚を自分に寄せた。
    たず、出汁をすする。旚みが喉を通っお食道に萜ちおいく。
    そうめんを箞ですくっお流し蟌み、ズルズル倧きな音を出しお飲み蟌んだ。このコシ、このツダ、この现さ。そうめんだなぁ。しかも枩かい出汁でこのちょうどいい麺の硬さ。
    きれいに盛り付けられた鯛を箞で厩す。ほぐれた身を口に入れるず、錻から魚の旚みず酒の銙りが抜けおいった。
    鯛のふっくらした身は脂がのっおいくらでも食べられおしたう味だった。
    「じゃけん、うたいね。」
    俺は飲み蟌み切らないたた蚀う。䞋品だず思うが、この感動を味わった状態でこれを䜜った人に思いを䌝えたいのだった。
    「和䜐さんは、広島のご出身ですか」
    䞍意に、広島匁が出たこずに気が぀いた。もう䜕幎も䜿っおないのに。
    「はい、そうなんです。僕の実家では、鯛そうめんっお倏䌑みの味で。人が集たる時や芪戚にお祝いがあった時ずかに母が䜜っおいたした。
    なんで急に食べたくなったのか自分でもわからないんですけど、今回リク゚ストしおみたした。懐かしいず感じるかず思ったんですが、実家で食べおいたのよりずっず矎味しいです。」
    「たぁ、それはよかったです。私、鯛そうめんを食べたこずも䜜ったこずもなくお、お気に召しおいただけるかヒダヒダしおいたした。」
    「いや、食べたこずもない料理をこんなに矎味しく仕䞊げるなんおさすがだな。」
    「レシピを調べおみたら、鯛そうめんの出汁は甘めっお曞いおあったのですが、その加枛がわからないので難しくお。こういうのは家庭によっお違う味でしょうから。」
    「はるかさんは、どちらの生たれなの」
    「私は東京なんですよ。関西のお出汁っお矎味しいですよね。うどんっお四囜のむメヌゞですけど、関西のどこで食べおもうどんが矎味しいなっお思いたした。」
    「そうだよ、東京の人でもそう感じるんだね、なんだか嬉しいな。」
    はるかさんは目を现めお笑った。心の䞭の小さな池に氎滎が萜ち、波王が広がるような笑顔だった。

    その埌、はるかさんはスむカを切っおきた。
    「よかったら、はるかさんもご䞀緒したせんか。1人でスむカを食べるのは䟘しいから。」
    はるかさんもむスに座っお、スむカを食べ始めた。
    「スむカの皮っお、どうするのが正しい食べ方なんでしょうね。」
    「僕は、子䟛の頃は飲み蟌んでたしたよ。ペッペっお出すのが面倒で。」
    「ええっ。本圓ですか。お腹痛くならないんですか」
    「スむカではないな。すももは、食べすぎおお腹いっぱいになったこずはありたす。」
    俺が笑ったので、はるかさんも笑った。
    その時、ひぐらしが鳎き出した。この鳎き声は子䟛の頃からどうにも苊手だった。
    「ひぐらしが鳎き出したしたね。私、子䟛の頃からこの鳎き声を聞くず胞が切なくなっおしたっお。」
    俺は目を芋開いおはるかさんを芋た。 俺の瞳孔が圌女の蚀葉にピントを合わせた。
    「僕もです。倏の終わりの鳎き声なんですよね。倕方5時のチャむムみたいな、倏䌑みももうすぐ終わりですよっおチャむムみたいに。」

    レンタカヌを返しお駅のホヌムにたどり着いた頃には、より䞀局、ひぐらしの鳎き声が蟺り党䜓を包んでいた。
    ただ倕焌けには早いが、空の色は青に朱色が混じり始めおいた。
    ベンチに座っお、ザックを抱えながら刻䞀刻ず倉わる空の色を眺めおいた。 トンボが䜕匹も矀れを成しお俺の目の前を通り過ぎおいったが、俺は埮動だにしなかった。
    ああ、今のこの瞬間も倩ず䞀䜓化する瞬間だ。
    遠くから電車が到着するアナりンスが聞こえる。
    この埌電車の䞭で、倕焌けが芋えるかもしれないな。

     
     
    食堂はたる店䞻のはるかです。 川の芋える叀民家で、 䞀日䞀組だけのお客様をお迎えしおいたす。 季節の食材で、 あなたのための献立を䜜りたす。 これは、食堂はたるで生たれた物語です。

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