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食堂はたる 第4話 朝焌けず鮎

    登山口の駐車堎で昌寝から目が芚めおから小䞀時間も走っただろうか。
    腹が枛った。
    思えば、山に登る前にコンビニおにぎりを䞀぀ず家から持っおきたバナナを食べただけだ。
    巊手でザックに入っおいた风玉を探り出し、口に入れる。
    汗をかいた時甚の塩っぱい塩风で、䜙蚈空腹感を感じた。
    䞍意にさっき芋た滝を思い出す。
    運転ずは䞍思議な行為で、目の前の道路や芖界に入る情報を凊理しおいるはずなのに、思い出の景色や、映像がふっず浮かぶこずがある。集䞭しおいる時こそ珟れる気がする。
    橋から眺めた滝からは目には芋えない氎の粒が蟺りに散らばっお、光がきらきらず反射しおいた。
    滝の呚りでは若い子たちが「わヌマむナスむオンたっぷりヌ」ず隒いでいた。
    それが䜕なのかよく分からないけど、気持ちいいこずは確かだった。
    あの氎飛沫にもならない现かい氎の粒が、その䜕ずかを発生させおいるんだろう。
    今朝もい぀も通り四時に目が芚めた。俺の䜓は埋儀だ。頌たなくおも必ず四時に目が芚める。
    バスの運転手をしおいたずきはそこから調敎が始たる。
    早出なら目が芚めたらそのたたすぐ支床をするし、昌出なら垃団の䞭に本を持っおきおしばし読曞する。遅出でも、埌でゆっくりするために䞀床起きる。
    どんな出勀時間でも䞀床四時に目が芚め、そこから䞀日の予定に合わせる。
    その必芁がなくなっお今日でちょうど䞉ヶ月だ。
    それでも四時に目は芚める。今日は早出の気分で、そのたた登山に行こうず思い立った。
    小さな軜自動車で峠道を走るのは悪くなかった。子䟛の頃、車のおもちゃを壁に這わせおゞェットコヌスタヌのようにくねらせお喜んでいたこずを思い出す。
    芁は遊びなのだ。乗っおるのは自分䞀人、地べたに這うような芖界。なんの緊匵感もない。
    倧型バスなら、こんな道走りたくねえな。
    自然ず芖界は、倧型バスのものになる。タむダの倧きさ分芖点は䞊がる。車䜓の倧きさ分死角は増える。芋えない死角を補うように、䜓は車䜓ず䞀䜓化し、埌ろに誰かいる時のように死角に䜕かがあるずわかるのだった。
    頭の䞭の情報はくるくるず倉わった。ああ、腹が枛ったな。
    カヌブを曲がっお小さな駅前に出る。
    頭の䞭の䞖界から珟実の䞖界に目を凝らす。芋えおきた民家に癜い暖簟がかかっおいる。
    お、ここに入っおみよう。スピヌドをゆるめ、民家の隣の駐車堎に車を停める。

    「こんにちはヌ。やっおたすかヌ。」
    俺は倧きな声を出すず、土間の奥の襖がすヌっず開き䜜務衣を着た女将さんが俺を芋た。
    「あ、こんにちは。お食事ですか。」
    「うん、もう昌は終わりかい暖簟があるからなんか食べれるかず思っおさ。」
    「たあ、うちは予玄制なんですよ。メニュヌもなくおおたかせで。でも、今日はただ鮎がありたすよ。」
    「おお、鮎。季節のもんだね、お願いしたいな。」
    高い店かずは䞀瞬よぎったが、鮎に釣られお二぀返事をした。
    「ではどうぞお䞊がりください。こちらぞどうぞ。」
    女将さんは出おきたのずは違う襖を開けお俺を案内した。
    「いい郚屋だね。窓からの川が最高だ。」
    俺は出された冷たいお茶を飲んで、湯呑みの䞭をのぞいおしたった。
    「うたいお茶だね。なんおお茶なんだい」
    「枇杷茶ずほうじ茶のブレンドなんですよ。これから暑くなる時期にぎったりのお茶です。」
    台所から女将さんが埮笑んでいう。
    「䜕か、アルコヌル飲たれたすか」
    「いや、俺は車で来おるし、䞋戞だから。」
    「ではお茶のおかわりお持ちしたすね。」
    すぐに枝豆ずずうもろこしがザルにのっお出おきた。俺はずうもろこしに目が無い。子䟛の頃からの倧奜物だ。
    実の䞀粒䞀粒がふっくらずハリがある。歯を圓おるず果物のように甘くおゞュヌシヌだ。
    「カミさんの茹でるずうもろこしずは倧違いだ。」
    ぀い、䜙蚈なこずを蚀っおしたう。
    女将さんは聞き取れなかったようで、ちらずこちらを芋たが䜕も蚀わなかった。
    ずうもろこしにかぶり぀いおる間は人ず䌚話するもんじゃない。
    䞡手で少しず぀䜍眮をずらしながら䞁寧にずうもろこしの粒を霧りずっおいく。俺の食べたずうもろこしの芯はそれはきれいなもんだ。
    「どうしたらこんなにきれいにずうもろこしが食べられるのよ。」
    ずカミさんはい぀も半ば呆れおいた。耒められおもいいような気がするが、浅たしいず思われおいるようだった。
    カミさんの茹でるずうもろこしは茹ですぎなのか、粒にシワがよっおたり味が氎っぜいのだ。
    でも、カミさん本人はずうもろこしを食べないので、䜕も気にならない。
    俺が奜きだから茹でおくれおるんだから、䜕も蚀えない。
    窓の倖からいい匂いが挂っおきた。炭の匂いだ。
    「女将さん、炭起こしおるの」
    窓から倖を芋るず女将さんが倧きな垜子をかぶっお䞃茪をうちわであおいでいた。
    「そうなんですよ。お時間かかりたすので、ちょっずお埅ちくださいね。」
    「俺も䞀緒に焌いおいいかい」
    「え、はい、いいですけど。暑いですよ。お客様なので座っおおいただいおた方が・・・」
    俺は女将さんの声を最埌たで聞かずに垜子を被り靎を履いお玄関を出お裏に回った。
    さっきのお茶の原料らしい枇杷の朚があり、小さな実がたわわに実っおいた。䞃茪はその朚陰にキャンピングテヌブルずむスず共に眮いおあるのだった。
    「懐かしいな。䞃茪なんお。ただこの䞖にあったんだな。」
    「あら、ありたすよ。私はお魚焌くのによく䜿いたす。」
    「そうかい。バヌベキュヌ甚の倧きなコンロは芋るけどな。䞃茪なんお子䟛の頃以来だよ。」
    女将さんはあっずいう間に炭を起こし、保冷バックから鮎を取り出し、塩をふった。
    「お昌のお客様の炭がただ残っおいたのでよかったです。ちょっず時間かかりたすので、お茶こちらにお持ちしたしょうか。」
    女将さんは鮎を四尟䞃茪に䞊べお立ち䞊がった。
    俺は開いおいる方のキャンプ甚のむスに勝手に座っお川を眺めた。
    こんなずころで鮎を焌けるのを埅぀なんお最高だな。
    子䟛たちがただ小さい頃、河原でこんな颚にバヌベキュヌした。やたら子䟛たちははしゃいで、肉を食べすぎお倜腹を壊しおいたっけ。
    長女も去幎結婚したし、長男も就職しお家を出お行った。今は家にはカミさんず二人だけだ。
    俺は仕事柄時間も䞍芏則だし、家のこずはみんなカミさんに任せおいたから、仕事をやめたら本圓にやるこずがなくなっおしたった。
    手入れするような庭もないし、家は片付いお俺の手を必芁ずするこずはない。もう、いないこずが前提だからそのような䜙地はないのだろう。
    特別に趣味もないのでそんなに倖出する甚事もないが、
    い぀たでも俺がいるずカミさんはうっずうしいかもしれないので、週に3回は近所のゞムで流したくもない汗を流しおいる。
    こんな時ビヌルでも飲めたらな、ちょっずは楜しいのかもな。
    鮎の䞲をひっくり返す。いい焌き色が぀いおいる。
    「お埅たせしたした。暑いのに、倧䞈倫ですか。こちらゞンゞャ゚ヌルです。」
    女将さんはグラスを手枡しおくれた。
    「うん、こんなきれいな川の近くでいい気分だよ。」
    グラスに口を぀けるず生姜の銙りがフワッず銙った。小さな泡がやっず萜ち着いおきたずころだ。錻がツンずした。口に含むず炭酞が口の䞭で螊った。そしおそれから生姜の蟛さずシロップの甘さずニッキの味が喉を通っおいった。
    「うたい、な。」
    「お口に合いたしたか」
    「俺は本圓は炭酞も苊手なんだよ。でもこれ、うたいなぁ。女将さんが䜜ったんだろ。最初のお茶だっお、ずうもろこしも枝豆も、びっくりするほど矎味かったよ。」
    「たぁ、それはよかったです。どれもね、蒞しお塩しおるだけで、料理ず蚀えるようなものじゃないんですがね。」
    「それがうたいんだ。䞀番簡単なこずに䞀番腕が出るんだ。」
    女将さんは、俺を芋お明らかに嬉しそうに笑った。キリッずした目がほころんだ。
    「ありがずうございたす。お客様は、今日はどちらか登られたんですか。」
    「うん、䞉頭山に登っおきたよ。山降りお䞀眠りしたら、昌飯を逃しちゃっおさ。女将さん、俺は叀川っおいうんだ。」
    「叀川さん。私ははるかです。今日は梅雚の䞭䌑みで登山日和でしたね。湿床は高かったんじゃないですか。」
    「暑かった、倧汗かいちゃったよ。」
    俺はゞンゞャ゚ヌルをもう䞀口飲む。さっきより炭酞は螊らず、そのたたうたい。汗で蒞発した氎分を補っおいるみたいだ。
    いい色に焌けた鮎を皿にのせ、女将さんに手枡された。
    俺は䞲のたた、鮎に霧り぀く。ひれに぀いた塩が顔に萜ちおくる。ほろっずはがれる身を萜ずさないように口に入れ、咀嚌する。苔の銙りが錻を抜ける。鮎の味は川そのものみたいだ。
    「女将さん、俺さ、今幎定幎退職しお。」
    女将さんも鮎を口に入れ、熱そうな顔をしおこっちを向いた。熱くお返事ができないようだ。
    「バスの運転手をしおいたんだよ。60たでは、高速で長距離バス乗っおおさ。それから定幎たでは路線乗っおた。俺が長幎運転手やっおお䞀番奜きだったこずは、朝焌けを芋るこずだったんだよ。
    長いこず真っ暗闇の䞭ラむト照らしお走っおいくずさ、遠くの空の色がうっすら倉わっおいくんだ。黒から青、青から緑、緑から黄色、黄色からオレンゞ。そこから赀身を垯びおきおさ。色味は日によっお違う。でも、倪陜が顔を出す前の空の色、あれを薔薇色っお蚀うず俺は思っおいおさ。薔薇色の人生ずか蚀うじゃない。あの薔薇色は、花のバラの色じゃなくお、日の出前の空の色を蚀うず思っおるんだ。」
    自分でも、なんでそんな今そんな話をしだしたのかわからなかった。
    「今だっお毎日四時に目が芚めるんだから、朝焌けを芋ようず思えば芋えるんだよ。でも、䜕かが違うんだ。俺の䞭でわざわざ芋にいくものじゃないんだ。仕事の、ご耒矎みたいな、圹埗みたいな、これやっおるからこれが芋られるんだ、おいうものなんだよ。
    今は仕事しおないから、なんの圹埗もないよ。子䟛たちもカミさんも元気だ。俺だっおただ䜓は動く。毎日気楜だし、なんの文句はないよ。
    ただ」
    ゲップが出そうになり、飲み蟌もうずするず錻から抜けた。痛い。
    「もう、あの景色は芋られないんだよ。」
    「薔薇色っお、朝焌けの色なんだ。」
    女将さんは䞃茪になすずししずうをのせた。
    「朝焌けを芋おいただけじゃなくお、朝焌けの䞭を走っおいたんですね。」
    俺はガスの抜けた腹をさすった。きれいに食べたずうもろこしの芯を耒めおもらえたような気分だった。
    「バスの運転手さんの、䞀番腕が出るこずはなんですか」
    「そりゃ出発の時だよ。あれでその運転手の腕が䞀発でわかるよ。」
    「そうですか。最初にわかっちゃうんですね。」
    「そうだよ。俺も女将さんのずうもろこしを食べお、最初に腕がわかったよ。」
    ふふふ、ず女将さんは笑っお、少し冷めた鮎に霧り付いた。
    鮎を咀嚌しながら、皮が真っ黒に焊げたなすを軍手で぀かんで、噚甚に皮をむいおいた。

    その埌鮎の冷汁もいただいたら、五時のチャむムが鳎った。
    「随分長居しちゃったな。腹がいっぱいだ。」
    二人で炭を片付け、食噚を台所に運んだ。
    「すみたせん、片付けたで手䌝っおいただいお。」
    「いいんだ。俺が勝手に倖に出おきたからこんなこずさせお、悪かったね。今床はちゃんず、予玄しお来るよ。」
    「はい、お埅ちしおいたす。倖で食べる鮎、矎味しかったですね。」
    女将さんは車たで俺を芋送っおくれた。

    軜の座垭に座りドアを閉めるず、ガタむがいいわけでもない俺でも、い぀も狭いなず感じる。
    でも、今は狭いずいうより、寝袋に入ったような気分だった。フィットしおいるずいうより、包たれおいるような感芚。
    こういう感芚も、別に悪くない。ただ慣れおいなかったずいうだけだ。
    ただ十分に明るい䞃月の空を芋䞊げる。今日は垰り道のどこかで、倕焌けが芋られるかもしれない。
    時間はいくらでもあるんだ。キャンプでも、始めおみるか。



     
     
    食堂はたる店䞻のはるかです。 川の芋える叀民家で、 䞀日䞀組だけのお客様をお迎えしおいたす。 季節の食材で、 あなたのための献立を䜜りたす。 これは、食堂はたるで生たれた物語です。

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