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世の中のアプリはだいたい優秀だった

アプリストアを開けば、完成度が高く、
魅力的なアプリがたくさん並んでいる。

機能もデザインも整っていて、
少し探せば欲しいものはだいたい見つかる。

それでも使っているうちに、
ときどき小さな違和感が残ることがあった。

不便というほどではない。
むしろ何でもできるからこそ、
自分が本当に触りたかったものが、
見えづらくなっていたのかもしれない。


あるとき、色鉛筆で塗り絵をしたくなった。
スマホで色を塗るアプリはいくらでもある。

でも楽しみたかったのは、
効率よく塗ることではなく、
黄色と赤を重ね、青を少し混ぜる、
色が変わっていく時間そのものだった。

そこで、混色を試すだけの
「IroMix」というアプリを作った。

大きな機能はない。
ただ、色を選び、混ぜるだけの画面だった。


図形を描こうとしたときにも、
似たようなことがあった。

高機能なデザインアプリはすでにある。
しかし画面を触るたびに、
動かしている場所が指で隠れてしまう。

それなら、直接動かさなくてもいい。

ゲーム機の十字キーのようなボタンで、
図形の座標を少しずつ動かす。
少し上。少し右。行きすぎたら戻る。

そんな感覚で描く
「VectorBoy」を作った。

効率はよくない。
でも、指で隠れない。
それだけで少し落ち着いた。


画像生成AIでドット絵風の素材を作ったときにも、別の違和感があった。

一瞬で、それっぽい画像が出てくる。
ただ、よく見ると色がばらつき、
ドットの大きさも揃っていない。

そこで、色数を減らし、
近い色をまとめる
「DotCleaner」を作った。

最後は自分の目で見て、
気になるところを少しだけ直す。

全部を自動化したいような、
最後のひと手間は残したいような作業だった。


これらのアプリを作った当時は、
それぞれ別の不便を解決しているつもりだった。

でも今振り返ると、
どれも同じことをしていたように思う。

早く終わらせるより、途中を眺めたい。
直接動かすより、一つずつ確かめたい。
すべてを任せるより、自分の手を少し残したい。

便利なアプリを作りたかったというより、
自分が心地よいと感じる一瞬や手順を、
小さな画面の中で探していたのかもしれない。

どれも大きな発明ではない。
既存のアプリでも目的は果たせたと思う。

それでも残った小さな違和感を、
見なかったことにできなかった。

そうして作ったものは、
便利な道具というより、
そのときの自分の感覚を残すものに近かった。

最近作っているゲームや町も、
たぶんその続きにある。

振り返ってみると、
もう少し触っていたいと思えるものを、ずっと探していたのかもしれない。

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