削るほど、残るものがある
今回は22個目のアプリ
「PocketLeather」を作るまでの記録です。
きっかけは、これまでの記事をAIに読ませたことでした。
次に作るアプリのアイデアとして、一つの提案が返ってきました。
「革靴を育てるゲーム。
歩数や経過時間で革にシワが刻まれ、ブラシをかけ、クリームを塗り、布で磨き上げる「手触り」だけを楽しむ箱庭。」
私自身、普段から革靴の手入れをしていて、テーマとしては完璧でした。
そこからAIとやり取りを重ねるうちに、アイデアはどんどん整っていきます。
季節や天候で変わる環境、時間による経年変化、記録されるコレクション。
どれも自然でしっくりきました。
ゲーム内の機能は確実に増えていきます。
しかし、画面を開いたまま、
何故か進んでいる気がしない時間が増えました。
靴がだんだん汚れていき、
ボタンを連打してそれを落としていく。

ゲームのような雰囲気は、一通り揃っていました。
しかし、ふと手が止まりました。
「これは、革靴を磨いている感覚じゃない。」
イベントはすぐ終わり、ポイント稼ぎは単なる作業、見た目も退屈。
どれも正しく動いているのに、なぜか続ける気になりませんでした。
開発が進むにつれ、AIは言いました。
「ここまででも成立していますが、本気でヒットさせるなら、もう一段階ゲーム化が必要」
正論でした。
しかし、それに対する私の反応はこうでした。
「これは自分専用なので、このまま作り続けます」
「正解」を知り尽くしたAIはヒットするための話をしていましたが、
私はもう同じ方向を向いていませんでした。
画面を触りながら機能を考えているとき、
ふと、靴クリームの平べったい缶のことを思い出しました。
机に置いたときの、カツンという音。
クリームで少し汚れ、指に少しだけ残る重み。
そこから、イベントやポイント、コレクションといった要素を、
一つずつ外していきました。
外すたびに、画面を開いている時間が少しずつ長くなっていきました。
残ったのは、
光の変化と液晶のにじみ、
ボタンを押したときの沈み込みでした。
気づくと、
何も起きない画面にほっとする自分がいました。
最初に考えていたゲームらしい要素はもう無くなっていました。
そこには、革靴を手入れした日付を記録するだけのアプリが残っていました。


