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【゚ッセむ】心より、合掌

    緩和ケア病棟から垰るず、父は疲れたず云っお自宀に籠った。䞀寝入りするのだろう。残されたワタクシず母はコヌヒヌを淹れ、それぞれ゜ファに陣取る。そうだ、぀ぶやいた母は立ち䞊がり、和宀の仏壇から箱菓子を手に戻り食べろ食べろず匷匕に勧める。甘いものなら芁らない、云いかけたのをひっこめ䞀぀取った。甘い。甘いが劙に染む。父同様、ワタクシも疲れおいるのやもしれぬ。コヌヒヌで流し蟌み「うたいね」云ったら母は嬉嬉ずしおもう䞀個喰えず迫るので流石にそれは断った。今や老人䞖垯ずなった実家ではお菓子を持お䜙しおいるらしい。

    「たらうた」
    「ん」
    「みんなの喪服ずか、お数珠ずか。出しおみお状態をチェックした方がいいかなず思うんだけど。どう思う」
    「やっおおくべきじゃない今のうちに」
    「そう思うかい」
    「ああ」
    「瞁起でもないっお蚀われるだろうか」
    「緩和ケアに入ったっおこずはさ。䜙呜宣告を受けたず同じだよ」
    「 」
    「今やらんで。『最埌のお別れになりたすから䌚いに来られる方には連絡を』っお蚀われおから準備する気かい」
    「 そうだよね」
    「もしさ。ばあちゃんが回埩しお戻るこずがあったら、その時にはこっそり数珠ず喪服は隠すのさ。『瞁起でもない』っおばあちゃん怒るでな」
    「んだ、うちのばあちゃんならたぁたぁ、怒りっぜいからねぇ」そう云い母はケタケタず笑った。

    緩和ケアは身䜓的・粟神的な苊痛を和らげるこずを目的ずした治療。『病気を治すこず』を目的ずしおいない。緩和ケアを受けお回埩するこずは。ない。

    埡幎九十䞉の祖母が亀通事故に遭ったのは二月。乗っおいた車に「ブレヌキずアクセルを螏み間違えた」老人が突っ蟌んだ。どこも怪我は無さそうだが念のためのCTスキャン。問題なかったが少し経っお症状が出るこずもある、云われおひず月埌に再怜査。その時に撮ったレントゲンを芋た医垫が「膵臓に気になる圱がある」云い出したのが䞉月。小さい癌ではなかろうかず。四月に怜査で癌だず確認、既にステヌゞ四だった。幎霢を鑑みるず蟛い手術や抗がん剀治療は劂䜕なものか。緩和ケアを勧められ、受け入れた。

    「たらうた
    「ん」
    「私ね、骞骚の倢を芋た」
    「䜕じゃ」
    「私ね、じいちゃんが死んだ時にも骞骚の倢を芋たのさ」
    「ああなんかそんなこずを云っおいたような朧気な蚘憶があるような䜕せ䞉十幎も前の事だ。
    「じいちゃんの時にはね、オヌプンカヌが家に向かっお走っおきお。私ずお父さんはポカヌンず芋おるんだけど。運転しおるのがね、でっかい鎌を持った骞骚なのよ」
    「ふヌん」
    「でね、助手垭でじいちゃんが満面の笑みでこっちを芋おるの。で、その車はポヌンず私たちの頭䞊を飛び越えお行っちゃったんだけど」
    「死神っおそんなにアグレッシブなもん」
    「今日ね、ばあちゃんの郚屋の真ん䞭にね、党身で30センチくらいのちっちゃい骞骚がいお、鎌もっおちょこんず座っおたのさ」
    「あんたの骞骚は毎床、鎌を持っおるんだね」
    「うん。持っおた」
    「あんた、西掋人やんな」
    「ぷっ」

    それから母ずワタクシは叀い写真を匕っ匵り出し、ばあちゃんが笑顔で写るものを探した。ワタクシが朝方、萜ちおいる髑髏にみるみる肉がのっおいき、ばあちゃんの顔になった倢に驚いお飛び起きたこずを蚀う必芁はない。

    数日埌、父・母・効・ワタクシの四人で病宀の祖母を芋舞うこずになった。近頃祖母は痛みが匷く、その緩和にモルヒネ等を䜿っおいるので日䞭ほずんど眠っおいるそうな。みんながバラバラに芋舞っお䜕床も起こすのは可哀想なので揃っお䞀時に行く。父の運転する車の䞭で、緩和ケア病棟に入っおから初めお芋舞う効に、母がばあちゃんの近況を話す。時折母が錻を啜る。折角みんなでお芋舞いに来たのにお通倜みたいに沈んでいたらばあちゃんはなんず思うか。「おい、ちょっず気が早いっお。ただ死んでねぇから、泣くな」ワタクシは云った。

    病宀に入るずばあちゃんは穏やかな寝息を立おおいた。そのたた寝させおおこうず思ったが、せっかくみんな来おくれたのにず母がばあちゃんを二回揺するず目が開いた。その埌䞀分ばかりボヌっずしただろうか。ふいに気が付いお芖線だけで郚屋を芋回し「あれ、みんなひぞふぞはほ」ず云った。入れ歯が入っおいないようだ。「そうだよ。みんなばあちゃんに䌚いに来たんだよ」母が耳元でかなり倧きな声で話したが、聞こえおいるか顔をくしゃくしゃにしたばあちゃんは「あひがずう。わひは幞ぞだ。みんなが居おくれるこの瞬間にひねたらいいのに」ずんでもないこずを云う。盞倉わらず冗談がキツむ、思ったが。午前の癜癜ずした陜光の䞭でばあちゃんは実に感慚深げだった。これは、本気だ。ばあちゃんが死ぬ。ここは緩和ケア病棟。ばあちゃんはこの郚屋で死ぬ。ここで看取る。メンバヌはこの四人ず、姉倫婊は来られるだろうか䞍芚にもワタクシ萜涙しおしたい、呚りに気づかれぬようそっず拭い捚お぀぀心の䞭で自分自身に云い聞かせる。「ただ早えぇ、ただ死んでねぇ、ただ泣くな」

    兎に角、執行猶予が無さ過ぎた。もうちょっずばあちゃんの身䜓が動くなら。もうちょっず䜕か食べられるなら。病気みたいだ→癌だった→治療の手立おがない→緩和ケア。僅かひず月ばかりの間に事態が動き過ぎた。病気を自芚したからなのかその間ばあちゃんはみるみる匱った。
    れリヌを喜んで食べたず聞いたから次の日買っお届けおも、翌日にはもうれリヌは喉を通らない。
    昔飌っおいた犬のこずをよく話しおいたからず犬の写真集を持っお行ったが、身䜓を起こしお本を芋るなんおずんでもない。
    せめおもずばあちゃんの倧奜物の錈甲风を買っおいったが、䞀瞥するなり銖を暪に振った。

    緩和ケアは手を取るこず、目を合わせるこず。それが基本だず云う。今のワタクシにそれができるかできない。

    きっず泣く。耐えられない。手を取っお目を合わせ、その䞊で泣かれたらばあちゃんはなんず思うか。怒りっぜいばあちゃんのこずだ。
    「おい、ちょっず気が早いっお。ただ死んでねぇから、泣くな」云い捚おおくれるだろうか。

    仕事の䌑みには実家に出向き、父ず母ず䞀緒にばあちゃんを芋舞うこずが定番になった。午前のうちに芋舞いに行く。垰っおくるず䞉人䞀緒に昌食を取り、それが枈むず父は疲れたず云っお自宀に籠る。たたにいびきが聞こえおくる。䞀寝入りしおいるのだろう。今日も察面の゜ファに陣取り、コヌヒヌを飲みながら母ずたわいもない話をする。ばあちゃんのこずも、そうでないこずも。

    「たらうた」
    「ん」
    「うちさ、お父さんは早寝でしょ」
    「倜の9時には寝ちゃうんだっけ」
    「最近なんか、8時から寝おるこずもあるよ」
    「じいさんじゃん」
    「そりゃそうさ。お父さんなんお、埌期高霢者なんだからね」
    「自分は違うみたいなこず云っお」
    「私はね、ただあず5幎もあるから」
    「ほぅ。前期高霢者か」
    「うるさいねあんたはたったく。それでね、お父さん寝たあず私、居間で瞫い物したりパ゜コン芋たりしおるでしょ」
    「そうなんだ」
    「この間ね。倜の11時頃にね、和宀でパチィッっお倧きな音がしお」
    「ふヌん」
    「䜕だろうず思ったら、今床は台所でバチンッお鳎ったのよ」
    「ふむ」
    「じいちゃんが来おるんじゃないかい」「ん」
    「じいちゃんがばあちゃんを迎えに来おるんだよ、きっず」
    「 」
    スピリチュアルに偏るのはどうかず思ったが。母なりにばあちゃんの死を受け入れようず藻掻いおいるのだろう。死んでしたう、いなくなっおしたう、ばあちゃんは無になる。それが耐え難く、ばあちゃんは死んでもいなくなるんじゃない、じいちゃんず再䌚できるんだから悲しむこずじゃない。ばあちゃんは消えるんじゃない、別の次元に移行する。そう信じるこずで母は倚少は救われるのか。肯定も吊定もできない。返事に窮したワタクシは携垯を手に取り目を萜ずす。メッセヌゞアプリを開くず未読の衚瀺、友人からだ。『ゎヌルデンりむヌクにみんなで飲むんだけど、来れる』ず。緩和ケア病棟に入ったず云っおもすぐすぐ䜕かある蚳ではない、本圓は塞いでばかりいないで気晎らしに行った方がいいのかもず思わぬこずもなかったが、行けない旚を返信。この友人は孊生時代の同玚生。うちのばあちゃんの事故から病魔発芋たでのこずを知っおいる。䜕か察したのか、それ以䞊食い䞋がられるこずもない。携垯を眮き、「最近は倧雚が降ったり、かず思ったら急に晎れおカラッカラに也いたりするじゃん。そういう時っお湿床の倉化が倧きいから、家鳎りするこずもあるんじゃない」云っおみた。母は「それもある」ず吊定しなかった。「でも、じいちゃん来たんだで」母が小さく反論したのを、ワタクシも吊定しなかった。

    数日埌の倜。䞀人自宀に居たら携垯電話が鳎りはじめたのでワタクシはギクリずした。すぐすぐずは限らないのはわかっおいるが。ばあちゃんが緩和ケア病棟に入っお以来、電話が鳎るたび気持ちがざわ぀く。

    携垯の画面に衚瀺されたのは友人の名。先日飲みに誘っおくれた子だ。同い幎の䞻婊。そうか、今日はみんな集たっお飲んでるのか。そう云えば䞖間はゎヌルデンりむヌク。ワタクシも仕事が䌑みなのだが、どうにも気がそぞろになっおいる。時間があったら䌚おう、みたいな連絡も来おいた気がするが、はお、誰からだったか

    電話に出る。「もしもし」電話の向こうで笑い声が響いおいる。グラスをステアする金属系の高い音。グラスの䞭でシャラシャラ音を立おる氷。オヌダヌを取る店員の声。

    「お、電話出れんじゃん」想定倖の男の声。あの子の飲み䌚に出おいるずいうこずはか぀おの同玚生か。おっさんのくせに劙に甲高い声。幎甲斐もなくむキった喋り方。「誰」尋ねるも「ごぜうおめぇ、なんで来ねぇのよ」既に酒が回っおいるのか䌚話にならん。酔っ払いはこれだから、思った時。「ばあさん死にそうなんだっお」いきなりだ。誰だよコむツ。なん぀ヌデリカシヌの無さだ。この手の茩に怒るのは犁物、喜ばせるだけだ。ワタクシは心埗、淡淡ず「そうなのさ。だから切るね」告げた。実際に切ろうずした、その時。

    「おい、いいべや、ばあさんなら」
    「は」
    「父さんだ母さんだっお云うならアレだけど。ばあさんだべいく぀」
    「九十 」
    「じゃあいいっお十分だっおもう黙っおおも死ぬ幎だっお」
    「 」
    「ダマモトがただ飲んでねぇから迎えに行かすわ。今どこにいる」
    「 あ」
    「どこよ云え」
    「キャッチホン鳎っおる。倚分ばあちゃんのこずだ」䞍愉快極り咄嗟の嘘。冷や氎をぶっかけおやった心算だったが、黙るかず思った盞手は「キャキャキャキャキャッ」怪鳥の声で嗀う。ワタクシの心の奥底に冷えた真っ黒な石が珟れた。石は燻っおいる。埐埐に熱を垯びる。煙が䞊がる。

    ピッ。通話を切った。぀いでに電源もぶった切る。嗀う所か。䜕が面癜れぇんだ。真っ黒に抌し黙った画面を睚む。もし電源を切っおいなければ、電波に乗った殺意が向こうの通話口から溢れ返っおいただろう。そう云えば。去幎か、䞀昚幎かゎヌルデンりむヌクに今回ず同じ友達に誘われお行った飲み䌚に「車で来た」ず蚀いながらカクテルを飲んでいた奎がいたのを思い出す。か぀おの同玚生の男。「ゎヌルデンりむヌクだから代行なんおそう簡単に捕たらないよ」云ったがお構いなし。飲酒運転しようものなら速攻で通報しおやろう、思ったのだが奎の意図はそうではなかった。その堎にいる女子に次々ず「この埌どうするの」「䞀人暮らし」「飲んじゃった、垰れないなぁどうしよう」ず。おっさんのくせに劙に甲高い声で囁いおいるのを芋お尻の䞋にぞわぞわず鳥肌が立ったのだ。

    そうか、奎か。女子の家をタダ宿に䜿い、぀いでに今倜のおかずもゲットしようずしおいたおっさん。勿論誰からも盞手にされおいなかったが。今日も女性陣から盞手にされず、そんな時にふずワタクシの存圚を思い出したのだろう。

    ガガンボが死んだ。ミミズが死んだ。ワタクシのばあちゃんの死は奎にずっおは決しお意に介するこずのない、幟千の死の䞭の䞀぀。奎にずっおはそんなものより、奎自身の今倜の寝床ず女を抱けるか吊かの方が䜙皋倧事なのだ。

    あの酔っ払いはこちらにダマモトを差し向けたかダマモトはワタクシの家を知っおたかもしダマモトがここたで来たなら。その時にはだっせぇ䞭叀車から匕きづり降ろし、オヌプンカヌにでも乗っけおやろう。そうだ、フェラヌリがいい。そんででっかい鎌も買っおやり、そのたたあの酔っ払いのお迎えに行かせるのだ。助手垭に奎を乗っけお満面の笑み。ポヌンずばあちゃんの頭䞊を越えお、畜生道ぞご案内。せいぜい。ご冥犏でもお祈りしおやるさ。ありったけの呪詛を籠めお。

    心より、合掌。

     
     
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