
🍒音楽つまみ食い(24)建国250年アメリカ州巡りの旅|リンダ・ロンシュタット、ビリー・ジョエル[思い出の曲][旅][アメリカ]
あさって7月4日は、アメリカ合衆国の独立記念日🇺🇸
建国250周年ということで、今回の『🍒音楽つまみ食い』は、合衆国の「州をめぐる旅」にでかけるとしましょう🚌💨

オープニングは、まずこの曲から🎧
アルバート・ハモンド「カリフォルニアの青い空」(1972年)
アメリカ合衆国の西の玄関といえばカリフォルニア。
1850年にメキシコから割譲された、全米50州の31番目の州。
日本より少し大きいサイズで、北部にはサンフランシスコ。南部にはロサンゼルス(L.A.)とサンディエゴがあり、何と言っても、大谷翔平選手のいるドジャースのL.A.が有名⚾️

アルバートも歌っているように、本当に雨が降らなくて、
私の滞在中も、ずーっといいお天気でした🌞
リンダ・ロンシュタット「コロラド」(1973年)
コロラドといえば、何と言っても、ロッキー山脈の大自然ですよね。
標高3,000m超の岩山だけの峰が立ち並び、氷河に削り取られた湖は、エメラルド・グリーンの輝き。

大きな角を持った「エルク(ワピチ)」という鹿の群れが、のんびりと草を食み、まさに「天国へ近い場所」という表現がピッタリ🦌
都会育ちのジョン・デンバーが、キャンプに訪れて、雄大な自然に触れた時の感動が、あの有名な「ロッキー・マウンテン・ハイ」という名曲を生んだんですよね🗻
ダン・フォーゲルバーグ「イリノイ」(1974年)
イリノイ州と聞いてピンと来ない方も、シカゴと言えば、「あぁ、シカゴね」ってことになるでしょう。
映画『アンタッチャブルズ』のアル・カポネに代表される、ギャングの街って感じで、ちょっと物騒なイメージがありますよね👨🎤
でも大丈夫。州の中央は、辺り一面黄金色のとうもろこし畑が広がる大平原🌽

"収穫には間に合わないけど、
きっと収穫祭には帰るんだ。
イリノイ、イリノイ。イリノイ、
アイム・ユア・ボーイ🎵"
全米で最も平均的な州がイリノイ州。
まさに「古き良きアメリカ」です。
エミルー・ハリス「テネシー・ワルツ」(1981年)
イリノイ州からミシシッピ川を南に下ると、ミズーリの次はテネシー州。
そこはアメリカの音楽の中心地。
中でも川沿いのメンフィスは、「ブルースの聖地」であると同時に、「ロックンロール誕生の地」。
一方、東の州都ナッシュビルは、「ミュージック・シティ」という愛称で呼ばれる通り、世界のカントリーミュージックの中心地です。

この「テネシー・ワルツ」は、1948年に発表され、テネシー州の州歌として広く愛され、
日本では、ジーンズのCMに使われたエミルー・ハリスのバージョンが、今なお高い人気です。
リズ・ライト「アラバマに星落ちて」(2017年)
ナッシュビルをまっすぐ南に下り、テネシー川を渡ると、そこはアパラチア山脈の麓。
見渡す限り緑の丘陵地帯が広がる。
そこはかつて、多くの先住民(インディアン)たちが暮らし、後に白人の入植者たちが森を切り拓いて、広大な綿花畑を作った。
1833年。南部のこの地域を中心に、1時間に数十万個の流れ星(しし座流星群)が観測されたそうです。

リズ・ライトの歌う「アラバマに星落ちて」は、そんな古の神秘的な天体ショーに想いを馳せるような、スピリチュアルな調べに包まれています。
ウィリー・ネルソン「ジョージア・オン・マイ・マインド」(1978年)
アラバマを東に、アパラチア山脈を横切れば、ジョージア州の州都アトランタに着く。
ここはあの名作『風と共に去りぬ』の舞台となった町。
かつては綿花地帯の中心として栄えた米南部の最大都市。
奴隷制度をめぐって争った南北戦争は、ここアトランタの陥落により、北軍の勝利が決定的になります。
そんなジョージア州は、「古き良き南部」の終焉地、というわけなんですよね。

南北戦争の南軍の愛称は「デキシー」。対する北軍の愛称は「ヤンキー」。
ヤンキーといえば、そう、野球の「ヤンキース」ですよね⚾️
お送りしてきました『アメリカ州めぐりの旅』、ラストは「ヤンキース」の本拠地、ニューヨークです🗽
ビリー・ジョエル「ニューヨークの想い」(1976年)
ニューヨークというと、思い浮かぶのは、自由の女神、セントラル・パーク、ブロードウェイ、メトロポリタン美術館、ウォール街など様々ですが、それはニューヨーク市のあるニューヨーク島のことですよね。

州全体は北のカナダとの国境まで広がる大きな州。国境にはナイアガラの大瀑布があります。
ナイアガラを越えたカナダのオンタリオ州には、私の親友のエリックの実家があり、今から40年前の4月、私は彼を訪ねました。
ニューヨークのグランド・セントラル駅からアムトラック(列車)に乗って、ハドソン川沿いを北上し、ナイアガラを渡った道中は、春というよりはまだ冬景色でした。
帰りにエリックは、わざわざニューヨークまで着いてきてくれて、JFK空港まで送ってくれました。
別れぎわに彼が私に渡してくれたのは、聖母マリアが描かれた一幅のタペストリーでした。
私にとってのニューヨークの思い出は、このタペストリーと、髭面のエリックの満面の笑顔なのです。
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