
尾道は、坂の上の絶景とラーメンの湯気、海賊の記憶、そして猫がいる町だった。
尾道と聞くと、坂の町、海の町、映画の町というイメージがある。
けれど実際に歩いてみて、私の記憶に強く残っているのは、千光寺から見下ろした尾道の絶景と、昭和レトロなアーケード街で食べた尾道ラーメンだった。
そしてもうひとつ。
瀬戸内の海に残る、水軍の記憶。
尾道は、景色だけで終わる町ではなかった。
坂の上には絶景があり、坂の下にはラーメンの湯気があり、海の向こうには海賊と呼ばれた海の武士団の歴史がある。
旅の記憶が、上下にも横にも広がっていく町だった。
千光寺から見下ろす尾道
尾道で一番印象に残っている景色は、千光寺から見下ろした尾道の町並みだった。

ロープウェイでガーッと上っていくと、少しずつ視界が開けてくる。
足元には尾道の町があり、その向こうに尾道水道が見える。さらにその先には、瀬戸内の島々が重なっている。
町と海と島が、まるで一枚の絵のように重なっていた。
尾道は、ただ海沿いに広がる港町ではない。
海のそばに町があり、そのすぐ後ろに山が迫っている。だから少し上に登るだけで、景色の表情が一気に変わる。
下から見る尾道と、上から見る尾道は違う。
駅の近くを歩いているときは、古い商店街や生活感のある町並みが目に入る。けれど千光寺の方へ上がると、その町全体が海と一緒に見えてくる。
尾道は、坂を上るほど海が近くなる不思議な町だった。
普通に考えれば、坂を上れば海から遠ざかるはずだ。
けれど視界の中では、むしろ海が近づいてくる。
尾道水道を挟んで、向こう岸の島々が見える。船が行き交い、町と海が静かにつながっている。瀬戸内らしい穏やかさがありながら、ただの静かな風景ではない。
そこには、港町としての歴史や、人の暮らしの重なりがあった。
坂の町としての尾道
尾道は、平面的な観光地ではない。
坂道があり、階段があり、寺があり、古い家並みがあり、その向こうに海がある。
歩くほどに、町の高さと奥行きが見えてくる。
坂道の途中に家があり、細い路地があり、昔からそこに人が暮らしてきた気配がある。
複雑な小径となった坂を、少し息を切らしながら上っていく。
振り返ると、さっきまで歩いていた町が下に見える。
この感覚が、尾道らしい。
坂の町というのは、単に坂が多い町という意味ではないのだと思った。
上ることで、町の記憶が立体的に見えてくる町。
尾道には、そんな魅力があった。
昭和レトロなアーケード街と尾道ラーメン
坂の上から絶景を見た後、今度は駅の近くの町へ戻る。
尾道駅の近くには、昭和レトロな雰囲気のあるアーケード街があった。
今風にぴかぴか整えられた商業施設ではなく、どこか懐かしい空気の残る商店街だった。
古い看板。
少し年季の入った店構え。
地元の人が普通に歩いている感じ。
そのアーケード街の中にあった店で、尾道ラーメンを食べた。
細かい店名までは記憶が曖昧になっている。
たぶん、「つたふじ」さんだったと思う。

けれど、ラーメンが美味しかったことと、店の周りに漂っていた古い商店街の雰囲気は、よく覚えている。
尾道ラーメンといえば、醤油ベースのスープに背脂が浮かぶイメージがある。
一見すると素朴なのに、ほんのり甘くてしっかりとした旨みがある。
旅先で食べるラーメンというのは、味そのものだけではなく、その時の町の空気も一緒に記憶に残る。
尾道の記憶には、坂道の息切れと、ラーメンの湯気が一緒に残っている。
海の向こうに残る水軍の記憶
尾道の旅で、もうひとつ印象に残っているのが、水軍関係の資料館だった。
記憶の中では、村上水軍、あるいは因島水軍に関する展示だったと思う。
尾道から因島方面へ向かった流れを考えると、因島水軍城だった可能性が高い。

はっきりした名前は曖昧なのに、瀬戸内の海に「海の武士団」がいたという印象だけは、今も妙にくっきり残っている。
水軍という言葉には、独特の響きがある。
単なる海賊ではない。
かといって、陸の城にこもる武士とも違う。
瀬戸内海という、島と島の間を船が行き交う海。
そこを舞台に、海上交通や交易、戦いに関わっていた人々がいた。
村上水軍、あるいは村上海賊と呼ばれる存在は、瀬戸内の歴史を考えるうえでとても面白い。
今の瀬戸内海は、穏やかで美しい海という印象が強い。けれどかつては、海上交通の要所であり、支配や交渉や戦いの舞台でもあった。
千光寺から見た尾道水道は、とても穏やかに見えた。
けれど水軍の歴史に触れると、その海の見え方が少し変わる。
ただ美しいだけの海ではない。
人や物が行き交い、時には争い、時には守られた海。
島々の間には、海を生きた人々の記憶が残っている。
水軍の資料館は派手ではなかった。
けれど、瀬戸内の海がただの穏やかな海ではなかったことを教えてくれた。
尾道は、上下にも横にも広がる町だった
尾道の面白さは、ひとつの方向だけでは語れない。
上に行けば、千光寺からの絶景がある。
下に降りれば、昭和レトロな商店街と尾道ラーメンがある。
海の向こうに目を向ければ、因島や村上水軍の歴史がある。
尾道は、上には絶景、下にはラーメン、海の向こうには水軍の記憶がある町だった。
この三つが重なることで、尾道の旅はぐっと立体的になる。
もし千光寺の景色だけを見て帰っていたら、きれいな港町という記憶で終わっていたかもしれない。
もし尾道ラーメンだけを食べて帰っていたら、美味しいご当地ラーメンの町という記憶だったかもしれない。
もし水軍の資料だけを見ていたら、瀬戸内の歴史の一部として記憶していたかもしれない。
でも、それらが全部つながると、尾道という町の印象はかなり深くなる。
坂の上から町と海を見る。
坂を下りて、古い商店街でラーメンを食べる。
そして海の向こうに、水軍の歴史を想像する。
景色、食、歴史。
その全部が、尾道ではひとつの流れになっていた。
もう一度歩きたい尾道
尾道駅近くのアーケード街も、もう一度歩きたい。
あのとき食べた尾道ラーメンの店を探してみたいし、別の店との食べ比べもしてみたい。
瀬戸内の魚も食べたい。
レモン系のスイーツも良さそうだ。
古い喫茶店があれば、そこでゆっくりコーヒーを飲むのもいい。
旅の記憶は、時間が経つと少し曖昧になる。
でも、曖昧になったからこそ、もう一度確かめに行きたくなる。
ついでに猫さんと遊ぶ。

尾道は、そんな町だった。