
【声楽】劇団四季メソッドから発声を考える
なぜ劇団四季のセリフは美しく聞き取りやすいのか——。秘密は、創立60年の歴史が生んだ独自の「母音法」「呼吸法」「フレージング法」というメソッドにある。
この記事では、発声について「劇団四季メソッド(母音法/呼吸法/フレージング法)」と、私のもつ知見(主にイタリア声楽の考え方と自分の感覚)から考えていきたいと思います。
その劇団四季メソッドについては『劇団四季メソッド「美しい日本語の話し方」』(著:浅利慶太)という本の解説に基づいて考えたいと思います。そのため、先にその本について少し言及します。
*著者の浅利慶太氏は日本の著名な劇団である「劇団四季」の創設者の一人です。
本の内容は
・第一章 日本語について
・第二章 母音法
・第三章 呼吸法
・第四章 フレージング法
・第五章 劇団四季の歴史
・巻末付録 『美しい日本語の話し方』教室台本
という構成になっています。
本の語りとして大事なのは、劇団四季メソッド(発声法)が浅利氏の様々な想いによって形成されていったという事でしょう。特に当時の演劇界隈、「新劇」に対する反発が根底にある事がよく分かります。それに言及している文を二つ引用します。
独りよがりでわかりにくい作品が、独りよがりで説教臭く、良く聞き取れないセリフによって繰り広げられていました。
私たちは劇団四季を創立したときから一貫して、当時の新劇界に蔓延していた左翼思想と対抗する道を選んでいます。彼らのやってきたことは、純粋に人々を感動させる舞台芸術としての演劇からほど遠いものだったからです。社会体制を攻撃する内容は、独りよがりで観客の嗜好をまったく無視したものでした。
少し長い引用となってしまいましたが、大事な事だと思うため書きました。他にも様々な話がありますが、それらのエッセンスは引用した文に凝縮されていると感じます。
さて、次からは第二章から第四章までの具体的な発声法に関する説明を大まかにまとめ、それらを私の中にある考えと照らし合わせて深めていきたいと思います。
【母音法】
まず「母音法」についてです。これは章の最初で「一音一音が分離して聴こえるようにするため」と説明されています。
母音法の具体的な話に入る前に、「正しい発声のための基本四フォーム(体/喉/舌/母音)」が説明されています。要約すると「安定した姿勢をとり、欠伸の喉を保ち、舌根を下げ、口の形を適切にする」というような内容です。特に母音の形は「ア」が最重要で次いで「オ」や「ウ」とされていました。
母音法の具体的な説明では、「はじめまして」を一度「アイエアイエ」という母音だけで一音一音明確に発音してから子音を乗せて「はじめまして」という言葉にする、などの説明があります。母音を正しく発声できるかで言葉の聞き取りやすさが決まる。そう書いてあります。具体的なレッスン方法や細かい変化についても言及されています。
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一度ここまでの内容で私なりに考えていきたいと思います。
基本的にはイタリア声楽で語られる内容と類似していると思います。特に欠伸は歌唱で大事な「開いた喉(Gola aperta)」を実現するためのアプローチとしてよく語られています。それは舌根を低くする事にもなります。
母音の形は「母音唱法(Vocalizzi)」などでイタリア声楽でも重要なものとしてよく語られています。ただし、少し意識が異なるように思います。
基本的な発想の軸が劇団四季メソッドとイタリア声楽では異なっているように思います。劇団四季メソッドは本でも書かれていますが「話し方」や「セリフ」が軸になっています。一方でイタリア声楽は「歌唱」が軸になっています。
そのため、母音唱法においては言葉を明確にするというものではなく、「響きを調整する」というものであると考えるのが良いでしょう。
イタリア声楽(≒オペラ)では「一貫した響きで歌う」というのが基本です。どの母音であっても同じ響きを保てるように調整するのです。また、音程が上昇すると自然と声は開いてしまいやすいのですが、それを(母音の形の調整などによって)覆うように整えていき、響き(あるいは音色)を保つというのもあります。
*なお、母音唱法をどのようなものとして考えて活用するかは様々な意見がありますので、他の考え方もあるでしょう。
私としては言葉を明確にするのはむしろ呼吸法の働きにあると感じています。特に歌唱においては。
【呼吸法】
次に「呼吸法」についてです。章の最初で言及されている「出る息に音が乗って声になる」は大事な考え方に思います。
人間も楽器のように共鳴する胴を持つ必要があると説明されています。そして高い音を出すには鼻腔や口腔が大事になり、低い音を出すには胸腔が大事になると。低い音をきれいに響かせたいならば胸の方へ共鳴を落としていく必要があるとも書かれています。頭声・胸声という話題もでてきます。
そして声帯はデリケートであり、声帯はただ振動するだけで声を作るのは体の共鳴である(故に喉に力を入れて声を出すのは間違い)という話が浅利氏の先輩の父親から聞いたという風に語られています。腹や腹筋を使って共鳴を支える事の大事さも語られています。また、著名なオペラ歌手たちの発声法にも通じると。
具体的にどのような呼吸法にすべきかは「腹式呼吸」とされています。それとリラックスする事が関連付けられているのが大事であると思います。具体的なレッスンが細かく書かれています。
そして、呼吸法に発声を加える練習として「レギュラー表」というものを用いたレッスンが説明されています。日本語の行ごとにスタート位置を変えて発音する事(アイウエオ→イウエオア→ウエオアイ...というように)や、ブレスの取り方を変える練習などが説明されています。
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ここからは先程と同じように私なりに考えていきたいと思います。
イタリア声楽でも「呼吸法/呼吸支持(AppoggioやSostegno)」は重要なものとして語られます。時には全ての技法がそこに集約されるとも。「息を吸いながら歌う(Inalare la voce)」という表現もありますが、これは呼吸法を考える上で大事になるでしょう。私は「吸気的拡張と呼気的支持」という表現で呼吸法を表して考えたりもします。
また説明の途中に「美声を目指すな」「生まれついた声の質を変えようなどと思うな」という教えが書いてありましたが、これはよくニュアンスを考えるべきでしょう。劇団四季メソッドは明らかに良い声≒美声を志向しています。
つまりそこで言及されているのは「喉を使って無理に声を加工する事はするな」というものでしょう。「わざと声帯を傷つけて個性的な声をつくろうとする人が〜」という文も書いてありましたが、その延長線上の表現だと思います。
イタリア声楽でも「自然な声で歌う」や「喉で声を作らない」などとよく語られます。しかし明らかにオペラの声は理想に向かって作られた発声です。つまりそれも呼吸法で歌うべき(声帯レベルで無理をしない)というニュアンスでしょう。
【フレージング法】
最後に「フレージング法」についてです。章の最初の方で「セリフの中にあるイメージや想念の流れを読み込み、その変化する部分を折り、折ったフレーズをどう語るかを考える技術」と説明されています。そのまま引用するのが一番分かりやすいと思ったので、長いですがそのまま引用しました。
フレーズをどこで切るか=「折れ」とあります。そしてそれは句読点ではないと。句読点(の区切り)は文章を読みやすくするものであって話すためのものではないと。その通りでしょう。
セリフ八ヶ条として折れの要点がまとめられています。更にそれを浅利氏本人がまとめて「論理的にセリフの切れ目を考えて、それを観客が受け入れやすい形で明晰に伝えようじゃないか」としています。
そして具体的なレッスンが続きますが、その意味合いはここまでに引用した通りでしょう。
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さて、これも私なりに考えていきたいと思います。
まずイタリア声楽としての考え方については、残念ながら私の浅学ではまだあまり把握できていません。技法として色々あるでしょうが。
一応「レガート(Legato)」の考え方が関連して語れるでしょうか。レガート自体は音を繋げて滑らかにするというものですが、オペラではセリフ的な部分(レチタティーヴォ)でもこのレガートがあるのが基本的には望ましいとされます。基本的にはと書いたのは「ヴェリズモオペラ(Verismo opera)」などではより演劇的な表現が望ましいとされるからです。
その演劇的な表現をどのように実現するのかについてですが、私の感覚でいえば「呼吸法」が大事に思います。より具体的にいえば「内側から溢れ出す(噴き出す)感情によって呼気(の圧や流量)を変えて声の質や表現も変える」というイメージです。またそれはよく支えられて制御される事で歌唱表現として成立するように思います。
これで一通り語れたと思いますがいかかでしたでしょうか。何か役立つ知見などはありましたでしょうか。
あとがき。
題名のカテゴリ名を【声楽】にするか【文学】にするか悩みました。結局【声楽】にしましたが、それはこの記事の語りとして妥当であったと思います。
この記事の軸は「発声を考える事」にあり、本の内容自体を語る/説明する事が目的ではないからです。
それでも本の雰囲気が伝わるように最初に本の構成や引用文を書きました。それで興味関心を持った方はぜひご自身で本を読んでもらえればと思います。浅利氏の考え方と具体的なレッスン方法、劇団四季の歩みなどが書かれているため、非常に参考になると思います。
この記事が少しでも皆さんの参考になれば嬉しいです。