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Photo byhukugyouotaku

【怖い話】タートルネック

     昔から肌が弱く、目の粗い服を着ただけでも皮膚が赤くなるので、どんな時期でも長袖のタートルネックを着ていた。
     小さい時は揶揄われることも多かったが、十五を過ぎる頃にはそういう人だという、キャラクター性に留まることとなった。

     一つ問題点があるとしたら、悪夢を見やすいということだった。
     タートルネックを着ていると、どうしたって首が詰まる。寝返りを数度打つと、たちまち身体の下で服が重なり、布が引っ張られて首が締まる。
     息が出来ないほどではない。むしろ息が出来るからこそ、目が覚めないまま、決まって首を絞められる夢を見た。

     ざらり。
     酷く乾燥してところどころ剥けた皮が、柔らかな針のように喉を突き刺している。
     夢の最初は、いつもその感触だった。
     霧がかったような薄ぼんやりとした空間の中、横たわって起き上がれない私の首に、ざらざらとしたその手がいつも添えられ、重なった親指が置かれた喉仏から、絞るように浅い呼吸を繰り返す。

    「ゴメンなさい、許してください」
     何度も顔も見えない彼にそう懇願した。掠れた自分の声が、彼の手通ってまた自分の元へ返ってくる音を聴きながら。
     それでも離れないその手に怯え、そのうち逃れられないのだと悟り、涙が流れ、助けてと声を出そうにも溜まった唾液でガラガラと喉が鳴らすことしかできなくなって。
     もがくことも敵わないまま、涙と呼吸で薄れていく意識の途中で、いつも目が覚めた。

     いつも頭まですっぽりと布団を被っているものだから、視界は真っ暗で、夢が覚めたかどうか、すぐには区別ができない。携帯を探して布団の中を照らすと、いつも午前三時前後を指していた。
     嫌な汗を冷ますように重い布団を剝いで、ゆっくりと呼吸をする。肺いっぱいに、空気を入れる。あれは夢なのだと、何度も言い聞かせて。怖さを吐き出すように、何度も、何度も、深呼吸を繰り返し、さらりとした布団を抱いて、もう一度眠る。

     そんなことが、年に何度かあるような日々を過ごしていた。

     その後社会人になった私は、工場の配属希望を蹴られ、何故か営業に回され忙しい日々を過ごしていた。
     今思うとかなりブラック企業ではあったが、完全男社会の中で配属された新入社員の女性ということもあって、私は酷く甘やかされていた。
     怒られることは少なかったし、上司たちから娘のように頭を撫でられることも多かった。
     しかし、本社勤務の営業、しかも新入社員の女性という、打ち合わせにおける「華」の名目であった為、私の着るタートルネックを部長は酷く嫌がっていた。
     明確な服装規定がスーツの型と靴しかなかったのが功を制し、強く言われることはなかったが、日に一度は「いつでも少し抜けて脱いできていいんだからね」と言われ、快適に生きるためのタートルネックが、着心地悪く感じていた。

     冬に差し掛かってきたある日。またあの夢を見た。
     ざらりとした彼の手がいつものように首を絞めていた。
     いつもより、ささくれた皮が硬く感じた。
     
     また真っ暗な布団の中で目が覚めると、冷や汗が現実の輪郭をありありと教えてくれていた。
     呼吸を整えようと枕元の携帯で周りを照らそうとしたその時。
     ぱりっ。と、乾いた音が聞こえた。

     耳を立てるとそれは、脂で張り付いた皮膚をフローリングから剥がす音だった。
     ぱり。ぱりりっ。
     大きく、重い足音。
     母でも、兄でもない。知らない人の足音が近付いている。
     過呼吸になりそうながら、必死で息を殺した。
     ぱりっ。ぱりっ。____ぱり。
     ベッドのすぐそこで、足音が止まった。

     真っ暗な布団の中、眼を瞑って必死に「これは夢だ」と言い聞かせた。どっかいけ、これは夢だ、どっかいけ、どっかいけ。これは夢。夢、嫌な夢を見てるだけ。
     
     そんな祈りを笑うように、ざらっと布団の上を何かがゆっくりと這いだした。ところどころ引っかかって、何度か少し止まっては、私の身体を探すように、何度も撫でまわした。
     ざざーっと、羽毛布団をけば立てるように這うその手は、とある場所で手を止めた。
     私の首の上で、彼は少し体重をかけ 
    「寝てる?」と、聞いてきた。
     知っている手だった。
     声を出すことも出来ず、必死で彼の興味を削ごうと、嵐が過ぎ去るのを待とうと、ただひたすらじっと身を縮こませて、息を潜めた。
     この手は、彼はただの夢と、何度も、何度も言い聞かせながら。

     そのまま眠ったのか、ただ必死で目を瞑り続けたのか、気が付くと空が白んで、朝になっていた。布団を投げるように飛び起きると、当然、誰もいなかった。

     時間は朝の五時。母親がキッチンのある二階で動き出す音が聞こえた。
     もう寝るのはよそうと、重い体を持ち上げて二階に向かうと、母が驚いた顔をしていた。
    「目が覚めちゃったんだよね」
    「それもビックリだけど、それより、なんで首元そんなでろでろなの?」
     疑問に思い首を触ると、タートルネックが胸辺りまで伸びていた。
    「みっともないからそれ捨てちゃいなさい」
    「別のまだあったっけ?」
    「最近雨多かったからね、まだ乾いてないよ」
    「えぇ」
     今日くらい我慢しなさいと、たしなめられ、しぶしぶご飯を食べて結局ソファーの上で少し眠った後、そのままシャツとスーツに着替えて家を出た。

     首の擦れを感じながら、会社に出社するといの一番に部長が機嫌の良さそうな顔で「今日はタートルネック着てないんだね!」と言ってきた。

    「ちょっと全然乾かなくて」
    と、愛想笑いをしながら部長の手を見てみると、冬に入ったからか、部長の硬そうな手は、いつにも増してささくれていた。

     
     

    杜屋

     
     
    想像力の世界に逃げ続けた人生を送ってきた人。 アイコンは田浦様(@ta_u_la)

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