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Photo bygoldrush00

七夕の夢、そして赦し

    目が覚めた。夢を見た。まず覚えていたのは上司の顔。今の上司ではない。昔勤めていた職場の、僕の教育係をしていた人だ。

    彼が優しく笑ってくれた顔を見た。
    僕は夢の中で泣いていた。

    *

    学生時代のアルバイトの頃から、とにかく仕事ができなかった。じっくりと集中して取り組むものならいざ知らず、なぜか忙しなく即座に対応する力を求められるものばかり選んでしまっていた。

    僕のアルバイトの記憶は、度重なるミスの記憶だった。そのせいで、大学を卒業する頃にはしっかりと自信を失っていた。仕事とは、恐ろしいものだった。
    運良く就職できたはいいものの、僕はきっと怒られ続けるんだろうな。そのように思っていた。

    悲しい予想は見事に当たった。

    新卒で入社した会社。業務内容はひっきりなしに鳴る注文電話での受注・発送作業だった。電話口での注文をメモし、片手で在庫を調べ、納期を伝える。受注先ごとに発注書のフォーマットは異なる。ひとつひとつ気をつけなければならない点がある。それを何件もさばいていく。

    僕がそのように、器用に仕事をこなせるはずがない。当然ミスは多発した。毎日なにかしらの誤りを犯す。些細なものから重大なものまで。

    次第に自分が信じられなくなり、仕事へ行くことが怖くなった。呆れて僕を怒る上長の目、なんとか励ましてくれる先輩の顔。みるみる仕事が上達していく同期の、心配そうな視線。

    会社の社風は昭和の営業会社、といったところ。それもまた、絶望的に僕と合わなかった。僕にとって理解できない風習が、徐々に僕の心を閉ざした。

    ひとりひとりの個人は優しく、親切で、とても良い人たちばかり。なのにそういった個性は、集団では違う様相を見せる。
    それはひとつの学びだった。

    そして、僕は陸にいながら溺れていた。「水が合わない」とはよく言ったものだ、僕は海水魚でありながら、小さな井戸の淡水で息ができなくなっていた。

    以前からわずかに兆候のあった憂鬱の暗い光が、つよく身体を貫く。心療内科へ通い出したのもこの頃からだった。

    なんとか布団から起き上がり、事故死を望みながら職場へ向かう。ぼんやりとした脳をコーヒーで誤魔化し、必死に仕事をこなす。休憩室で、一堂に面して昼食。

    1人になりたくてもそれは叶わない。無理やり弁当を胃に詰め込んで、できるだけ早くトイレの個室へ向かう。同僚の目に触れない時間は勤務時間のうち、大体20分ほど。昼休みが終われば、またおそろしい仕事の時間だった。

    夕方5時過ぎ、あまりに長く待ちわびた退勤の瞬間。最寄駅へ着き、線路沿いのベンチで1、2時間過ごす。朝買ったコーヒーが残っていればそれを片手に、煙草を吸い、音楽を聴く。

    大きな音で耳に音楽を流し込む。憂鬱を誤魔化して欲しかった。家に帰ればまた明日への作業が始まる。その毎日に癒しなど見出せなかった。

    *

    夢で見た上司の名前はKさん。なんとなく粗雑で口調もつっけんどん。はじめはただただ怖かった。しかし接していくうち、彼の不器用なりの優しさや心遣いを知るようになる。上司というより兄貴分のような人だった。

    さいわい僕は酒は好きだった。そのため彼と仲の良い営業のNさんとともに、飲みに連れていってくれた。

    「いいか?教えるな。目上の人や取引先の人に酒を注ぐときは、こうやってやるんだよ」

    酒瓶のラベルを相手へ見せ、手を添えて注ぐ。乾杯の際は自分のグラスは少し下で。Kさんから教わった酒席での作法は、いまだに僕へ染み込んでいる。

    ぶっきらぼうな優しさが酒でほどけるKさんと、調子は良くとも根本的に親切で優しいNさん。彼らは僕を気にかけ、また可愛がってくれた。そんな2人との酒の席は楽しいものだった。

    名古屋駅の裏手のあやしい通りを、Kさんと歩いたことを思い出す。
    「今度ボーナスが入ったら、良い店連れてったるでな。それまで我慢だな」
    「ほんとですか!楽しみにしてます」

    その約束が果たされる前に、僕は駄目になってしまった。僕は心の病を理由に、逃げるように退職した。

    KさんとNさん、2人のLINEはまだ持っている。でも、なにも言わず退職して、すでに数年経った。仕事を辞して2年ほどは、罪悪感と自己嫌悪でとてもメッセージを送る勇気はなかった。そこから転職し、新しい生活を送るため忙しなかった。

    今でも一言でも、感謝と謝罪を伝えたい。でも、それはもう叶わない。数年前に退職した、1年と少しばかり接した新人のメッセージなど、鬱陶しいか忘れたかだろう。僕は不義理なままだ。

    *

    目が覚めた。夢を見た。まず覚えていたのはKさんの顔だった。 彼が優しく笑ってくれた顔を見た。

    夢で僕はどういう状況か、前職の会社へ赴いた。そこにはKさんがいた。
    僕は挨拶すらせずいなくなったことを謝罪し、その当時の感謝を伝えた。今でもずっと、心残りだったことだった。

    Kさんは、気にしなくていい、と言ってくれた。その赦しに救われた。夢であっても、僕のすべて脳内の妄想であっても、救われた。

    僕は夢の中で泣いていた。

    *

    目を開ける。布団から身を起こす。
    カレンダーは7月7日。今日は七夕だ。

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