
FRACTAL#46【歯車】
研究員Oは、少し疑問に思い始めていた。
不調が起きるのは、いつも"あの対象者"の素材を使う時だけだ。
他の案件は、今のところ問題はない。
「なんだよ……」
ため息混じりに隣で作業していた研究員Kにこぼした。
「最近、なんか作業がうまく進まないんだ。
素材は変わってないはずなのに、生成がことごとく崩れていく。
それに、作業の途中で同期するのも進まないんだ…。
原因がわからないし…」
Oは画面から目を離さず、しばらく黙っていた。
「そうなんだ……」
ふと、Kが何か思いついたように顔を上げる。
「あ。うちの子供達、夕方の時間だったら予定空いてるから。
対象者の行動範囲を通り過ぎて様子を伺ってみようか?」
「おお、助かる」
そして、Kは何かを思いだしたように続ける。
……『共生者』にも連絡を取ってみよう。
Oは頷く。
Kはすぐさま子供達に連絡を取った。
「夕方、家に着いたらさ、お使いお願いしてもいい?
…うん。前に通って見かけた女の人いたでしょ?…そう。あの写真の人。
そうそう。ちょっとついでに様子見てきてくれる?
はい。ありがとう。はーい、あとでね」
会話を終えると、Oと目が合い、オッケー、とサインを送る。
______。
そこは
子供達が、罪を罪と認識していない、
ただの「お願いされたお手伝い」感覚でやっている世界だった。
親(OやK)も、「ちょっと様子見てきて」程度の軽さで頼んでいた。
ーー記録にも残らない。誰にも追及されない。
組織全体の「責任の所在が誰にもない」という構造が仕上がっていた。
子供達の加担も、データには存在しないが、現実には確かに存在していた。
それが日常のごく自然な延長線上の行動となっていたのだった。
研究員№9は、上がってくるデータを見比べていた。
これまでに見てきた対象人物とのデータが合わない。
部屋を出て、再調査を担当している研究員Dへ聞いてみる。
「…D、この資料、どう思う?」
「……?特に問題はないように見えますが…。なにか気になることでも?」
№9は資料に目を落とす。
「対象者の行動履歴が見当たらないのにデータが上がるというのは、どういうことだ…」
「…そうですね…。
今、Oが熱心に画像・動画の解析に励んでいるようですが…。
最近の対象者の言動、行動は変わったようですね。
心境の変化でもあったんじゃないですか?
Oがいろいろ動いているようなので、またデータが上がったら報告書出しますよ」
「ああ。頼むよ」
そしてまた部屋に戻った。
元再調査担当だった研究員B。
今は全く関係のない企画を淡々とこなしていた。
Bは、画面に向かいながらも、心はそこにはなかった。
無味乾燥…。
そんな気持ちで仕事に向き合うことになるとは思ってもみなかった。
再調査案件に関わっている彼らは熱気に満ち、
それぞれが生き生きしている風に見えた。
でも。
Oのデスクの上にある対象者の資料。
そして本人とは違う数々のデータ。
Bはもう、知っていた。
Oが何をやっていて、担当者であるDはそれを知らされていないこと。
そしてKがOに、
新しいデータ収集の為に子供達を使わせていること…。
声は聞こえていた。
でも、何も言わなかった。
自分に与えられた仕事をこなす。
今、目の前にある仕事をこなす。
それだけだ。
ー「あいつらすごいよな」
隣の席の研究員が言う。
「そうだな…」
______。
地下第7層の区間は、空気の違いがはっきりと浮き彫りになっていた。
ー続く。