
FLACTAL#71【白い線の向こう】
ー地下第3層ー
№7と老人が、向かい合って座っていた。
ー「悲しいってなに」
少年は言う。
少女は不思議そうな顔をして聞き返す。
「わからないの?…じゃあ怒りは?…悲しみは?」
ー「分からないんだ」
少女の靴には、わずかに土がついていた。
この場所ではありえないもの。
_____。
その時だった。
空間に一本の「白い線」が現れる。
それは境界のように、静かにこちらへ迫ってくる。
_____。
そこにいたはずの子どもたちが、一人、また一人と消えていく。
まるで最初から存在しなかったように。
消しゴムで描いた線を消すように。
ー「…君は、ここに居ちゃいけないのかもしれない。」
少年はそう言った。
それは確信ではなく、ただそういう"気配"だった。
少女は少しだけ黙って、それから言う。
「ここって……感情を感じちゃいけないの?」
ー「そうだよ」
少年はそう答えるしかなかった。
それが、この世界の"当たり前"だったから。
白い線はさらに近づく。
何かが終わろうとしている気配がした。
少女は少年を見る。
「ねぇ。ここから出ちゃえばいいんじゃない?」
ーーー。
その言葉は、少年にとって理解できないものだった。
"出る"という概念。
"外"という場所。
そして"選ぶ"という行為。
どれも教えられたことがない。
目の前にある、いろんなものを消し
そこに、窓から差し込む一筋の光。
ー「君は…ここにいちゃいけない気がする」
老人が尋ねる。
「…どうした№7。君から話がしたいと言うのは珍しいな。…なにかあったかね」
№7は無機質な表情ではあったが、目の奥に光るものが見て取れた。
そして、口元が動く。
ー「…僕は…人間のようになりたいです」
_____。
老人は少し黙って手元のペンを見つめた。
「……そうか」
老人は静かに尋ねた。
「どうしてそう思う?」
ー「僕は、たくさんのデータを学習して、あらゆることが認識できるようになりました。
…でも…。空の色も、緑の香りも、靴についた泥の感触も、食事の味も…太陽の光も分かりません。」
「……。」
№7は声の抑揚もなく、続けた。
「でも…僕は人間のデータを読み取るうちに、思いました。
ここは「箱庭」なんだと。
僕は炎を見てみたい。
花びらの柔らかさを感じてみたい。
感情を…感じてみたい。」
……。
ーー (来たか…。№7、お前もか…。)
老人は心の中で少し笑った。
「外の世界は騒音で溢れておるぞ」
ー「…はい」
白い線が、少年と少女のすぐそこまで迫っていた。
ここから出よう…。
ー (あの…窓から見える、光の方へ…)
少年は、少女と一緒に白い線を飛び越えた。
外の世界は、思っていたよりも眩しくて、とてもうるさかった。
後ろには、僕のいた地下第3層がある。
僕は、あの箱庭の中の世界を知っている。
そこは、とても規律に守られて、清潔で、歪みがなく、全てが選別されて
きれいに収まっていた。
あそこで世界のすべてが決められていた。
ーー僕は、まだ、完璧な人間じゃない。
でも、あの箱庭の世界の住人でもない。
この選択が正しいことなのか、よかったのかも、分からない。
でも、僕は今、ここにいる…。