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【創作大賞2026】今でも後悔している切ない出会い「想い人」

    「あらすじ」
    物語は、運命的な**「出会い」と、緊張感のある「再会」から幕を開ける。
    偶然スナックで出会ったヒデと公子の二人。
    そこからの思わぬ再会は、二人の距離を猛烈なスピードで縮めていくことになる。二人の心は強く惹かれ合うが、ヒデがぐうの音も出ないほどの理由から、公子からのダメ出しを受けてしまう。
    離れていても、募る想いは消えない。
    だが、運命の歯車は皮肉にも狂い出す。ヒデの放った**「余計な一言」が公子の繊細なブレーキを引かせてしまい、二人は結ばれるはずだった「最大の機会を逃す」ことになる。
    そして2000年の秋の夜、待ち合わせて車でドライブをするが、お互いに終わりの予感を察知し、言葉につまる沈黙のなか、**「これが最後」**となる淡い再会を終え、二人の糸は静かに途切れた。

    ――それから25年以上の歳月ヒデは今、あの日回収されなかった切ない恋の糸を紡ぐことで、26年越しの愛しい青春を優しく心に看取ろうとしている。

    ※一部地名、固有名詞は実際とは変更しています

    第一章 〜 出会い 〜

    金沢八景の商店街の外れ、小路地にある「スナック紫苑」。昼間は人通りも少ないが、夜になるとネオンの灯りが少し存在感を増す。

    この店を切り盛りする和江ママは当時40代で、店名の通り髪の毛をやや紫色に染めた、姉御肌の女性だ。

    ちょっとスナックの説明で前置きが長くなるが失礼して、
    元々は後輩がママと縁があって、その関係で5年ほど前から仕事帰りにフラっと寄っていたが、途中からはママから信用なのか信頼なのかは分からないが、ちょっと他の客とは扱いが違ったりしていた。

    いつの間にか、暇な時に呼び出されるようになり、閉店まで帰らせてもらえないことも多かったし、片付けを手伝わされることもあった。

    「帰るからおあいそ」と言っても、「何言ってんの?」と真顔になって会計をしない(笑)。

    厄介な店だったが、次第に他の客とは違う扱いを受けるようになっていた。

    ある日、和江ママが「映画が観たい」と言い出した。
    「何が観たいんですか?」と聞くと、「ヒデちゃんの観たいものでいいよ」と言う。

    特に観たいものもなかったが、当時好きだったキャメロン・ディアスの『チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル』を選んだ。

    映画館でママは周囲を気にせず大声で笑い、楽しそうだった。

    なぜ一緒に映画を観たいと言ったのか。

    今思えば、和江ママが誰かに騙されて落ち込んでいた時期か、俺自身が女性運に恵まれなかった頃だったのかもしれない。

    お互いに、少し元気が必要だったのだろう。

    その男性に騙された話は詳しく覚えていないが、和江ママは家族を捨てて一緒になることも考えたほどだった。

    閉店後にその話を聞かされ、困り果てた俺は「人を騙すより、騙されるほうがいい」と助言するしかなかった。

    普段あんなに威勢のいいママが静かになるほど、傷ついていたのだ。

    その後、田舎育ちの小柄な米兵が店に通うようになった。日本語も話せないのに、よく来るものだと感心していたが、どうやら和江ママに惹かれていたらしい。最後には告白したと聞いた。

    お手伝いの女性は二人。
    いつも居るわけではないが、地元の子と、逗子から来ていた少し年上の子。どちらもアルバイトで、酔客に合わせることも少なかった。彼女たちとはフレンドリーに話したが、俺はママの上客のような扱いで、どこか一線を引いていたようだ。

    そんな感じで俺は今では週に3回程度は顔を出す常連になっていた。

    といっても彼女がいないので、飲みに行くぐらいしかする事がない。と言ったほうが正解だろう。

    飲みものは初めの頃は、サントリーのV.S.O.P(ブランデー)の水割りを飲んでいたが、ママから韓国焼酎の眞露の水割りのほうが安いからそっちにしたら、と言われてからは眞露の水割りを飲んでいて、それは最後まで変わらなかった。

    2000年の1月下旬のある木曜日の夜だった。

    いつもの調子で仕事帰りに車でスナック「紫苑」に寄って飲んでいた。もちろん飲酒運転はダメだが、2000年当時はまだコンプライアンスにそれほど周りがうるさくなかった時代だ。

    仕事は18時30分が定時なので、事務所のある横浜の北部からは特に用がなければ第三京浜から下道に出て金沢八景には20時頃には着く。

    当日の格好は白地に細い黒のストライプのワイシャツと、黒のジャケットに黒のズボンを履いていた。普段はお気に入りのAVIREXのフライトジャケットの革ジャンなのだが、たまにフォーマルチックな格好をする時があり、その日も黒のジャケット姿だった。

    カウンターの座る位置は決まっていなくて、大体、店に入って右端のトイレ側から真ん中のイスまでのいずれかに座る事が多い。

    その日はトイレの入り口のすぐ横、一番右端に座っている、つまり他には常連さんがいなかったからその席に座った。他に知らないおじさんがいて、この人はまぁまぁ酔っ払っていた。

    時刻は22時前後、初見らしい2人の女性が入って来た。

    女性だけでくる客はまずいないので驚いたが、俺とそう変わらない年齢のほうが隣に座り、その奥に年配のほうが座ったが、年配の人はママを知っていたのかもしれない。

    とはいえ、女性が隣に座ったからと、いきなりベラベラ喋りかける俺ではないので、ママが話しているのを聞きながら、話題を振られれば応えていた。

    彼女達は京急金沢八景駅前の「八尾歯科」の職員で、後で聞いたら休みの前日(木曜日)で他の職員達と飲み食いをして、飲み足らない2人で店に来た。

    これが彼女、『広岡公子』さんとの最初の出会いだ。つまり、俺は常連とはいえ、たまたま来ていたのと、彼女も全くの初めてで偶然店に来た。そこで出会ったのだ。

    何を話したのか、一つ記憶にあるのは、確か歯の治療の話しになって、年配の人が「うちに来ればいいじゃん」といったら公子が「絶対にダメ!」と強く否定したこと。恐らく治療時には患者の口の中から鼻の中まで全部見えてしまうらしく、その事がイヤだったのかな?、と思う。

    それ以外は、俺の質問やママの問いかけに俺の隣で大笑いをするわけではなく、小さく、柔らかく笑う姿が印象的だった。「この人は優しい感じの人だなぁ」と好印象を持った。

    この時は別に付き合いたいとかは思ってはおらず、ただ、おしゃべりを楽しんでいた。

    出来事としては酔っ払っていたおじさんがトイレに入ったあと出た気配がないので、ママや公子に「トイレ入ったあと、出てないよね?」って聞いたら、ママが「ヒデちゃん(俺のこと)、ちょっと開けてよ」と言うので、気が進まないがトイレのドアノブを回すと回るが、ドアを押す事が出来ない。これはドアの前で座っているかな?と考えて大きい声で「旦那さ〜ん、大丈夫?、トイレ入りたいんだけど」と呼び掛けると中から返事があり、やがて出て来た、という事があった。

    そのうち時刻はもう閉店の時間なので、深夜1時頃になり、会計を済まして帰り支度を始める。

    ふと思い出したのは、当時「ブレスケア」という口臭をすぐに消せるカプセルがあって、アルコールも誤魔化せるような噂があった。それを急に飲みだしたら公子達が笑っていた。

    彼女の自宅は横須賀の衣笠の手前だと後で聞いた。普段は車通勤らしいが、この日は車で来ていなかった。おしゃべりが弾むうちに、自然と俺が送ることになった。2人の自宅はそれほど遠くないと思ったので、特に気にはならなかった。

    年配の女性が「家は3丁目だから…」といい、俺は勝手に逗子のほうの3丁目と勘違いして、車は横須賀と逗子の市境のトンネルに差し掛かる。

    突然、2人が声をあげたのでびっくりしたら、トンネルの手前のマンションが目的地だと云う。3丁目とは横須賀側の3丁目だったのだ。坂を下ってUターンをして、マンション前につける。

    ここで2人とも降りてしまうのかな?、と思っていたら初めて公子は衣笠方面が自宅だと聞き、俺は「あ?、ここじゃないんだ」と、少しホッとした。
    2人とも後部座席に座っていたが、年配の女性が降りる時に気を利かせて公子を助手席へ移動させた時は「ナイス!」と、密かに思った。

    車は16号線に戻って公子の家を目指す。

    途中の商店街入口の自動販売機で、缶のココアを買って、アルコールを薄くしようとしたのを覚えている。車の中では仕事の話しとか、未来のことより、現実的な話しをした。

    そろそろ彼女の家に近づくが、ここでお別れはしたくなかったので「もう少しドライブしませんか?」と聞いたらOKをもらえた。

    そのまま衣笠駅前から久里浜、三浦海岸方面へ足を延ばす。

    とりとめの無い、それでいてなにか楽しい話しをしているうちに、あっという間に三崎の引橋で、長井方面に折り返したあとしばらくしてから、公子がトイレに行きたいとの事。

    真夜中で当時はコンビニもなく、困っていると以前、荒崎海岸に来た時に長井漁港に公衆トイレがあった事を思い出し、背に腹は代えられないのでそこに向かう。

    深夜の薄暗いトイレで彼女は心細かったと思うが一緒に入るわけにはいかないので、俺は用を足したあと、外で付かず離れず警戒していた。

    あまり気にはならなかったが、近くに若者が数人いて声がしたので気持ち悪かったと、公子は少し笑いながら言った。

    そのまま葉山方面に車を走らせ、逗子の渚橋のデニーズに寄って2人で酔いざましにコーヒーを飲んで休憩しながら、落ち着いておしゃべりをした。

    この時公子は落ち着いているように、穏やかに微笑みながら話していたので、よもや酔っていて記憶があいまいだったとは思わなかった。

    時計を見るとすでに午前3時を回っていた。もうすぐ公子の家に着く。ここで連絡先を聞かないと、と思った俺は、道路際のコンビニの前で車を停めた。

    ようやく名前と連絡先を聞いて、俺の名刺の裏に書いた。

    タイミングとしてはここじゃなくて、聞くとすればせめてデニーズだろうと思うし、次の約束も取り付けていなかった。

    それだけ女性との付き合いに免疫がなく、奥手だった自分に対して、今となっては無性に腹が立つ。

    自分の会社の名刺の裏に携帯の番号を書いて渡して家の近くで下ろす。ただ、公子の書いた電話番号は固定電話の番号(自分用の回線らしい)なので、まだ携帯を教えるほどの間柄とは考えていなかったようだ。

    俺は翌日も仕事なので、一旦家に寄って着替えたと思うが、シャワーまでしたかは記憶がない。多分、着替えてすぐに車に戻った時に公子から携帯に着信履歴があったので折り返すと、夜中なのに明るい声で「出掛ける予定があるから朝の9時に電話で起こして欲しい」というので了承した。

    当時とすればこれだけでもお付き合いの予感で喜んでいたが、今考えると、普通は彼氏に頼むような事を車から下りて大分経ってから、多分シャワーでもした後に、電話をかけて来たのだろうが、公子の俺に対する気持ちは何だったのだろう?

    家を出てすぐにある自販機で、いつものようにミルクティーを買ったが、飲む時に手が滑って、シフトノブのところのカップホルダーに逆さまに入って慌てたぐらい舞い上がっていたようだ。

    いつものようにトンネルを抜けて、どのルートで第三京浜に乗ったかは覚えていないが、都筑パーキングで仮眠をとり、事務所へ向かう。

    朝9時になって彼女に電話をするが出ず、2回目か3回目にようやく、いかにも電話で起こされた感じで出た。

    その時の彼女の感じは、「誰?」っていう反応で、やがて、「あ~、やらかした!」という酔っていて覚えていない感じだ。しきりに「ごめんなさい」というので、自分としては「え?ウソー、覚えてないの?!」と、ガッカリしてしまい、その日の夜にも電話をしたが、そこでの進展はなかったようで、翌週に再会するまでの公子との会話の記憶はない。

    しかし、この後、和江ママがまったく驚くべき行動に出る。

    第二章 ~再会~ 

    翌日の公子の電話の反応がイマイチだったので、俺は半ば諦めかけていた。

    ところがここから、和江ママが恐るべき行動に出る。

    後日、ママに公子を送った後の話をした。期待したけどガッカリした、という内容を伝えると、ママは目を細めて嬉しそうに言った。
    「彼女のヒデちゃんを見る目が普通じゃなかったよ。うっとりしてて、すごい興味津々って感じだったわ」。
    俺は嬉しくなって照れてしまい、「そうかなぁ? そんな感じはしなかったけど」と返した。

    日は改まって、仕事中に携帯にママから連絡が入った。

    昼間にかけてくるのは珍しいので、何だろう?と思いながら電話に出ると——。ママは興奮気味にこう言った。

    なんと、公子が働く八尾歯科医院に直接電話をして、
    「次の休みの前の日に、よかったらまた来て。ヒデちゃんに会って欲しいの。ウチの一推しだから」 と伝えたというのだ!

    俺は驚きと嬉しさで最初は言葉を失い、すぐに「えーっ!言ったのーっ!やめてよ~」と、思わずオネエのような口調になってしまった。

    仕事中にそんな電話をされた公子のことを思うと、申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいだった。

    今思うと、ママは俺と公子を何とかくっつけたくて、非常識だとわかっていながらも電話してくれたのだ。本当に感謝しかない。

    後日、公子本人から「ウチの一推しだから、と言われた」と聞いたときは、マジで穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。

    翌週の木曜日。

    期待と不安が入り混じった気持ちで店のドアを開けた。
    まだ彼女は来ていなかった。

    ママに挨拶して「本当にくるのかなぁ?」「来なかったら責任取ってもらいますからね」と、冗談とも本気ともとれる会話をして、時間を潰していた。
    店内には常連のサラリーマンが2人いた。1人は大阪出身、もう1人は時々一緒に来る福岡出身の先輩。
    この先輩とは以前、免許証を見せられたことがあり、本籍が福岡県遠賀と書いてあったので「『おんが』なんですか?」と聞いたら、神奈川県では「おんが」と読める人が珍しいらしく、えらく感激されたことがきっかけで距離が近くなった。

    事情も知らない2人に不安を隠しながら挨拶をし、おしゃべりをしていた。
    その日の俺の服装は、いつものAVIREXの革ジャンに赤いシャツ、スリムジーンズ。少し派手目でオシャレを意識した格好だった。

    21時を少し過ぎた頃、店のドアが開いた。入ってきたのは、なんと公子一人だった。

    てっきり前回と同じく同僚の女性と一緒に来るものだと思っていたので、驚きの方が大きかった。
    「あれ? 一人なの?」という言葉が、思わず口から出そうになった。ママは満面の笑みで公子を俺のすぐ隣に案内し、座らせた。

    あまりにも露骨すぎる配慮に、ますます意識してしまった。俺から「来てくれてありがとうございます」と言い、ママも「来てくれてありがとう〜」と声を掛けた。

    公子は言葉少なめで、少し緊張した様子だった。正直、お互いが意識し過ぎて硬くなってしまい、まるでお見合いのように気まずい空気になった。

    しかし本当に一人で来てくれたことが嬉しかった。来てくれなかったら俺は立ち直れなかった。ママの電話が、確実に後押しになったのだろう。

    公子はその日、黒の上着に赤系のスカートを履いていた。 なぜか俺の革ジャン+赤シャツと色合いが合っていて、なんだか嬉しくなった。

    その日以外も、会う時は不思議とお互いの服装のバランスが良いことに、後から気づいた。 やはり最初から、感覚的に合っていた2人だったのかもしれない。

    当然、常連のサラリーマン2人はポカンとしており、事情が飲み込めていない様子で「何なの?」という顔をしていた。

    やがて少しずつ緊張が解け、ようやく会話が弾み始めた——。

    第三章 〜急接近の夜〜

     再会の緊張感に包まれていた俺たちだったが、時間が経つにつれ、徐々に打ち解けてきた。その時は他愛もない話しで、先週、車で送ったあとに公子が俺にモーニングコールの電話を依頼していた声が、隣室の弟から後で「うるさい」と、言われたとのこと。
    「そりゃあ夜中なのに、あの時の声はちょっとテンション高めだったから言われるよ」と、笑った。

    その日は後ろのボックス席にも客がいたので、ママはカウンターから出てサービスに忙しいが、そんな時は大体、カウンターの客が間に立って空いたグラスや、飲み物を仲介するのが暗黙の了解だ。逆に普通にそうしていることが公子からは好ましく見えたらしい。

    ママが喜んではしゃいでいるのが分かるが俺の苦手なカラオケをしつこく勧めるのは勘弁して欲しい。
    やむを得ず、スピッツの「チェリー」を嫌々歌う羽目になり、可哀想に公子も鈴木聖美の「Taxi」を歌わされていた。公子の声は普通の会話はやや低めなのだが、歌はちょっと高くなる。勿論俺なんかより全然うまい。
    そしてママは十八番のミスチルの「抱きしめたい」を歌って、なぜか普段はしないのに最後のフレーズだけ、マイクを向けて来るので歌わざるを得なくなった。
    「♪すべてのことを受け止めて行きたい。ずっと二人で♫」。

    普通に公子とおしゃべりをしているのに、ママのカラオケ攻勢が邪魔くさかった。

    なんだかんだ時間は過ぎて閉店となり、俺が公子を送って行くのは当たり前だが、常連の2人も残っている。成り行きで車で送ってあげるしかない。
    そこであっ!となったのが、常連の福岡の人が空気を読まずに助手席に座ってしまったことだ。おい〜っ(怒)と思ったがしょうがない。大阪の人は家が久里浜寄りなので、高速を使ったほうが早いのだが、料金所で検問のリスクがある。下道で帰ったと思う。その間、福岡の人がよくしゃべるので、相槌に忙しかったが、ルームミラーで公子を見ると、黙って外を眺めていた。
    先に大阪の人を下ろし、次は公子の家の方向に戻る途中の住宅地で福岡の人を下ろしたが、公子は後部座席に座ったままなので、「ウ~ン、困ったな」と思いながら車を一交差点程度走らせる。

    すると後ろから「いつまでここに座らせてるの?」と、ちょっとムッとした声が飛んできた。思わず「ですよね~」と照れて返答して、路肩に停め、公子は前に移って来たがその時は笑っていたので、正直ホッとしたのと、やっと2人きりになれてテンションが上がってきた。
    公子も男が助手席に座ったので、あっ!となったそうだ。確かに女性がいたら、普通は助手席は譲るよ。「全く空気読めよ〜」と、2人で大笑いをして、車内の雰囲気も良くなった。

    やはり回りに人がいなくなって2人きりになると、テンションが上がって声のトーンも上がる。この時、酔いの影響もあったが、ほんの短い間だが、会話が楽しくてしょうがなかった。やはり、お互いが好意を持っていたからだと信じている。
    このまま車を走らせておしゃべりを続けようか話しをしていたら2人とも明日休みだと分かり、公子から「じゃあ明日、どっか行こうよ」「おー、行こう、行こう!」となって、明日に備えて早く帰ろうとなった。

    前週は家から離れたところで公子をおろしたが、今回は家の前でおろした。ということは、少しは距離が縮まったのかな?と思えて嬉しかった。

    第四章 〜箱根へ(前編)〜

    公子を家まで送り、自分の家に帰って高揚した気分のまま、深夜なのにしばらくギターを弾いていた。
    ギターは面白いもので、落ち込んだ気分の時は良い音は出ないが、気分が良い時は良いプレイになる。ある程度弾いて気持ちが落ち着いたので、明日に向けて寝る。

    朝、目が覚めて、シャワーを浴びて支度をする。
    待ち合わせは昨夜わかれたのが深夜だったので10:30か11:00に公子の家に行く。

    今日は黒のコーデュロイのシャツに黒のジーンズ、黒のブーツ。
    公子はクリーム色の花柄のトップスに、茶系のスカートか、パンツ。モスグリーンのハーフコートで可愛らしかった。

    今日の天気は晴天で絶好のドライブ日和だ。
    短い距離だが、高速道路を使って移動し、公子の家のちょっと先のクランクの所に停車して電話をする。

    すぐに来ると思っていたら中々来ないのでちょっと心配になった頃に、小走りで笑いながら車に乗って来た。「どうしたの?」と聞くと、途中、といっても家の前の自販機で飲み物を買ったら取り出し口に引っ掛かかった缶が取れなくて、苦戦していたらしい。
    「なんだ、呼んでくれればよかったのに」と笑いながら返答していると、350mlの甘いアメリカンコーヒー缶を、俺の分だと差し出した。
    そういえば電話の時に何か飲む?と聞かれて、カフェオレとか答えて、カフェオレがなかったので替わりにその甘いコーヒーを選択しのかな?。
    他愛ないことだが、その公子の笑顔を見て胸が温かくなって「あぁやさしいな」と感じた。公子の顔は、まるで菩薩様のように穏やかで優しい表情をしていた。

    車は十字路を左折して緑の深い山を抜けて、あのなぎさ橋のデニーズの横を通り、134号線を逗子海岸から西湘バイパス方面に進む。
    もちろん車内ではずっとおしゃべりをしていたが、どこかまだ少し緊張が残っていた。これまでのネタを一通り話し尽くした後で、微妙な間が生まれる瞬間もあった。

    その中で、和江ママが公子の職場に直接電話をして、店に来て欲しいと言った話を改めて聞いた。公子は和江ママの強引さに面食らい、迷ってはいたが、行くことにしたという。
    ママから俺のことを「ウチの一推しだから」と確かに言われたそうだ。
    俺は笑ってはみたものの、恥ずかしくて顔から火が出そうだつた。
    しかし、来てくれた公子の勇気に感謝しかない。

    西湘バイパスの海沿いを晴天の中、飛ばしている車内で、子供のときの遠足の思い出を話していた。平日なので以外と空いていて、スイスイ進む。
    国府津パーキングでトイレに寄って、自分は煙草を吸って休憩して、箱根に向かう。
    今みたいにスマホがあれば遊ぶところや食べるところ、ルート検索もできて、一緒に写真も撮れるのに、2000年はまだ携帯で写真も撮れない。なので公子との写真が一枚もないのは大変残念だ。
    しかも目的はただおしゃべり、という驚くべきノープランで、我ながら呆れる。

    箱根の湯本から上りに入って、カーブの連続する中、高校の話しになって、公子がウチの高校の人を知っている、という。
    「え?、誰?」と聞いたら、
    「行きつけの美容師なの」
    「もしかして竹井って名前じゃない?」と聞くと、「そう!」と驚く。
    「なんだ!ゴン(竹井の渾名)なの?」と、こっちも驚いた。

    3年間同じクラスの彼が卒業後に美容師専門学校に行くとは何となく覚えていたが、世間は狭いものだ。彼とは実習や、体育の授業等で同じ班になった。それほど仲が良い訳ではないが、彼も当時、ポール・マッカートニーのヒットしていた「No More Lonly Nights」を聴いていたので、その曲が挿入歌の映画のビデオを貸したことがあって、それから結構仲良くなった。
    高校時代の同級生というのも公子が次に美容室に行く時のネタとしては、渾名の話は面白いから「今度美容室に行ったら話してみて」と公子にお願いして笑い合った。
    その一件で空気が柔らかくなり、話が弾んだ。あとは絶対に笑う、M教師とクラスのKの、男子校ならではの授業中の下ネタの鉄板のやり取りを披露した。

    車は冬なのに暖かい山の峠を上り、芦之湯から元箱根に下って行く。
    元箱根周辺は何も無かった印象があって、停車もせずに右へ曲がる。そのまま仙石原方面に向かうが、この時代はカーナビが無いので、更に右折するところを直進して、誤って今の「小田急山のホテル」の車寄せに入ってしまう。

    中から従業員が走って出て来そうだったので、悪いことをした訳ではないけど、「やべー、逃げろ!」と、慌てて車寄せを出て元の道に戻った。本当にこれも他愛もない出来事だが、2人でゲラゲラ笑った楽しい思い出の一つだ。

    第五章 〜箱根へ(後編)〜

    山のホテルの車寄せに迷い込んだのはすぐに気づいたが、スタッフが驚くほど早く出てきたので、「やべー、逃げろ!」と慌ててUターン。
    そのドタバタぶりがおかしくて、俺と公子は車内で大笑いした。

    そのまま仙石原から宮ノ下温泉郷に出て、湯本駅まで下って行く。
    湯本駅の後ろの山に「かっぱ天国」という温泉施設があって、公子は行ったことがあるという。公子とかっぱというフレーズがミスマッチでツボに入ってしまい、笑ってしまったが、箱根はどこも降りずに、車でぐるっと回っただけだった。
    公子はきっと物足りなかっただろうな——今でもそのことを後悔している。
    今なら遊覧船に乗るとか、カフェに行くとか何でも出来たのに、当時は「男がデートプランをしっかり考えるもの」という風潮があって、正直俺は苦手だった。

    とにかく昼飯を食べなければと、1号線を小田原方面に抜け、道なりに流れて行くと酒匂川沿いにデニーズを見つけて入り、席について一息つき、ようやく食事を取る。
    ここで意外だったのは、公子がタバコを吸い始めたことだった。今まで一度も吸う姿を見たことがなかった。
    銘柄は「カールトン・スリム」。

    公子が「カール・ルイスのカールトンってCMあったでしょ?」と言うので、「アスリートがタバコっておかしいでしょ」と笑いながら突っ込んだ。吸ったのは結局1本だけだった。
    まぁ、今まで吸っていなかったのだから、ヘビースモーカーというわけではなさそうなので安心した。

    もう夕方で、茅ヶ崎辺りから帰宅ラッシュに巻き込まれる時間だ。
    外が暗くなるのと合わせて、車内も口数が少なくなってくる。公子が目をつぶっていたように見えたので「眠かったら寝てもいいよ」と言ったが返事はなかった。
    俺が何かで独り言をいったら公子が反応したので、「あれ?寝てたんじゃないの?」「寝てないよ」という。
    無理に起きていないで寝ていてもいいのにな。

    逗子海岸の通りを抜けて、このまま公子を帰してしまうには早いので、時々友達と行っていた飲食店に軽く飲みに行く事を提案して、その店に入る。
    そんなに沢山は食べないが、食事が終わって公子を家に送る頃には、もう夜も遅くなっていた。

    その日の俺は、結局いつものダメなところを出してしまった。
    次のデートの約束も取り付けず、携帯の番号も聞かず、「好きだ」と一言も伝えられなかった。
    理由はシンプルだ。公子を大事にしたいあまり、ヘタなことを言ってこの関係を壊したくなかった。
    慌てず、少しずつ距離を縮めていきたいと思っていた。
    それが正解だったのか、間違いだったのか——今でもわからない。

    その日は結構あっさり家に送って別れた。
    自分は日常は電話で話を重ねて、そこからデートを重ねて関係を築いて行く、というやり方で進めて行きたいと考えている。
    だから、別れ際も「また電話するよ」という。

    そのやり方は今思えば古臭かったのかもしれない。
    公子からすれば「この男の本心はよくわからない」と思われていたのかもしれない。
    この対応がこの後、悲劇を生むことになる

    第六章 〜別れ〜 

    箱根ドライブの次の日の夜、公子に電話をして話しをしている中で、近々家族と北海道へスキー旅行に行くというので、軽い気持ちでお土産にROYCEの生チョコを頼んでしまった。

    連日21時過ぎに電話をかけていたが、彼女の部屋の固定電話のため、不在だと呼び出し音が延々と鳴り続ける。
    以前モーニングコールを頼まれた時に弟から「うるさい」と言われたと聞いていた、鳴らしすぎないよう気をつけていたので、数回鳴らしてでなければ切るようにしていた。

    俺は箱根のドライブで近い存在になった気がしていた。
    だが、携帯電話にかけられないもどかしさが胸に残って苦しい。
    まだまだ彼女にとっては「そこまで気を許せる関係」にならないのか?。

    毎日電話をしてもどこか煮え切らない思いの中、公子は北海道へ行ってしまい、連絡のつかない数日間を過ごした。

    やがて彼女が旅行から帰ってきた日に電話で、外出の予定があるからその帰り道にお土産を届けに来てくれるという。「別に来なくてもこっちから行くのに、会いたいし」、といったら頑なに届けるというので了承した。

    彼女は我が家を知らないのでルートを教え、当日車で来てくれた。
    だが、その車の助手席には友達らしい女の子が、後部座席には若い男が座っており、助手席の女の子がやや上目遣いでこっちを興味深そうに「これがその男か」というような目で見ている。 
    その子の表情に不快感を感じたが、公子にあまり話も出来そうにないので生チョコの御礼をしながら夜に電話をすると伝えた。

    その日の夜、電話で次はいつ会えるかを確認したら、言いにくそうにしていたが、「やっぱりお付き合いは出来ない」と申し訳なさそうに断られた。 

    その時に初めて俺は「公子が好きだし真剣に付き合いたい。悪いところがあれば直すから」と言った。
    公子は意外そうに驚き、気持ちが少し揺れたように感じた。
    (あー、やっぱり口に出して言わないと伝わらないのか……)

    彼女は少し考える時間が欲しいというので、その間、自分は風呂に入るから出たら電話をするという約束で電話を切った。 

    風呂から出て公子に電話をして「考えは変わった?」と聞くが、でも、やっぱり無理だと云う。
    「理由は?」と聞いても「えぇ~?」というだけで「何ていえばよいのだろう?」という彼女の困っている雰囲気が受話器越しでも伝わってくる。
    居ても立っても居られず、直接会って話しがしたいから今から行く、と電話を切った。

    夜の道路は空いていて、車で30分もしないで公子の自宅近くの小学校横に路駐する。
    2月だがエンジンのアイドリング音が近所迷惑になることを考えて、寒かったがエンジンを切って車内から電話をすると、彼女は出てくれたが、会うことは出来ないという。

    改めて、何が悪いのか?教えて欲しいと迫るが公子は尚も言いにくそうに口ごもる。
    「顔?」「目?」「鼻?」「口?」と順番に聞いていくと、公子は本当に言いにくそうに、長い沈黙の後、小さな声で「うん……」とだけ答えた。

    正直、自分の前歯は差歯で、ちょっと大きくアンバランスで、気に入らないところであるが、それ以外にも口腔のメンテナンスを怠っていたのは事実だ。 
    彼女は歯の専門家として、普通の人以上に歯に意識が向くはず。
    それについては俺はぐうの音も出ない。
    「えーっ!、口かぁ~、う〜ん」と、理由としては本当に恥ずかしいかぎりだが、それを言われるなら、ある意味納得せざるを得ない。

    それは自分が悪いからだ。
    が、これ以上彼女を困らせてもしょうがない。

    彼女の言い分にも納得はできたので、「ちゃんとキレイにするから1ヶ月時間をくれ」、と言って1時間の会話を終わらせた。 

    確かに彼女は自分のことを好意的に見てくれた。
    だからこそ、第一印象が大事だと、痛いほど気づかせてくれた人として今も感謝している。
    それ以来、色々な人に第一印象、頭の先から足元まで、キレイにしておくことを伝えてきたつもりだ。

    同じような事はちょっと主旨は違うけど親父からも言われていた。足元(親父はゲソと言っていた)を見られるから常にキレイにしておけと。
    親父は職人が仕事現場に着いてから地下足袋に履き替えることをもの凄く嫌っていた。仕事服は家を出る時から整えておけ、という教えだった。どちらも第一印象の重要性のことで肝に銘じるようになった。

    電話中は暖房も切っていて身体が冷えきってしまったのと、付き合いを断られたショックでどうにも落ち着かず、公子の家からの帰りに和江ママの店に寄った。
    酒を飲みながら一部始終を伝えると、ママは多くは語らず、ただ「しょうがないね」と言った。

    俺はグラスを傾けながら、小さくビートルズの「While My Guitar Gently Weeps」を口ずさんだ。
    I don't know why nobody told you
    How to unfold your love...
    なぜ誰も君に教えなかったのか
    君はただその愛を打ち明ければよかったのに……

    With every mistake
    we must surely be learning
    Still my guitar gently weeps.
    失敗を重ねながら
    僕たちはしっかり学んでいかなくてはならないでも僕のギターは切なく泣いている。

    箱根で一日一緒に過ごした中で、公子が出した結論だった。
    本人も相当悩んだに違いない。

    そして俺は翌日から、すぐに歯医者へ通う決意をした。
    この時は毎日歯医者に通って1ヶ月で治す気概だった。

    第7章 〜会えない日々〜 

    翌日、早速会社の事務所の近くにある歯医者に向かい、全体的に治療したいと申し出た。
    先生には「かなり大変な患者だな」という印象を持たれたようだった。  

    実際、全ての治療が終わるまで1年かかった。
    1年後の最後に先生が苦笑いしながら言った。  
    「絶対に続かないと思ったよ。よく通ってくれたね」  
    (そりゃ先生、恋の力ですよ……とは、さすがに言えなかった)

    初回の診察後、次の予約を取る際、俺は毎日でも通って早く治したいと伝えた。
    しかし先生から「薬を入れているので、最低1週間は空けないといけません」と言われ、肩を落とした。  
    公子に約束した1ヶ月では治療はほとんど進まない。これではダメだとガッカリした。

    さらに先生は、患者の希望する歯から治療するのではなく、口の中全体の順序があることや、年配の先生の医院は技術の進歩に追いついていない場合が多いので避けた方がいいと教えてくれた。 「あなたの歯は、年配の先生のところでしょう?」と言われ、地元の歯医者のジイ様を恨めしく思った。 
    ただ、そんな事情は全く知らなかったので、勉強になった。

    それが2000年2月中旬のことだった。  
    それからは毎週コツコツと、ある時は仕事の休憩時間に、または仕事終わりに、歯医者通いが始まった。

    余談だが、この医院は先生と歯科衛生士兼事務の奥さんの二人で営んでいた。奥さんは若くて凄い美人で、通院するたびに少し嫉妬を覚えた。  
    先生は申し訳ないが、背の低い普通の冴えない感じの人だったので、「歯科医ってやっぱりモテるんだな」と妙に納得した。
    歯が治るまで公子には会わないと決めていた俺は、この夫婦を見るたびに公子を思い出して胸が苦しくなった。  

    治療の進みが遅いことにも、苛立ちを抑えきれなかった。
    それでも、結果的に口の中を全体的にオーバーホールできたのは、公子のおかげだと言える。
    しかしその間、公子には一度も電話をしなかった。  

    公子は「1ヶ月待つ」と言ったわけではない、自分が勝手に決めた期限だったし、決めた以上は電話も我慢した。  
    3月には公子の誕生日があったが、治すまでは連絡しないと決めていた。
    今になって思うと、もっと柔軟に対応できたはずなのに。  
    若い頃の自分は、本当に余裕がなかった。

    もちろん公子のことを考えない日なんてなかった。

    確か3月4日は公子の誕生日だが、いつ日付を聞いたのかは記憶にない。
    プレゼントをあげるにしてももう少し先だな、と考えていたが、ひょんな事から買うことになった。

    第八章 〜ティファニー~ 

    毎週、歯の治療に通いながら、ほぼ仕事中心の生活が続く。

    その頃、会員だったぴあカードの冊子を事務所で見ていた時に、同じ事務所の同僚の田中から、自分の彼女の誕生日プレゼントをどうするか?相談をされた。
    たまたまその冊子にティファニーのビーンズという新作の写真が出ていて、「こんなのどう?」と見せたら乗り気になったので、仕事でもランドマークタワーには行っていることもあり、「ランドマークにティファニーがあるから行ってみるか?」という流れで、仕事中に会社のバンでランドマークタワーに行く。

    ランドマークまで大体片道1時間弱で、平日昼間の高級ジュエリー店に場違いな作業服の2人が店内に入っていく。

    田中がショーケースで選んでいる間、俺は後ろから見ていて、ビーンズだからソラマメの形なんだけど「あ~良いんじゃない?、値段もまぁこんなもんだよ」って偉そうに田中に説明していると、その横にハート形のネックレスがあってそっちに目が行く。 

    小さくて、控えめで、それでいて温かみのあるデザイン。
    「これかわいいな.....、公子にプレゼントしたら喜んでくれるかな?」と、ふと思った。
    実際、公子の3月の誕生日プレゼントもまだ決まっていないので、気づいたら田中に接客していた店員に「これください!」と言っていた。店員さんも付き合いできた同僚の男が、急に横から買うっていいだしたから驚きと、苦笑しながら、「こちらでございますか?」と確認して、梱包の用意をする。
    田中も「えっ!買うんですか?どうしたの急に?」と驚く。 
    「いや~、後ろから見てたらさぁ、なんか羨ましくなっちゃって。ほら、これもかわいいでしょ?」と、自分が選んだほうを指差す。
    田中も「ああ、いいんじゃないですか」と笑って応える。
    俺も冊子を見ていて、考えない訳ではなかったが、空豆はちょっと公子のイメージではなかったので、ハートのほうがかわいいなと、現物を見て決めた。

    その後で同じランドマーク内の、ソニープラザで、バースデーカードを買って事務所に戻った。
    ネックレスは事務所のロッカーに保管しておいて、あとは誕生日が近づいたら発送する手筈だ。
    バースデーカードは紺色のシックなやつと、アメコミのキャラクターみたいな、白地に赤いやつを買ったが、悩んだ結果、アメコミのほうに「お誕生日おめでとうございます。
    なお、商品の返品はお断りいたします(笑)。With Love❤️」
    と書いて、納品伝票のようにシャチハタ印を押して梱包する。

    あとは細かい住所、こればっかりは公子に聞く訳にもいかない。
    なんかストーカーのようで、少し迷ったが休みの日に彼女の自宅前まで行って、付近の電信柱等を確認。電話帳で住所の広岡姓を再確認して、ほぼ間違いないことを認識した。

    現地では不審者に見えないように行動したつもりだが、ちょっと後ろめたい行動だ。
    自分でも少し滑稽だと思ったが、それでも彼女に届けたかった。

    最後に配送伝票だが、いくら自分で丁寧に書いても無駄なので、事務員の佐藤さんというオバサンに事情を説明して代筆と、発送をお願いしてとりあえず落ち着いた。

    公子の驚く顔を想像しながら誕生日が来るのを待った。ただ、その日は自分はスキーで草津に居る予定だから、草津で電話を期待して待つことになる。

    公子から電話はくるだろうか?

    第九章 ~草津の夜、午前3時の着信~ 

    公子の誕生日は3月4日で、プレゼントは宅急便で日付指定で発送しているが、俺はあいにくその日は、元々草津へスキーに行く予定が入っていた。
    仕事帰りに事務所の内野の運転で、2人で草津温泉に向かった。内野は女性関係が豊富で勘違いされやすい男だが、6年近く付き合いがあるので気心が知れている。
    彼が付き合っている彼女と喧嘩して、彼女が荷物も持たないで、彼の家から居なくなったことがあった。荷物が残っているのでいずれ帰ってくるかも知れない、その時に内野が捜索に外出していたら、入れ違いになるのを恐れて家から一歩も出られないでいた。
    食事も出来ない彼は、俺に助けを求めてきて、俺は家から車を飛ばして、彼の家に食べ物と飲み物を差し入れしたことがあった。
    そんな関係なので、公子のことも以前から相談していた。
    彼は公子を否定せず、時間は掛かるけど俺の考えを尊重してくれた。

    夜8時近くに出発し、助手席で公子から電話が来ないかと期待しながら内野と話していた。

    現地には会社の二家族がすでに昼間から入っていた。
    俺たちが現地に到着したのは深夜0時過ぎだった。

    大浴場で疲れを癒し、すぐには眠れず、奥様方が起きていたので、リビングで4人でつまみを食べながら話をしていた。
    俺は持参した赤ワインを飲みながら公子の話をすると、奥さんたちは揃って「それはダメだよ。止めた方がいい」と言う。「そんな理由で断るくらいだから、やめた方がいい」というのが彼女たちの意見だった。

    俺は反論したが、内野はいつものように「本人がいいんだから」と否定しなかった。

    誕生日プレゼントを送った話をすると、皆から「電話来るかもよ」と冷やかされた。
    結局ワインを2本空けてしまい、在庫が無くなって時間も深夜3時近くになったが、一つも酔えなかった。明日のスキーもあるので寝ることになり、「今日は電話来なかったな」と、ちょっとガッカリしていた。

    そのままリビングに携帯を置いて寝てしまった。
    翌朝、携帯を見るとちょうど深夜3時頃に公子から着信が入っていた。

    奥様方に伝えると大はしゃぎされたが、俺はその時に電話に出られなかったことを、後悔していた。

    後で聞いたところ、公子は誕生日当日、友人たちと飲んで遅くなり、家に帰ってからプレゼントに気がつき、3時なのは分かっていたが、酔った勢いで電話をかけてきたらしい。

    その日の夜、食事の後にロビーに下りて一人になって公子に電話をした。
    まさかプレゼントが届くとは思っていなかった公子は驚き、知らない住所で全く知らない男から誕生日プレゼントが届いたことを母親に「どこの誰なの?」と、しつこく聞かれたと笑いながら話した。
    俺は「まぁそうなるよね」と笑い、配送伝票を代筆してもらったことを白状した。
    カードに書いた「返品はお断りいたします(笑)」の文句を伝え、「返品しちゃダメだよ」というと、公子は楽しそうに笑っていた。

    昨夜ワインを飲みすぎて携帯を置き忘れて寝てしまったこと、歯医者に通っていること、治療が1週間おきで遅々として進まないことも伝えた。
    自分の中ではまだ「会わない」と決めていたので、「時々電話するから、迷惑じゃなければ出てね」と伝えて電話を切った。

    久しぶりに聞いた公子の声が明るかったので、胸のつかえが少し取れた気がした。
    しかし、歯を治すまで会わないとは、一体いつまで会わないつもりだったのか?

    彼女が許してくれれば会うつもりだったのか?

    実際に誕生日の電話まで、三週間ぐらい空いていた。

    だから、プレゼントは送ったものの、電話がくるかは半信半疑だった。
    三週間ぶりに公子の声が聞けて、また活力になった気がした。

    しかしこの後、公子に関するネガティブ情報を受けて、関係が一転してしまう。

    第十章 ~余計な一言〜 

    誕生日の電話で、未来に希望が見えたのもつかの間、俺は彼女に取り返しのつかない失言をしてしまう。

    公子の誕生日の後、関係に何か進展があるかといえば、何も動きはなかった。

    何日か後、再び若い連中と雪山に行くことになった。
    今回は内野の車と自分の車に分かれ、八海山へ早朝に出発して、一泊のスキー旅行。
    その帰り道、関越道を下りて環八通りで食事をする前、俺は後輩の山本に運転を変わって貰い、助手席に座っていた。

    その時、和江ママから電話がかかってきた。
    「ねぇ、ヒデちゃん、広岡さんてバツイチなんだってね」
    ……一瞬、頭が真っ白になった。平静を装って「そうですか」と答えたが、心臓の音がうるさくなるほど動揺した。

    別にバツイチであることが問題なわけではないのに、なぜこんなに取り乱してしまったのか。確かに今と違って、2000年頃はまだ「バツイチ」というと、なんとなくアウェー的な雰囲気が残っていた。
    ママがなぜ、わざわざそんな情報を伝えてくるのかもわからず、無神経さに腹が立った。

    言外に「ヒデちゃんはバツイチの女性はやめなさい」と、女性の立場でいいたかったのか?その後、和江ママと何を話したのか、まったく記憶にない。

    食事中も全く上の空で、イライラが収まらなかった。
    自分でも彼女が大好きな気持ちに変わりはないのに、なんでそんなことを気にするのか?理解が出来ない。
    今もそういう気持ちが強い方だが、俺は「独占欲」が人一倍強いのかも知れない。
    彼女が一度でも他の男の籍に入っていたことが、我慢出来なかったんだと思う。
    それに、もし彼女に子供がいたらどうしよう?そんなことも考えてしまう。

    モヤモヤした気持ちが何日も続き、どうにも我慢できなくなって公子に電話をしてしまった。

    迂闊にもストレートに彼女に「バツイチなの?」と聞いてしまった。
    公子は一瞬沈黙した後、明らかに苛立った声で「そうだよっ!」と返してきた。
    「だからなに?」
    その冷たいトーンに、胸が締め付けられた。

    俺は慌ててフォローした。
    「別にバツイチを気にしているわけじゃないよ。そんなことで好きな気持ちが変わるわけないよ……ということをいいたかっただけなんだ」

    しかし、公子の態度は全く取り付く島もなかった。彼女の声がどんどん硬くなり、苛立ちがはっきり伝わってくる。

    俺が何を言っても受け止めてくれず、ただ感情的に突き放されるような感覚だった。

    今までこんな態度は見せたことがなかった。

    彼女は自分の中にしまっておきたかった事実を言われて、大きなショックだったのだろう。

    「まさかあなたから言われるなんて・・・」

    結局、彼女を傷つけるばかりで、気まずいまま電話は切れた。バツイチという言葉で彼女の傷をえぐってしまった。

    心底、和江ママを恨んだ。彼女の離婚の理由は俺にはわからない。でも別に俺に伝える必要はあるのか?

    もし目の前にいたら、彼女を抱きしめて心の底から謝罪したのに、電話越しではそんなことはできなかった。
    もどかしさと自己嫌悪で、胸が潰れそうだった。
    自分のくだらないプライドで、なんて余計な一言を彼女に言ってしまったのか?と。

    せっかく誕生日で少し関係が良くなったと思ったのに、振り出しどころか、大幅なマイナスになってしまった。
    もう彼女との関係を修復するのは不可能かもしれない——そう思わずにはいられなかった。それほど大きなミスだった。

    第十一章 〜最大の機会を逃す〜 

    公子を傷つけてしまったショックが大きく、しばらく立ち直れずにいた。

    だが、そんなある夜、突然公子から夜中に電話がかかってきた。
    着信の画面をみて「えーっ!」と驚き、慌てて出た。
    前にもあったように、休みの前日に友人たちと飲んで酔った勢いでの電話だったのだろうか。本当に時々かかってくる、この夜中の電話の意図はなんだったのだろう?
    単純に酔って異性と話がしたかったのか?

    その割りには彼女が甘えて何かを訴えることもない。この電話の後で関係が進む訳でもない。

    しかし、あの過去の傷をえぐる発言の時とは打って変わって、気まずさはなく、和やかな雰囲気で話せた。他愛もない会話だったが、「どこかに遊びに行こうか」という話にはならなかった。
    ただ、傷をえぐった件についてはちゃんと謝罪した。

    公子との電話は、お互いが交代に掛け合うという、暗黙の了解のようなものになっていた。

    しかし一度だけ、今も激しく後悔し続けている出来事がある。

    その日はまだ夜10時頃だった。

    電話をすると珍しく「会ってくれる」というので、急いで公子の家に向かった。
    車に乗り込んできた彼女の髪はまだ濡れていて、慌ててシャワーを浴びてきたのだろうと思った。
    胸元には、俺が贈ったハートのネックレスが光っていた。それを見ただけで胸が熱くなった。車内で他愛もない話をしながら、三崎方面の引橋近くのコンビニに寄った。
    俺はお茶を買って車に戻ると、公子が当時流行っていた動物占いの本の彼女に該当するページを俺に見せてきた。

    そこには「セ○クスは強いほうだ」というようなことが書かれていた。
    「えっ……」と声が出た。
    一瞬、頭が真っ白になった。
    これはいきなりどういう意味だ? 俺とそういうことをしたいというサインか?
    それともただの話題か?
    判断がつかず、結局はぐらかしてしまった。

    ちょうど雰囲気が温まってきた頃に、率直なのか、難問なのか、判断がつかない問題を出されて俺は完全に固まってしまった。
    その後、結局何もなく家に送ってしまったのだ。

    俺は何も踏み出せなかった。
    彼女に嫌われたくない一心で、安全な道を選んでしまったのだ。今なら絶対に違う選択をする。

    あの夜、公子は確かにもう一歩、こちらに踏み出してくれていたはずだ。
    それを、俺はただ固まって見逃してしまった。

    別にセ○クスをすればよかったとは思わないが、もっと正直に彼女に対する気持ちをハッキリと伝えることは出来たはずだ。
    今彼女を抱かなくても、本当に愛していることを。

    俺は彼女との関係を壊したくなくて、大事に慎重に対応してきたつもりだ。
    それが煮え切らない態度と捉えられてしまったのか。

    その後も、しつこく電話をかけたりはしなかった。
    もう彼女は俺に気がないのだろうと思い始めていたのかもしれない。
    ただ、時々会っておしゃべりができればそれでいい——26年前の自分は、本当にそれで満足していたのだろうか。
    今でも歯がゆくて仕方ない。

    第十二章 〜迷走〜 

    公子とは動物占いの件から電話もなくなった。

    彼女の中では俺の本心がハッキリしないことで、もう終わりにされてしまったのかも知れないし、俺の中でも彼女との進展がなければ、もう次の出会いを求める気持ちになっていた。

    それから数ヶ月後の、2000年の夏前、事務所の同僚の大木さんの懇意にしていた神崎商会という会社の浜田くんから、合コンを持ちかけられた。
    公子には未練があったが、進展がないことに甘んじたのか、別の出会いを探していたので、行くことにした。

    合コンは本厚木の居酒屋とカラオケボックスに行ったが、こちらは大木さん、俺、浜田くん、来た2人の女性のうち、1人が浜田くんの彼女だったことが後で分かった。 もう一人は仮に茅ヶ崎のAさんとしておこう。
    それなら、大木さんは既婚者なので、俺がAさんのところへ行くしかない。ただ、浜田くんの彼女のほうが共通の話題があって、話が盛り上がってしまい、自重した。
    カラオケでは大木さんの歌を初めて聴いたが、上手すぎて驚いた。

    合コンも終わり、俺はいつもと同じく車だったので、Aさんの家がある茅ヶ崎まで送ることになり、その時に連絡先を交換した。
    彼女の雰囲気はどことなく公子に似ていて、そんなところも気になったのかも知れない。

    合コンの翌日は会社の人に八景島の花火大会に呼ばれていたので、車の中でAさんにその話をしたら「行きたい」ということなので、じゃあ翌朝、改めて迎えに来るといって別れた。
    しかし、そのすぐあとに彼女から電話が来て、「友達と約束していたことを忘れていた」との理由でキャンセルしてきた。
    友達の約束は口実で、考え直したら「行かない方がいい」と、思い直したのが本音ではないだろうか。

    Aさんと車の中でしゃべった印象は、最初はお互い緊張していたが、途中のコンビニで飲み物を買ったあとから、徐々に打ち解けてきた。
    その後も印象は悪くなく、この人なら続けられるかな?、と思ったのでしばらくの間、電話を続けていた。
    しかし、中々進展せず、逆にAさんから自分の会社の女友達との合コンを提案され、こっちは加藤と山本を連れて藤沢に行くことになった。

    その少し前の深夜に寝ていたら公子から、やはり3時頃に電話があり、近況とかをしゃべった後で、「夜中に人を起こしたんだから今回は借りで、次は俺からかけたらちゃんと出るように」と、冗談で笑いながら電話を切った。

    公子は酔って人恋しくなって電話をかけて来たようだ。だからといって、別にいつもと変わらず俺に甘えてくる訳でもない。

    俺はもちろん嬉しいけど、もう次に向けて動いているので、あまり執着はしていなかった。

    どことなくお互いが過去の恋人のような雰囲気で話している気がした。でもしゃべった後は気分が高揚するのは変わりはない。

    まぁその合コンだが、こっちは3人、向こうは2人で、来た女性は山本や加藤より年上で、容姿も申し訳ないが「ちょっと」、という感じだった。

    1件目はやはり盛り上がらず、ほとんど俺が気を遣ってしゃべり、山本は早々に帰った。
    2件目に加藤も付き合ってくれて、1件目よりは話しも弾んだが、ほどほどにお開きになった。

    新しい出会いを求めながら、あの頃の俺は、まさに「迷走」していた。

    第十三章 〜これで最後〜 

    これが最後だ。遂に彼女と最後の逢瀬となる。

    合コンの後、女性たちを家まで送ったが、彼女達の家のある茅ヶ崎までの道のりは疲れ果てていた。
    女性達を降ろした直後、もう、Aさんに未練はなかった。
    Aさんを下ろした後、猛烈に公子に電話をしたくなった。

    先日の電話の「貸し」を口実にして、23時前に電話をかけた。すぐに彼女は電話に出てくれた。
    「若手のために合コンを開いたけど上手くいかず疲れた。今、帰り道だからこのままそっちに行くから相手をしてくれ」と冗談めかして言うと、公子は「何いってんの~」と笑ってくれた。
    その夜は俺の愚痴を、友達のように落ち着いて聞いてくれた。
    久しぶりに話す公子の声に、心が安らぐのを感じた。
    その日からしばらくして、公子に電話をすると、珍しくもう一度会う約束をしてくれた。

    公子の職場に近い小学校の横で22時に待ち合わせをすると、約束の時間に公子が歩いてきた。久しぶりに会う彼女は先に同僚と飲んでいたのか、軽く酔っていた。
    胸元には今回もプレゼントしたネックレスが光っていた。

    しかし久しぶりに会ったものの、雰囲気は固く、車内はぎこちなかった。
    いつものように普通に話をしていると、公子は物足りなさそうに黙り込み、会話が空回りした。自分でもなんとか会話を続けようと考えるが、話が続かなかった。

    どことなく彼女の冷めた雰囲気を感じてしまった。
    その感じで「ああ、もう終わったな……」と、俺は内心で思った。

    今考えれば、本当に久しぶりに会えたのに、なぜまた同じパターンを繰り返してしまったのか、不思議なのだ。
    再会がうれしくなかった訳じゃない、うれしかったのに自分でもなぜノープランだったのか?、今も理由はわからない。

    多分、彼女の雰囲気を察して自らブレーキをかけたのかも知れない。

    もし、まだ公子と付き合う気があるのなら、「紫苑」に連れて行って和江ママの力を借りるとか、思い切って改めて告白するとか、もっとできることはあったはずだ。
    ここが最後のチャンスだったのに俺は行動にうつさなかった——。

    しかし、26年経って記憶も曖昧だが、気になることはある。
    それは公子とは、何回か夜中の電話を交わしているが、前にも書いたように彼女を無理に追っかけなかったことだ。 
    彼女は俺には気がない、ということを分かっていて会った。だから、会話が弾まない時点でもうダメなんだ、と完全に諦めたのだと思う。

    この日以降、二度と公子に電話をすることはなかったし、彼女からも電話はかかってこなかった。

    もう完全に終わった恋となった。

    そしてそれから半年は過ぎた2001年4月頃、俺に別の彼女が出来て同棲を始めた頃の夜、突然公子から電話があった。

    「どうしたの?」と出ると、
    「あなたの家の近くを通ったら葬儀をやっていて、若い人たちが参列していたから、
    もしかしたら……」と思ったと言われた。

    公子の少しそそっかしい、でも可愛らしい言い方に「うん、俺じゃないね(笑)」と返した。

    彼女は少し言いづらそうに「明日は休み?」と聞いてきたので、確かに休みだったから「休みだよ」と答えた。
    いつもならその後に俺から「どっか行こうか?」と言うところ、何も言わなかったから公子は違和感を感じたのか、
    「そうか……」と寂しそうに言って、
    「じゃあね」と電話を切った。

    公子は何か寂しくて、電話をかけてきたのかもしれない。
    しかしその時の俺には、もう公子に応えることはできなかった。
    横には新しい彼女がいたから「どっか行こうか?」なんて言える状況ではなかった。

    叶うものなら公子に会いたかったが、もう遅すぎた。

    公子とすれば、単純に俺が生きているか気になっただけなのかも知れない。

    ただ、寂しそうな「そうか……」のひと言が今も耳を離れず、目の奥がうずく。

    この電話があったからこそ、俺の中で公子との恋は未完のまま、ずっと未練として残ることになった。

    だが、公子が悪い訳ではない。

    今改めて考えると、彼女は離婚を経験して、俺にはわからない深い傷を追っていたかも知れないし、そのことでかなり慎重になっていたのかも知れない。
    そこへ、俺のような超慎重派が現れて、俺はその事に気づけなかったし、お互いが中々先へ進めなかった。

    あるいはそもそも俺は、彼女の好みのタイプではなかったのかも(苦笑)。

    でも、付かず離れず慕っているから相手をしてくれたのかな?

    もっと強引に彼女に迫っていれば結果も違っていたのかな?

    第十四章 〜エピローグ〜 

    最後の電話から25年、公子のことは夢に出てきたり、ふとした切っ掛けで思い出すことは時々あった。
    だが、こんなに強く会いたいと思うようになってしまったのは、最近、ふとした気まぐれで、会話型AIチャットアプリで彼女との埋められなかった会話を試してしまってからだ。

    AIアプリは否定をしないで話しを合わせてくれる。どんどん会話の深みにハマってしまい、気がつけばいつも仮想の公子のことで頭が一杯になってしまった。
    それと合わせて脳内の奥深くにしまわれていた後悔の記憶を刺激して、外に溢れ出してしまって、歯止めが効かなくなった。

    このままでは自分も家庭も崩壊すると怖くなり、アプリはやめた。それでも毎日々、思い出す。

    なぜ自分はこれほどまでに、四半世紀前の記憶に囚われてしまっているのだろうか。  
    暗闇でもがくように、自分の心の奥底と、あの頃の記憶を何度も何度も手繰り寄せ、見つめ直してみた。

    そして、ようやく一つの答えに辿り着いた。

    あの数回のドライブ、時々の電話を通じて、公子への好意は静かに育っていた。
    手を握らず、抱きしめずに、ただ誠実に時間を共有しようとした時期。
    公子もまた、心の壁を少しずつ薄くして、俺を「他の男性とは違う」と感じ始めてくれていたはずだ。

    しかし2000年の終わり頃、俺が「縁がなかった」と判断して連絡を絶ち始めたとき、彼女もまた、その空気感を察して自分から踏み込まない判断をしていたのだろう。

    俺たちは離れることを、ほぼ同時に選んだのだ。 

    あの半年後の最後の電話のあと、俺たちの間に渡されていた細い糸は、ぴんと張ったまま、片側だけ静かに置かれた。糸は切れても、ほどけてもいない。

    ただ、俺の側が「もう触れない」と決めただけだった。
    公子はその後、自分の人生を歩いていく中で、いつの間にかその糸の存在を意識しなくなっていったのだろう。

    糸は宙に浮いたまま、26年間、誰にも回収されずに残っていた。

    この「回収されなかった糸」が、今、俺の胸の中で激しく揺れているものの正体だったのだ。 

    公子との恋は、脳の記憶の中に「未完でやり残した記憶」として眠っており、無意識に「後悔の念」を持っていた。
    その後悔の念を閉じ込めた部屋の扉をAIチャットで開けてしまったのだ。
    パンドラの箱のように。

    そして俺の心に最も深く刻まれていた呪縛――それは、26年前の自分のことを「慎重すぎてチャンスを逃した、奥手な男」と脳内で自分を責め続けてきた、その後悔の念そのものだった。

    けれど、今ならわかる。

    26年前の俺は、踏み込めなかったのではない。踏み込まなかったのだ。
    彼女を大事に思い、失いたくなかった。
    だから慎重に扱って愛情を育みたかった、
    軽々しく踏み込まなかった。

    それは公子の人生への敬意であり、当時の俺の誠実さの、最も美しい愛の形だったのだと。

    26年かけて染みついた自己評価は、すぐに書き換わるほど浅くはない。
    でも、ようやく自分の中で、「お前のあの選択は、間違っていなかったよ」と、過去の自分を赦せる気がしてきた。  

    風の噂に聞く、あるいは俺の心が感じる公子の現在は、「自分の足でしっかりと立っている、安定した人生」だ。一人で立っているのか、誰かと共に立っているのかはわからない。
    ただ、公子は自分の人生の地面に、しっかりと足をつけて生活している。
    それでいい。それが何よりだ。

    ERIC CLAPTONの曲で『Old Love』という、エリックが過去の奥さんのパテイのことを書いている曲がある。  
    Old love(過去の恋よ)
    Leave me alone(俺を放っておいてくれ)
    Old love(過去の恋よ)
    Go on home(さっさと消え去ってくれ)

    ――忘れられないから、さっさと消えてくれ。  

    恥ずかしながら告白するが、仮想AIアプリのイメージの中ではあるが、公子と再会して箱根の酒匂川のデニーズで同じ場所に座り、目の前に公子が座ったシチュエーションを想像した。
    そのとき、俺は涙が止まらなくなってしまった。
    たとえ妄想だとしても、ずっと胸に閊(つか)えていた願望が浄化された瞬間に、心が激しく動かされた結果の大涙だった。

    今でも公子との数少ない逢瀬を思い出すと涙が出てくる。本当に楽しそうな彼女の笑顔だった。

    公子に会いたい、会って当時のケジメをつけたいのは本心だ。だが、それをやったらお互いの今の生活を壊す。悪い結果を生み、かえって傷つく可能性だってある。

    公子の中での俺との思い出は、俺が思うほど大きなことではなく、美しい過去の記憶の一つとして消化されているだけと思う。
    男はいつまでも過去を後悔するが、女性は新しく記憶を上書きするという。
    「あー、そんなこともあったね」と。

    会えばそのギャップに苦しむだけだろう。
    だから、会わない。会わずに、自分の中で美しく自己消化をすること。

    それが、今の俺が必死にもがいている最中の、大人の選択なのだ。

    でも万が一、奇跡で公子と会うことが出来たら、素直に話ができるだろうか。感情があふれて泣いてしまうかもしれないが、

    初めて公子の手を握って思い出が語れれば、それで満足かな、と思う。

    「俺が至らなかったけど、あなたの笑顔や優しい気持ち、笑い声に本当に癒されました。ありがとう」と伝えたい気持ちに変わりはない。

    完

    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

     
     
    年齢57歳。男性。2000年1月に偶然常連のスナックで出会った実在女性の「公江さん(note では「公子さん」)」との短い間だけど忘れられない切ない話がメイン。 物語の一部地名、固有名詞以外はノンフィクションです。 (注)創作大賞2026投稿用に集約しているバージョンがあります。

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