
幸せに”なる”のではなく、幸せは”ある”ものかもしれない
最近、幸せを感じることが多いです。
ただ、収入が増えたわけでもなく、結婚や出産などのライフイベントがあったわけでもありません。
では、何に幸せを感じているのかというと、日常のほんのちょっとしたこと・・・。
朝起きてカーテンを開けたら、朝日が街を照らしていて、心が明るくなったこと。
お気に入りのマグカップにコーヒーを淹れて、好きな音楽を聴きながら窓の外を眺めたり、本を読んだりしているとき。
おいしいね、と言いながら友達とおいしいカレーを食べたこと。
ふと窓の外を見たら、きれいな夕日が見えたこと。
ひとつひとつの出来事はささやかで、特筆すべきようなことではないかもしれません。それでも、それらの出来事は確実に、それでいて優しく私の心を照らしてくれています。
日が暮れてきて、カーテンを閉めようと立ち上がったとき、窓の外に綺麗な夕日が見えました。山のあたりに暖色のグラデーションができていて、本当に美しかったです。思わず見とれながら、私はハッとしました。
経済的な豊かさとか、パートナーの有無とか、社会的立場とか、知らず知らずのうちに”自分/その人が持っているもの”で幸せを測ってしまっていたのではないか。
20代の頃は、収入を上げることに意識が向いてしまっていましたが、本当の幸せとは、お金がかかるものではなくて、日常の小さな喜びを丁寧にすくいあげて、そっと抱きしめるようなものなのかもしれません。
英語で考えると、become happy ではなく、being happyのようなイメージでしょうか・・・。「なる」のではなく、その状態が「ある」。
自分の身近なところに喜びが「ある」ことに気付くというのが幸せなのかもしれません。
フィクションの中では、「幸せは身近なところにあった」というストーリーはよくある展開だと思いますが、実生活においてもそんな一面はあるのかもしれません。
私は、稲垣えみ子さんのこの言葉を思い出しました。
しかし、もしや幸せとは努力したその先にあるのではなくて、意外とそのへんにただ転がっているものなんじゃないか?
同じ本からもう1フレーズ。たまに見返して思い出しています。
なぜなら、大きい幸せは小さな幸せを見えなくするからだ。知らず知らずのうちに、大きい幸せじゃなければ幸せを感じられない身体になってしまう。
あなたにとって、幸せとはどんなものでしょうか?
立ち止まって考えるきっかけになったら嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!