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高校生はAIを使わない|親が用意した仕組みが動かなかった理由

子どもの英作文をAIに添削させる仕組みを作りました。

解答用紙を作り、撮影の手順を決め、添削用の指示文を書き、 過去問を読み込んで類題まで用意しました。準備に数日かけています。

印刷して渡しました。

一週間経ちましたが、一枚も解かれていません。白紙のままです。

これは子どもの話ではなく、私が何を見落としていたかの話です。


何を作ったか

志望校の過去問を5年分そろえて、英作文の出題形式を調べるところから始めました。

設問の型、語数の指定、課題文の長さ。何年分のうち何回そうだったかを数えて、仕様として書き出す。そこから同じ形式の類題を3セット作りました。

解答用紙も作りました。撮影してAIに読ませる前提なので、四隅にマーカーを入れ、行間を広めに取り、語数の目安を欄外に振りました。

添削の指示文も何度も書き直しました。点数を出させない。読み取れなかった語を必ず申告させる。指摘の根拠を書かせる。確信度をつけさせる。

我ながら、よくできた仕組みだったと思います。

印刷して、机の上に置きました。


一週間、白紙でした

予備校が忙しい。それはその通りだと思います。

でも、理由をそこで止めてしまうと何も分かりません。私は何を間違えたのか。 考えてみて、三つ思い当たりました。


配点は分解したのに、時間は分解していなかった

私はこの数か月、配点表ばかり見ていました。共通テストと二次の比率。科目別の配点。どこに何点あるか。

でも、同じことを「時間」でやっていませんでした。

高校三年生の平日を考えてみます。学校があり、移動があり、予備校があり、その予備校から出される課題があります。夜はそれで埋まる。休日は模試か、たまった課題の消化。

この中のどこに、私が渡した用紙を入れるつもりだったのか。私は空きがある前提で仕組みを作っていましたが、その空きがどこにあるのかを一度も確認していませんでした。

配点の話をあれだけしておいて、時間の配点表は作っていなかった。我ながら間抜けです。


作る側だけが面白かった

もう一つ、もっと単純なことに気づきました。

この仕組み、作っているときの私はとても楽しかったのです。

過去問を読み込んで、形式を数えて、仕様を抽出して、類題を組み立てる。分解して構造が見えてくる感覚は、配点表を作っていたときと同じでした。

でも、解く側から見たらどうでしょうか。

解く作業が一つ増えただけです。しかも親が作ったよく分からない紙で、撮影して、添削が返ってきて、また書き直す。楽しいのは作った人間だけで、渡された側には手間が増えただけでした。

これは仕組みの出来不出来の話ではありません。渡す前から、渡される側の負担を数えていなかったという話です。


予備校と競合していた

三つ目。これが一番大きいかもしれません。

予備校では、すでに英作文の添削を受けています。書いて、出して、返ってくる。私が作った仕組みは、それとまったく同じ工程です。

つまり子どもから見れば、同じことを二重にやれと言われているわけです。

私は「返却が一週間から三十分になる」という点を利点だと思っていました。実際そうだと思います。でもそれは、すでに添削を回している人にとっての利点であって、回す本数を増やしたい人にしか響きません。

高校三年生の秋に、やることを一つ増やす提案。そう言われてみれば、断られて当然でした。


AI勉強法の記事が薄い理由

ここまで書いて、腑に落ちたことがあります。

私が最初に読み漁った「AI 勉強法」の記事は、どれも同じことしか書いていませんでした。英作文を添削させましょう、暗記の相棒にしましょう、と。

あれは、実際に子どもに渡す段階まで行っていない記事だったのだと思います。

「こう使える」を書くのは簡単です。試すのも簡単です。でも、自分以外の人間に渡して、その人が実際に使い続けるかどうか——そこまで書いてある記事を、私は一本も読みませんでした。

そして今回、自分で同じところまで来て、はじめて分かりました。AIを使わせるうえで一番難しいのは、AIの性能ではなく、渡し方です。


それで、どうするか

仕組みは捨てません。作ったものは残します。

ただ、渡すのをやめました。

代わりに、こう言ってあります。「英作文で困ったら、書いたものを写真に撮って送って。三十分で返す」。それだけです。

置き換えではなく、隙間に置く。予備校の代わりではなく、予備校が返してくれるまでの一週間のうち、本人がもう一度見たくなったときだけ使う。

使われないかもしれません。それでも構わないと思っています。押し付けた時点で、使われない確率は跳ね上がることだけは、今回よく分かったので。


分かったこと

配点を分解すると、どこに手をかけるべきかが決まります。それは今も正しいと思っています。

でも、手をかけるのは親ではありません。 そこを勘違いすると、どれだけ精密に分解しても、紙は机の上で白いままです。

準備に数日かけて、使われるまでに一週間かかって、まだ一枚も解かれていない。

笑ってしまいましたが、この一週間で分かったことのほうが、たぶん類題三セットより価値があります。


この記事は連載「配点分解ノート」の一本です。ほかの記事はこちらから。



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