
温泉模様
夜風が涼しい。
いや、むしろ肌寒い。
スライド式のガラスドアを開けて、露天のスペースへ出る。
正面にメインの岩風呂が見えたが、夜風が肌に冷たいので、途中の少し小さめの湯で温まることにした。手前の縁に先客がいたので、間をぬって奥へ納まる。
夜の湯は、周囲の植え込みを照らす灯をチラチラと波に躍らせる。灌木の間に刺された札に湯の薬効が書かれていた。
疲労回復、血行促進、腰痛、肩こり、美肌、リウマチ。
特別な効用は書かれていないが、お湯はいくらか薬草らしい匂いがする。
ちょうどいい塩梅の温かさで、肌に柔らかい。
肩までつかると、さっき冷たく感じた夜風はひんやりと顔に気持ちいい。
一組の先客が、もう長く入っていたのか、ザバンと上がり、しかし、そのまま湯からあがることはなく、縁の岩に腰を下ろした。
ふたりとも高校生のような若さに見えるが、高校生がスーパー銭湯にいる時間でもない。
ひとりはひょろりと細く、もうひとりはどこか捕手を思わせる体格をしていた。
「コーヒーなんてどこが美味しいのかと思うよ」
ひょろりが言う。
「パパとママは、毎日飲んでるけどさ」
パパ、ママ、にひっかかっていると、コーヒーの話はそれが結末だったらしく、後がなかった。
すると、捕手の方はそれで話が落ちたようで、急に話題を変えた。
「でさ。気になってる娘とか、いないの?」
湯を含んだタオルで身体を温めながら言う。
ひょろりの方も、チャプンとタオルで湯を救う。
それから、少し躊躇いがちに、「いる」と言う。
「え?いるの?」
「うん」
「…へえ。可愛い?」
「うん。めちゃくちゃ可愛い」
「…」
「水曜日のゼミで一緒なんだ。いつもぼくと彼女だけ10分前ぐらいに来てて、なんとなく話すようになったんだ」
「それで?」
「まあ…、まだそれだけなんだけど」
「10分だけかぁ。ご飯とか誘ちゃえばいいじゃん」
「無理だよ」
「週1。10分だけかよ」
「…でも、この間、インスタ交換したんだよ」
ひょろりはうつむいて湯の染みたタオルを絞った。
もう少し、聞いていたかったけれど、のぼせそうなので退散した。
湯で温まった肌に今度は夜風がきもちいい。
疲労回復、血行促進、腰痛、肩こり、美肌、リウマチ。それから、遅れてきた思春期のざわめき、にも。