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Photo byika_fishing

深海でピアノを弾く――「聞こえるのに聞き取れない」私が音を取り戻すまで


    「聞こえる」のに「聞き取れない」

    その言葉を知っている人に
    この話は届くかもしれない

    ガチャンと氷が鳴る
    隣の席の笑い声が刺さる
    目の前の友人の口は動いているのに
    隣で騒ぐ子供の声しか聞こえない

    私は三児の母、その時深海にいた

    コロナ禍、職場復帰した時のこと
    ママ以外の名前で呼ばれる新鮮さや
    久々に身を包んだスーツので気持ちも引き締まっていた
    大変ながらもようやく生活に慣れてきた頃


    それは突然のことだった

    「耳の機能はもう元には戻りません」

    診察室で告げられたその言葉は
    私の日常を普通から突き落とした

    透明な違和感

    最初の違和感はちょっと聞こえずらいかな
    ぐらいだった
    1歳2歳の年子が夜泣きを交互に繰り返して
    泣き声がBGMのように慣れきっていた頃だった
    マスク越しの声は、もともと輪郭が曖昧だった

    誰が何を言っているのか分からなくても
    「そういうものか」と思えてしまう時代だった 

    すぐに病院に行こうなんても思わなかったし
    そんな時間があるなら仕事や家事時間に充てたい

    本当に困ったら病院に行けばいい
    そのくらいの気持ちだった

    『あなたの場合だと補聴器も難しそうですね。
    補聴器は集音機能なので、周りの音も拾ってしまいます』

    えっ、、
    現代医学でも治療法がないとかって癌くらいじゃないの?
    無知な自分が情け無く、ただ立ち尽くした


    「聞こえない」と言えば多くの人は「無音の世界」を想像するかもしれません

    でも、感音性難聴を抱えた私の世界は
    むしろその逆でした
    目の前の音と、周りの環境音が同じ音量になってしまって

    聞きたい音が聞き取れない

    まるで会話が虫食いクイズのようになって
    即座に解読できない

    私の世界から会話の「主役」がいなくなり
    あらゆる音が等距離で襲いかかってくる
    場所により聞こえ方も違って 

    例えると
    水の中に潜ってぶくぶくした音の向こう側と
    会話しているような感じ
    そんな、ひどく騒がしくて孤独な海の中で
    この先ずっと生きていかなければいけない事に

    まだ理解が追いついてないまま
    子育ても仕事もただその日を乗りこなすことで
    いっぱいだった

    グレーの違和感


    保育園のお迎えの際、先生の声より
    周りの園児たちの声を拾ってしまい聞き取れない
    当たり障りない会話しか返せなくなる
    『この人聞いてるのかな?』
    と言われてるような不審な顔を向けられる
    聞き取れない代わりに表情を無駄に読み取る力はパワーアップしていて
    勝手に胸が痛んでいた
    体力的にも心の余裕的にも限界が来るころ
    次第に仕事にも支障が出た

    気がつく暇もなく
    少しずつ深海へと沈んでいっていっていた

    世界から「ピント」が消えた日


    普通の人の脳には、必要な音だけを拾い出し
    背景の雑音を遠ざける「カクテルパーティー効果」という素晴らしい機能が備わっています

    今の私にはそのフィルターがなくなったらしい

    カフェで向かい合って座る友人の声も
    隣の席で氷がカランと鳴る音も
    遠くで店員さんがお皿を下げる音も

    すべて「同じボリューム」で脳になだれ込んでくる

    まるで
    ピントの合わないカメラで撮った写真のように
    すべてがぼやけたまま

    ただそこに在る

    音は確かに「聞こえている」のに
    それが言葉として「聞き取れない」

    この「不一致」がどれほど脳を疲弊させるか
    理解が追いつかない

    でも
    聞こうとすると聞き取れなくもない
    会話の問題が解けた時は嬉しかった

    傾聴と言うのだろうか
    一人の人の声に耳を傾けてよく聞く

    こうすれば普通に生きていけるのではと
    希望が湧いた

    病気のことは特段誰かに説明していない
    私の状況を人に伝えるには
    あまりにも複雑すぎて、言語化ができなかった

    会社は退職した

    私を名前で呼んでくれる居場所がなくなる無念を噛み締める余裕もない

    普通のお母さんという戦場

    子供たちの歓声
    保護者の方々の話し声
    上履きが床をこする音 

    そのすべてが巨大な音の塊となって私を包囲する周りのお母さんたちが楽しそうに輪になって笑っている時
    私は必死で脳のプロセッサをフル回転させる

    風の音、車が通り過ぎる音、知らない誰かの声
    全てが私の邪魔をしてきている気がした

    今、誰が何を言った?
    文脈から推測すると、次はこの話題かな?

    相手の口の動きや表情から情報を補完し
    必死に「普通のお母さん」の仮面を維持する

    息吸うように変わる話題や
    圧倒的なスピード感
    その場の空気で選ぶ言葉

    たった10分の立ち話

    それが終わる頃には、一晩寝込みたくなるほどの目眩と疲労が私を襲ってくる
    自分の疲労をコントロールできない

    ママ社会がこんなに過酷な環境だったとは考えたことなかった

    それでも、息子にとっての
    「普通のお母さん」でありたくて

    そして、病気を言わなかったのは
    自分自身がなにより
    その事実を認めたくなかったのかもしれない

    私はこの海の中で必死にもがき続け
    普通のフリをすることが
    私の精神(心)を守ることになると  
    無意識で判断していて
    必死で普通を装っていた

    ただ、大切にしたいはずの園行事の雰囲気や
    誰かの温かい言葉が

    ただの「苦痛な雑音」に変換されてしまう時の
    やりきれない悲しさ

    医者には「治らない」と言われ
    周囲には「聞こえている」ように見えてしまう

    このルービックキューブのような 
    普通に見えるのに脳内はパズルを解き続けるような疲労症状を
    言葉にして伝える体力も底をつき

    私はいつしか自分が我慢すればいいと
    さらに深く海へ潜るようになりました 

    静寂は安心する
    何も解読しなくてもいい世界だった

    普通を装っている私の異質さは
    誰も何を言わなくても周りには空気で
    伝わっていたと思う
    自然と付き合いも減っていった


    深海からの浮上

    静寂が心地よく家が何よりの聖域になって
    1年経った頃だった

    ある日、動画でたまたまピアノが流れているのを聞いた
    凄腕のテクニックのピアニストだと言う事はすぐわかったけど、 

    その音は
    氷のカランとした音が聞こえたかと思った

    こんなにピアノの音ってキラキラして美しかっただろうかと驚いた
    音と音が移動する感覚がスッと入ってくる 

    ピアノの音は虫食いにならないことに気がついた 
    声と違って音の粒がはっきり聞こえる
    よく聞こうとするとかなり聞こえる

    こんなにピアノを意識して聴いたのは
    いつぶりだろう
    私にとってはピアノは子供たちの習い事の一つでしかなく
    少し前までは家の隅でホコリがかぶっていたような存在

    音楽を聴くなら流行りのあのアーティストだったし、音楽にはいつも声があった

    動画の演奏が素晴らしかっただけかもしれない
    でも、その澄み切った音は私の耳に自然に届いた

    『ピアノの音なら聞き分けられる』  

    私は自分なりのやり方で自分を「調律」し直す
    決意をしました

    水中での音の調律

    まず、一番心地よいと思える音量に目印を書いた

    『今日はどのくらい聞こえるのか』

    毎日その音を同じように聞こえるかどうかを
    鳴らして確かめ続けた


    ドレミファソラシド


    レの音が一瞬だけいなくなったような感覚

    確かに同じ強さで弾いても
    途中消えゆく感覚があった

    レの音を何回弾いただろう
    音には深い浅いがある


    低いレから高いレ
    レからレまで全部の音を正確に聞き取れるまで
    かなりの時間を要した

    幼少期の拙い習い事では
    音の差を意識してピアノを弾いた事はなかった


    ドレミファソラシドドレミファソラシド

    ただの繰り返しが

    音に邪魔され続けていたその時の私には
    尊くて美しかった

    20年以上のブランク
    いや、20年間の私の人生経験の積み重ねの量が
    音の深さをより美しく研ぎ澄ましてくれたのかもしれない

    悲しいのか嬉しいのか、よくわからない涙が出た

    体調が許せばピアノを弾くという生活は続いた 幼少期にショパンの気持ちになって考えて 
    弾きなさいと先生に怒られ
    訳が分からず嫌になって辞めたピアノ

    その言葉を思い出し、今改めて聴くと
    ピアニストの音には濃淡があった

    そこにショパンの声は確かにあった

    半年、1年、とゆっくりゆっくり体調を回復させながら

    それに伴い10分の立ち話の苦痛も
    20分30分と長く耐えられるようになってきた

    深海から少しずつ見つけた音

    3年経つころには
    だいぶ外の環境にも適応できるようになって
    普通のお母さんを演じるのも楽になった

    まだ、騒がしい場所、人がたくさん集まるところはそこそこ苦しい
    何言ってるか解読できない事もまだ全然ある

    でもルービックキューブも回数を重ねるほど
    解きやすくなる
    積み重ねた時間も大きかった

    深い深海にいたはずの私は
    いつのにか沖まで近づけて
    時々陸に上がれるくらい回復できた

    回復はたまたま偶然かもしれない

    また聞こえなくなる可能性もゼロじゃないけど

    孤独であまりにも手探りだけど
    身体のバグを自分で再構築できた


    何より、子育てや仕事日常を往復して 
    隙間ない日々を
    自転車操業のように過ごしていた私が

    きっと生涯弾きたいと思う趣味ができた  

    今までの人生のどんな経験よりも価値があった

    聞こえる幸せを噛み締める

    2026年2月1日
    この日をどんなに楽しみにしていたか
    角野隼人さんの全国ツアー初日

    息子達を夫に託し初めてのクラシックコンサート

    自分がまさかクラシックピアノのコンサートに行くようになるとは!昔の自分は驚くだろう

    会場の始まる前の驚くほどの静寂
    静寂は何より私を安心させる

    演奏をきちんと聞けるか不安だった
    普段はイヤフォンから聞き取りやすい音で聴いている
    生の音を私はちゃんと聞けるだろうか
    少し前までレの音がレと聞こえる事が当たり前じゃなかったし、
    会場前の人混みは
    耳を塞がないといられないくらいのストレスで
    以前と変わらなかったから


    優雅な足音の後
    ツンとした静寂が一間あり、音はすぐ流れてきた

    音に風が吹いたのかと思った

    雫がポツポツと落ちて踊っているような音

    消え入るようなピアニッシモが美しくて

    時折ふわっとあたたかい音がした

    恋か愛か、そんな色の音だった

    こんな短い言葉で終わらせられないけれど
    素晴らしい演奏は確かに私の耳に届いていた

    アンコールは、『大猫のワルツ』
    驚いた
    私があの日ふたたびピアノを始めるきっかけになった、あの動画の曲

    ずいぶん昔のこの曲が
    今日ここで聞けるとは思わなかったから 

    その音を確かに噛み締めていて
    今ここで私の耳で聴いている

    悲しいのか嬉しいのかよくわからない涙ではなく 
    間違いなく嬉しいとわかる涙が出た時

    耳の不調を災難ではなく
    私の人生にとっては必要な出来事だったと
    初めて自分自身で納得できた


    呪文が解けたように
    自分の不調についてや
    今困っている事に対して誰かに
    自分の言葉で話せるようになり

    誰も何か言うわけではないけど

    もう1人の自分があの時の自分を必死に癒し
    治しているような感覚があった

    孤独がなくなったわけではない
    劇的な聴力の回復があったわけではないけれど
    確実に軽くなった

    ピアノは私にとって
    深海から浮上するためのボートだった

    そして未熟だけど
    いつか私の様な誰かを癒す事はできないだろうか

    人を感動させるような素晴らしい演奏をする技術もテクニックもないけど

    音で苦しんだ経験で
    音で寄り添うことならできるかもしない

    なんとなく癒やすのではなく

    なぜこの音が今必要なのかを
    相手の周波数に合わせて一緒に考える事は
    私でもできるかもしれない

    そう思えるほど元気になってきた今
    音楽療法士という存在に出会った
    聞いたことがない職業

    現実的な壁は山ほどある
    でも迷いなく正解の音がした

    音楽で癒された私が
    音楽で人を癒す仕事を目指す
    39歳
    世間一般では、何かに挑戦するには遅く
    守りに入るには早いと言われるかもしれない 
     
    現実的な年齢や理屈など考えられないほど
    自然な衝動で私の学びは始まった

    3児の子育て真っ盛りの今、
    新しい夢ができるなんて夢にも思わなかった
    大声で言えない恥ずかしさも正直あります

    でも、深海から浮上したら
    今度は陸の向こうに行きたくなった


    氷のカラッとした爽やかな音がする

    隣の人の笑い声は刺さると思ったら
    踊っている音がする

    目の前の友人の声は聞こえなかったら
    聞き返せばいい


    『新しい取扱説明書』で
    これから色んな世界を見てみたい


    息子達にもその背中を見せたい

    4月、まだ残った桜がハラハラと音を立てて
    ゆっくりと落ちていく

    ガチャガチャガチャ
    『ただいまー』
    今日が息子が小学校入学して
    初めて自分1人で家に帰ってきた

    怖がっていた歩道橋を難なく通り
    大通りの横断歩道も手を上げて渡れたらしい

    その声からは緊張と誇らしさの音を感じた


    音が聞こえるのは当たり前じゃない 
    そんな幸せを今は知っている

    だから今日もーー
    深海と地上の間でピアノを弾いている


     
     
    三兄弟の母、元ワーママでママの選択肢を一通り経験し難聴の回復のため専業主婦に ピアノを弾く日々の中で音に色が見えるようになり世界が独自に変わってからは感性と論理のバランスを取ることを大事にしてます ピアノが自分を整え、豊かに生きるためのウェルビーイングのツールとして社会に広めたい

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