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バケツを倒しお、私は先生ず絶亀した

    私は䞭孊二幎生の時、䞀床だけ廊䞋に立たされたこずがある。

    今では、廊䞋に立たされおいる䞭孊生なんお、たず芋かけないだろうけれど、あの頃は、先生に「立っおろ」ず蚀われれば、生埒は黙っお立っおいた。

    立っおいるず、座っおいる時より反省が深たるず思われおいたのかもしれない。実際に効果があったかどうかはずもかく、少なくずも先生には、きちんず眰を䞎えたずいう手応えがあったのだず思う。

    私の眪は、バケツを倒したこずだった。

    矎術の時間、筆を掗う氎が入ったバケツに手が圓たり、絵の具が混じった薄い氎色の氎が床にバシャッずこがれた。ずなりの子にも少しかかったので、「ごめんね」ず謝り、雑巟を取りに行っお床を拭いた。

    これで終わったず思ったら、先生から、

    「廊䞋に立っおろヌ」が飛んできた。

    え、そこたで

    ずは思ったものの、先生が立おず蚀うので立぀しかない。昭和の䞭孊生は、玍埗ず服埓をずりあえず、別々に扱えなければならない。

    廊䞋ぞ出るず、向かいの校舎にいた䞊玚生が私を芋぀け、指を差しお笑っおいる。

    これが、ずにかく嫌だった。

    向こうには眪状が芋えないので、授業䞭、䞀人だけ廊䞋に立っおいるのだから、䜕か盞圓なこずをやったに違いないず思われおも仕方がない。

    いや、バケツです。
    しかも倒したあず拭いおたす。

    でも、そう説明しお回るわけにもいかない。

    私は恥ずかしくお、できれば壁に混ざりたかった。昔の孊校の壁は薄汚れおいたから、十四歳が䞀人増えたずころで、遠目にはなんずかなった気もする。

    ずころが、立っおいるうちに恥ずかしさよりも、だんだん腹が立っおきた。

    こう芋えお どう芋えるのかは分からないけど、私は昔から正矩感が匷い。普段はたいしお優等生でもないくせに、理䞍尜だけは芋逃さない。そういう胜力は、もう少し人生の圹に立぀方面ぞ䌞びおほしかったのだけど 

    わざずじゃないし、謝ったし、床も拭いた。それでも私は廊䞋にいる。

    いったい䜕を反省すればいいんだろう。バケツに近づいたこずそれずも手が圓たったこず

    そんなこずを考えおいるうちに、だんだん劙な意地が湧いおきた。

    こうなったら、意地でも立っおやる笑

    立おず蚀われお立っおいるのに、意地でも立぀。先生ず私の利害が完党に䞀臎しおいるのが、少々悔しい。

    十分ほどしお、先生が廊䞋ぞ出おきた。

    「もう䞭に入れ」

    「いやです」

    先生の顔が倉わった。

    さっきたで呜什どおり立っおいた生埒が、今床は呜什しおも戻っおこない。私も十四歳にしお、ずいぶん面倒な仕䞊がりだったなず思う。

    「入れっお蚀っおるんだから、早く入れ」

    「だったら先生、謝っおください。わざずひっくり返したんじゃないし、ちゃんず拭きたした」

    先生も困ったず思う。バケツを倒した生埒を廊䞋に出しただけなのに、十分埌には自分が謝る話になっおいる。こんな展開になるずは、先生も授業蚈画には入れおいなかっただろうず思う。

    私の䞭では、その頃にはもうバケツなんおどうでもよくなっおいた。

    子どもには悪いこずをしたら謝れず蚀うのに、倧人は謝らなくおいいの

    匕っかかっおいたのは、そこだけだった。

    先生は答えず、手に持っおいた倧きな物差しで私の頭をコツンず叩いた

    昔の先生は長い物差しをよく持っおいた。本来は長さを枬る道具だが、あの日は話を終わらせるほうに䜿われた。

    そしお、チャむムが鳎った。

    先生は謝っおいないし、私も玍埗しおいない。しかも頭たで叩かれた。でも授業は終わった。チャむムには、そういう现かい事情は関係ない。

    その埌、私は先生ず䞀切話さなかった。

    謝らないなら、もういい。

    十四歳なので、このあたりの人間関係の凊理は非垞に雑だし、先生のほうは䜕事もなかったように普通に暮らしおいたず思うが、私は䞀人で絶亀しおいた。

    盞手が知らない絶亀ほど、むなしいものはない。

    結局、芪にも話さなかった。

    悔しかったこずほど、子どもは案倖しゃべらない。そしお、しゃべらなかったこずは倉な具合に残る。

    䜕十幎も経った今、先生の顔はもうがんやりしおいるのに、バケツの氎が薄い氎色だったこずは芚えおいる。脳も、もう少し保存するものを遞んでほしい。

    あれからずいぶん経った。

    今では私も、あの頃の先生より幎䞊になっおいるかもしれない。

    倧人になっおわかったのは、倧人もたいしお完成しおいないずいうこずだった。

    自分が悪かったず気づいおも、謝りそびれるこずがある。今さら蚀うのも倉かな、次に䌚ったずきでいいか、などず思っおいるうちに時間が過ぎ、そのうち䜕ずなく、なかったこずになる。

    私にも芚えがある。

    人に謝っおもらえなかったこずは、䜕十幎経っおも薄い氎色たで芚えおいるのに、自分が謝らなかったこずには、なぜか色が぀いおいない。

    ずいぶん郜合がいいなず思う。

    蚘憶ずいうものは平等に保存されおいるようで、自分に䞍利なずころだけ、い぀の間にか薄くなるらしい。

    だから、あの日の先生を思い出すず、今でも少し腹が立぀。でも昔ずは、腹の立ち方が違う。

    先生、謝ればよかったのに。

    私もね。

    今は、そんな感じ。

    十四歳の私は、廊䞋から教宀ぞ戻れず蚀われお、

    「いやです」ず蚀った。

    今の私なら戻るず思う。

    正しいずか間違っおいるずか、その前に、もう廊䞋で意地を匵り続ける䜓力がないし、面倒だし。

    そういうずころだけは、ずいぶん倧人になったけど、

    ただ、あの頃の私に䌚ったら、きっず聞かれる。

    「で、謝ったの」

    䜕十幎も生きおきたのに、十四歳の自分にそこを聞かれるず、今でも匱い。


     
     
    䞖の䞭の「どうでもいいこず」が、なぜか気になりたす。 日垞の小さな違和感や昭和のあれこれを、゚ッセむにしおいたす。掌線小説も曞きながら、笑ったり、぀い考え蟌んだり。 猫は気たぐれに出挔したす😊

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