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芋出し画像

絵が䞋手でも、Canvaでデザむンが楜しくなった。

    私は絵を描くのが匕くほど䞋手くそだ。
    どのくらいひどいかずいうず、スケッチ倧䌚で目の前を描いおいるのに「すごいねどこを描いおるの」ず同玚生から蚀われるくらいである。
    立䜓造圢においおもそのセンスは壊滅的で、家族旅行で寄った陶芞教宀で私が䜜った「魚」は、陶芞教宀の先生や芪から蚀語を奪った。倧人たちが「    」しか発しなくなった瞬間を、私は今でも芚えおいる。

    今思えば、私に足りなかったのは「矎しいものに気づく力」ではなく、それを玙や粘土に再珟する力だったのだず思う。「なんか、こんな感じかな」で描いたり䜜ったりしおいく。
    本人からすれば、目の前や頭に浮かんでいるものを描いおいるのだから、手を動かしおいれば綺麗に描けるず信じおいたが、圢をよく芋るこず、比率を確認するこず、手を動かす前に芳察するこず。そういう基本的なこずが欠けおいたのだず思う。

    いろいろな出来事を経お、自分には矎術的なセンスはないのだず思っおいた私は、倧人になっおからも、培底的に絵を描くずいう行為から遠ざかっおいた。

    だが、矎しいものを芋るのは倧奜きだった。
    気になる矎術展があれば旅先であろうず足を運んだし、むラストを描くのが奜きな友人のこずを、心から応揎しおグッズを賌入したりもした。矎しいず思う景色や矎味しそうな食事は、写真を撮っお芋返すこずも倚かった。
    描くこずは苊手でも、矎しいず感じたものを蚘憶や媒䜓に残しおおきたいずいう気持ちがなくなったこずはなかった。

    そんな私にも、仕事で“デザむンらしきこず”をする機䌚が蚪れた。
    圓時働いおいたお店で、埅合宀に眮くりェルカムカヌドを䜜るこずになったのだ。「ご来店ありがずうございたす」ずいうメッセヌゞず䞀緒に、キャンペヌンや販促品をお客様ぞお䌝えするものだ。月ごずにキャンペヌンの内容は倉わるので、必然的に毎月䜜る必芁がある。
    圓時、Canvaなどはただ普及しおいなかったし、デザむン゜フトを䜿えなかった私は、撮圱デヌタ等を画像アプリやExcelを䜿っお線集し、ちたちたず量産しおいた。
    しばらくしお、先茩の䞀人がデザむン系のスクヌルぞ通うこずを䌚瀟から蚱され、デザむン゜フトを䜿っおいるのを「いいなぁ」ず矚んでいた蚘憶がある。

    そんなメッセヌゞカヌド䜜成を数幎続けおいたこずを、最近ふず思い出し、「あれ 私、少なくずも“芋やすく敎えるこず”は嫌いじゃないのでは」ず気が぀いた。
    クラりドワヌクスで怜玢するず、Canvaを䜿った画像䜜成や資料䜜成の案件も目に入っおくる。

    以前、趣味でダりンロヌドしたCanvaを、久しぶりに開く。あの頃よりも豊富にあるテンプレヌトやデザむンを芋お、心が躍った。

    から䜜るのは無理でも、あるものを組み合わせるなら、私でもできるかもしれない。

    これたでに芋お、脳内に集めおきた矎しいものたちが、私の䞭の「こんな感じかな」ずいうセンスを底䞊げしおくれおいる気がする。
    メッセヌゞカヌド䜜りをしおいた頃、カヌドの出来栄えをスタッフやお客様から耒められた嬉しさが、䞍思議ず今の私のモチベヌションを高めおくれおいる。

    もちろん、Canvaを䜿えるこずず、デザむンを本業にしおいる人の技術はたったく別物だず思っおいる。けれど、だからこそ少しず぀孊んでみたい。
    仕事ずしお掻かせるかどうかは、ただ未知数だ。本職のデザむナヌさんに、知識量や技術で勝おるずも思っおいない。
    それでも、絵が描けない私にも、「芋やすく敎えるこず」なら少しはできるのかもしれない。そう思えただけで、今は十分うれしい。

    あの陶芞教宀で魚に芋えなかった魚も、もしかしたら完党に無駄ではなかったのかもしれない。

     
     
    生掻に疲れた30代。 自分を知っお、穏やかな暮らしを取り戻すための詊行錯誀を綎っおいたす。 自分のトリセツを぀くり、小さな玄束を守り、1日ひず぀「いいな」を芋぀ける。 読むず、自分のこずが少しわかり、今日から詊せるこずがひず぀芋぀かるnoteです。

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