
風に乗るのは、下拍子だけ
八丈島の太鼓は、一台を二人で叩きます。それも、横向きに置いた太鼓を、両側から挟むようにして。
一人が、決まったリズムを正確に刻み続けます。これを下拍子と呼びます。もう一人が、その上を、好きに走ります。こちらは上拍子。下拍子には代表的な四つの型がある一方で、上拍子のほうは、決まった一曲をなぞるのではなく、その土台の上で、それぞれが自分の手を組み立てていきます。
下のリズムさえ崩れなければ、上は、その夜の気分でいくらでも崩れていい。八丈太鼓は、和太鼓界のジャズとも言われています。
少なくとも、僕の家まで届くのは、ほとんど下拍子の音だけでした。上拍子の細かいバチさばきは、風に乗らない。重く低い、ドンドコ、ドンドコ、というリズムだけが、サッシをかすかに震わせながら届く。最初は冷蔵庫のコンプレッサーの音だと思っていました。次は隣家の犬が床を踏む音だと思いました。どちらでもないと分かったあとも、音源の方向は分かりませんでした。風向きで、音の行き先が変わるからです。
◇
伊豆諸島、八丈島へ移って、もう何年か経ちました。
東京にいた頃、僕は音を出すことが苦手でした。
カラオケに行けば選曲する側に回り、自分が歌う番が来ると喉が締まる。会議でも飲み会でも、人より一拍遅れて口を開く。話そうとした瞬間に別の人が話し始めて、それを潮にまた黙る。そういう癖が、長いこと染みついていました。
島に移った理由を聞かれると、もっと静かなところで暮らしたかった、と答えていました。けれど、欲しかったのは静けさではなく、人と話さなくていい時間だったのだと思います。
◇
ユウキチさん、と、近所の人がその音について教えてくれました。
本名ではないそうです。八丈太鼓の四つの下拍子のうち、いちばん代表的な「ゆうきち」ばかりを延々と叩く人なので、そう呼ばれている。下拍子の名前が、そのまま人の渾名になっている島です。
◇
冬のある夜、集会所に連れて行ってもらいました。
平屋の小さな建物。畳の部屋の中央に太鼓が一台、台座に据えられています。胴の木目が、ある場所だけ黒く変色しています。誰かが長いあいだ、そこに手をついていたのだろうと思いました。よそ行きの楽器としてではなく、生活の一部として太鼓がそこにあるのです。
ユウキチさんは小柄な人で、笑わない人でした。挨拶をしたあとは、こちらがいないように振る舞いました。向かい合って、四十くらいの男の人が立ちました。
ドン、と低い音が一つ鳴って、それから、ユウキチさんのバチが、刻みはじめました。
ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ。
畳の上に座っているだけなのに、音が腹に来る。胴が大きいのと、部屋が密閉されているせいです。低い周波数のところで、窓ガラスが震えていました。
男の人のバチが、それに乗りました。ユウキチさんの正確な三拍子の上を、その人はためらいなく走り回ります。速くなり、遅くなり、外れ、戻る。
じっと聞いているうちに、下拍子と上拍子の境目が消えて、二人で一つの大きなリズムを叩いているように聞こえました。
ユウキチさんは、表情を変えません。何度上の人がリズムを外しても、ドンドコ、ドンドコ、は、まったく同じ場所にありました。
◇
しばらくして、男の人がバチを置きました。
「茶、淹れてくる」
そう言って、台所のほうへ歩いていきました。
ユウキチさんは、彼が抜けてからも、下拍子を叩き続けていました。やめるきっかけが見つからない、というふうでした。
「やってみるかい」
僕は、男の人が置いていったバチを手に取りました。向かい側に立つと、太鼓の胴が、さっきより大きく見えました。
ユウキチさんが、また刻みはじめる。ドンドコ、ドンドコ。その上に、自分の音を乗せようとして、まず、三拍子に乗れませんでした。身体が、勝手に四拍子で動いてしまう。下拍子はどこにも行かない。急かしもしない。こちらが入る場所を、ずっと空けてくれている。それなのに、その揺るがなさに、かえって手が硬くなりました。
一度外す。外したことに気づく。気づいたせいで、次の一打も遅れる。何度か繰り返すうちに、自分が何を叩こうとしていたのかも分からなくなりました。
ユウキチさんは、何も言いませんでした。やめろとも、続けろとも、言わなかった。ただ、同じ下拍子を叩いていました。僕がバチを置いたあとも、しばらく。
ドンドコ、ドンドコ。
誰もいない、上の空間を、残したまま。
◇
家に戻る車の中で、手のひらに、まだバチの感触が残っていました。
自分の手が硬直していた感覚は、東京で人と話そうとしたときの感覚に、よく似ていました。
何か気の利いたことを言わなければならない。誰も言っていないことを言わなければならない。場を止めず、退屈させず、外さず、自分の音を出さなければならない。そう考えるうちに、一拍遅れる。遅れたことに動揺し、また黙る。
僕はずっと、一人で上拍子を叩こうとしていたのかもしれません。下にある音を聞かずに、自分の音だけを出そうとしていた。だから、外れるたびに、戻る場所が分からなくなった。
◇
風の止み間に、低い音が聞こえてくる夜があります。
ドンドコ、ドンドコ。
たぶん、それはユウキチさんではありません。誰か別の人が、誰か別の人のために、ゆうきちを刻んでいる。
最初の頃と違うのは、その音の向こうに、部屋が見えるようになったことです。薄暗い電球。畳の中央に鎮座する太鼓。向かい合って立つ、二つの影。上の音がどれだけ跳ねても、そこにあり続ける、細い腕。
言葉を交わしていたのかどうかは、分かりません。ユウキチさんは、ほとんど何も言わなかった。それでも、太鼓の両側に立つ二人のあいだには、何かが行き来していました。誰かと向かい合って、言葉じゃないもので会話をする。そんな夜の過ごし方が、この島には残っています。
◇
下拍子の人は、合わせてくれているのではない。合わせる場所を、用意していてくれているのだ、と。
ときどき、思うことがあります。
東京で「話せなかった」相手たちにも、本当はどこかに、そういう音があったのではないか、と。
話せなかった僕のそばで、会話が途切れないようにしていた人。
僕が失敗しても、そのまま仕事が進むようにしていた人。
何も言わず、決まったことを、決まった場所で続けていた人。
その人たちの音を、当時の僕は、ほとんど聞いていませんでした。聞こえていたのは、上で跳ねている音ばかりだった。
◇
今でも、僕は人より一拍遅れて話します。話そうとして、やめることもあります。
太鼓も、あの夜以来、うまく叩けるようになったわけではありません。
ただ、以前とは少しだけ、聞こえ方が変わりました。
誰かがうまく話しているとき、その下にある音を探すようになった。誰かが言葉につまったとき、その人が戻ってこられる場所を、消さないようにしたいと思うようになった。
できているかどうかは、分かりません。
◇
夜が更けます。風がまた止みます。
遠くで、誰かが、誰かのために、ゆうきちを刻んでいます。
その上で誰がどう走っているのかは、ここからは分かりません。
風に乗るのは、地を這うような下拍子の音だけです。