
深夜の坊さん 第三十四話「肉まんを選んだ夜」
深夜二時のコンビニで、
女性は肉まんを一つ買った。
白い息の中に、
湯気がゆっくり混ざっていく。
本当は、
何かちゃんと食べた方がいい。
でも、
疲れている日は、
温かいだけで十分だった。
女性は寺の前の石段へ座る。
制服の袖口から、
消毒液の匂いが少し残っていた。
肉まんを半分に割ると、
白い湯気が夜へ逃げていく。
「夜は冷えますねぇ」
声に顔を上げる。
住職だった。
女性は少し驚いて、
小さく頭を下げる。
「こんばんは」
住職は缶コーヒーを持ったまま、
少し離れて座った。
「仕事帰りですか?」
女性は頷く。
「看護師してます」
静かな声だった。
「今日は、
ちょっと長くて」
住職は何も聞かなかった。
遠くで、
車の音だけが流れていく。
女性は肉まんを見つめながら、
ぽつりと言う。
「今日、
“ありがとうございます”
って言われたんです」
「でも、
全然優しくできなかった」
住職は缶コーヒーを揺らした。
「疲れてる日は、
言葉返すだけでも精一杯な時ありますからねぇ」
女性は小さく笑った。
「なんか、
ずっと急いでるんですよね」
肉まんの紙を、
指で少し折る。
「ちゃんとしなきゃ、
ちゃんと返事しなきゃ、
ちゃんと笑わなきゃって」
夜風が、
白衣の裾を小さく揺らした。
「でも、
帰る頃には、
誰にも優しくしたくない日もあって」
住職は静かに頷く。
「人のことばっか見てると、
自分の顔色って見なくなるんですよねぇ」
その時、
本堂の戸が開く。
「また外ですか」
奥さんだった。
奥さんは小さなウェットティッシュを差し出す。
「肉まんって、
最後ちょっとベタベタしますよね」
女性は少し驚いて、
それから笑った。
「なんか、
ちゃんと人に戻る感じします」
奥さんは少し笑う。
「ちゃんと食べると、
少し落ち着きますよね」
女性はウェットティッシュを握ったまま、
ゆっくり息を吐いた。
それから、
少しだけ笑った。
「……今日、
肉まん選んでよかった」
住職も少し笑う。
「温かいものって、
たまに人戻しますからねぇ」
女性は肉まんをもう一口食べた。
夜風はまだ冷たかったけれど、
さっきより少しだけ、
ちゃんとお腹が空いていた