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【第11話】三度の屈辱と錯覚|ファンタジスタの900ページ

    2017年11月13日、ミラノ:サン・シーロ。
    イタリアはスウェーデンを相手に、最後までゴールを奪えず、0-0で引き分けた。これで二試合合計0-1。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、GKのジャンルイジ・ブッフォンは泣いていた。イタリアはワールドカップ出場を逃したのだ。

    1958年以来、60年ぶりのW杯予選敗退が決まった瞬間だった。
    4度の世界王者(1934年、1938年、1982年、2006年)、そのイタリアが、W杯の本大会にいない事実に国中が揺れたのは言うまでもない。

    監督ジャンピエロ・ヴェントゥーラは辞任
    FIGC会長カルロ・タヴェッキオも辞任

    誰もが改革を口にした。そして多くの人が思った。「これでイタリアは変わる」と。


    ユーロ前後の明と暗

    実際、その後のイタリアは変わったように見えた。
    2018年、ロベルト・マンチーニが代表監督に就任し、大胆な世代交代、攻撃的なサッカー、積極的なポゼッションによって長らく失われていた自信が回復し、イタリアは勝ち始める。無敗記録は伸び続け、ついには37試合無敗というギネス級の驚異的な記録に到達した程に。

    そして2021年7月11日、ロンドンのウェンブリー。新型コロナウイルスの影響で1年延期されたEURO2020決勝の相手は開催国のイングランド。イタリアはPK戦の末に勝利し、53年ぶりに欧州王者となった。国中が歓喜し、世界中のメディアが書いた「アズーリ復活!」と。

    そして、その評価は間違っていない。
    EURO2020優勝は偶然ではなかった。イタリアは大会を通じて確かに強かった。7試合で13得点、組織的な守備、中盤の支配力、サイドからの推進力、そして勝負強さ。この優勝を否定するつもりはない。問題はそのEURO後である。

    EURO優勝後、イタリアは突然おかしくなる。
    いや、正確に言えば、突然ではない。数字を追うと、異変はかなり早い段階から見えていた。2022年W杯予選はEURO前から始まっていたため、EURO前後でその戦い方を見るのが正しい見方だろう。

    ーユーロ前ー
    2021年3月25日北アイルランド戦 2 - 0 勝利
    2021年3月28日ブルガリア戦 2 - 0 勝利
    2021年3月31日リトアニア戦 2 - 0 勝利

    ーユーロ後ー
    2021年9月2日ブルガリア戦 1 - 1 引分
    2021年9月5日スイス戦 0 - 0 引分
    2021年9月8日リトアニア戦 5 - 0 勝利
    2021年11月12日スイス戦 1 - 1 引分
    2021年11月15日北アイルランド戦 0 - 0 引分

    グループ2位となったイタリアは、一発勝負のプレーオフ準決勝へ回る。
    2022年3月24日北マケドニア戦 0 - 1 敗戦

    プレーオフ含めた9試合でイタリアの平均失点率はわずか0.44。クリーンシート率は55.6%。9試合中5試合で無失点。守備は崩壊していないどころか優秀だった。だが、攻撃が機能しなくなる。

    <スイス戦>
    シュート11本
    枠内わずか1本(枠内率9.1%)

    <ブルガリア戦>
    シュート27本 / 得点1

    <リトアニア戦>
    シュート29本 / 得点2

    <北マケドニア戦>
    シュート32本 / 得点0
    枠内シュート5本(枠内率15.6%)


    出口の見えない沼

    2021年にEURO王者となったことで、直後のW杯予選での相手の戦い方が変わったのだ。
    各国が極端な守備体系を敷き、スペースを徹底的に消し、イタリアにボールを持たせる。するとイタリアの横パスが増え、ポゼッションは上がり、シュート数も増えるが、決定機は増えない。

    当時のイタリア代表の他の数字も見てみよう

    1試合平均走行距離は112.4km
    平均スプリント数は128回

    他国と比べると、この数字はかなり低い。
    日本は208回、イングランドは202回、フランスは195回、ドイツは188回、スペインでも175回。イタリアは主要国の中で突出して少なかった。

    つまり問題は、「シュートが突然下手になった」ことではない。相手を壊すための速度と強度が足りなかったのである。
    EURO優勝後のイタリアは、ボールを支配していたが、試合を支配していたわけではなかった。持たされるポゼッション、増え続ける横パス、枠内に飛ばない空砲。北マケドニア戦の32本のシュート・ゴール0は、その象徴だった。

    では、なぜ改善できなかったのか
    なぜマンチーニは修正できなかったのか
    なぜEURO王者は、わずか数か月で出口の見えない沼に沈んでいったのか

    ここで、監督個人の責任に話を閉じてはいけない。マンチーニが急に無能になったわけではなく、選手たちが急に価値を失ったわけでもない。問題はもっと深いところにあった。

    本来、チームが煮詰まった時に必要なのは新しい血である。
    スピードを変える若手、相手のブロックを壊すアタッカー、新しいリズムを持ち込む中盤、既存の序列を揺さぶる競争。しかし、その突き上げが弱かった。決して若手がいなかったのではない。若手が上がって来られなかったのである。


    セリエAにおけるU-21自国籍選手のスタメン起用率を見てみる。

    • フランスは11.8%

    • スペインは10.5%

    • ドイツは7.4%

    • イングランドは4.2%

    • イタリアはわずか1.6%

    この数字は重い。
    若手を育てていない、というよりも、若手を使う仕組みが詰まっていたのだ。育成・登用・競争・世代交代・代表ーー本来つながっているはずの循環が、どこかで詰まっていたのだ。

    だから監督が変わっても、戦術が変わっても、世代交代が進まない。
    結果として、長年代表を支えた選手たちへの依存が続くが、だからと言ってベテランたちが敗因ではない。むしろ最後までイタリア代表を支え続けた功労者たちだった。問題は、その後ろから突き上げる競争を生む「仕組み」がなかったことだ。

    そして2022年3月24日、パレルモの北マケドニア戦。
    後半アディショナルタイムのアレクサンダル・トライコフスキの一撃で、イタリアは0-1で敗れた。数ヶ月前にはEURO王者になった国が、2大会連続でW杯に出られない衝撃が世界を駆け巡ったのはいうまでもない。

    だが、データを追いかけると、それは突然の事故には見えない。EURO優勝直後から始まっていた機能不全の延長線上にあった。


    無情なデータの数々

    ここで、さらに代表の外へ目を向ける必要がある。
    代表は突然弱くならない。国内サッカーの写し鏡だからだ。2011年から2026年までの15年間のセリエAはどうなっていたのか。

    • セリエA所属クラブのチャンピオンズリーグ優勝回数はゼロ

    • ベスト4進出もわずか4回

    • 同期間、プレミアリーグは優勝6回、ベスト4進出18回

    • ラ・リーガは優勝7回、ベスト4進出22回

    欧州最高峰の舞台において、イタリアは徐々に存在感を失っていた。

    5大リーグの年間総収入を見ると経済面でも差は広がっていた。

    • プレミアリーグは約65億〜68億ユーロ

    • ラ・リーガは約35億〜38億ユーロ

    • ブンデスリーガは約32億〜35億ユーロ

    • セリエAは約23億〜25億ユーロ

    • リーグ・アンは約20億〜22億ユーロ

    かつて世界最強リーグと呼ばれたセリエAは、2020年代にはプレミアリーグの3分の1規模にまで差を広げられている。これは単なる収入差ではない。売上は、人件費になり、施設投資になり、育成投資になり、分析部門になり、最終的には競争力になる。

    さらに売上に対する選手・スタッフ人件比率を見ると、セリエAの苦しさはよりはっきりする。

    • セリエAは約78〜82%

    • ブンデスリーガは約58〜62%

    • プレミアリーグは約65〜68%

    つまり、セリエAは稼ぐ力に対して、支払う負担が重い。それは、未来へ投資する余力が小さいことも意味する。現在の戦力維持に精一杯で、次の時代へ向けたインフラや育成へ十分に資金を回しづらい構造になったのだ。

    スタジアム事情も象徴的だった。以下は自前スタジアム保有率だ。

    • プレミアリーグは90%以上

    • ブンデスリーガは100%

    • セリエAは約20%

    下はスタジアムの平均築年数

    • イタリアは約68年

    • ドイツは約21年

    • イングランドは約25年

    • フランスは約28年

    • スペインは約35年

    イタリアだけが突出し、1950年代の箱で現代を戦っていたのだ。
    これは単なるハコの話ではない。スタジアムは収益源である。試合日の売上を生み、スポンサー価値を高め、観客体験を向上させ、クラブの経営体力を支える。
    そこに投資できないということは、リーグ全体の競争力に影響する。そしてリーグの競争力は、代表の競争力にも影響する。

    つまり、問題は代表だけではなかった。
    代表を見ると、点が取れなくなっていた。
    リーグを見ると、経済競争力を失っていた。
    育成を見ると、若手が上がって来ない。
    インフラを見ると、老朽化していた。

    そして最も驚くことに
    組織を見ると、意思決定層が何ら変わっていなかったのだ。


    誰もいなくならない未来

    改めてイタリアサッカー界の組織の人事年表を見て、背筋が凍った。

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    過去20年の歴代会長

    監督は変わった。
    選手も変わった。
    戦術も変わった。

    ワールドカップを逃し、ユーロで優勝し、再びワールドカップを逃したが、意思決定層だけは驚くほど変わっていなかったのだ。

    2010年 南アフリカで敗れた
    2011年 バッジョは未来を描いた
    2013年 バッジョは去った
    2018年 60年ぶりに予選で敗れた
    2021年 欧州王者になった
    2022年 再び予選で敗れた
    2026年 三度目の敗北を迎えた

    一度なら事故と言える。
    二度なら偶然とは言えない。
    三度目で、それは構造になる。

    この全てを、ウリヴィエリは同じ椅子から見ている。アベーテは去ったように見えて復権している。タヴェッキオは去ったが構造は残ったままだ。

    問題は、誰が悪人だったかではない。
    問題は、誰もいなくならなかったことだ。

    果たしてこれは偶然だったのだろうか。それとも2011年、ローマの理事会で「黙殺された未来」が、15年かけて現実になっただけなのだろうか。


    次回、最終章
    ファンタジスタの900ページ〜イタリアサッカーの失われた15年〜【最終話】失われた15年

    ※本連載について
    本連載は、公開されている資料、議事録、報道、インタビュー、各種証言をもとに構成しています。なお、ロベルト・バッジョが2011年に提出した改革案『Rinnovare il Futuro』は現在も一般公開されていないため、現存する資料と証言をもとに内容を再構成し、一部に筆者の考察を含みます。


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    スポーツ、歴史、経営、地域社会。一見関係のない出来事から人や組織の共通原理を探し、文脈を編み直すナレッジアーキテクト/事業再設計プロデューサー。答えではなく、考え方の「OS」を再設計する問いを追いかけています。鎌倉の山・海・農、宇宙、DIY。境界線を走るトレイルランナー。

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