
「裏方」の僕が、奇跡のようなステージで「自分」を曝け出した理由。――『小森広翔と昭和歌謡の世界』を終えて
2026年5月15日 23:59。
「小森広翔と昭和歌謡の世界」アーカイブ配信が、滞りなく終了いたしました。
配信をご覧いただいた皆様、熱い感想を寄せてくださった皆様、そして何より会場へ足を運んでくださった皆様。改めて、僕の音楽に触れてくださり、本当にありがとうございました。
皆様からいただいたお声のおかげで、今はこれまで以上に「音楽を続けたい」という思いが胸に満ちています。
そして、興味はあったけれど今回は視聴に至らなかったという方。
普段、裏方を本業としている身からすれば、僕という人間に一瞬でも興味を持っていただいたこと、それだけで身に余る光栄です。
1人では、もう歌うことはないと思っていた
以前も書きましたが、僕はあくまで「裏方の人間」です。
今回のライブも、演出家の平野智子さんがいなければ、僕はもう人前で歌うことはなかったでしょう。この素晴らしいメンバーと共に板の上に立つことも、きっとなかったはずです。
僕が作る、少し癖のある、決して一筋縄ではいかない曲たち。
それらに一生懸命に向き合い、歌い上げてくれた出演者の皆さん。彼らの圧倒的な表現力があったからこそ、僕の曲は初めて命を吹き込まれ、多くの人に届くものになりました。
正直、今の「バズり第一主義」の時代において、僕たちの発信した数字は決して大きくはないかもしれません。
けれど、自分一人で歌っていたら一生届かなかったはずの人たちに、このステージを通して曲が届いた。それは僕にとって、数字以上の意味を持つ出来事でした。
ピアノ、ギター、歌、コーラス、ダンス、そしてMC。
旧知の仲ですら知らない僕の姿を曝け出し、初めましての人にも届くこの場所は、なんとも奇跡的で、幸せな場所でした。

昭和の名曲を「解剖」し、再構築するということ
特に今回は、配信の権利関係の都合もあり、カバー曲のアレンジもすべて一から作り直しました。
原曲への敬意を込めて忠実に再現する部分もあれば、あえてアクセントを変え、「小森広翔の世界」として再構築した部分もあります。
「喝采」:よもや自分の手で、この名曲をリアレンジできる日が来るとは思いもしませんでした。
「木綿のハンカチーフ」:ギター1本のアレンジ。葛谷さんとだからこそ成立した、あの濃密な空気感は忘れられません。
「浪花恋しぐれ」:セリフパートの独特な拍動に苦戦し、何度も頭を捻りました。
「フライデイ・チャイナタウン」や「バン・バン・バン」にしても、懐かしさを損なわず、けれど今回のライブの匂いに染めるために、随分と遠回りをしました。
けれど、この苦労をすべて乗り越えて本当によかった。
「まだ自分は、新しいアレンジを楽しめるんだ」という安心と、それがお客様に届いたという確かな手応えを得ることができたからです。

音楽は「リボーン」し、続いていく
オリジナル曲についても、大きな発見がありました。
「大空を見て笑え」や「カーニバル」といった、自分でも愛着がありながら、どう表現すべきか悩み埋もれていた曲たちが、共演者の力で鮮やかに蘇ったのです。
特に「大空を見て笑え」は、自分一人で歌うことの限界を感じていた曲でした。他者の声が乗ることで、曲が「リボーン(再生)」していく感覚。それを肌で感じた瞬間は、作者として震えるものがありました。
僕がまた、自分の曲たちと共にステージに立てる日はいつになるかわかりません。
「またライブをやって」という言葉をいただけるうちは、その期待に応えられるよう精進したいと思っています。
ただ、それは僕一人では不可能です。
これは謙遜ではなく、物理的な事実です。このクオリティは、あのメンバー、協力してくれたスタッフ、会場の皆さん、そしてすべてを判断してくれる主催がいて初めて成立するものだから。
これからも、僕は音楽を作り続けます。

もし今回のライブやSNSを通じて僕に興味を持ってくださったなら、ぜひ今後ともご贔屓に、よろしくお願い致します。
またいつか、どこかのステージで、あるいは新しい音源の中でお会いしましょう。