
夏至の夜に身を委ねて
わけもなく静かな夜道を歩いている。
否、わけはあったのだ。わけがなければこんなところまでは来ない。
はじめは切らした玉ねぎの買い出しのために、遠く離れたスーパーに向かうという手はずだった。
手早く必要な品を手に取り、その他私を誘惑する惣菜パンやジャンキーなお菓子たちを尻目に、颯爽とレジに向かう……。
そんなシミュレーションを繰り返しながら、静まり返った夜道をこれがあればどこまでも行けるような気がしてしまうほど頼もしい愛車に跨りながら彼のペダルを漕いでいた……。
ふと気づく。
肌を通り抜ける夜風が異常に心地良い。
ペダルを漕ぐたびじわりと滲む汗たちを、彼らは颯爽と拭い去り、ひんやりとした心地良い感触だけを残して去っていく。
そこは河川敷だった。何の変哲もない、どこの街にも一つはあるような、ただの道。
意識しなければ、スーパーまでのただの道でしかない場所が、なんだかやけに神秘的だった。
「明日のために早く帰って寝なければ」そんな思いは汗とともにどこか遠くへ行ってしまったようだ。
ペダルを漕ぐ足を、とめるしかなかった。
だってそのまま漕いでしまったら、二度とこの心地良い場所に戻ってこれない気がしたから。
一歩一歩、かみしめるように川沿いを歩いていく。
人通りはない。夜だからではない。
この河川敷にはいつも人はいない。でも、なんだかとても似合っていた。その光景が、あるべき姿であるかのように。
それはきっと、誰もいないということを夜のせいにしてしまえるからだ。
昼間の寂しさはどこにもなく、強かに存在している。
夜の散歩は快適だ。一人でいても何ら不思議ではない。
昼間だとそうはいかない。2人組の若者やグループで談笑しながら目的地に向かうそれらと遭遇すると、何とも惨めな気持ちにならざるを得ない。
その点この場所は私を歓迎してくれている。
個々が独立して存在している空間。
鈴を鳴らしているような虫の声、次から次へと流れる夜風に、見上げれば満天の星空。
これほどまでに心地良い夜は記憶にない。
ただその場に存在するだけで心が満たされていく。
もうどこに向かっているかすらわからない。
ただこの夜風をずっと浴びていたい。
この夜にずっと浸っていたい。
頼りになるのは弱々しくも足元を照らしてくれる街灯のみ。
それでもなぜかこれまでにないほど心強い。
闇は人に恐怖を与える。何が起こるかわからない恐怖。それが闇に対する恐怖だ。
それが全く機能していないことに、危機感を覚えたほうがいいのかもしれない。
でも、そんなことを考えるのが野暮だと思えるほど、この夜は心地よかった。
このまま日の登らない世界に迷い込めたとしたら、私はずっとこの気持ちで居られるのだろうか。
ふわりと街の明かりが視界を照らす。
河川敷から枝分かれした道をいつの間にか歩んでいたようだ。車通りの多い大通りと、24時間営業のスーパーが私を迎え入れてくれる。
あぁ、夢の時間はここまでのようだ。
玉ねぎと、大好きなビールを買って帰ろう。
もう少しだけ、この夜を楽しもう。
そうすれば、明日もきっと大丈夫だ。
こんな夜がまたいつか訪れますように。
あなたにも、こんな夜が訪れますように。
6月19日24時50分の私より。