おはよう、まだやろう?
8.2.6
iiiii エゴ、
誰も何も言わない, と拗ねるのは見当違いなやり方で, 安易に言及してはいけない, が正しいのかもしれない。
彼女が口を閉ざす瞬間, 目線のやり方, やり方, 彼女のやり方はとても稚拙だと, 時々苛立ちすら覚える。なにより全く可愛げがないから。可愛げがないと思うのは, そう思うだけの余裕,,, 或いは, 対等さに, 嫌悪すら感じるからなのかもしれない。余程だと堪らなくなる。
そう, 人が沈黙を貫く瞬間には多少なりとも理由があると, 私は心做しかそう信じている。口に出すことの, (断定すること) に潜む影をよく感じる。
疲れた顔も溢さずにビールが呑めたならば,,, 立派だとするのが, 世の中と云うように感じる。
こう, 枕に沿う髪のように, 複雑なカテゴライズを無意識に施し
間違いなくあるタイミングでは預言者であって, たった今預言の子と化す。
章転換の挿タイトルのように, 「孤立」が反芻し
詰まるところ, 生半可な善意なる雪かきは, 他者への僅かな貢献と(エゴ)ともに, 世界から自らを閉鎖する為の 立派なエゴの城を築き上げる行為にすぎなかった, ように思う。
メモ
熱を溜め込んだシャッターに頬を近づけたとき, 夏を思い出した。
ほんの少しの気怠さに, 背中を押された気がした。
私は最近よく君を思い直す。
ホームに座り行き交う人々を, 左右で真反対の方向へ走り去る電車を, 演奏が終わり外へ煙草を吸いに出る人々を中へ入って行く人々を, 喫茶店へ入って来る人を出て行く人を, 人々が歩いた残像を, 車輪の跡を,
注意深く"見る"行為を意識的にすると, 入口と出口 が脳裡によぎる。
今度は, 悲しむべき時にきちんと悲しまなかった, ツケが回ってきたのかもしれないと 独り言を零さなければいけなくなる。けれど,
星を眺めるように,,
私の内側から出て行く人々を, 出て行くと云う"事実"として脳に言い聞かせる他ならなかった。
涙なんて流す必要がなかった。
星同様に, 掴もうとすること自体が愚かな行為に思われてたまらなかったから。
そして, 私は私から離れることが出来ない と云う, 痛々しいほどの"絶対な現実"を自分が思っているよりも, ずっと強く理解していた ように思う。
皆の正しさを想う
鈍い
"鈍いとは今の君を指すんだよ 分かるかい?白濁した視界, 気怠い全身の痛み, 其れが鈍いと言う。"と, どこからともなく私に語りかける。
いつか彼女に気取って言った 「でもその心細さが私は好き」
其の心細さとは, 在るべき姿をした心細さ, 不安を抱く心を疑う必要のない正しい反応としての心細さ と言うことが出来ると思う。
同時に, 平和ボケしている とも言える。
また同じように言えるだろうか。東京で
入口と出口
アオー!と叫ぶ映画はあったかしら?
私は貴方の優しさを知っているよ。おやすみなさい。ゆき
