
🌞🐮🌞【牛すき鍋を食べるシリーズ㉓ 】~総括編『すき焼き』の由来とは?
🍲 前回にて 私の個人企画 🐮【牛すき鍋を食べるシリーズ】が終了しました~。
自分で決めた期間内に「すき焼き」「牛すき鍋」を食べる!
このテーマを続けるのは 想像した通りで 本当に大変でした。
なぜなら過去に【冷麺・冷やし中華を食べるシリーズ】という同様の個人企画を行っていたから…💧
このような何の意味もない個人企画を行ったのは…
「普段は絶対に選ばない お店を探して訪問する」
「普段は絶対に行かない売り場に行く」
「普段は絶対に買わない商品を購入する」
「いつも通りで何も冒険しない自分」に対して大きな刺激になるからです。
これ、とっても面倒くさい。
でも、結構 新しい発見があって楽しい!
「何の意味もない個人企画」~とってもワクワクすることも多いので また機会があれば やってみたいと思っています。
(まぁ、その気になってモチベーションが上がれば…ですが 💦)

ところで…
なぜ 🍲 毎年1月24日は「すき焼きの日」 。だったのでしょうか?
私、「明治5年1月24日 明治天皇が牛肉を食したことで 日本の牛肉文化が定着するきっかけの日として制定されたそうです。」と毎回 記事の冒頭に書いていました。
そして、それを詳しく調べてみました。

🗾 昔々の 675年、日本では「牛肉を公に食することが禁止」されていたそうです。これは天武天皇の時代に「牛や馬は大切な労働力なので 食べてはいけない。」という理由で定められた法律なのだそうです。
それが 明治5年になり 約1, 200年もの間 禁止されていた「牛肉を公に食すること」が解禁されたため 牛肉文化が世間に一気に広まったらしい。
・『すき焼き』の由来…
江戸時代の中期頃、関西には元々農具の「鋤(すき)」を鉄板代わりにして貝や魚を焼く「魚すき」「沖すき」と呼ばれる料理が存在していたそうです。その「鋤(すき)」で牛肉を焼いたものを「鋤焼(すきやき)」と呼ぶようになったのが語源らしい。
関東では 「牛鍋(ぎゅうなべ)」 と言われる 味噌味ベースの割り下で煮込んだ鍋料理が広まりました。しかし 大正12年の関東大震災により 流行していた「牛鍋屋」の多くが被害を受けて閉店を余儀なくされて「牛鍋」は衰退。その後に関西の「すき焼き」が関東に伝わってきて、呼び名が「牛鍋」から「すき焼き」に統一されていったそうです。
関西ではジュージューと肉を焼いて作る「焼肉」、関東ではグツグツと煮る「鍋料理」が元になっていたのです!


なるほど~ 💡 💡 💡
牛肉を使った「すき焼き」は思っていたより最近の料理だったのですね。
【おわり】