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Photo byhakoism

人の痛みはわからない。だから受け入れたい。

    こんにちは。
    皆さんは、人の痛みが分かる人間になりたいと思ったことはあるでしょうか。悩んでいる人の相談にうまく乗れない。苦しんでいる人の助けになれているのだろうか。私もそんなことを考えたことがあります。そんな方々へ向けてのnoteです。このnoteで少しでも、読んでくださっている皆さんの悩んでいる気持ちや苦しい気持ちが解消されると嬉しいです。

    昔のわたし

    わたしは昔、とても真面目な子どもでした。怒られないこと、失敗しないことを何より大切にしていました。そんなわたしにとって、小学5年生で経験した出来事は大きな転機になりました。詳細は割愛しますが、林間学習の際に個人的に激しく怒られてしまったんです。怖かったし、恐ろしかった。なぜかって、元々怒られることや失敗することがとても怖かったんですよね。そんな中でこのようなことが起こると、生まれてこの方頑張ってきた糸が切れてしまったようで。もちろん、悪いことをしてしまったのはわたしですしそこに異論はないのですが、その先生の忘れ物や漢字ノートに対する指導は少し過剰だったように思います。
    それも相まって、ストレスで小学6年生のころにはひどい頭痛により寝込むようになってしまいました。起き上がれず、ご飯を食べて生きることに精一杯。そんな日々が卒業式のころまでの3か月ほど続きました。

    中学時代

    そして迎えた中学生。わたしは、中学生になれば学校に行けるのではないか、という淡い期待を胸に入学式に臨みました。結果、頭が痛くなってしまいました。
    そんな中、唯一の支えだったものが5月から行きはじめた演劇部でした。これはまたいずれ書けたらなと思いますが、とにかく個性派の友人たちばかりで、今でも会うと「こんなに笑ったの久しぶり」という感情を覚えさせてくれるくらいです。そんな子たちだからこそ、学校に行けていないわたしのこともなんとか受け入れてくれたように感じます。

    これらの経験から得たこと

    まず、人の痛みを完全にその人が感じるようにわかるようになることは不可能だとわたしは考えます。だって、誰しも他人と同じにはなれませんから。
    ですが、まず言えることは人を肩書だけで判断しないことが大事なのではないかと思います。そして次に、否定をして「しょうがない」と突き放さないことも大切だと考えます。また、自己理論を展開しすぎないことも同様に大切です。

    肩書というフィルターを外して向き合う

    皆最初は名前や立場などの情報から入りますね。それは仕方がないことです。ですが、その情報だけで突き放さずにまずは関わってみることも大切なのではないか、と思います。実際わたしは「学校に行けてない」という肩書に囚われず受け入れてくれた友人たちのおかげで今があります。
    ただし!確実に「自らを傷つけてくるだろうな」という情報を持った相手には近づかない方が良いかと思います。そうじゃない場合は、まず一歩踏み出して話しかけてみてほしい。わたしはそう思いますし、そんな人間になりたいです。

    全否定をしないこと

    中学3年生のころ、担任でも何でもない先生に諸事情ありまして「これが嫌で」と言ったら「でもそれはしょうがないからなぁ」と言われたことが強く残っています。しょうがなくても、この、わたしの嫌だった気持ちはどうなるの!?と……
    これは相談に乗るときなどにも使えることですが、まず相手を受け入れること。これは非常に大切なのではないかと思います。誰だって受け入れてもらえたら嬉しいし、否定されたら悲しい。だからこそ、まずは「そうだったんだね」「しんどかったんだね」と受け入れることは大切なのではないでしょうか。
    もちろん相手がすごく人道的に間違ったことを言っていたら、相手を否定するのではなく、その行為が誰かを傷つける可能性を伝えるといいかもしれません。場合によるので一概にこうとは言えないです。
    が、一貫して言いたいことは「相手を受け入れ、寄り添うこと」です。

    解決策よりも、まずは『受け入れのワンクッション』を

    これは経験された方もいるのではないでしょうか。話を聞いてほしかっただけなのに、「こうしたらいいと思う。」「私ならこうする。」と言われなんだかもやもやしたこと……きっとそういった場合には
    ・自己理論を展開しすぎている
    ・受け入れのワンクッションがない
    ・ただ話を聞いてほしいだけなのに解決策が欲しいと思われている
    のどれかなのかなと。
    例えば、解決策を求めていないときに「私なら絶対こうするよ!あなたもそうしなよ!」と言われても困りますし、自己の押し付けをされているようでもやもやする人もいると思います。
    だからといって自己理論を展開するな、とは思いません。大切なのは「押し付けないこと」「寄り添うこと」だと考えます。
    前述した話と関連していますが、話を聞いて「こうしたらいいのになぁ」と思ったら一旦相手の考えを「そうだったんだね」と受け入れたうえで、「こうするのもアリだと思うよ」というのがいいのかなぁと思います。
    押し付けない言い回しのコツとしては
    ・柔らかく言う
    ・あくまで自分はこう思うけどあなたがどうするかは自由だよ、というスタンスでいる
    の2つが大切かなと。とくに2つ目のことはなかなか実践するのが難しいですが、相手の自由を尊重するという考え方でいればいいのかなと思います。いろんな場面で使えると思いますのでぜひやってみてください。

    つまり言いたいことは……

    人の痛みを知るためにはまず、相手を受け入れ寄り添うことです。
    学校に行けなくなった私を救ってくれたのは、「頑張れ」でも「こうしたらいい」でもなく、受け入れてくれる人たちでした。
    どこにでも書いてあるようで意外とできている人は少ないかもしれません。わたし自身、自分が不登校になり傷ついて傷ついてやっと学んだことですから。
    人間だれしも自分の話をしたくなります。助言したくなります。ですが、頭ごなしに指導するのではなく、いったん立ち止まって「そうか、この人はここが辛かったのか」と理解してあげるだけでもその人にとっては大きな救いなんです。そして、よければ隣にいられるときはいてあげてください。

    最後に

    ここまで読んでいただきありがとうございました!
    きっとここまで読んでくれた方は、もう人に寄り添えてるかもしれません。人に寄り添うことは大切です。でも、自分が壊れるまで寄り添う必要はありません。
    昔、ある先生に「あなたももっと頼っていいんだよ」と言われたことがあります。人に優しくしたいなら、まず自分も誰かに頼っていい。今はそんなふうに思っています。


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