
シューズは僕|第10話 融合
下駄箱の扉が開く。
いつものように、ざわざわと小さな声が広がった。
「さすがに今日は出番ないかな。」
「先日大会終わったばかりだし、今日は私かもね。」
そんなおなじみの会話が飛び交う中で――
ケイタだけは、静かに落ち着いていた。
どっしりと、揺るぎない。
その変化を、仲間たちも感じ取っていた。
「今日のケイタ、雰囲気ちがうわね。」
「なんだろう……前より“静かに強い”感じがする。」
「うん、芯が通ったっていうか……」
そのとき、持ち主の顔がのぞいた。
ケイタはすぐに気づいた。
――今日の持ち主、少し疲れている。
胸の奥で、自然に言葉が浮かんだ。
「今日は僕じゃない。」
仲間たちが一斉に振り返る。
「どうしたんだ、ケイタ。」
「頭でも打ったのか?」
「独りよがりなケイタはどこへ行った?」
ケイタは静かに言った。
「持ち主さん、ちょっと疲れてるみたいだったよ。
今日は軽くジョグだと思う。だから僕じゃない。」
その言葉に、下駄箱の空気がふっと揺れた。
「お前、大人になったんじゃねーか……」
誰かがつぶやくと、
シャルロット(靴べら)が穏やかに微笑んだ。
「何かあったみたいね。」
まるで我が子の成長を喜ぶ母のような目だった。
その瞬間――
持ち主の手が伸び、ひょいっと掴んだのはケイタだった。
「えっ……今日は僕じゃない方が……」
戸惑うケイタの背中を、ジェイムズ(革靴)が軽く叩いた。
「行ってこいよ。今のお前なら大丈夫だ。」
仲間たちの声が続く。
「行ってらっしゃい。」
「無理すんなよ。」
「落ち着いて行ってこい。」
「楽に行こう。」
「楽しんでおいで。」
ケイタは深く息を吸い、
自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。
「安心。信じる。仲間。観察。速ければいいのか……」
まるで呪文のように、
これまでの旅で得た言葉たちが胸の奥で光った。
外に出て走り始めると、
ケイタはすぐに“違い”を感じた。
持ち主の呼吸が、少しずつ整っていく。
足音も、肩の揺れも、風の切れ方も――
すべてがゆっくりと調和していく。
「顔は疲れていたけど、足の疲労はそれほどでもない。」
足首の動き。
ふくらはぎの張り。
膝の沈み。
太ももの力の入り方。
呼吸の深さ。
肩甲骨の滑らかさ。
ケイタは、持ち主の身体のすべてを
まるで自分のことのように静かに受けとめていた。
無理をさせないように。
気持ちよく走れるように。
ただ、そっと寄り添うように。
――ああ、これだ。
ケイタは思った。
(僕は、持ち主と一緒に走りたいんだ。)
速さじゃない。
選ばれることでもない。
“誰かと一緒に走る”
その喜びが、胸の奥にあたたかく灯っていた。
僕の旅は、まだ始まったばかり。
今日もまた、誰かと一緒に走れる。
その事実が、何より嬉しかった。
【完】