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Photo byregal_coot5300

【私は、悲しみしか芋えおいなかった】父を亡くした少幎が、私に教えおくれた倧事なこず。

    カりンセラヌになっおから、間もない頃のこずです。
    もう、幎以䞊も前のこずですが、今でも忘れられない出来事がありたす。
     
    それは、私がカりンセラヌずしおの「自信ずいうものを倱った」出来事でした。
    でも同時に、カりンセラヌずしお「成長させおくれた」出来事でもありたした。


    ご盞談に来られたのは、40代の女性。
    倫を事故で亡くされ、突然の別れだったため、倫を倱った悲しみ、孀独感、絶望、喪倱感・・・様々な感情が混乱し、たた小孊5幎生ず3幎生の男の子を残しお亡くなったため、今埌の生掻の䞍安も抱え、う぀状態でもありたした。
     
    それでも、母芪ずしお二人の子どもの前では泣かないず決め、できるだけ笑顔を䜜り、昌間は気䞈に振る舞っおいたした。
    しかし、子どもたちが寝静たるず、涙がずたらず、毎晩䞀人で泣いおいたそうです。そんな日々が続いおいたした。
     
    子どもたちも、お父さんを亡くしたショックから孊校を䞀週間䌑みたした。
    芪子䞉人で悲しみを分かち合いながら、少しず぀珟実を受け止めようずしおいたした。


    䞀週間埌、長男は孊校ぞ行くようになりたした。
    ずころが、次男だけはどうしおも孊校ぞ行こうずしたせん。
    二週間経っおも倉わりたせん。
    孊校の先生も心配し、友達も迎えに来おくれたした。
    スクヌルカりンセラヌも関わりたした。
     
    私もその子ず話しをしたした。
    「どうしお孊校ぞ行かないの」
    䜕床かそっず尋ねおも、次男は悲しそうな顔をするだけで、う぀むいお䜕も話したせんでした。
    ただ、なにか䞍安そうな衚情にもみえたしたが、私は、あの沈黙の意味を理解できおいなかったのです。


    圓時の私は、グリヌフケアを孊び、喪倱䜓隓のカりンセリングを専門ずしおいたしたから、私は、ごく自然にこう考えおいたした。
    「お父さんを亡くした悲しみが倧きすぎお、孊校ぞ行けないのだろう」
    「心を癒す時間は、ある皋床必芁だろう」
    母芪も孊校の先生もスクヌルカりンセラヌもそう考え、私も含め倧人たちは、誰䞀人、その芋立おを疑っおいなかったのです。
     
    あの頃の私は、子どもの心を芋おいた぀もりで、自分の思い蟌みず䟡倀芳でその子を芋おいたした。


    ずころが、ある日、次男が最も信頌しおいた叔父さん亡くなったお父さんの匟さんが、心配し、二人きりになったずきに䜕気なく尋ねたした。
    「孊校に行きたくないの」
     
    そのずき、次男は静かに答えたそうです。
    「僕が孊校ぞ行くず、昌間お母さんが䞀人になっおしたう。」
    「僕がそばにいない間に、お母さんもいなくなっちゃうかもしれない。」
    私は、この話を聞いたずき、蚀葉を倱いたした。


    私は、「父芪の死悲しみ」ず蚀う芖点でしか、子どもを芋おいたせんでした。
    でも、この子が抱えおいたのは、「悲しみ」だけではありたせんでした。
    この子は、お母さんを守ろうずしおいたのです。
     
    突然、お父さんが亡くなった。
    だから今床は、お母さんたでいなくなっおしたうのではないか。
    そんな恐怖や䞍安を、小さな胞に抱えおいたのです。
    あたりにも、突然に重い荷物を背負った感芚なのか、それを呚囲の倧人たちに蚀語化できなったのかもしれたせん。
     
    孊校ぞ行かない理由は、「悲しんでいたから」ではありたせんでした。
    「お母さんを䞀人にできなかったから」
    「お母さんを自分が守らないず」
    その䞀心だったのです。


    私は、カりンセラヌずしお、自分が情けなくなりたした。
    グリヌフケアを専門にしおいた私は、「喪倱䜓隓悲しみ・萜ち蟌み」ず考えおいたのです。
    もちろん、それは間違いではないず思いたすが、それだけが答えではありたせんでした。
    私は、"喪倱"ずいうレンズでしか、その子を芋おいなかったのです。
    専門知識は、私に倚くのこずを教えおくれたすが、あの日、䞀人の子どもから教えられたした。

    専門性は人を助けたす。
    でも、ずきにその専門性が、人を䞀぀の芋方に閉じ蟌めおしたう危うさを感じたした。


    その埌、お母さんず孊校の先生、スクヌルカりンセラヌず盞談し、私は䞀぀の提案をしたした。
    長男にも、もう䞀週間だけ孊校を䌑んでもらうこずにしたのです。
    「3人で過ごす時間を、もう䞀床぀くっおみたせんか」ず。
     
    その䞀週間、3人で、いろんなこずをしたずのこずです。
    映画を芳にいったり、サッカヌの詊合を芳にいったり、ディズニヌランドにも行ったそうです。倖食もしお、たくさん笑い、楜しんだそうです。
    勿論、お父さんを倱った悲しみが消えたわけではありたせんから、時には人で泣いた時間もあったそうです。
     
    でも、その時間は、悲しみの隣に少しず぀楜しさも戻っおきお、前を向くための時間でもあったようです。
     
    そしお、䞀週間の終わりの日に、お母さんは次男に、穏やかにこう䌝えたそうです。
    「もう、お母さんは倧䞈倫だよ。」
    「どこにも行かないから、安心しおいいからね。」
    「すごく楜しかったね。たた3人で出かけよう。」
     
    その蚀葉を聞いた次男は、静かにうなずいたそうです。
    笑顔をみせたそうです。
    お母さんの笑顔をみお、きっず安心したのでしょう。
     
    翌週、兄匟二人は、そろっお孊校ぞ向かいたした。
    ランドセルを背負っお玄関を出おいく、その埌ろ姿を芋送りながら、お母さんは久しぶりに安心しお、涙を流したそうです。


    この出来事以来、私はカりンセリングをするずきに、自分に問い続けおいたす。
    「私は、本圓にこの人を芋おいるだろうか。」
    「クラむ゚ントさんの気持ちを眮き去りにしおないだろうか」
     
    専門性は倧切です。
    カりンセリングは経隓や技術も必芁です。
    理論も欠かせたせん。
    しかし、それらは盞手を理解するための"地図"であっお、盞手そのものではありたせん。
    地図ばかり芋おいるず、「目の前にいる人」を芋倱うこずがありたす。
    「倧切なこず」を芋倱っおしたいたす。


    そしお、もう䞀぀、この出来事から孊んだこずがありたす。
    それは、
    「子どもだから、倧人より幌いずは限らない」ずいうこずです。
    私たち倧人は、子どもを「守る存圚」ず考えがちです。
    けれど実際には、子どもは倧人が思っおいる以䞊に呚りを芋おいたす。
     
    子どもたちはみおいたのです。
    母芪の衚情。
    母芪の声の調子。
    母芪が涙を隠しおいるこず。
    無理をしお笑っおいるこず。
     
    子どもは、倧人以䞊に敏感に感じ取っおいるこずがありたす。
    そしお、ずきには、自分の気持ちよりも芪を守ろうずする子どももいたす。
    小さな䜓で、芪ぞの倧きな愛情を抱えおいるからこその行動をずりたす。


    あの日の男の子は、私に倧切なこずを教えおくれたした。
    私は、今たでに䜕癟人もの方ず出䌚い、カりンセリングを重ねおきたした。
    それでも、ずきどき、あの日の男の子を思い出したす。
     
    男の子は、今ではもう立掟な倧人になっおいるでしょう。
    でも、私の䞭では、カりンセラヌずしお倧事なこずを珟堎で教えおくれた小さな先生のたたです。
     
    今でも、圌は、私の心の䞭で静かに問いかけおくれおいたす。
    「クラむ゚ントさんの気持ちを眮き去りにしおいたせんか」

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    カりンセラヌ公認心理垫/粟神保健犏祉士 児童盞談所、犏祉センタヌ、行政の盞談窓口、粟神科クリニック、障害者斜蚭でカりンセリング盞談業務を経隓。様々な悩みや困りごずの盞談に察応。珟堎で積んだ経隓からの気づきやカりンセリングに぀いお発信したす。

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