
完成は、何度したっていい
皆様こんにちは🌸ゆとぎです😊
今日もここに来てくださり、
本当にありがとうございます🩷🩷(u_u*)✨✨
…皆様、、とっっっても大好きです❤️❤️(>_<*)✨✨
今日は、
「完成って、なんだろう?」
と考えた時のお話です🌸
完成って、誰が決めるんだろう
数年前、
娘が夏休みの宿題で、
作った貯金箱に色を塗っていた時のこと。
まだ少し色が塗れていないところもあって、
私から見ると、
「まだまだ塗れそうだなぁ」
と思っていたのですが、、
本人は、
「完成!」
と言い、
色がまばらな貯金箱は
そこで完成しました。笑
その時、
「本人が完成って思えば、完成なのか🤭」
と思ったんです。
でも考えてみると、
仕事も料理もnoteも、
もっとやろうと思えば
いくらでも手を加えられます。
だったら、
完成って、誰がいつどう決めるんだろう。
きっと、
「ここまで。」
と自分で区切ったところに、
その時の完成が生まれるのかもしれない。
そんな風に思ったのです。
「努力無限」との矛盾
私の座右の銘の一つに、
「努力無限」
という言葉があります。
努力は無限にできる。
まだできることがあるなら、
もう少し前へ進みたい。
そんなふうに考えて、
ずっと自分を前へ進ませてきました。
でも、
この考え方にたくさん助けられた一方で、
苦しくなったこともありました。
だって、
努力に終わりがないのなら、
いつまで経っても、
「まだ足りない。」
になってしまうから。
どこまで進んでも
自分に「完成」と言ってあげられなかったんです。
何度、完成してもいい
そこで、
一つ気づいたことがあります。
人生は、
たった一度の「完成」を目指して
進んでいるわけではないのかもしれない。
何度も完成して、
何度もつくり直していけばいい。
今日、
ここまでできた。
あの時の自分なりに、
精いっぱいやった。
だったら、
一度そこで「完成」としていい。
そして明日、
もっと良くしたいと思ったら、
また手を加えればいい。
完成したからといって、
成長できなくなるわけではないんですよね。
むしろ、
一つの完成を認めるからこそ、
そこを土台にして、
次へ進めるのかもしれません。
小さな完成を重ねていく
そう考えると、
「努力無限」と「完成」は、
矛盾しませんでした。
努力は、
これからも続けていく。
でも、
節目ごとに、
「ここまでできたね。」
と自分を認めてあげる。
今日できた仕事も。
一つ乗り越えたことも。
今の自分自身も。
「まだまだ」だけではなく、
「今は、ここまで完成した。」
と認めてみる。
人生はきっと、
ずっと未完成のまま進むものではなく、
小さな完成を重ねながら、
また新しい自分をつくっていくもの。
そんなふうにも考えられる気がします。
おわりに
「完成」と聞くと、
そこで終わるような気がしていました。
でも、
完成は終わりではなく、
今まで積み重ねてきたものに、
一度まるをつけること
なのかもしれないなぁと。
完成して、
また始める。
できた自分を認めて、
また育てていく。
それなら、
何度完成したっていい。
人生の最後に、
たった一つの完成形になるのではなく、
今日までの私を、一度完成させて。
明日から、またつくり直していく。
そんなふうに、
何度も自分の完成を喜びながら
歩いていけたらいいなと思います🌸
本日も最後までご覧いただき、
本当にありがとうございました🌸m(_ _)m✨