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連載小説 元キャストは夢を見ない 第17話

    第17話「元キャストは“流れを止めない”ために目立たない――はずだった」

     イベント会場の裏手。

     鉄板の焼ける音と、油の匂い。

     そして――すでに伸び始めている行列。

    「……これ、開場直後だよな?」

     宮坂は思わず呟いた。

    「そうだね」

     隣で佐倉が穏やかに頷く。

    「でも、この感じだと」

     一拍。

    「すぐピーク来るよ」

    「ですよね」

     今回の仕事はイベント飲食ブース。

     調理、提供、列整理――つまり。

    (完全にフードサービス)

    「止まったら終わるやつだ」

     宮坂が言うと。

    「うん」

    「止めないでね」

     さらっと言う。

     プレッシャーが軽い口調で飛んでくるのがこの人だ。

     配置が決まる。

    ・神谷 → 焼き場

    ・森野 → 盛り付け・提供

    ・宮坂 → 列整理・全体補助

    ・佐倉 → 全体統括

    「焼き場か、任せろ」

     神谷が腕を回す。

    「焦がさないでくださいね」

     森野が即刺す。

    「うるせえな!」

    「事実です」

    「……お前ほんとさぁ!」

    「はいはい」

     宮坂が割って入る。

    「今日もバチバチだな」

    「違います」

    「違うわ!」

     ハモる。

    「そこは揃うのかよ!」

     開始前からこれだ。

     営業開始。

    「いらっしゃいませー!」

     数分で列が倍になる。

    (早い……!)

     宮坂は導線を調整する。

     折り返し位置をずらし、通路を確保。

    「最後尾こちらでーす!」

     声を張る。

     焼き場。

    「次3!」

     神谷が叫ぶ。

    「はい、3です!」

     森野が即応。

     流れはいい。

     かなりいい。

     そのときだった。

    「すみませーん!」

     スーツ姿の男が近づいてくる。

    「テレビの取材なんですけど」

    「……え?」

     宮坂が振り向く。

    「このブースで、すごい人がいるって聞いて」

     一斉に視線が向く。

     ――佐倉へ。

    「え、私ですか?」

     いつもの柔らかい笑顔。

    「元ディズニーの伝説キャストって……」

    「えーと、まあ……」

     軽く濁す。

     が。

    「ぜひ一言!」

     カメラが向く。

    「……えっと」

     一瞬だけ考えて。

    「流れを止めないこと、ですかね」

     シンプルな一言。

     それが。

     ――放送された。

    「え、今の人!?」

    「元ディズニー!?」

    「すごくない!?」

     ざわつき。

    「……嫌な予感しかしない」

     宮坂が言った直後。

     人が――増えた。

    「うわ、来た!」

     列が、一気に膨れる。

    「ちょ、倍じゃねえか!?」

     神谷が叫ぶ。

    「……まずいですね」

     森野も顔を引き締める。

     完全にイレギュラー。

     しかも最悪の形。

    「メニュー絞ろう」

     佐倉が即断。

    「焼き時間短いものだけ」

    「了解っす!」

     神谷が即反応。

    「提供、簡略化します!」

     森野も動く。

    「宮坂くん」

    「はい!」

    「“早いもの案内”して」

    「了解!」

     宮坂は列に向かう。

    「今すぐご提供できる商品はこちらです!」

    「お急ぎの方はこちらどうぞ!」

     流れを分ける。

     それでも。

     人数が多すぎる。

    (回しきれない……!)

     そのとき。

    「ちょっと入るね」

     佐倉が言う。

    「え?」

     次の瞬間。

     焼き場に――入った。

    「は?」

     神谷が固まる。

    「はい、次3枚」

     手際よく焼く。

     無駄がない。

     速い。

    「え、ちょ、は!?」

     さらに。

    「森野ちゃん、ここ」

     盛り付けにも手を出す。

    「ソース先に置いておくと早いよ」

    「は、はい!」

     森野が一瞬遅れる。

    「……なにこれ」

     宮坂が呟く。

     速い。

     そして。

     全部見えてる。

    「神谷くん、火力ここ強めて」

    「……はい、師匠!」

     変な敬語。

     でも従う。

    「森野ちゃん、提供順そのままでいい」

    「はい!」

     流れが――整う。

    「……やば」

     神谷が小さく言う。

    「……すごいです」

     森野も呟く。

     二人が、一瞬だけ手を止めかける。

    「止めない」

     佐倉が言う。

    「はい!」

     即再開。

     列が――進み始める。

    (戻った……!)

     いや。

    (さっきより速い)

     ピーク終了。

    「……はぁ……」

     全員が息を吐く。

    「……なんだ今の」

     神谷が呟く。

    「……分かりません」

     森野も同意。

    「ただ」

     宮坂が言う。

    「止まらなかった」

     それだけは確かだ。

     片付けに入ろうとした、そのとき。

    「おねえちゃん!」

     小さな声。

     振り向くと、小学生くらいの男の子が立っていた。

    「さっきテレビ出てた人だよね!」

    「え、見てくれてたの?」

     佐倉がしゃがんで目線を合わせる。

    「サインください!」

    「サイン?」

     少しだけ考えて。

    「うーん」

     ペンを受け取る。

    「じゃあ、これでいい?」

     さらさらと紙に描く。

    「……え?」

     宮坂が覗き込む。

     そこには。

     可愛らしいキャラクターのイラスト。

    「すごい!」

     男の子が目を輝かせる。

    「ありがとう!」

    「どういたしまして」

     頭を軽く撫でる。

     男の子は満足そうに走っていく。

    「……なんでもできるんですね」

     森野が呟く。

    「いやほんとそれ」

     宮坂も同意。

    「別に普通だよ」

     佐倉は軽く笑う。

    「キャストって、ちょっと描けた方がいいから」

    「いや“ちょっと”じゃないでしょ」

    「そうです」

     森野も頷く。

    「……ずるいな」

     神谷が小さく言う。

    「何が」

    「全部できるとこ」

     一瞬。

    「ふふ」

     佐倉が笑う。

    「全部じゃないよ」

    「できないこともある」

    「……例えば?」

     宮坂が聞く。

    「内緒」

     少しだけいたずらっぽく笑う。

    (なんだそれ)

     でも。

     少しだけ気になる。

     その横で。

    「……次は負けません」

     森野が言う。

    「おう」

     神谷が笑う。

    「望むところだ」

     また火花。

    「ほんと仲いいな」

    「違います」

    「違うわ!」

     ハモる。

    「だから揃うなって!」

     宮坂がツッコむ。

     そのやり取りを見て。

    「ふふ」

     佐倉が静かに笑う。

     元キャストは、流れを止めない。

     本来は。

     目立たないように動く。

     ――でも。

     目立ってしまっても。

     なお、流れを止めない。

     そして。

     ほんの少しだけ。

     誰かの思い出も、残していく。

    エピローグ

     その日の帰り道。

     イベント会場の明かりが、少しずつ落ちていく。

    「……いや、今日濃すぎだろ」

     宮坂がぼやく。

    「テレビ出るとか聞いてねえし」

    「俺もだわ」

     神谷が肩を回す。

    「しかもあの後、普通に回しきるのなんなんすか」

    「ですね」

     森野も頷く。

    「途中から別のレベルでした」

    「……あれはズルい」

     神谷が言う。

    「ズルいって何」

     佐倉が笑う。

    「全部できるとこっすよ、師匠」

     変な敬語。

    「全部じゃないよ」

    「いや全部っすよ」

     即返し。

    「違うよ」

     軽く流す。

    (いや、ほぼ全部だろ)

     宮坂は心の中でツッコむ。

    「……あの子供」

     神谷がふと思い出したように言う。

    「サインくださいってやつ」

    「はい」

     森野も頷く。

    「キャラ描いてましたね」

    「……あれ、反則だろ」

    「同感です」

    「なんで普通にあのレベル描けるんすか」

    「ねえ」

     宮坂も頷く。

    「“ちょっと描けた方がいい”のレベルじゃなかったですよね」

    「ですね」

     森野が真顔で言う。

    「完全にプロでした」

    「……子供のテンションもやばかったしな」

    「はい」

    「完全に“思い出”になってました」

     一拍。

    「……ああいうの、いいよな」

     神谷がぽつりと言う。

    「……はい」

     森野も静かに頷く。

    「仕事以上の何か、っていうか」

    「そうそう」

     神谷が少し照れくさそうに言う。

    「ただ売るだけじゃねえ感じ」

     その言葉に。

    「ふふ」

     佐倉が少しだけ嬉しそうに笑う。

    「それだよ」

    「え?」

    「フードも、案内も、全部そう」

    「“その時間ごと残す”」

    「……」

     少しだけ、空気が柔らかくなる。

    「負けませんから」

     森野が言う。

    「おう」

     神谷が笑う。

    「次は俺がやる」

    「無理です」

    「は!?」

    「私の方が丁寧にできます」

    「スピードなら俺だろ!」

    「雑です」

    「雑じゃねえ!」

     また始まる。

    「……ほんと仲いいな」

    「違います」

    「違うわ!」

     ハモる。

    「だから揃うなって!」

     宮坂がツッコむ。

     その様子を見て。

    「ふふ」

     佐倉が小さく笑う。

    「いいチームだね」

    「……そうですかね」

    「うん」

     一歩だけ距離が近づく。

    「ちゃんと“繋がってる”」

    「……っす」

     宮坂は少しだけ視線を逸らす。

    (近いって、この人)

     そのとき。

     ――ピロン。

     全員のスマホがほぼ同時に震えた。

    「……来た」

     宮坂が画面を見る。

    「派遣会社からです」

     森野も確認する。

    「次の現場……」

     神谷が覗き込む。

    「またここか」

     宮坂が読み上げる。

    「“本日と同会場、イベント案内・誘導スタッフ”」

    「いいじゃん」

     神谷が笑う。

    「次は案内か」

    「さらに」

     森野が続ける。

    「“班分けあり”と書いてあります」

    「班?」

    「……どれどれ」

     一拍。

    「運営班:佐倉・宮坂」

    「現場班:神谷・森野」

    「……分かれたな」

     神谷がニヤリとする。

    「運営っすか、師匠」

     佐倉に向かって。

    「なんか裏で全部回すやつっすよね」

    「そうだね」

    「じゃあ俺らが前線っすね」

    「そうなるね」

    「任せてくださいっす」

     妙な敬語。

    「不安しかない」

     宮坂が即ツッコミ。

    「うるせえな!」

    「事実です」

     森野が刺す。

    「お前も同じ班だろ!」

    「だからこそです」

    「くっそ……!」

     火花再燃。

    「まあでも」

     宮坂が言う。

    「役割分かれるのはいいかもな」

    「ですね」

     森野が頷く。

    「それぞれの強み、出ます」

    「おう」

     神谷も頷く。

    「じゃあ勝負だな」

    「仕事です」

    「分かってるって!」

     分かってない顔だ。

     その横で。

    「楽しみだね」

     佐倉が微笑む。

    「案内はね」

    「“迷わせないこと”が全部」

    「……」

     また一つ。

     課題が増える。

     元キャストは、流れを止めない。

     そして次は――

     流れを“作る側”。

     裏で支える者と。

     前で動かす者。

     分かれたチームが。

     どう繋がるか。

    (……これは、試されるな)

     少しだけ緊張して。

     でも。

    (面白くなってきた)

     そんな予感がしていた。

    (つづく)

     
     
    特許11件を持つ機械設計士の視点から、ビジネスの構造を「設計図」のように解き明かします。機械・電気・化学・AIと領域を横断して学び続けるプロセスや、技術者のマインドセットをビジネスに応用する知恵を発信。複雑な世の中をシンプルに捉え直し、思考をアップデートする場。

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