メインコンテンツへスキップ
見出し画像

また、ゆっくりしに来てください

    林田 詩織

    ゆっくりと時間が流れる町だった。

    木村さつきは、ホームに降り立つなり時計を確認した。定刻より三分遅れ。眉をひそめながら、スーツケースを引きずって改札へ向かう。

    駅舎を出ると、よねばあちゃんが立っていた。

    木陰のベンチに腰掛かけ、道端の草でも眺めるように、ただそこにいた。

    「あら、もう着いたの。早いねぇ」

    さつきは三秒、返す言葉を探した。

    「……特急、二時間かかりましたけど」

    「そうかい。じゃあ歩いて帰ろうか」

    炎天下の田舎道を、よねばあちゃんはゆっくり歩いた。立ち止まっては道端の花の名前を教え、猫を見つけては話しかけた。さつきのスーツケースのキャスターだけが、カラカラと落ち着きなく鳴り続けた。


    それから二日、さつきはそわそわしたまま過ごした。

    三日目の朝、野菜を届けに来た男が縁側に立っていた。

    日焼けした首筋、泥のついた作業着。背が高く、目が細い。

    「桐島です。すぐ隣の畑で野菜を作っています」

    さつきはなぜか姿勢を正した。

    「手伝いましょうか」
    「急がなくていいですよ」
    「急いでません」

    十分後、さつきは畝を踏み外して転んでいた。

    慶太は笑いをこらえた顔で手を差し伸べた。泥だらけのさつきの手を、少しためらってから、しっかり握った。

    「そんなに急いだら、野菜も驚いちゃいますよ」

    さつきは何も言い返せなかった。悔しいのか、恥ずかしいのか、自分でもよくわからなかった。


    一週間はあっという間に過ぎた。

    最終日の夜、縁側によねばあちゃんと並んで座った。

    遠い山の稜線の向こうで、花火がひとつ、ゆっくりと開いた。音は遅れて届いた。

    さつきはいつの間にか、スマホを部屋に置いてきた。

    翌朝、帰り際に慶太が袋を渡してくれた。ズッキーニ、トマト、なす。野菜の重みが、手のひらにじんわりのしかかった。

    電車の中で気がついた。袋の底に、折りたたんだメモ。

    「また、ゆっくりしに来てください。」

    走り書きの文字は、少し歪んでいた。

    さつきはホームの柱にもたれ、メモを折りたたんで、またひらいた。

    特急はいつの間にか動き出していた。今日だけは、それでよかった。


     
     
     
    週2日・4時間のパート勤務をしながら、夫、母、2人の子どもとの暮らしを大切にしています。限られた時間の中で、AIを執筆パートナーとして現代ファンタジーや恋愛小説を書いています。AIとともに、新しい創作のかたちを模索しながら物語を紡いでいます。

    あなたへのおすすめ