
駅までの数分
雨の日
駅までの数分間、傘の中を歩く。
冷んやりした空気と雨の音が、まだ少し微睡んでいた意識を駆り立てる。
バシャ!
思わず横断歩道の水たまりに足を入れる。
つま先に少し水が染みてきた。
ほんとは、立ち止まって拭いてしまいたかった。
急き立てるように、雨は降り続ける。
私はまた、濡れた足のまま歩き出す。
傘の波に押されるように。
見上げても、空はまだ遠かった。
疲れた日
駅までの数分間、ただ歩く。
人々の靴音が、やけに気に障る。
こめかみは起きてからずっと重いままだ。
頭の中で、すっきりしない感情がぐるぐると渦を巻いている。
惰性で動かしていた足が、横断歩道で止まる。
待つ時間、体は沼底に沈んでいくようにだるい。
一瞬。意識が途切れて、また歩き出す。
鉛を引きずるように。
見えないゴールへ向かっていく。
夏の日差し
横断歩道の途中で、不意に夏の日差しを感じた。
立ちくらみのようにあの頃の時間がよみがえる。
思わず、目を閉じて空を仰ぎ、立ち止まりそうになる。
少し汗ばんだシャツが、肌にまとわりつく。
歩みを緩めた私に、誰も関心を持っていない。
皆、それぞれの目的地に向かって、足早に、黙々と、前へ前へと進んで行く。
ほんとは少し立ち止まりたかったけれど、これ以上追い抜かれないように、そして、誰かに差をつけられないように、足を速めて駅へと向かった。
嬉しい日
思わず見上げる空。自然と口角も上がる。
光る雲の向こうは澄んだ青だ。
横断歩道ですれ違う人たちまで、足取りが軽く見える。
よいしょ、と勢いよく肩の荷物を背負いなおす。
切ったばかりの髪が軽く弾んだ。
何でもない日
耳に慣れたざわめきの中、腕時計を確認する。
早すぎてはいない。
遅れてもいない。
無意識に、信号を見る。
私は、人々と同じ速さで歩き出す。
まっすぐ、前を向いたまま。
駅までの数分は変わらない。
変わっていたのは、いつも私の方だった。