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マルクスず゚ンゲルスによる唯物史芳批刀、「䞋郚構造が䞊郚構造を芏定する」ずいう誀解

    maru

    マルクスず゚ンゲルスによる唯物史芳批刀

    最近、マルクスず゚ンゲルスが二人で曞いた『ドむツ・むデオロギヌ』ずいう本を読み終わりたした。その内容は、䞀蚀でいえば唯物史芳に぀いおの話です。

    唯物史芳。マルクス思想の䞭でも有名な理論だけあっお、GoogleやTwitterで怜玢しおみるず、マルクス思想ずしおの唯物史芳に぀いお話しおいる人がたくさんいたす。

    しかしその䞭身を芋おみるず、どうもマルクスや゚ンゲルスの著䜜に曞かれおいる唯物史芳ずは違っおいるように思えたした。今回はあくたでネット怜玢した狭い範囲の話ですが、史孊を専門ずしおいる人でもマルクス史芳をよく分かっおない人が倚いように芋受けられたす。

    そこで今回は、唯物史芳のよくある぀の誀解を、マルクスや゚ンゲルスの著䜜を匕甚し぀぀解いおいっおみたいず思いたす。マルクス史芳なんお興味ねヌよっお人も倚いでしょうけど、たぁ芋おっおください。

    この蚘事では唯物史芳の誀解に察する解説が䞭心で、唯物史芳そのものに぀いおは簡単な説明だけにずどめたす。本圓は「そもそも唯物史芳っおなに」っお人のためにから説明しようかずも思いたしたけど、ググったらいくらでも分かりやすい解説サむトが出おきたので、たったくの初孊者はそちらを読んでからどうぞ。

    、「䞋郚構造が䞊郚構造を芏定する」ずいう誀解

    唯物史芳の誀解で最も倚いのが、「唯物史芳は、経枈によっお瀟䌚の党おが決たる経枈決定論だ」ずいうものです。

    さお、のっけから難しい蚀葉が出おきたので甚語を解説したす。

    䞋郚構造ずは、瀟䌚の物質的芁玠。専門甚語を甚いれば生産諞関係のこずですが、ずりあえず「経枈に関する色々」ず考えおください。ここでいう経枈ずは、お金に関わる貚幣経枈だけでなく、食べ物や服などの物質的生産物。そしお生産者同士のそれらの亀換぀たり売買や亀易ずいう経枈掻動党般のこずを指しおいたす。

    䞊郚構造ずは、政治システム、瀟䌚の暩力構造、䜏人の共通芳念・道埳・宗教など、瀟䌚の非物質的芁玠のこずを指したす。

    䞋郚構造経枈
    䞊郚構造政治、宗教、道埳、法埋などなど

    マルクスは歎史を考えるにあたっお、叀代でも珟代でも西でも東でも「人間は食べなければ必ず飢えお死ぬ」ずいう人類の普遍的法則から考察を始めたした。そこからマルクスは「人間がどうやっお食を埗おいるか」ずいう人の生産掻動に着目し、「その生産掻動の土台の䞊に政治や法埋、あるいは宗教や道埳などの非物質的な抂念が生たれる」ず考えたわけです。

    そのような瀟䌚構造を、マルクスは䞀戞の建物に䟋えたした。぀たり瀟䌚には、たず経枈ずいう䞋郚構造があり、その䞊に政治や宗教ずいう䞊郚構造が建おられる。䞋があっおの䞊であり、その逆ではない。

    ぀たり「瀟䌚の䞀番の基瀎は経枈である」ず芋なすのがマルクスの立堎です。そうしお生たれたのが「䞋郚構造が䞊郚構造を芏定する[1]」ずいう有名な唯物史芳の定匏です。芏定するっおのは決定するっお意味ですね。䞋郚構造の経枈に倉化が起きれば䞊郚構造の囜や政治が倉わり、人間の歎史が動いおいく。それこそが唯物史芳の考え方です。

    この「䞋郚構造が䞊郚構造を芏定する」ずいう呜題は、専門蚀葉の意味さえ知っおいれば非垞に分かりやすい唯物史芳の説明になりたす。その分かりやすさゆえに、その蚀葉だけがどんどんず広たっおしたい、「なるほど、マルクス唯物史芳ずは、䞋郚構造経枈が、䞊郚構造瀟䌚を芏定するっお考え方なのか」ずしお、「唯物史芳は、経枈がすべおの経枈決定論だ」ず芋なしおしたう人が増えおしたったわけです。

    けれども、最初にも蚀ったようにこれは倧きな誀解です。確かに、䞊の説明だけ芋るず、唯物史芳は経枈決定論のようにも思えたすが、実は違う。

    なるほど、マルクスず゚ンゲルス「歎史の䞀番究極的契機は䞋郚構造経枈である」ず確かに述べたした。しかしこれは「歎史を動かす契機は経枈だけである」ずいうこずを意味しおいたせん。

    圌らが歎史における䞋郚構造ず同じくらいに重芁芖したのは、䞊郚構造の反䜜甚です。぀たり䞋郚構造が䞊郚構造を芏定するように、それを受けた䞊郚構造もたた䞋郚構造を芏定するのです。この反䜜甚性に぀いおはヘヌゲルの匁蚌法[2]の圱響が芋えたす。

    ここで゚ンゲルスの文章を匕甚したす以䞋、匕甚文の匷調はすべお僕によるものです。

    そしおもしこの男[批刀者]が、物質的存圚様匏が第䞀次的動員であるずしおも、そのこずは、芳念的な諞領域が物質的存圚様匏に察しお、反䜜甚を、ただし第二次的な䜜甚を及がすのを排陀するものではないずいうこずを、ただ発芋しおいないずすれば、圌はやっぱり、自分の曞いおいるものの察象を理解できなかったのです。゚ンゲルスからシュミットぞの手玙

    もう䞀぀、ちょっず長いですが、同じく゚ンゲルスの曞いた手玙から匕甚。

    唯物史芳によれば、歎史における究極的に芏定的な契機は珟実の生掻の生産および再生産である、ず。それ以䞊のこずはマルクスも私も䞻匵したこずはありたせん。今もしだれかがこれを歪めお、経枈的な契機が唯䞀の芏定的な契機である、ずするならば、圌はこの呜題を無意味な抜象的な䞍合理な文句にしおしたうのです。 経枈状態は基瀎ではありたすが、䞊郚構造の色々な契機——階玚闘争の政治的諞圢態ず闘争の諞結果——戊闘のあずで勝った階玚によっお制定された憲法、など など——諞法埋圢態、そしおさらにすべおのこれらの珟実の闘争から参加者たちの頭脳に反映したもの、政治や法埋や哲孊の諞理論、宗教的な盎芳ずそれらがさ らに発展しお教条䜓系ずなったも、これらのものもたた歎史的な闘争の経過に圱響を及がしお倚くの堎合に著しく闘争の圢態を芏定したす。すべおのこれらの契 機の盞互䜜甚のなかにおいおこそ、結局は、すべおの無限に倚数の偶然的なものすなわち、それらの盞互の内的な関連が非垞に遠いか、たたは蚌明できないも のなので、われわれがこの関連を存圚しないものずみなし無芖するこずができるような諞物や諞事件のこずですを通じお経枈的な運動が必然的なものずしお貫 培されるのです。もしそうでなければ、ある任意の歎史時代ぞの理論の適甚は、じっさい簡単な䞀次方皋匏の解よりももっず容易でしょう。゚ンゲルスからブ ロッホぞの手玙

    簡単にいえば、歎史の倉化のきっかけずなるのは経枈だけでない。第䞀が経枈であるこずは確かだが、政治、法埋、宗教、哲孊、思想、さらには戊争や䟵略などの䞊郚構造が、䞋郚構造である経枈に圱響を䞎える圢で、それらもたた歎史を動かしおいく。これを螏たえれば唯物史芳が経枈決定論でないず分かるでしょう。

    前掲の文章の他にも䞊郚構造の反䜜甚に぀いお蚀及された文章は倚く、マルクスの代衚䜜『資本論』の第䞉郚でも、唯物史芳における䞊郚構造の反䜜甚が匷調されお解説されおいたす。

    ずいうのはマルクスらは自分たちの唯物史芳をもっずも有名にした『経枈孊批刀』においお、䞊郚構造の反䜜甚の重芁性を匷調しなかったこずを埌悔しおいたようです。

    仲間の若い人々によっお時おり経枈的な偎面にそれに盞圓する以䞊の重みが眮かれるずいうこずは、マルクスも私も䞀郚分は自分に責任があるず思わなければなりた せん。われわれは反察者たちに向かっおは、圌らの吊定する䞻芁原理を匷調しなければならなかったし、たた圓時は、盞互䜜甚に参加する他の諞契機に圓然の暩利を埗させる時間も堎所も機䌚も぀ねにあるわけではなかったのです。゚ンゲルスからブロッホぞの手玙

    このこずから芋おも、唯物史芳が経枈だけに焊点を搟った経枈決定論ではないこずが再確認できたした。よっお唯物史芳の説明ずしお「䞋郚構造が䞊郚構造を芏定する」ずいう説明は蚀葉足らずで、䞍適切なものだず蚀えたす。

    たぁ、このの誀解は䞀番されやすいだけあっおWikipediaにも茉っおるくらいなんで、知っおる人も倚いでしょう。次にゎヌ。

    、「唯物史芳は人間の感情を無芖した歎史芳だ」ずいう誀解

    さお぀目に、唯物史芳に぀いおよく芋かける誀解ずしお、「マルクスは人間の持぀心の動きや宗教の重芁性をたるで理解しおいない。確かに人間にずっお食事や金は倧事だし、実際にそれらの芁玠が歎史を動かしおきた。しかし人間はそれだけではなく、感情があり、神を信じる心がある。マルクスは宗教を吊定し、人間を物質に還元しおしたった」ずいう指摘がありたす。

    これもの誀解で指摘したのず同じく、おおよそ間違った批刀です。人間の感情や宗教心も䞊郚構造である以䞊、反䜜甚ずしお䞋郚構造に圱響を䞎えるこずもあり、歎史を動かす䞀぀の圹割であったこずは間違いありたせん。マルクスも゚ンゲルスも、けしお人間の持぀心的感情や宗教心を吊定しはしなかったのです。

    ただし、マルクスらは人間の持぀感情や宗教心は、䞀人䞀人は個別なものであったずしおも、瀟䌚党䜓の䞭では合成力ずしお働くずいう指摘をしおいたす。これはどういうこずか。

    確かに私たちは䞀人䞀人異なった個性ず感情を持っおいたす。しかし瀟䌚では、個人の持぀感情や欲求は、別の個人の感情や欲求によっお吊定されるずいうこずがよくありたす。ある人が「Aがしたい」ず感じる䞀方で、別の人が「Aなんお絶察にしたくない」ず感じる。結果ずしお人が持぀感情ずいうものが瀟䌚ずいう倧倚数の人間が集たる堎所では平均的に均されおしたう。

    意欲されたこずは、ごくたれにしか起こらない。たいおいの堎合には、意欲された倚数の目的が亀錯したり衝突したり、こうした目的そのものがもずもず実珟できないものであったり、その手段が䞍十分なものであったりする。このようにしお歎史の領域では無数の個々の意思や個々の行為が衝突する結果、無意識の自然を支配しおいるのずたったく類䌌の状態が生たれおくる。行為の目的は意欲されたものであるが、その行為からじっさいに生じおくる結果は意欲されたものでなかったり、あるいは、その結果が、はじめは意欲された目的に察応するように芋えおも、けっきょくのずころ、意欲された結果ずはたったく別のものになったりする。こうしお、歎史䞊のできごずは、倧䜓においお、同じように偶然に支配されおいるように芋えるのである。ずころが、衚面で偶然がほしいたたにふるたっ おいる堎合には、この偶然は぀ねに内的な隠れた諞法則に支配されおいるのである。たいせ぀なのは、ただこうした諞法則を発芋するこずだけである。フォむ゚ルバッハ論

    䟋えば僕がある映画を芳お「この映画は玠晎らしい」ずいっお絶賛したずしたしょう。これも、映画䜜品をみお感動をするずいう、立掟な人間の感情です。しかしだからずいっお僕が「この映画の芖聎を囜民の矩務にしよう」ず䞻匵したずころで、誰も共感しおはくれたせん。䞖間はそういうわがたたを蚱しおはくれたせん。

    芁するに、経枈に関わらない人間感情っおのは他人の共感を生みにくいんですねもちろんたったく生たないわけではないですが。ずはいえ、僕が䜕かしたいずいう欲求をもっおいるこず自䜓は確かです。よっお人間の感情は瀟䌚においお合成力ずしお珟れるのです。合成力ずは瀟䌚の人々の感情を䞀぀にたずめたものです。

    しかし、第二に歎史は次のようにしお進行したす。すなわち、終局の結果は぀ねに倚数の個別意思の葛藀から生じ、そしおその個別意思のおのおのが再び亀錯する 力、力の平行四蟺圢の無限の矀があっお、そこから䞀぀の合成力——歎史的な結果——が生ずるのであっお、それはそれ自身たた、党䜓ずしお無意識的䞔぀無意思的に䜜甚する力の所産ずみなされうるのです。なぜならば、各個の欲するものは他の各個によっお阻止されお、出おくるものはだれも欲しおいなかったものだからです。こうしお、埓来の歎史は䞀぀の自然過皋のように掚移しおいるのであっお、本質的にはたた同じ諞運動法則に埓っおもいるのです。しかし、個々の意思——そのおのおのが䜓質や倖的な究極的には経枈的な事情圌自身の個人的な事情かたたは䞀般的−瀟䌚的な事情によっお匷いられおいるものを欲しおいる ——が自分の欲するものに到達しないで、䞀぀の総平均に、䞀぀の共同の合成力に融合するずいうこず゚ンゲルスからブロッホぞの手玙

    人間感情は合成力の内郚で互いに互いを吊定しあい、結果的に歎史を動かす力を急速に倱っおいきたす。その結果、党おの人間がも぀自然的な欲求、぀たり経枈に察する欲求だけが唯䞀残るずいうわけです。぀たり人間の意思はあっおも結局は経枈的な力が優越するずいうわけです。このこずは私たちも普段の経隓からよく分かるこずじゃないでしょうか。

    しかしだからずいっおマルクスらが人間の感情を無芖したずは蚀えたせん。゚ンゲルスは䞊の文章に続けおこういっおいたす。

    このこずから、個々の意思はれロに等しいずされるべきだ、ず結論しおはなりたせん。反察に、おのおのがその合成力に寄䞎しおいるのであっお、その限りではその合成力のなかに包括されおいるのです。

    人間の感情はやはり合成力ずしお働いおいるのです。時たた人間の感情がある偏向を瀺せば合成力も十分に歎史を動かす芁玠ずなりえたす。゚ンゲルスは䞊の手玙の䞭で北ドむツのブランデンブルクの歎史を䟋にだしお、非経枈的な䌝統や人間感情が歎史を動かすこずもあるず匷調しおいたす。

    たた、人間感情には他人の反察感情の他にも、倧きな制玄がありたす。それは僕らも日垞生掻でよく知っおいる通り、経枈的制玄です。

    われわれはわれわれの歎史を自ら぀くるのですが、それは、第䞀に非垞に限定された諞前提や諞条件のもずでのこずです。これらの条件のなかで経枈的なものが究極的に決定的なものなのです。しかしたた、政治的な条件なども、じ぀にたた人間の頭のなかにうろるいおいる䌝統でさえも、たずえ決定的な圹割ではなくおも䞀圹を挔じるのです。゚ンゲルスからブロッホぞの手玙

    物質、぀たり食べ物や着るもの、お金がなければどれだけ人間の感情が匷くおもどうにもなりたせん。専制君䞻がいくら望んだずころで囜にお金がなければ戊争は始められたせんし、宗教家がいくら祈ったずころで食べ物がなければ人は逓死したす。

    以䞊をたずめるず、唯物史芳の考え方では「人間感情は歎史においお合成力ずしおのみ、たた経枈的制玄を受けながら、䞀぀の圹割を挔じる」ず蚀えるでしょう。

    こうやっおみるず確かに感情軜芖にも思えたすが、実際に歎史を芋るず倧䜓この通りなんじゃないですかね。どうでしょうか。

    、「唯物史芳はすべおの囜に画䞀的な歎史発展を抌し付ける歎史芳だ」ずいう誀解


    マルクスの唯物史芳では、「原始共産制→叀代奎隷制→䞭䞖封建制→近代資本䞻矩→共産䞻矩」ず進むわけですが、䞖界には倚様な囜家、文化があり、このように画䞀的な歎史発展はありえないずいう批刀です。

    これも誀解ですね。マルクスは資本論をはじめずする自らの理論は西ペヌロッパにしか圓おはたらないず断蚀しおいたす。以䞋の匕甚はマルクスが曞いた手玙の䞭でも最も有名な「ザスヌリチぞの手玙」ず呌ばれるものです。

    資本䞻矩的生産の起源を分析しお、私はこう述べおいたす。
    「したがっお、資本䞻矩制床の根底には、生産手段ず生産者の培底的な分離が存圚する  この進化党䜓の基瀎をなしおいるのは、耕䜜者の収奪なのである。この収 奪が培底的な仕方で遂行されたのはただむギリスしかない。  だが、西ペヌロッパの他の囜々はどれも、同じ運動を通過するであろう」。資本論
    ですから、この運動の「歎史的宿呜」は、はっきりず西ペヌロッパ諞囜に限られたす。マルクスからザスヌリチぞの手玙

    ザスヌリチはロシアの女性革呜家です。マルクスはロシアで革呜をするなら、私の理論は必ずしも適甚できないず蚀っおいるわけです。

    たたマルクスは、ロシアの雑誌で自分の歎史芳が「䞖界のすべおの囜民に資本䞻矩を普遍的な発展法則ずしおおし぀ける図匏的な歎史哲孊だ」ず指摘されたこずに察しお、批刀の手玙を曞いおいたす。

    [資本論の]本源的蓄積に関する章は、西ペヌロッパの䞭で、資本䞻矩的な経枈秩序が封建的経枈秩序の胎内から生たれた道筋を跡づけようずしたものであっお、それ以䞊のこずを意図したものではありたせん。䞭略西ペヌロッパにおける資本䞻矩の生成に関する私の歎史スケッチを、すべおの諞囜民に宿呜的に抌し付けられるような、普遍的に進行する歎史哲孊に転化するこずが圌[批刀者]には絶察に必芁なのです。しかし、圌には申し蚳ありたせんが、それはご容赊願いたいものです。それは私には過分の名誉であるず 同時にあたりの恥蟱でもありたす。䞭略こうしたしだいで、驚くほど類䌌した諞事件であっおも、異なる歎史的環境の䞭を通るうちに党く様々な結果をも たらすのです。それらに぀いおそれぞれの進化を別々に研究し、その埌でそれらを比范するなら、その珟象を解明する鍵を人は容易に発芋するこずでしょう。し かし、超時代的だずいうこずがその至高の長所だずいった普遍的な歎史哲孊理論を、党おに通じる䞇胜の合鍵のように䜿ったずしおも、そこに蟿り着くこずは決しおできないでしょう。マルクスから『オヌチェストノェンヌィ゚・ザビスキ』線集郚ぞの手玙

    これほどはっきりずマルクス理論が成立するのは西ペヌロッパだけだず蚀っおいるのに、それを無芖しおロシアでマルクス共産革呜をしようずしたレヌニンらボリシェノィキの悲喜劇は前回の蚘事で玹介した通りです

    、「唯物史芳はマルクスの歎史芳だ」ずいう誀解

    最埌は「唯物史芳はマルクスの歎史芳だ」ずいう誀解に぀いお話したす。これは䜕ずも奇劙な文章です。唯物史芳ずいえばマルクス史芳のこずに決たっおいるじゃないかず思う人もいるでしょ。

    しかし、これは案倖に重芁なポむントです。マルクスず゚ンゲルスが唯物史芳ずいう発想に至った『ドむツ・むデオロギヌ』が執筆されたのが1845~46幎。圓時マルクスはわずか27才。マルクスはその生涯を通じおほずんど働きもせずに、ずっず哲孊ず資本の研究をしおいた人です。唯物史芳ずいう思想自䜓も、その埌の研究によっおどんどんず倉化をしおいったず考えるのは圓然でしょう。

    䟋えば『経枈孊批刀』ず『資本論』における唯物史芳の扱いの差異を芋おみたしょう。『経枈孊批刀』においおは唯物史芳は序蚀で玹介されおいたす。読者にずっ お序文ずは䞀番最初に読む箇所であり、その意味で筆者にずっおも䞀番力をいれるべきずころです。぀たり「経枈孊批刀」を執筆した1859幎の時点でのマルクスにずっお、唯物史芳は読者に真っ先に瀺したい重芁抂念であるこずが䌺えたす。

    しかし、その埌、1867幎に出版された『資本論』においおは序蚀から唯物史芳は取り陀かれおしたいたした。ではマルクスにずっお唯物史芳は以前よりも重芁床が䜎くなっおしたったのか。この『経枈孊批刀』ず『資本論』間での唯物史芳の扱いの違いに関する議論を、プラン倉曎問題ずいいたす。

    ぀たるずころ、ある時点でのマルクスの思想を切り取っお「これがマルクス史芳のすべおだ」ず蚀いきるこずはできない。あなたが想定しおいる唯物史芳は、果たしお本圓にマルクスの唯物史芳なのでしょうか。「垞識を疑え」ずはマルクスの座右の銘です。

    さお、それでは熟幎マルクスの䞭では唯物史芳はどのようなずころに䜍眮づけられおいたのでしょうか。

    結論からいえば、マルクスらは唯物史芳ずいう抂念を、歎史研究の導きの糞であるずしたした。぀たり「唯物史芳ずは歎史研究をする際の仮説であっお、結論ではない」ずいう立堎です。

    ずころで、マルクスのような理論科孊者にずっお䞀番やっおはならないこずは䜕か それは「理論ず珟実が食い違ったずきに、理論を優先するこず」です。これは考えればすぐ分かるこずでしょう。理論を前提条件ずしお珟実を芳察しおは歪んだ芳察結果しか生たれないこずは火を芋るより明らかです。

    しかしマルクス史芳に察しお、このような批刀がよくなされたす。曰く「マルクス史芳は階玚史芳や進歩史芳が前提にあっお、実蚌的な研究を無芖しおいる」。これは正に理論先行の䌌非科孊の姿に他なりたせん。

    実をいうずこのように、唯物史芳を確定された理論ずしお扱い、マルクスらが想定した「唯物史芳を”手匕き”にする歎史研究」ではなく、「唯物史芳を”前提”ずする歎史研究」を始めおしたったマルクス掟の歎史家は、゚ンゲルスの生前から存圚したした。゚ンゲルスはそんなものは歎史を研究しおいないのず同じであり、マルクスの歎史芳ずは䌌お非なる物だず断眪したす。

    唯物論的方法ずいうものは、歎史的研究をするさいに、それが導きの糞ずしおではなく、史実をぐあいよく裁断するためのできあいの型玙ずしお取り扱われるず、その反察物に転化する゚ンゲルスからパりル・゚ルンストぞの手玙

    もう䞀぀匕甚。

    今日では唯物論的歎史芳も、歎史を研究しない口実にそれを利甚しおいるような味方をたくさんもっおいたす。マルクスが䞃十幎代末のフランスの「マルクス䞻矩者たち」に぀いお「私が知っおいるのは、ただ、私はけしおマルクス䞻矩者ではないずいうこずだけだ」ず蚀ったのずたったくそっくりです゚ンゲルスからシュミットぞの手玙

    ゚ンゲルスは「マルクス史芳を勘違いした自称マルクス掟の歎史孊者が唯物史芳を倧仰に叫ぶから、マルクスの唯物史芳そのものが批刀にさらされおいる」ず嘆いおいたした。巷で「マルクス史芳」ず声高に玹介されおいる思想は、実は必ずしもマルクスの著䜜に合臎したものではないのです。

    、たずめ

    以䞊、唯物史芳のよくある誀解に぀いお、簡単に説明をしおきたした。珟圚、批刀されがちなマルクス史芳ずいうものが倚くの誀解に基づいおいるこずが分かったんじゃないでしょうか。

    しかし、ここたでマルクスの唯物史芳が誀解されやすい原因はなんでしょうか。理由の䞀぀にはもちろんマルクスの著䜜、理論の難解さがあげられたすが、゚ンゲルスは、マルクス唯物史芳を誀解する人に足りないにはヘヌゲルの知識だず指摘したす。

    これらの諞君のみなに欠けおいるのは匁蚌法です。圌らはい぀でもただこちらには原因を、あちらには結果を、芋おいるだけです。䞭略ここではなにものも絶察的ではなくおいっさいが盞察的だずいうこず、こういうこずを圌らは芋ようずもしないのであっお、圌らにずっおヘヌゲルは存圚しなかったのです。゚ンゲルスからシュミットぞの手玙

    唯物史芳の本質は「経枈的進歩史芳」ではなく、ヘヌゲルから受け継いだ「匁蚌法的進歩史芳」にありたす。ヘヌゲルは歎史の基瀎を粟神に眮き、マルクスは経枈に眮いたずいう違いはありたすが、唯物史芳をきちんず理解するためにはやはりヘヌゲルのこずを知らなければなりたせん。

    ずはいえヘヌゲル哲孊ずいえば意味䞍明難しいこずで有名です。ヘヌゲルをちゃんず勉匷しようず思ったら、圌ず同じくらい難解なフィヒテ、シェリング、カント、スピノザなど哲孊の海に朜っおいかなければなりたせん。これは倧倉すぎる。

    たた今回はあたり詳しく調べたせんでしたが、マルクス史芳の誀解の裏にはやはり゜ノィ゚トの圱響力が匷いず思いたす。レヌニン、スタヌリンをはじめずした歎代゜ノィ゚ト䞻導者は、コミンテルンを通じお、誀ったマルクス史芳を䞖の䞭に広めおしたった。

    しかし、以䞊のこずから「真のマルクス唯物史芳は珟代でも生きおいる」ず蚀うのはやはり無理があるず思いたす。実際、マルクス史芳でもっずも肝心芁の共産革呜は西ペヌロッパでは起きおないわけですしね。

    やっぱり、ある狭い地域の䞭だけでも、歎史を貫く法則を芋぀け出すのは䞍可胜に近い難行でしょう。その意味でマルクス唯物史芳は、科孊に䞍可胜はないずする科孊信仰の匷かった時代の遺物なのかもしれたせん。

    ただ、だからずいっおマルクスのこずをよく知らないたたマルクス史芳を批刀するのは、マルクス教の信者ず䜕ら倉わらない非科孊的行為です。無知による批刀は、無知による信仰の裏返し。「あい぀の思想はマルクス史芳だ」などずレッテル匵りをするのはよくないです。正しい批刀は正しい知識から。

    あなたにお願いしたいのは、この理論を間接にではなく原兞によっお研究するずいうこずです。フリヌドリッヒ・゚ンゲルス

    読了ありがずうございたした。


    [1]この「䞋郚構造が䞊郚構造を芏定する」ずいう蚀葉は、マルクスの著䜜『経枈孊批刀』の序蚀にでおきたす。この『経枈孊批刀』の序蚀は、唯物史芳の定匏ずしお知られ、短い文章で唯物史芳の抂芳が理解できるので、唯物史芳の参考文献の䞭では第䞀にあげられる著䜜です。

    しかし本文䞭でも述べたしたが、唯物史芳ずいう思想は、垞に䞀぀の匏の䞭に圓おはたるほど硬盎した思想ではありたせん。冒頭にあげた『ドむツ・むデオロギヌ』やマルクスの代衚曞である『資本論』では、『経枈孊批刀』ずは異なった唯物史芳の定匏が珟れおいたす。䟋えば『ドむツ・むデオロギヌ』では亀通圢態ずいう『経枈孊批刀』には芋られない甚語が甚いられおいたす。

    芁するに『経枈孊批刀』は唯物史芳の絶察的指南曞ではないんですね。゚ンゲルスはマルクスの唯物史芳を孊ぶにあたっおは、マルクスが1852幎にペヌロッパ革呜の顛末に぀いお曞いた『ルむ・ボナパルトのブリュメヌル日』の名前を出しおいたす。その本ではペヌロッパ1848幎革呜ずいう具䜓䟋を通じお、実䟋に基づいた唯物論的歎史展開が玹介されおいたす。

    [2]マルクスの唯物史芳は、ドむツの哲孊者ヘヌゲルの圱響を匷く受けおいたす。前回の蚘事でも曞きたしたが、唯物史芳ずはヘヌゲルの匁蚌法を唯物論的に逆立ちさせた唯物匁蚌法の考え方を応甚しおいたす。

    匁蚌法ずは「ある物Aがあったずしお、そのAの本質から生たれながらもAず矛盟した存圚であるB。そしおAずBが互いに互いを吊定し合っお、止揚アりフヘヌベンする。そしおその結果、党く新しいCずいう物が生たれる」ずいう考え方です。

    難解で知られるヘヌゲル哲孊の抂念だけあっおややこしいですが、䞁寧にこれをみおいけば䞊で説明した唯物史芳の考え方そのたたであるこずがわかるはずです。

    瀟䌚の䞀番の基瀎である経枈物A。そしおそこから生たれながらも経枈ず矛盟した存圚である政治、法、宗教などの䞊郚構造物B。それらがお互いに䜜甚しあっお、瀟䌚が倉化しおいく物C。

    これが理解できれば、マルクスの唯物史芳がヘヌゲルの流掟にあるこずが分かるはずです。もちろんヘヌゲル匁蚌法は実際にはこんな単玔なものではないので、より詳しく知るためにはヘヌゲルの著䜜を研究する必芁がありたす。

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    maru

     
     

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