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オタクが水漏れ事故を起こして民事調停をして途中で手術して引っ越した顛末(まとめ番)

    コロナ禍が部屋に水を溢れさせた


    何もかもがコロナのせいだったと言っていい。

    私は当時無職だった。
    仕事を失って失業保険中だったのだ。

    貧乏だったが、失業保険がある上にコロナで表を出歩くことが非推奨とされていたので、仕事を探す気が失せまくり、安心して室内にいたのである。
    ところで私はADHDである。
    きちんと診断を受けている。
    ADHDは漫画が好きである(※主観)。
    私が子供のころは学校で発達障害対応などなく。私は授業中立ち歩く衝動を抑えるために大変な苦労をしていた。
    救いは漫画と小説である。
    こっそり机に隠して読む(多分ばれてるが)読むことで授業中の立ち歩きを防ぐのである。
    そうしなければ私は。授業中にさまよい歩き、山奥できのこを見つけて食って踊っていたかもしれない。
    漫画は素晴らしい。
    昨今は電子書籍もある。
    コロナ禍のこの時期、漫画は室内でできる娯楽を提供するべき、というようなことで、無料セールが行われていた。
    もともとの漫画好き。しかも無職で時間がある。
    読むしかないではないか。
    そこで運命の出会いを果たしたのである。
    とある長編青年漫画である。
    私は二次創作同人誌(小説)を出すレベルのオタクである。
    それらで使われた用語がある。
    『沼』である。
    私ははまり込んだのだ。
    『沼』に。
    原作を買い。アニメを見て、さらに二次創作をあさって読み始めた。
    そう、私は沼にはまり、そこに生えたキノコを食い漁り始めたのである。

    そして、その時は来た。

    『ネタ』が浮かんだのである。
    現在はネットに二次創作を投稿できるところが色々ある。
    他の人が生やしたきのこをたくさん美味しくいただいた。
    そう、今こそ踊ってきのこをはやすときである。
    私は完全にゾーンに入った。
    PCも使わず、寝転がったままスマホで長文を打ち込んでいた。
    そしてふと目の端にゆらめきを感じた。
    私はスマホを持つ手を止めた。床を見た。
    何故か水びたしになっていた。
    立ち上がる。やっぱり水びたしだった。
    幻かな?
    そう思った。
    ここは公営団地の上層階で、部屋は二つある。キッチンが廊下側にある作りで、そのキッチンが、全て水浸しになっており、さらには寝室の方に迫っていた。
    もちろん水浸しの原因を探った。
    キッチンの水道は止まっている。
    でも、トイレの前の洗面台の水道が出しっぱなしになっていた。
    その下にはバケツがあった。
    それが原因だった。

    水道が漏れた原因


    私は布マスク派である。
    何を言っているかわからないかもしれないが、つまり私は布マスクを愛好している。
    コロナ前からである。
    そもそもひどい花粉症だった私は、以前から肌あたりの面から布マスクを愛用していたのだ。(コロナが流行ってからはフィルターやティッシュをかませていた)
    最初に全ての原因はコロナだったと言ったが、それだと花粉症のせいではと思われるかもしれないが、そのころは初冬、花粉は飛んでいなかったので、マスクをつけ置き洗いしていたのはコロナのせいだと言えるだろう。
    手桶の中にマスクを入れて、蛇口の下に置いてつけ置きあらいのために水を出していた。
    手桶の下に洗いかけの雑巾かなんかが挟まっていた。
    それが完全に栓となっていた。

    そして蛇口を開けたままゾーンに入って一時間くらいたっていたと思われる。

    オタク用語の『沼』
    沼にハマって文章を書いていたら、部屋が沼になった。
    うまいこと言っている場合ではない。
    まずは蛇口を止めたと思う。
    濡れたキッチンの床を踏みしめ。トイレのドアを開けた。
    …沼だ。
    トイレは沼になっていた。
    私は栓となっていた手桶と、トイレにおいてあったちりとり、二刀流で、トイレの床に溜まった水を救っては便器の中に入れると言う作業を始めた。
    道具はまさに人を窮地に陥れもするが、救いもするのである。
    まぁこの場合ほとんど救われなかったが。
    非常ベルが鳴り始めたのが聞こえた。
    自分の部屋ではなく階下の部屋でである。
    「……マジか」
    階下の非常ベルとともに最悪の予想が脳に届く前に扉をたたく音が響いた。

    「オラお前水漏れてんど!!」

    私は出なかった。怖かったのだ。
    声は男性だった。室内では私一人しかいない。一応性別は女性である。

    出るよりもトイレのプールを先に空にした方がいいと言う言い訳も浮かんだ。
    「今水をすくっているのでー」
    聞こえてたかわからないが怒鳴り返して作業を続けるとしばらくして怒鳴り声とドアを叩く音はなくなった。
    大方トイレの床の水がなくなり、いらない紙をトイレの床に敷いていると、またチャイムが鳴った。
    「あの、団地センターのものですが、水が漏れていると通報がありまして」
    ドアを開ける。作業服の男性が立っていた。マスクをしている。
    作業服の男性は、うむを言わせず入って来ると、蛇口を確認し、湿った床に大きい生理パッドみたいなものを置いた。
    「下の部屋、天井から部屋全体に漏れてます、確認に行ってもらえますか?」
    「はぁ…………」
    「御同行しますので」
    下の部屋に言った。
    部屋の前にはビビッドカラーの傘がぶら下がっていた。
    「さきほどチャイムが鳴りっぱなしになって電源を切ったのでノックをしてください」
    「はい」
    部屋は私の部屋よりは片付いていた。
    同じ間取り。
    部屋の全体が、念入りに養生され、照明の下におかれたバケツに水がぽとぽと落ちていた。天井には照明のラインにそって水の跡ができ、時々水が垂れていた。
    その部屋のトイレに近い天袋の方が全体に湿っているのが見てとれた。
    「申し訳ありません」
    頭を下げた。心を込めて言ったつもりだが、正直よくわからない。


    「あんたどうしてくれんねんや」
    住人は、当たり前であるが、非常に怒っていた。
    「わしも洗濯機の栓抜けたことあるからわかるんや、100万かかんど」
    「はあ、申し訳ありません、弁償しますので」
    「なんぼ出してくれるんや」
    「まだ水が落ちているので、詳しいところは乾いてからじゃないと」
    すると階下の住人はニっと笑った。
    後から考えると、悪代官に小判を渡された越後屋と取り引きをしている同心に小金で使われている岡っ引きの手下が何かネタを見つけた時の微笑みだなと思う。人は本当に、ドラマのようなそぶりをするのだな、とその時呑気に私は考えたような気がする。
    多分私も現実を正しく認識していなかったのだろう。
    部屋を出ると、見たことのない年配の女性が、ふらっと歩いてきて挨拶をして去っていった。


    家族との情報共有について


    実家の母に報告した。
    母は意外にもこの話を聞いて怒らなかった。意外にもと言うのは母は風邪を引くと何やってんねんアホやなと怒るタイプであり、怒られることを覚悟していたが怒らなかった。それがガチの重大事だったからか、歳をとって丸くなったのかは謎である。
    父は怒っていたのかもしれないが、どもりながら怒るタイプなので昔からあんまり怖くない。
    「そ、そらぁ、結構とられるで、水道わなぁ、結構えらいことになんで」
    父はインフラ関係の仕事をしていたので、プロではあるはずなのだが、現場を見てない上に、過去のことだし、近年一度倒れて言語不明瞭になっているし、いまいち言うことが要領を得ない。母に代わった。
    「大家さんとかは間に入ってくれへんのか?」
    「団地は大家さんとかおらんやろ。最初に本人同士で話してくれ言われたわ、一切団地は関わらんやて。前のところでは強制的に火災保険に入らされたけど、ここはそういうのないみたいやわ」
    「なんでやのん、もう、自治会とかないの?」
    「知らん、あんのかもしれんけど出たことない」
    「お父さんがとにかく見積もり出してもらえって言ってる」
    「うん、部屋乾いてから土曜日に話することになった」
    「お姉ちゃんにきてもらえば?」
    姉は近くに住んでいた。知らせてなかった。私の部屋はちょっと濡れただけもう乾いたので、手伝ってもらうほどのこともなかったのと、あまり仲がよくなかったせいである。
    しかし、母が生むを言わずに姉に電話をし、姉も事態が予想よりも大事だったせいか、姉もあまり文句は言わずに土曜日の朝に下の階の住人の元へ同行すると承知した。
    その判断はおそらく間違っていた。
    「なんじゃお前我ぇ」
    ついてきた姉を見た階下住人は激昂した。
    「ナニモンじゃ我、お前どこのもんじゃ、俺もそしたら呼んでくんぞああ?」
    後で弁護士に聞いたら、この「呼んでくる」のところにヤクザが入れば一発恫喝で訴えられるということだ。しかし言わなかった。
    姉は帰った。
    それから二人で近くの喫茶店に行った。
    「それでなんぼ出すねん」
    「見積もりを出していただいたら、その分の弁償はいたします」
    「なんでわしが見積もりなんぞださんないかんのじゃ」
    だいたい、そんな感じで1時間くらい話をした。
    階下住人は決して見積もりを出すとは言わずに、いくら出すのか執拗に聞いてくる。
    とりあえず、電気が止まって床が濡れ、しばらく部屋が使用不能であることは確かなので、ホテル代として、一時金を渡すことに決した。
    母に言われた姉が勝手にお金を入れる封筒を買ってきたが、それだけは助かった。が

    「なんなん、あの人、困るねんんけど、私会社どこや言われた、困るねんけど、あんたあやまり方悪かったんちゃう?漏らしたらすぐに相手の家行って床を拭いたりした方がよかったんちゃう?」
     生きてて他人から面罵されることなんてなかなかないから、仕方がないのかもしれないが、なんで水漏れ当事者の私より、姉の方が脅しが効いているのだろう。
    立ち会ってもらわなければよかった。


    弁護士への相談、民事調停へ




    法テラスというものが利用できないか調べたが、あれは色々利用に条件があるらしい。
    そういうわけで30分5000円の弁護士の相談に言った。

    対応したのは若い男の弁護士で資料を用意していったので、スムーズにいったのだが結果としては、あまり前の状態と変わらなかった。
    とりあえず、一度も顔を出したことがなくても自治会のツテを探すことと、もう一度無料で30分相談に乗ってくれることと、請け負うなら10万円ぐらいからということだけ。
    真面目に探すと、自治会室があったので行ってみたらちゃんと相談に乗ってくれた。
    「そうやねん、ここは、大家さんは間に入ってくれへんねんよな。前も水漏れあったときは下の下の階まで漏れて……」
    大抵有益な話が聞けた。
    水漏れは時々起こっているが、やはりみんな保険に入っていなかったらしい。
    そしてやっぱり間には入ってくれない。
    「ところで自治会長さんっているんですか?」
    「自治会長さんはいるけど、コロナで偉いことになった身内がいはって、全然外に出はらへんから無理やわ」
    外に出ない自治会長?
    相談しているうちに、別の年配の女性が入ってきた。
    その顔に覚えがあった。水漏れ騒ぎの時に、あたりをウロウロしていた人だ。なんだ自治会、作用してるんじゃないかすげぇ。

    そのあと、再び階下住人が来た。

    「部屋見てくれるか?」
    「はぁ」
    部屋が乾いてからじゃないと被害は算出できないと言う話をしていたので、乾いたので見てくれと言うことだろう。
    一人で相手の部屋を訪れることに迷ったが、相手は私よりは小柄である。家族にメールを入れ、部屋に入った。絨毯以外は部屋は乾いていた。
    「お部屋の様子を撮らせてもらいますね」
    と、スマホを向けた。
    しかし、一番長くおさまったものは部屋でなく階下住人の姿であった。
    「全部修理してもろたら百万かかんねん、しかし気の毒やから、半額の五十万ですまそうっちゅうねん」
    「その見積もりを出していただいたら、お支払いしますので」
    「見積もり出したら、全部修理してくれんのか?」
    「見積を出していただいたら」
    「なんでわしがそんなめんどくさいことたのまんなならんねん」
    だいたいそのようなことを繰り返し46分ほどになった。

    帰ってから自治会長に電話をしてみた。
    「申し訳ありませんが、立ち会いはできません。しかし、相手の言い値を出すこともないと思います」
    言うことは色々納得できることであり、これなら外に出なくても自治会長を続投することになるかもしれない。

    もう一度無料で相談を引き受けるという弁護士に相談をしてみるか?と思ったが、名刺をどこへやったのか忘れてしまった。
    若い頃はこういうことが起こるたびにひどく落ち込んだものだが、世に発達障害というものが知られるようになってよかったことは大事な名刺をなくしても落ち込まなくていい思えるようになったことである。
    とはいえ、困り切ってネットを見ていると、自治体の生活無料相談のページに、本日キャンセルで空きありとの記述が飛び込んで来た。
    役所でも養生板に囲まれて弁護士と相対した。
    対応してくれたのは日焼けした年配の弁護士だった。
    弁護士会に出した資料に先日の一件を書き加えた資料を見てもらう。
    「つまり、その階下の住人さんというのが、できるだけたくさんお金とったろか、という態度なわけやね」
    「そうなんです」
    「見積もりは出してこえへんねんな?」
    「はい」
    「ほんなら逃げんのが一番やで、実家かえんのが一番やわ、危ないで」
    「逃げる?」
    「そらそうや、何するかわからんやろ?」
    「でも、私より小柄な方ですし」
    「ご家族は見かけへん?」
    「はい」
    「そんな人の方が危ないねん、失うものないって言う感じやし」
    「でもすぐに引っ越すのも大変ですし」
    「とりあえず、下の人が次直接きたら、すぐ警察呼んでええで、ほんでな、これから民事調停で人を介して話すって言ったらええねん」
    「民事調停?」
    「そや、人が間に入る公のシステムはあんねん」
    「……お金かかります?」
    「係争中の費用の何%かになるな、費用がわからんかったら六千五百円からや」
    「裁判とは違うんですね?」
    「裁判とは違う、話し合いに人が入るだけや、まぁこれで決裂したら裁判になることもあるけど、あ、その、弁護士会の弁護士に相談してみるのも手ぇやけどな、値段聞いたら結構格安やから、弁護士一人何日か仕事で拘束すんねんから、そらかかるて」
    目の前が開く思いだった。


    民事調停という手段を教えられ、安心したところしばらく階下住人が何も言ってこないまま年末が近づき、ひょっとしたらもう、ひょっとしたらこのまま風化するのではと思ったがそんなことはなかった。

    2020年の大河ドラマの天皇役の歌舞伎役者を見ていたら突然激しくチャイムが鳴った。
    続けてどんどんとドアが叩かれる。

    「出てこいや我ぇ」

    私は弁護士の助言に従った。
    「申し訳ありませんが、民事調停を申し立てていますので、今後は裁判所で人を介してお話をさせていただきます」
    「なんじゃそれふざけんとんかっ!!」
    私はドンドン鳴るドアの前に立って、相手に聞こえるように110番した。
    20分ほどして、男性と女性の警官が連れ立ってやって来た。
    事情を説明したが、本来こちらが加害者側であることを飲み込んでもらうのに、少し時間を要した。
    「これからもこういうことがあれば警察を呼んでくれてかまいませんが、できるだけ早く民事調停を申し立てて下さい」
    「はい」
    そうするつもりであったが、年末には裁判所が閉じたため、調停の申し立ては2021年になった

    そこからは詳しい話はかけない。

    民事調停は部外秘だからだ。
    一応双方裁判所に出向き、会わないように人を介して話す、そういうシステムである。
    一回目に赴いた。
    しかし、調停のあと、結局引っ越すしかないと私は思い至った。
    同じ団地に住んでいた友人に電話して愚痴っていると有益なことを教えてもらった。
    「あそこの団地、事務所に行ったら他の団地の部屋とか紹介してくれるで」
    「え、まじ」
    さっそく事務所に行った。
    部屋を見せてもらった。
    「こことか、今なら安く引っ越せますよ」
    「そうですかぁ、でもここベランダですよねぇ」
    「そうですねぇ、今はそういう、室内干しが前提みたいな部屋とかないですねぇ」


    母に相談、発病、入院へ


    母に電話をしたら、引っ越すことには同意したが、強硬に実家に帰ることを要求してきた。
    「ていうか洗濯物干すとこが屋外なのがいやなんやけど、花粉つくし」
    「2階で部屋干ししたら?」
    「……ところでお腹めっちゃ痛いねんけど、ストレスかな?ストレスの腹痛で病院行っていいと思う?」
    「なんやのあんた?はよ病院行きや。閉まるで」
    内科に行った。少し歩くだけでも辛かった。
    腹をあちこち押して医師は言った。
    「場所は盲腸ではないですよねぇ」
    「最近すごくストレスに感じることがあったんで、そのせいかもしれません。前尿路結石になったことあるんですけど、それほどではないんです」
    以前、尿路結石を患った時は、病院の廊下に転がって泣き喚くほど痛かったが、今回はそれほどではなかった。
    「熱も出てないですし、吐き気とかはないんですね。とりあえずはじゃぁ痛み止めを出しますので、できるだけ安静に」
    「わかりました」
    家には帰れたが、寝る以外のことができなかった。
    寝転がって60話くらいあるアニメを全部見た。

    そしたら微熱が出ていたので、病院に行った。
    「熱が出たということは、検査してもらった方がいいですね、どこ行きます?」
    大きな病院を紹介され、ふらふらしながら行くと、レントゲンのあと、看護師が駆け込んできた。

    「先生から、腎臓の出口に石が詰まって腎臓が腫れてるので、入院してくださいって」

    結局石か。

    尿路結石は尿路に石がつまる。
    腎臓結石の場合は、腎臓の出口にでかい石が詰まって起こる。つまり今回の石はでかくなりすぎたために、尿路に行けなかったらしい。おかげで床の上で転げ回るほどの痛みではなかったらしい。
    が、別の問題がある。
    「手術しないと取れませんね。うちは内視鏡手術ですがやりますか?」
    「お願いします」
    「石がでかくて一回で取れないから2回手術することになるよ」
    「入院期間は?」
    「長くて2週間、早くて1週間だね」
    それは困った。
    調停に出れない可能性がある。
    次の調停までに引っ越しもできない。
    医師は、説明のために図を書いてくれたが、しゃべりながらにもかかわらず左右完全に同じ大きさとカーブの腎臓を描いていて、さすが、外科医は絵がうまいと感心した。
    でも字は全く読めない。
    「二度目は4月の始めになるね」
    私は考えた。
    入院のせいで次回の調停までに引っ越す案は頓挫したが、民事調停に出席できないのっぴきならない理由があれば、調停はさらに一ヶ月のびるとか言っていなかったか?
    入院ならば、のっぴきならない理由と言えるだろう。

    民事調停が3月初め、それから三日間腹痛にくるしみ、結石が発覚したのち入院し、手術するまで1週間かかり、さらに術後の1週間近く入院したので、一回目の手術を終え、退院した時には三月後半になっていた。

    毎日少ししか寝れなかった。自分にもそんな繊細な神経があったのかと思ったが、家に帰るとぐうぐう寝れた。どうやらストレスは関係なくて寝床の固さが原因だったらしい。



    次の手術までの2週間足らず、体の中に管が入ったままなのであまり大胆な行動が取れない。
    よろよろとエヴァンゲリオンのラスト映像を見に行ったりなどしたあと、心の準備を整えて電話をかけた。
    裁判所にである。
    「入院するので、調停の期日をずらしてほしいんですけど」
    できれば一ヶ月ぐらい、とは、声には出して言わなかった。
    しばらくして折り返して来た。
    「病院に電話できる場所はありますか?」
    「ええ、面会室みたいなものがあって、今はコロナなので人はほとんどいませんけど、電話はできます」
    「では民事調停の時間にこちらから電話をしますんで」
    「はい、次回は契約上の諸々の確認だけですので。結審するというわけではないので」
    「は、はぁ」
    次の調停までに引っ越すという野望は叶えられなかったが、どうせ、その日に結審しないのならそれでいいのかもしれない。
    2回目の手術は、手術前日に入院し、術後一週間安静だったので、一週間とちょっとで済んだ。やっぱりベッドは固くて寝られなかった。

    民事調停当日の3日ほど前に退院できたので、出席してもいいと伝えたが、電話でいいと言われた。
    いつもの汚い部屋で裁判所の電話を受けているとこんなことがあるんやなぁと思った。
    終わったあと、団地の事務所にもう一回行ってみた。
    そこで聞いた意外なことは、部屋自体の修理代など引っ越しでもしないとわからないということだった。
    「そうですよ、退去の時に立ち会ってもらうか退去後に、『あそこやここを修理して下さい』といった話が出るくらいです。団地やから他と違うとかそういうことはありません」
    つまり見るからに壁がかびているとかそういうことなら見積もりが出せるかもしれないが、そうでなければ、実際物損でしか、見積もりは出せないということだ。
    もう一個念のために聞いてみることにした。
    「ところで、今引っ越せる部屋見せてくれませんか?」
    カタログを出してくれた。希望条件のあった部屋を示してくれる。
    何度も聞くものである。以前はなかった引っ越し可能部屋が出現していた。
    「……これ、洗濯物、干す場所ベランダじゃないですよね」
    「そうです。ここはベランダないんです、だから不人気なんで家賃も安くなってるんですけど…」
    「ええです。外に干さなくていい部屋探しとったんです」

    その後、調停日に汚い己の部屋で鎮座していると、予定時間をややすぎて電話が来た。
    民事調停は部外秘なので詳しくは書けないが、とにかく、事務的な手続きを確認するという感じだった。
    「次の民事調停の日付は五月の後半ですね」 一ヶ月以上先だった。
    引っ越すことにした。

    実家に帰らないことを母親に連絡すると猛反対にあった。
    仕方なく、私は猛烈に実家に帰りたくなかった理由を言った。
    「私、なんで実家に帰りたくなかったか思い出したんやけど」
    「はぁ」
    「実家出るときに市役所いったら小中同級生やった男子がおってん」
    「そうなん?」
    「そいつ、知的障害の男子の同級生に下半身露出させてこっちにけしかけてきて、笑ってみとってん」
    「・・・」
    「二度とあいつの顔、見たないねん」

    引っ越しへ


    ところで私はADHDである。
    ADHDと引っ越し、最悪の相性である。
    しかもコロナなどで手伝いなどは見込めない。
    引っ越しを申し込み段ボールを渡され、2週間、私としてはものすごく頑張ったが、引っ越す当日になっても段ボールに物は詰め切らなかった。
    荷物が片付かないうちに引っ越し業者がくる朝が近づいてくると疲労と夜明けの光のマッチングのせいか、なんとなく『新しい朝が来た』とか『アイワズニューボーン』みたいな気分になった。
    その後、三度ほど往復して、大きなキャリーに、荷物をいっぱいに入れて、電車を乗り換えて旧居と新居を往復した。
    世の中の人はこれをものすごく離れた地域でやって一発で移動しているのか。
    なんとすごいのだろう。

    3回目の民事調停が迫る前に、以前団地に住んでいた友人に電話をした。
    「もう民事調停は出えへんでもええらしい」
    「ええの?捕まったりせえへんの?」
    「刑事訴訟じゃないから。不成立って言うねんて。それでも訴えたかったらできるけど、弁護士に頼まんなあかんからお金かかる」
    「そうなんや」
    「そうやで……でも私が水漏らしたんやし、それで調停申し立ててぶっちとか、なんかあたしが悪みたいな気いすんな」
    「あのさぁ、思ったんやけど」
    「何?」
    「部屋交換したらよかったんちゃう?実際ほんまに住まれへんレベルで壊れてるんやったら、その分のリスク漏らした人が引き受けることになるやん、公平やろ」
    「……ほんまやな」

    私は、結局最後の調停には出た。私の肝はばっくれるほど座ってなかった。
    「引っ越したんです」
    ほぼそれは魔法の呪文のように作用した。
    「え?」
    「だから、部屋使われへんねんやったら私の抜けた部屋にはいらはったらええと思います。その場合の人足代を出します」
    それで結審した。
    色々とサインをした後、言われた。
    「あと、本来、お宅に、書類を送るんですが、その場合、新居の住所が、裁判所の書類に残ってしまいます。
    その書類は当事者ですので、階下の方も見ようと思うと見ることができます。
    ですが、前の住所のままにしておき、裁判所に取りに来られると、住所が残ることはありません」

    真名を知られると魔法をかけられる。

    呪術ってなんかこういう理屈なのかもなって。

    「わかりました。取りに来ます」
    私は言った。

    一ヶ月後、階下の住人の口座に、お金を振り込んだ。携帯の振り込みボタンを押しながら、水漏れしたときもこのスマホで小説を書いていたのだなと思った。
    ところで、引っ越したあと、しばらくして、新しい団地の事務所に行くと、保険を勧められた。
    「なんだか水漏れ事故を起こした人がおって、その人が入ってなくてえらい揉めたらしいんです」
    と事務所の人が勧めてきたので、さっそく入ることにした。

    私は保険の書類のハンコを押した。できるだけ水漏れ事故を起こさないぞと祈りながら。


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