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「真夜中の訪問者〜ブロンド娘との出会いとその正体」

     今回紹介するのは、嘘っぽい話に思えますが、本当のお話です。
     時は私が高校2年の秋の事で、今から45年ほど前の事でした。
     修学旅行で東京の上野公園へ行った時の事ですが、今から思うと、このブロンドとの出会いがなかったら、殆ど詰まらない修学旅行でした。
     当時の東京とて、何ら珍しいものはなく、東京タワーと銀座の毳々しいビル群と後楽園球場くらいが目についた程で・・名を馳せた有名アイドルとても化粧が濃いだけで、田舎のケバい水商売系と何ら変りない。
     人が多いだけで無機質な繁華街に辟易としたもんです。全く世間知らずの生意気な餓鬼だったんです。
     ・・・・・

    ”フェーズ1”〜ブロンド娘との遭遇と金縛り?

     そんな中、唯一印象に残っているのが、パンダで有名だった東京台東区の上野公園で出会ったブロンド娘でした。
     私がトイレに入ってた時、トイレの窓の外を眺めてたら、偶然にもその女性と目が会った。
     薄いピンク色の艶やかなロングドレスを纏い、非常に美しい魅惑的なブロンド女性でした。歳は20前後でしょうか、いやそれよりも若かったでしょうか。とにかく、透く様な美しさでした。外人にしては非常に柔らかく優しい顔立ちで、ほんの少しポッチャリ系な故か、私のタイプでした。
     向うの方から(多分)ニコッと笑ってきたので、少し照れ臭くなった程でした。丁度、すぐ目の前のベンチの所に立ってたので、用を足すと、急いでそのベンチの方へ向かったんですが・・不思議な事に彼女はいません。
     近くを何度も探したんですが・・やっぱりいない。近くの人に、”ブロンドの若い女性を見かけませんでしたか”と尋ねても、皆知らないと言う。あれだけ美しいブロンド娘だから、もし見かけたとしたら強烈な印象に残る筈です。
     1時間ほど、近くを探し回りましたが、結局見つからず、変だな〜と考え込んでると、集合の時間を大きく過ぎてしまい、担任の先生からは結構絞られた。
     それ以来、そのブロンド娘の事が頭から離れません。まるで”小さな恋のメロディー”のヒロイン役で登場するトレーシー•ハイドを、少し大人にした様な女性で、あのブロンドヘアの煌きが、ずっと私の心から離れない。
     それ以来授業中も、そのブロンド娘の事ばかりで、お陰で成績もガクンと落ちました。
     ・・・・・
     冬になり、勉学に身を入れる様になると、ブロンド娘の事はすっかりと忘れてしまったんですが。ある日、真夜中に窓を締め忘れて寝てると、金縛りという訳ではないんですが、場の空気が変わるのがハッキリと感じ取れ、元々霊感の強い私ですが、こういった経験は初めてでした。
     丁度、下腹部あたりが重くなり、誰がが自分の上に馬乗りになっている。幽霊だったらどうしようと思うと、もう怖くて恐ろしくて目を開けられない。しかし、金縛りの場合は身動きは取れないのですが、不思議と身体も頭も自由に動く。因みに、子供の頃は怖い夢なら腐る程に見てきたが、こんな経験は初めてでした。
     明かりを消してたので、ハッキリと視認は出来なかったんですが、恐る恐る目を開けると、ブロンドの女らしき亡霊?が佇んでいた。
     しかし、彼女はすぐに去っていった。僅かに5分〜10分程だったか。時刻は2時半を過ぎてた位でしたから・・40年以上経った今でもはっきりと手に取る様に覚えている。

    ブロンド娘との二度目の再会
     それ以来、今度はこのブロンド女の亡霊?の事が頭を離れなくなる。その時は、その女が上野公園で出会ったブロンド娘だったとは、全く気付かなかった。
     しかしその後、そのブロンド女が夜中に現れる事はなくなった。ただの夢か?妄想か?という事で、一件落着かと思ったが、2週間程経ってから、再び同じ時刻に、その女が現れた。今でもその時の興奮と欲情はこの記事を書いてて、薄れる事はない。
     流石に、今度は冷静に自分の気持ちを抑え、目を開けて彼女の顔を見た。この夜は偶然にも明かりを付けたままだったので、ハッキリと顔が確認出来た。でも、この時は不思議と怖くありません。でも、凄く美人でした。
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     ブラウスだけを羽織ったブロンド娘は、確かに上野公園で出会った女の様に見えた。久しぶりの再会に興奮は抑えられず、その時は女が亡霊なのか?夢なのか?幻想なのか?誰なのか?どうでもよかった。無我夢中とはこの事を言うのだろう。
     私は我を忘れ、彼女を犯した。ブラウスを剥がし、娘を下にして体勢を入れ替え、狂った様に、ふくよかで豊満なる乳房を揉み砕く。
     乳首は薄いピンク色で、今でもハッキリと覚えている。まるで蒸したての肉まんみたいで、フワフワの乳房でした。今でも、その感触が両手に残ってるみたいで・・これこそが私にとっての”初体験”の様なものでした。 
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     時間にして30分程だったが、流石に疲れて寝込んでしまう。体力が回復するとすぐに目が覚めたが、ブロンド娘の膣の中に挿入して射精した筈が、自分のペニスにその”感触”がまるでない。
     夢であれば”無精”という形でベットリと証拠が残るが、彼女がもし幽霊であればその”感覚”はない筈だ。でも、行為に及んだ時の彼女の身体の重さも質感も柔らかさも・・しっかりと感じた自分がいました。
     暫く放蕩感に酔い続けた後に窓をよく見ると、少し空いている。2週間前も確かに窓を少し開けていた筈です。それに、ブロンド娘が現れた時刻も(前回と同じ)夜中の2時程だった。
     因みに、この時間帯は亡霊が一番出没し易いとされるが、単なる偶然だったのだろうか。

    ブロンド娘の正体とは?
     やはり幽霊か?単なる夢か?いや、幻想か妄想か・・本物のブロンド女が実際に自宅に入ってくる筈もないし、仮に窓を開けて入るなら締めて帰るだろう。それに、真夜中にブラウス一つの半裸状態でふらつく女がどこにいる?それもこんな田舎にだ。
     しかし、幽霊にしては”重さ”はあったし、裸体の質感も十分だった。乳房を揉み砕いた掌の感触もしっかりと残っている。でも、幽霊って蛍光灯が明々と点いた所に出没するのか?全くそんな筈はないだろう。 
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     それ以降、再び頭の中は彼女の事で一杯になる。明かりを点けても、入ってくる程の大胆でセクシーな重さのあるブロンド娘の幽霊?なんて初めての経験だったし、流石に霊感の強い私も戸惑い過ぎて、途方に暮れた程である。
     後に、実際に幽霊に犯された女性を主人公にしたドキュメント映画「エンティティー(1982)」を見たが、そういう事って実際に起こり得るのだろう。特に、アメリカの幽霊はパワフルでエネルギッシュなせいか、実際に人を犯すらしい。確かに、私が犯した?ブロンド娘も大胆で強引だった様にも思う。
     でもすが、その時は半信半疑で、高校生の私がこんな性体験を友人に打ち明けられる筈もなく、今に至ってるのだが・・
     ・・・・・
     しかし、こんな現実の中に存在する夢みたいな悦楽が続く筈もなく、再び彼女は私の前から姿を消した。勿論、私も後悔した。いくら幽霊とはいえ、出会って2度目でSEXに至れば、どんな幽霊も警戒するだろうし、失礼かなと思い反省する自分がいた。
     そこで、今度もし彼女が訪ねてきたら、その時は片言の英語で、あの時上野公園で出会った女性かを尋ねようと思った。あくまで彼女が三度目も訪れてくれればの話ではあるが・・

    ”フェーズ2”〜ブロンド娘は幻想か?霊体か?

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     初めての出会いでは、お互いに初々しかったが、その後は遭う度に少しずつではあるが、ヤツれていき、得体のしれない魔物になっていきます。
     では”フェーズ1”の続編に突入します。

    霊というより霊体?
     幽霊に犯された女性を主人公にしたドキュメント映画「エンティティー/霊体(1982)」を見て、私の性行為を結んだのが金縛りや夢や妄想ではなく”霊体”だと確信するに至った。
     今に思うと、特に2度目に現れたブロンド女を(映画の様に)液体ヘリウムを使って閉じ込めたら、確実に形となって現れただろうか・・それ程に強力なエネルギーと存在感を持った霊体に思えた。それにその存在がハッキリと視認出来たから・・あれだけ霊力が強いと霊視能力の乏しい人でも見えるのではと、思ってしまう。
     それに肌の質感だが、実物とほぼ変わりはなく、モチモチっとしてて乳房も肉まんみたいに柔らかく、ただ挿入の感触はよく覚えていない。夢心地だったからかもだが、様々な体位を試してれば記憶にしっかりと残ったであろうが・・若くて経験が乏しいのでそこまでの余裕はなかった。 
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     ただ、上野公園で見た時の様に若くはなかった様な気がする。あの時は、少しふっくらしてたが、今回は少し大人びてたというか・・その分、魅惑的なブロンド女に映ったのかもしれない。因みに、霊と霊体の違いは、微妙にややこしく、抽象的で専門的になるので、次回以降で述べる事にする。
     それ以来、彼女が訪れると信じて、窓を少し開けてブロンド女を待つ日が続く。明かりを点けてると警戒するだろうと、明かりを消して待機する様にしたが、やはり現れる筈もない。
     2度とも単なる夢や空想に過ぎなかったのか?事実、性欲が盛んな思春期にはイヤらしい夢はよく見るから、若気の至りだと思って諦めかけた時、その瞬間が訪れた。

    3度目の遭遇
     2度目の”真夜中の訪問”から2週間ほど経った頃だろうか。丁度、熟睡してた時で、場の空気が変わるのがハッキリと確認できた。
     ”ああ、これだこれなんだ、そう彼女がやってくる”。私の心は心臓の動悸がはっきりと聞こえる程に舞い上がっていました。 
     だが、今度は少し雰囲気が違う。明かりを消してたので、そう思えたのかもだが・・最初に遭った時は、明かりを消してても、眩い程のエネルギーをブロンド女は発してた様に思う。
     でも今度は、薄暗い感じで少し落ち込んでる様に見えた。それに、2度目の時の様な躍動とエネルギーは感じられないし、全く違う亡霊(霊体)なのかなと思い、とても怖かった記憶がある。ホント目を開けるのが怖かった。
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     それでも、恐る恐る目を開けると、周りは薄暗かったが、やはり彼女でした。自慢のブロンドの髪は少しグレーがかって、顔もよく見えなかった。
     いきなりの想定外な訪問に、彼女が誰なのか?死んでるのか生きてるのか?上野公園で出会った女なのか?尋ねるのを忘れてしまう。彼女とはその後何度か遭遇した筈だが、不思議と互いに一言も喋らなかった。
     それに比べれば、「イーグルスと女子中学生の亡霊」でも書いたが、東京神田のホテルの女子中学生の亡霊は、重さもエネルギーも質感もなかったけど、実によく喋ったし、なぜ霊になって私の前に現れたのか?はっきりと説明してくれた。
     だが、目の前のブロンド女は自分の事は何も話したがらないし、英語ですら喋らない。肉体関係だけ結んで、少し薄情な女だと思う様にもなっていた。
     ただ、この時は体勢を入れ替えず、目を閉じたまま行為に至った。前回の様に重くなかったし、感触も質感も少なかったのだけは覚えている。
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     それにこの時は、彼女の方からブラウスのボタンを外し(いや、既に外れてたのかな)、そのまま行為に至ったので、名前を聞く事も誰なのか確認する余裕すらなかったし、そういう雰囲気でもなかった様に思えた。それに彼女は少し悲しそうに見えたのが今から思うと、印象的だった。 

    遭う度に、怖く寂しく虚しく
     やはり、彼女は(夢とか幻想ではなく)単なる幽霊(霊体)だったんでしょうか。
     結局、上野公園で会った女性かは確認できなかったが、仮に同一人物だったとしても、この世には既に存在しないし、成仏できない悲しい霊だったかもしれない。
     今から思うと、上野公園でトイレの窓越しに挨拶をした時、その瞬間に、私に乗り移ったと思う。何らかの理由で地上に降りてきた霊が、私という地上に実在する生きた霊体に反応し、乗り移ったとすれば・・
     それに霊は脚がないから、生きた人間に乗り移り移動するしかない。そう思うと、納得がいくが、霊は私という霊体を通じて外界を観察するとしたら・・
     それ以来、ブロンド女は何度か逢いに来てくれたが、会う度に薄暗く奇怪な感じに変貌していく。ブロンド色の麗しかった髪は全くの灰色に変色し、顔もくすんで黒ずみ、怖くてよくは確認できない程でした。それでも、怖いながらも目を瞑りながら、幾度となく行為に至っていたのは、相手は霊とは言え、そこに愛らしきものがあったのかもしれない。
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     会う度に、女は怖く得体のしれない恐怖になっていくが、それでも私は、無意識に彼女を求めていた。彼女も同じだったろうか。彼女も生きた新鮮な血と私の若い肉体が欲しかったのだろうか。もしそれが本当だとしたらこれほど悲しい性行為もない。
     悲しいかな、会う度に、女の影は薄く、一緒に居る時間も短くなっていく。今から思えば、一言でも言葉を交してたらと後悔しきりだが、言葉を発せる様な状況でもなかったのは事実である。
     確かに、最初の3回ほどは血の通った生きた人間みたいにハッキリと確認できたんですが・・後は、神経をかなり集中しない限り、彼女の存在を肉体を確認する事が困難になった。もうこうなると、霊というより夢か妄想のレベルに堕ちていく。
     正直”もう逢いたくない”って思う事もあったし、”早く天に召して欲しい”とも願った。神様は、このブロンド娘を若く美しいまま、天に召す事を許さないのか・・正直、神様を憎んだ程だ。

    最後のお別れと安堵と
     既述した様に、合計で7回程遭遇し、期間にして2ヶ月ほどでしたが、とうとうクライマックスが訪れます。
     もうこの頃になると、異常なまでに怖くなっていたので、窓を締め切って寝たかったんですが、彼女に悪いと思い、少し開けたままにしてましたし、もうこうなると流石に辛いです。
     そして、”最後の別れ”の時が来ます。
     この時の光景は今でもハッキリと覚えてますが、時刻がきっかり2時を刻んだ時で、体中がゾクゾクと震えだし、その場の空気が完全に変った。余りにも怖くて無視しようと、うつ伏せになった程でした。
     しかし、勇気を持って、目を開け彼女を見たし、それが彼女に対する礼儀だとも思ったし、それ程までに最後の別れの時の彼女のエネルギーは強かったんでしょう。いや、彼女がそうさせたのかもですが、最後のエネルギーをふり絞って・・
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     悲しいかな(予想通りというか)既に彼女は真っ黒な骸骨に変貌してました。髪の毛はサラサラの灰色で完全にくすんでて、すぐに跡形も無く消え去っっていく。
     でも、この時は最初はとても怖かったが、後味はスッキリしていたし、全てが終わったと感じた。 
     それ以来、40年以上経つが、一度も彼女とは会っていない。完全に天に神様に召されたのでしょう。永遠のお別れとはこういうものを言うのだろうか・・
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     今から思うと(勿論、推測に過ぎないが)、彼女は上野公園の近くで不慮の事故かなんかで若い命を落としたんでしょうか。それに、高校生の私を見て、昔を思い出した。冴えない若者だったんで、憐れんで取り憑いたんだろうか。
     山田太一氏のTVドラマにもなった小説に、女の霊が男に纏わりつき、エネルギーを吸い上げ、男を崩壊寸前にまで追いやるというのがあったが、ブロンド女もその気になれば、私からエネルギーを吸い上げ、若く麗しい霊体のまま地上に君臨できたかもしれない。
     ですが、私自身エネルギーを吸い上げられるという感覚は全くなかったので、敢えて彼女はそういう事をしなかったんだろうか。
     (前出の)神田のホテルでの女子中学生の亡霊と全く同じ状況かもだが、この女子中学生いい、上野公園でのブロンド女の霊体といい、私は大都会の東京では大モテらしい。だが、女と報酬は”現物”に限る。

    ”フェーズ3”〜霊体と霊の違いと霊視能力について

     IQが比較的高い人は、非常に細かい物質の動きを見極める傾向が強く、”霊感が強い”というより、微妙な場の変化を察知する能力に長ける。故に、超常現象に遭遇する機会も多くなるが、精神疾患にも罹り易く、そうした不安障害が霊を呼び込むし、霊も人間の弱みに付け込む傾向にあるという。
     こうした霊能力に関するペテンぽいご指摘は(私的には信じたくはないが)全くの図星である。事実、フランスではIQが高い子供の約1/3は落ちこぼれで何らかの精神障害を抱えてるとされる。それに勉強ができるのも1/3ほどらしい。
     つまり、知能が高いが故の精神障害がブロンド女の霊(霊体)を呼び込んだとも言える。
     但し、高い知能で言えば、人と違う見方や考え方が出来るのが唯一の長所で、人には見えない何かが見えるって事はよくあるらしい。でも、霊に遭遇したりと、霊視能力には知能の高さが影響するとも言えそうだ。

    霊視能力と霊感の違い
     これも、ある霊感の強い女性から聞いた話だが、精神障害と霊感には繋がりがあり、精神を病めば病むほど、幻想や妄想が強くなる。
     彼女も若い時の精神疾患が元で、薬物に頼る様になり、妄想や幻想が激しいという。私は薬を服用しないので、霊感ではなく(以下で説明する)霊体であろうか。また、神経質で知能が高い人は”霊感を拾い易い”とされるが、五感と言った方が正解かもしれない。
     確かに、霊感とも五感とも言えるし、見えると言えば見えるし、聞こえると思えば聞こえる。故に、霊感ほど主観や直感が支配し、曖昧であるが故に、トリックやインチキが入り込み易い。事実、”私はマリリン・モンローです”と日本語で彼女の霊に乗り移るインチキ霊媒師なんてその典型だろう。
     即ち、霊能力者や予知能力者には頭がイカれた者や精神障害も多いから、サイコパシーな犯罪にも結び付き易いのだろう。 
     そういう私も典型の鬱系だが、過去に外資系企業の面接で測ったIQが160と高いだけで、精神障害とか精神疾患という程でも無く、病院にも罹った事も薬物依存でもない。
     ・・・・・
     それに、元々病気とは無縁で、頑丈とかタフという体質でもないし、病院と薬は大の苦手だ。故に、薬物による妄想や幻想ではない筈だが、夜中の2時に決まった様に現れるブロンド女は、霊というよりハッキリとした形と質量と質感を持った霊体だと思う。
     アインシュタインの相対性理論じゃないが、重さがあればエネルギーがあるし、そのエネルギーは質量に比例する。つまり、霊体も重ければ重い程に時空は歪み、霊体も変異するのだろうか。
     例えば、霊の世界が高次の世界だとすれば、その霊の世界にも時空が存在し、霊特有の波長が存在する。霊の中でその質量が存在し、質量の重い奴が”霊体”と言われ、地上界の人間と唯一接する事が出来るのだろうか。
     そう考えると、霊というのは感じるもので霊感に近いといえる。一方、霊体というのは実在するもので、ハッキリとした形を持ち、重さもエネルギーを持つ。よくある霊体験というのは後者の方かもしれない。

    霊体と霊と霊感との違い
     ”スピリチュアリズム普及会”という某サイトでは、霊体の事が詳しく書かれてるが、少しだけ抜粋する。
     まず、霊体(霊的身体、霊的肉体)とは一般の人々には不可視の身体だが、霊的視力という特別な能力に恵まれた一部の人間には、明確な一定の形態•外形を持つ。
     一方、霊界にいる霊が地上人を見る際には、肉体ではなく霊体を見る。とは言っても、全ての霊が地上人の霊体を認識するではなく、地上近くに降りてきた霊に限るが、霊界から地上人を見ると、肉体は薄ぼんやりとした霊体(形)で認識される。
     確かに・・言われてみればその通りで、真夜中に登場するブロンド女は私を実在する肉体ではなく、生きた霊体として見てたのだろうか。彼女からすれば、私の興奮した熱い生身の肉体ではなく、私の霊体と行為に及んだという事だろうか。
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     事実、私は彼女の霊体つまりハッキリとした質感のある肉体と行為に及んだし、その感触と悦楽は今でも鮮明に覚えてる。故に、理屈で考えても”お互いの霊体上で情事に及んた”と理解した方が筋が通る。
     説明した様に、霊体は無形の魂や単なる霊的エネルギーではなく、明確な一定の形態•外形を持つ。つまり、霊と霊体は全く別の存在で、”霊”は私たちの自我の最も高次で本質的な部分であり、”スピリチュアリズム”ではそれを”神の分霊”と定義するらしい。
     ”霊”は無形で外形を伴わない為に、霊的視力の優れた霊能者でも直接認識する事は不可能だが、”霊体”は霊視能力さえあれば誰でも見る事が出来るという。
     仮に複素空間に例えれば、実部が霊体で虚部が霊という事だろうか。故に、地上界の定義域を広げれば、高次の世界の霊界に結び付く筈だが、その霊界を解析するのが霊視能力と言えるかもしれない。
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     これを生きた人間で定義すると、肉体が実部で霊体が虚部となる。という事は、霊界に身を置くブロンド女は霊界の中の霊体という(実態が存在する)実部の世界で、地上界に身を置く私は現実の中の霊体という(現実には存在しない)虚部の世界で行為に及んだという事か。
     まるで、流行りのパレラルワールドの世界だが、霊体と霊と霊感との違いを理屈で理解するのは、複素空間の理論で考えれば、ペテンや誤解なく納得できるし、数学と霊界は身近な存在の世界なのかもしれない。
     しかし、”霊体”の存在が事実なら、一番身近な自身の霊体の存在に気づかないのはおかしい筈だ。現代の最新のテクノロジーでは、体内をミクロの世界まで見る事が可能だが、自身の霊的身体の存在さえ認識出来ないのは、我々人間が”霊的無知”の状態に陥ってるからだという。
     つまり、殆どの人が霊や霊体というものを理解しない証拠だろうが、そういう私も霊感は強いが、霊体の存在は新鮮にも映った。全く無知ほど怖いものはない。

    最後に〜霊体認識と言う名の霊感
     太古の昔より、人間の姿をした霊的存在(幽霊)を見たという体験談が絶える事なく語られてきた。しかもそうした話は日本だけでなく、世界の至る所で無数に存在しているという事実が、それら霊体の存在を証明している。
     一方で、霊や霊魂の存在を否定する人々は、こうした話を全て錯覚(脳内体験)として片づけようとするが、極めて不自然な事だと言える。実際私も、妄想や錯覚の様な”脳内体験”だと決めつける傾向にあり、霊とは脳が勝手に生み出す妄想や幻想だと思う所があったのも事実である。
     とは言え、スピリチュアルな方向にバイアスが掛かり過ぎるのもペテン臭くなるし、”霊的能力のあるなしが霊体の認識を決定する”と考える方が自然にも思えるし、不可視の霊的身体の存在を主張する事は必ずしもクレイジーで不都合で不合理な事ではない。
     事実、霊視と言うより霊的能力と呼ぶ方が優しく聞こえ、霊的能力より霊的理解とした方が合理的に聞こえ理解しやすいだろう。
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     確かに、数学などの難題を証明・解決するには高度で高質な知能が必要な様に、霊体をイメージするには特殊な霊視能力や柔軟で広範な霊的理解が必要だろう。勿論、霊なんて見えなければタダのインチキと言う人の気持ちも理解出来なくもない。
     以上、「真夜中の訪問者〜ブロンド娘との出会いとその正体」と言うタイトルで、ブロンド女との真夜中の情事体験を紹介しましたが、最初は金縛りによる妄想や霊現象だと思ってたのが、”霊体”らしいという事が解り、一応の納得と解決を見ました。
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     最後は残念な結果に終わりましたが、霊体という存在が出会いを繰り返し、時と共に変異し、老いていくのは生身の生きる人間も同じで、霊体の場合はそのスピードが異常なまでに早い。普通は1度しか現れないが、何度も私の前に現れたのは、私が上野公園で出会ったブロンド娘に恋をし、彼女は霊体となり、そんな私に情が移ったとも言えるのだろうか。
     若い女性の霊体に遭遇するのは不思議と悪い気もしなかったし、これも青春の苦い思い出という事で、ブロンドの霊体と恋に落ちるのも満更悪くはない。
     いや、そう思う事にしよう。

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    ポール・オースター曰く。 書く事に意味はなく、ブログは言葉の錯綜であり、言葉のお遊びに過ぎない。 数学を中心に書いてますが、関数解析や測度論にも興味があります。 https://tomatowater0906.hatenablog.com/about

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