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連続強盗殺人犯に殺されかけた〜運命を変えた報告書

     ブログで自分の事を書くのは大嫌いだ。
     恥ずかしいとか照れくさいとか、そういうのじゃなく、自分の事を書くと、どうも気分が落ち込み、人生の闇の中を彷徨ってるみたいで頭がおかしくなる。
     しかし、自身の”負のルポルタージュ”として振り返れば、まんざら悪くはないかもしれないし、沢木耕太郎的に言えば、”人生を賭けた負の報告書”とも言えそうだ。
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     昔、”アポ電”殺害事件(2019)の報道を見た時、資産家の高齢の女性が若い男3人に殺害された事件が他人事に思えず、今になって50年以上も前の恐怖の体験を思い起こさせるきっかけとなった。
     実は、この”50年以上も前の恐怖”とは、私とお袋が連続強盗殺人犯から殺されかけた貴重?な体験である。勿論、”アポ電”とは残忍性で言えば多少は異なるが、もし犯人と遭遇していたら、二人は確実に殺されていた。

    悪い予感がしていた家族旅行

     小学4年制の時に親父を亡くし、塞ぎ込んでいた私を慰めようと思ったのか、母は家族旅行を思いついた。兄と私とお袋の3人での質素な旅行の筈だった。しかし兄は、高校の山岳部の大会スケジュールが入ってたから、私と母の二人だけで山口の秋芳洞に出掛けた。
     1泊2日の旅で、これといって良い思い出もなかったし、秋芳洞の天井にぶら下がった氷柱が私の頭の上に落ちると思うと、生きた心地がしなかったのだけは覚えている。
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     到着が遅れ、アポ無しで入った旅館がやけにみすぼらしく、女将さんの人相もやけに怖かったが、その日は夜遅くラーメンを食いに行き、そこで偶然にも遭遇した中年ホステスの人相もホルマリン漬けの死体みたいで化け物に近かった。
     お陰で、その日の夜は怖い夢を見て何度も夜中に目を覚ます。元々霊感が強い私は、この時点で何か起こりそうな悪い予感がしていた。
     全く詰まんない無味乾燥な旅行だったから、早く帰りたかった。お袋も私以上にくたびれて詰んなさそうにしている。
     夕方5時頃に福岡県の久留米駅に着き、夕食をそこでとるか?家で食べるか?迷う。
     私は早く帰りたくて家で食べたかったが、お袋は”夕食を家で作るのは嫌だ”と、駅構内のレストランで夕飯を済ませようとした。
     だが、日曜の夕方だったから、駅内のどの食堂も混雜し、仕方なく駅前のアーケード街に出掛けたが、空いてる食堂を探すのに時間が掛かり、夕食を済ませたのは7時頃になる。
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     食事が終わってすぐに帰ろうとしたお袋だったが、今度は私が駄々をこねる。そのまま帰るのは詰まらないからと、プラモデル屋さんを探して周った。
     お袋はいい加減ウンザリしてたが、結果的に私の”駄々”こそが親子2人の命を救う事になるのだが、持論そんな事は露知らずだ。
     なかなか気に入ったプラモデルが見つからず、延々と探した挙げ句、結局はバルサで出来た貧相な飛行機を買い、結局は終電の2つ前の電車で帰宅する。
     因みに、この飛行機は一度も空を飛ぶ事なく、お払い箱になったのだが、結果的にはこの憐れな紙飛行機こそが母と私の命を救ったのだ。その意味では、紙飛行機というより”神”飛行機と言うべきか。
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     家に着いたのは夜の10時過ぎだったろうか。兄は明日帰る予定だったが、部屋には明かりがアカアカと点きて、玄関は開きっぱなしだ。
     ”ひょっとして予定が変わり、兄が帰ってきたのでは”と思いきや、兄は勿論誰もいない。

    さらしに巻かれた出刃包丁

     居間に入ると、一瞬で背筋が凍り付く。
     居間のテーブルの中央に、さらしに巻かれた出刃包丁が几帳面に置かれていたのだ。
     何だかおかしいと思い、裏口に周ると、壊れかけた軟弱なドアが開いたままだった。
     尋常ならぬ異変を感じたお袋は、直ぐに警察に電話する。深夜の田舎に、ド派手なサイレンの音が鳴り響き、直ぐに赤赤と光を灯したパトカーが到着。
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     殺人課の警察は、さらしに巻かれた出刃包丁を見て、直ぐに連続強盗殺人と断定。現場検証が慌ただしく行われ、すぐに結論がでた。
     犯人は昼の3時頃(推定)に裏の戸口をこじ開け侵入。その上、刃物で脅し金品を盗む予定だったが、誰もいない為に、夜の9時くらいまで居間の中央でデンと構えて待ってたらしい。 
     なかなか帰ってこない親子に、痺れを切らした犯人は、出刃包丁をさらしに巻いてテーブルの中央に置き、その場を去っていったという。
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     ”もし、強盗がいた時間帯に君達が帰宅してたら・・100%殺されてたね”と、殺人課の男は私の耳元で呆気なく囁いた。
     それを聞いて、小学生の私は再び背筋が凍り付く。流石に場慣れした殺人課らしく、恐ろしく冷たい言い方だったのを覚えてる。
     少なくとも、刑事ドラマに登場する様なイケメンでも正義のヒーロー面でもなく、ごく普通の親父に思えた。
     つまり、この泥棒は刃物で脅し、金品を盗み、その上で人を殺すという、当時では類を見ない強盗殺人犯だったのだ。が故に、殺人課の仕事はやけに早く、スムーズに展開したのが印象的だった。 

    連続強盗殺人犯と”アポ電”殺人

     この凶悪犯は、数週間前から我が自宅の周りを度々彷徨い歩いていたという。
     これは隣の団地に住む人の証言から明らかになった事だが、私達2人が山口に一泊2日の旅行をし、夕方頃に帰宅する事は犯人には全てがお見通しだったのだ。
     時は50年ほど異なるが、世間を震撼させた2019年の”アポ電”殺人とほぼ同じケースである。つまり、情報を全て知り抜いた上での計画的で冷静な犯行だったのだ。  
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     夕方に帰ってくる筈が、母が夕食を作るのを嫌がり、帰宅時間が2時間ほど伸びたが、犯人はそれをも想定内だった。しかし、夕食後の私の”駄々”は想定外で、この僅かに1時間強のズレが犯人のプランを狂わせたのだ。
     「サイコパス・インサイド」(J・ファロン著、2015年)にも書かれてる様に、殺人犯という人種は異常なまでに冷静で、”冷たい脳”が異常なまでに発達し、その計画は几帳面に練られてはいる。しかし、激情や感情を抑制する”熱い脳”が腐ってるので、少しでも計画が乱れると途端に我を忘れ、混乱する傾向にある。
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     結局、この連続強盗殺人犯は我が家で”未遂”に終り、1ヶ月もしないうちに隣町で同じく強盗を働いた所を、警察に捕まったという。あまりにも呆気ない幕切れで、肩透かしを食らった気分になった程だ。
     この間抜けな殺人犯は、1件目はまんまと成功し、その勢いで私の家を狙った訳だが。隣人に目撃されて犯人像が作られ、その上プランが狂った事が致命傷となり、3件目でアウトになった。

    資産家とバックドアの脆弱さ

     何故、私の家族が犠牲になりかけたのか?
     考えられるのは、父親が死んだばかりで、空き巣に入るには格好のエサではあった事もあるが、それに加え、裏の戸口のカギが脆弱だった事も大きな要因ではあった。
     昔の田舎の家は、大体において玄関が堅固にできてるが、裏ドアは非常に緩く脆く出来ている。親密な知り合いが裏に周り、そのまま出入りするという事はよくあったのだ。
     その為に、わざと裏ドアの鍵を貧弱なものにしてたのだろうか?警戒心の強い親父が生きてた頃も、裏ドアの鍵は”チョン掛け”の簡易なもので、子供の力でも強く引っ張ればすぐに外れた。が故に、もし”泥棒が入るとすれば、この裏ドアから簡単に入れるだろう”と、子供心に思っていたが、こんなに早くあっさりと突破されるとは・・
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     勿論、犯人は裏ドアの位置もチョン掛けの鍵も知っていた筈だ。故に、父親という堅固な鍵は家族には絶対必要なのだろう。
     母親が1人で家を守るには当然無理がある。昨今はシングルマザーといって、母が1人で子供を育て、家族を守るのが流行りとか、カッコいいみたいに思われる風潮があるが、大きな誤りだ。つまり、危機は常に脆弱さに纏い付くのだ。
     それ以来、旅行に出かける時は隣人に一言残して、出かける様になったが、それ以来家を長く空ける事はなくなった様に思う。
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     先にも述べたが、50年以上前のこの”恐怖の体験”は、2019年の”アポ電”殺人と非常に似たケースではあった。
     我が家には、親父が必死で働いてた為に多少の遺産はあった。故に、資産目当てに母子家庭を狙っても不思議はない。
     特に、一人暮らしの女性の高齢者で、それも資産家であれば尚更だろう。アポ電殺人では、一人の老女に3人の大男が襲いかかった。つまり、100%ミスしない状況である。
     今回のアポ電殺人を見て、50年前を思い出し、人は人を簡単に殺すし、殺せるものだ。そして、人は思う以上に簡単に死ぬし、殺される。犯行はあっという間だし、死ぬのもあっという間だ・・という事を身に染みて学んだ。
     実際に犯人の標的にされ、ミサイル・ロックされたら、それで万事休すである。そこに狂いやミスは殆どないし、そう思っていた方が最高のリスク管理でもあろう。

    選択できる死と選択できない死

     私達はそんな危険な世の中に生きている。平和な筈の日本にもそういう恐怖と危険はゴマンと存在する。一人殺されようが40人殺されようが、殺人は殺人であり、死の恐怖には変りはない。
     そういう私も、この”50年前の恐怖”を最後に、死に対する等身大の恐怖を忘れかけていたし、全く忘れてもいた。
     ”死”には自分が選択するものと、他人が選択するものがある。自殺や安楽死以上に、本当に怖い死というのは、”他人に選択された死”なのかもしれない。
     勿論、50年前以外にも何度か殺されかけた経験はある。しかし、この時ほど怖かった記憶もない。他人に選択された死でも衝動的に殺されるのと、計画的に殺されるのでは雲泥の差があろう。
     当時の”アポ電”殺人では色んな事を考えさせられたが、僅か一人の老女の死が日本列島を震撼させた。もし、50年以上も前に私と母が連続強盗犯により殺されてたなら、この記事を書く事も読まれる事はなかったろう。
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     だが、やがて凶悪殺人事件の恐怖は忘れ去られ、時代は何事もなかったかの様に進んでいく。残るのは、エッセイと言うより自身の”運命を変えた負の報告書”だけかもしれない。

     
     
    ポール・オースター曰く。 書く事に意味はなく、ブログは言葉の錯綜であり、言葉のお遊びに過ぎない。 数学を中心に書いてますが、関数解析や測度論にも興味があります。 https://tomatowater0906.hatenablog.com/about

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