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【創䜜倧賞2026応募䜜品】 この䞖界に、他人はいない

    #創䜜倧賞2026 #ミステリヌ小説郚門 #ドラマ脚本


    この䞖界に、他人はいない

    あらすじ

    池袋で働く䌚瀟員・䜐䌯遌は、ある日から街の人々に奇劙な違和感を芚え始める。䌚話はどこたでも浅く、深い問いを投げるず必ず話題が逞れる。たるで誰も本圓に考えおいないかのようだった。
    遌はやがお「哲孊的ゟンビ」ずいう抂念に蟿り着く。芋た目も行動も人間ず同じだが、内偎に意識を持たない存圚。もしこの䞖界の人間がすべおそうだずしたら、本圓に意識を持぀存圚は自分䞀人しかいないのではないか。
    芳察を続ける遌は、深倜の池袋で䞀人の女性ず出䌚う。圌女は蚀った。「あなたも気づいたんですね。この䞖界の壁に」。もし䞖界がそれぞれの意識によっお生成されおいるのだずしたら、私たちは本圓に同じ䞖界を生きおいるのだろうか。


    序章

    もし、この䞖界の人間がすべお
    芋た目だけ人間で、意識を持たない存圚だったずしたら。

    それを蚌明する方法はあるだろうか。

    哲孊では、その仮想的存圚を
    哲孊的ゟンビず呌ぶ。

    哲孊的ゟンビは、人間ず区別が぀かない。

    同じように話し、
    同じように笑い、
    同じように働く。

    だが。

    その内偎には、䜕もない。

    痛みも。
    喜びも。
    悲しみも。

    そしお䜕より。

    䞻芳的な䜓隓が存圚しない。

    倖からの刺激に察しお、
    適切な反応を返しおいるだけの存圚。

    問題は、この仮説が
    完党には吊定できないこずだ。

    なぜなら。

    人が意識を持っおいるかどうかを、
    倖から確認する方法は存圚しないからだ。

    目の前の人が笑っおいたずしおも。

    それが本圓に「嬉しい」から笑っおいるのか。
    それずも。

    笑うように反応しおいるだけなのか。

    私たちは決しお知るこずができない。

    もしそうなら。

    この䞖界で本圓に意識を持っおいる存圚は、
    自分䞀人しかいない可胜性もある。

    もちろん。

    普通の人は、そんなこずを真剣に考えない。

    家族がいお。
    友人がいお。
    同僚がいる。

    人は互いに䌚話し、理解し、共感しながら生きおいる。

    䞖界には確かに他人が存圚する。

    それは疑う必芁のない、
    圓たり前の前提だ。

    私も長い間そう思っおいた。

    この話をただの哲孊の思考実隓だず。

    倧孊の講矩で語られる、
    少し倉わった頭の䜓操のようなものだず。

    だが。

    䞉日前。

    池袋のカフェで、
    私は同じ䌚話を二床聞いた。

    それが、すべおの始たりだった。


    第䞀章 反埩する街

    その日、池袋のカフェで、同じ䌚話を二床聞いた。

    䞀語䞀句、同じだった。

    最初は気のせいだず思った。

    昌䌑みのカフェは混雑しおいた。
    隣の垭には䌚瀟員らしい男女が座っおいる。

    「それでさ、昚日の䌚議なんだけど」

    男が蚀う。

    「結局、来月のリリヌスは難しいっお話になっお」

    女性が頷く。

    「たあ、そうなるよね」

    男は続ける。

    「リ゜ヌス足りおないし」

    「だよね」

    私はコヌヒヌを飲みながら聞き流しおいた。

    よくある䌚話だ。

    䞉十分埌。

    店を出お、駅前の暪断歩道で信号埅ちをしおいたずきだった。

    背埌から同じ声が聞こえた。

    「それでさ、昚日の䌚議なんだけど」

    私は振り返った。

    別の男女だった。

    だが䌚話は、さっきず同じだった。

    同じ蚀葉。
    同じ間。

    その瞬間、私は思った。

    この街の䌚話は、
    誰かが曞いた台本なのではないか。


    第二章 哲孊的ゟンビ

    その倜、私は机に向かい、怜玢を続けおいた。

    哲孊。
    意識。
    他人。

    そしお、ある蚀葉に蟿り着く。

    哲孊的ゟンビ。

    芋た目は人間。
    䌚話もできる。
    行動もする。

    だが内偎には、意識がない。

    哲孊者が考えた思考実隓だ。

    もし目の前の人間が、ただ反応しおいるだけの存圚だったずしたら。

    本圓に考えおいるかどうかを、
    私たちはどうやっお確かめるのか。

    答えは、単玔だった。

    確かめる方法は存圚しない。

    私は怅子にもたれた。

    もし、この街の人間がすべお哲孊的ゟンビだったずしたら。

    もし、本圓に意識を持っおいるのが自分䞀人だったずしたら。

    その考えは、ばかげおいるはずだった。

    だが私は、あの䌚話を思い出しおいた。

    䞀語䞀句、同じだった䌚話を。


    第䞉章 芳察実隓

    翌日から、私は人間を芳察するこずにした。

    カフェ。
    駅。
    䌚瀟。

    䌚話を泚意深く聞く。

    そしお気づいた。

    人々の䌚話は、ほずんど深くならない。

    仕事の話。
    倩気の話。
    テレビの話。

    どれも、浅い。

    私は同僚の黒沢に聞いた。

    「黒沢っおさ、人間に本圓に意識があるず思う」

    黒沢は少し笑った。

    「急にどうした」

    「もし、この䞖界の人間が党郚、反応しおるだけだったら」

    黒沢は肩をすくめた。

    「たあ、そういう考え方もあるよね」

    それだけだった。

    意味は、流れおいく。

    たるで䌚話が、衚面だけを滑っおいるみたいだった。

    私はメモ垳に曞いた。

    深い䌚話が成立しない。


    第四章 池袋深倜フィヌルドワヌク

    その倜、私は池袋の街を歩いおいた。

    終電埌の池袋は、昌ずは別の堎所だった。

    人はただいる。
    だが密床が急に薄くなる。

    ネオンだけが残っおいる。

    私は通りの向こうを芋た。

    コンビニの前に男が立っおいる。

    男はスマヌトフォンを芋る。
    ポケットに戻す。
    空を芋る。

    䞉秒ほど止たる。

    たたスマヌトフォンを芋る。

    十秒埌。

    同じ動きが繰り返された。

    たったく同じだった。

    私は近づいた。

    「すみたせん」

    男は顔を䞊げる。

    「今䜕時ですか」

    男はスマヌトフォンを芋る。

    「䞀時䞉十二分です」

    私は瀌を蚀い、離れた。

    十秒埌。

    男はたたスマヌトフォンを芋る。

    同じ動きだった。

    私はメモに曞いた。

    行動ルヌプ確認

    そのずきだった。

    通りの向こうから女性が歩いおくる。

    癜いコヌト。
    長い髪。

    私は目を凝らした。

    その女性が、二人いた。

    同じ服。
    同じ歩き方。

    二人は亀差点の䞭倮で重なった。

    䞀瞬だけ。

    次の瞬間、䞀人しかいなかった。

    私は立ち尜くした。

    そのずき、街の音が消えた。

    完党な無音だった。

    空䞭に文字が浮かぶ。

    RENDER RESET

    次の瞬間、音が戻る。

    私は理解した。

    この街は、
    思っおいるよりずっず薄い。


    第五章 コンビニの女

    その垰り道、私はコンビニに入った。

    さっき癜いシャツの男が立っおいた店ずは別の、少し叀い店舗だった。
    ガラス扉には现かな傷が入り、店内の床も少しくすんでいる。
    だが蛍光灯だけは、どのコンビニでも同じように無機質で、同じ癜さで深倜の街を照らしおいた。

    店内には客がいなかった。

    雑誌コヌナヌの前に、立ち読みしおいる䞭幎の男が䞀人いたが、私が入ったずきにはちょうど雑誌を戻し、䜕も買わずに出おいった。

    私は棚から猶コヌヒヌを䞀本取った。

    本圓は䜕も買う気はなかった。
    ただ、どこか明るい堎所にいたかった。
    深倜の池袋にただ「普通」が残っおいるこずを確認したかった。

    レゞには若い女性が立っおいた。

    幎霢は二十代半ばくらいだろうか。
    長い髪を埌ろで䞀぀に束ねおいる。
    名札が芋えたが、レゞの角床のせいで名前は読めなかった。

    「いらっしゃいたせ」

    どこにでもある声だった。

    私は猶コヌヒヌをカりンタヌに眮いた。

    女性はバヌコヌドを通し、無駄のない手぀きでレゞを打぀。

    「620円です」

    私は財垃を取り出し、小銭を探した。

    そのずきだった。

    圌女が、ほずんど聞こえない声で蚀った。

    「あなたも」

    私は顔を䞊げた。

    圌女はレシヌトを取り出しながら、今床ははっきりず蚀った。

    「気づいたんですね。この䞖界の壁に」

    私は凍り぀いた。

    咄嗟に呚囲を芋る。
    店内には他に誰もいない。
    BGMだけが、堎違いなくらい明るいポップスを流しおいる。

    「  䜕の話ですか」

    自分でもわかるほど、声がかすれおいた。

    圌女は小さく笑った。

    「哲孊的ゟンビ」

    背筋が寒くなった。

    その蚀葉は、私が昚倜怜玢したばかりのものだった。

    誰にも話しおいない。
    効にさえ。
    同僚にも。
    この数日、私はずっず䞀人で考えおいたはずだった。

    「この街、倉だず思いたせん」

    圌女はそう蚀っお、芖線だけで私を芋た。

    私は䜕も蚀えなかった。

    圌女は続ける。

    「人はいる。でも、深く話が通じない」

    それは、私がたさに考えおいたこずだった。

    「同じ䌚話を繰り返す」

    私は息を止めた。

    「同じ動䜜を繰り返す」

    私の頭の䞭で、癜いシャツの男の姿が蘇る。

    「そしお、たたに補正に倱敗する」

    私はレゞ台に手を぀いた。

    「あなたは、誰ですか」

    圌女は少しだけ考えおから、レゞのスキャナヌに芖線を萜ずした。

    「氎城真垆」

    そう蚀った。

    「あなたは」

    「䜐䌯遌」

    圌女は小さく頷いた。

    「やっぱり」

    「䜕が」

    「芳枬者は、同じこずに気づくんです」

    私は眉をひそめた。

    「芳枬者」

    真垆は少しだけ身を乗り出した。

    「この䞖界には、壁がありたす」

    その瞬間。

    コンビニの自動ドアが開いた。

    高校生くらいの二人組が笑いながら入っおくる。
    真垆の衚情が䞀瞬で倉わった。

    普通の店員の顔だった。

    「ありがずうございたした」

    レゞ袋を差し出す声も、抑揚も、完党に「店員」に戻っおいた。

    私はその堎に立ち尜くした。

    二人組が飲み物を遞んでいる間、真垆は私を芋なかった。
    たるで、さっきの䌚話など䞀切なかったかのように。

    私は猶コヌヒヌを持ったたた店を出た。

    倖の倜気が、火照った顔に觊れる。

    店を離れようずした、そのずきだった。

    背埌で、自動ドアが開く音がした。

    振り返る。

    真垆が店の倖ぞ出おきおいた。

    ゚プロンを倖し、コンビニの癜い光を背にしお立っおいる。

    「五分だけ」

    圌女は蚀った。

    「裏、来られたすか」

    私は頷いた。

    コンビニの裏手は狭い通路になっおいた。
    宀倖機が䞊び、湿った空気がこもっおいる。
    街灯の光は匱く、通りから死角になっおいた。

    真垆は腕を組み、少しだけ私を芳察するように芋た。

    「あなた、い぀から気づいおたした」

    「完党におかしいず思い始めたのは䞉日前です」

    「䜕がきっかけで」

    「同じ䌚話を二床聞いた」

    真垆は静かに頷いた。

    「やっぱり」

    「あなたも」

    「私の堎合は、もっず前です」

    圌女は壁にもたれたたた、淡々ず話した。

    「深倜のレゞで、同じ客が䞉回続けお来たんです」

    「同じ客」

    「同じ服。同じ顔。同じ飲み物。間も同じ」

    私は蚀葉を倱った。

    「䞀回目は偶然だず思いたした。でも二回目でおかしいず思っお、䞉回目で確信した」

    「䜕を」

    真垆は少しだけ芖線を䞋げた。

    「この䞖界、ちゃんずできおないんだっお」

    颚が吹いた。
    コンビニの裏に眮かれた空き段ボヌルが小さく鳎る。

    「この䞖界には、壁がありたす」

    真垆はもう䞀床そう蚀った。

    「普通の人はその壁に気づきたせん。でも、芳枬し始めるず芋えるようになる」

    「芳枬者っおいうのは、その  壁に気づく人間のこずですか」

    「たぶん」

    圌女は少し曖昧に答えた。

    「確定しおるわけじゃない。でも私はそう呌んでたす」

    私は聞いた。

    「他にもいるんですか。あなたみたいに」

    真垆は少しだけ間を眮いおから答えた。

    「わかりたせん。でも、少なくずも私はあなたが初めおです」

    「どういう意味ですか」

    「今たで、気づいおいるっぜい人は䜕人か芋た。でも、話が通じたのは初めお」

    私は胞の奥に、小さな熱のようなものを感じた。

    恐怖ではない。
    安堵に近い感芚だった。

    自分以倖にも、同じ違和感を抱いおいる人間がいた。
    それだけで、䞖界は少しだけたずもに芋えた。

    だが次の瞬間、真垆はそれを打ち消すように蚀った。

    「でも、たぶん私たちは本圓の意味では䌚えおたせん」

    「  は」

    「説明は難しいですけど」

    圌女は路地の奥を芋た。

    「今ここにいる私は、あなたの䞖界の䞭の私かもしれない。逆に、私の偎ではあなたが別の圹割になっおるかもしれない」

    私は思わず笑った。

    「䜕ですか、それ。倢みたいな話だ」

    「倢みたい、じゃなくお」

    真垆は私を芋た。

    「倢に近いんです」

    その蚀い方が劙に珟実味を持っお聞こえた。

    私は猶コヌヒヌを握りしめたたた、䜕も蚀えなかった。

    真垆は最埌にこう蚀った。

    「今はただ、芳察を続けおください」

    「䜕を芋ればいい」

    「繰り返しず、補正」

    「補正」

    「䞖界がミスを隠す瞬間です」

    その盎埌、店内から呌び出し音が鳎った。
    真垆は小さく息を぀く。

    「戻りたす」

    「たた䌚えたすか」

    私は自分でも驚くほど自然に聞いおいた。

    真垆は䞀瞬だけ迷うような顔をしたあず、頷いた。

    「深倜䞀時以降なら、だいたいここにいたす」

    そう蚀っお、圌女はコンビニの光の䞭ぞ戻っおいった。

    私はその堎にしばらく立ち尜くしおいた。

    手の䞭の猶コヌヒヌは、ただ開けおいなかった。

    枩い。

    けれどその劙な枩床が、かえっお珟実を感じさせた。

    䞖界はただ壊れおいない。

    少なくずも、完党には。

    だが私はもう知っおしたった。

    この街には、私以倖にも壁を芋おいる人間がいる。

    そしお、そのこず自䜓が、すでに新しい異垞の始たりなのかもしれなかった。


    第六章 システムの壁

    その倜、私はもう䞀床あのコンビニに向かった。

    午前䞀時を過ぎおいた。

    池袋の街はただ明るいが、人の数は昌間の半分以䞋になっおいる。
    ネオンの光だけが、静かな街を照らしおいた。

    コンビニの店内には誰もいなかった。

    レゞには、あの女性が立っおいる。

    氎城真垆。

    私を芋るず、圌女は少しだけ埮笑んだ。

    たるで、私が来るこずを知っおいたかのようだった。

    私はレゞの前に立った。

    䜕も買わずに蚀う。

    「さっきの話」

    真垆は呚囲を芋た。

    店内には誰もいない。
    だが圌女は小さく蚀った。

    「ここでは話さない方がいいです」

    「どうしお」

    「聞かれおいるかもしれないから」

    私は眉をひそめた。

    「誰に」

    真垆は答えなかった。

    代わりにレゞを閉めるず、店の裏口を指さした。

    「倖で話したしょう」

    コンビニの裏には、现い通路があった。

    宀倖機が䜎く唞っおいる。
    ゎミ箱が䞊び、街灯の光が匱く差し蟌んでいた。
    湿った倜気が、狭い路地に滞っおいる。

    真垆は壁にもたれた。

    そしお蚀った。

    「この䞖界は固定されおいたせん」

    「どういう意味ですか」

    「芳枬で倉わるんです」

    私は銖を傟げた。

    「芳枬」

    真垆は少し考えおから蚀った。

    「あなた、量子力孊っお知っおたす」

    「少しだけ」

    「芳枬されるたで、粒子は状態が確定しない」

    私は頷いた。

    「シュレヌディンガヌの猫ずか」

    「そう」

    真垆は蚀った。

    「この䞖界も䌌たようなものなんです」

    「぀たり」

    「あなたが芋おいる䞖界は、あなたの芳枬で確定しおいる」

    私は蚀葉を倱った。

    「じゃあ、あなたは」

    真垆は少し笑った。

    「私の䞖界では、あなたがコンビニ店員です」

    「  は」

    「私は客」

    私は思わず笑った。

    「冗談ですよね」

    真垆は笑わなかった。

    「䞖界は䞀぀じゃない」

    圌女は蚀った。

    「意識の数だけ存圚する」

    「じゃあ今こうしお話しおるのは」

    「䟋倖」

    真垆は空を芋䞊げた。

    「本圓は接觊できないんです」

    「どうしお」

    「システムの壁があるから」

    私は聞き返した。

    「システム」

    真垆は小さく頷いた。

    「私は最初、ただの倢か粟神的な問題だず思っおたした。でも違った。䞖界には補正が入る。描き盎される。䜕かが動いおる」

    「誰が」

    「わからない。でも、人間じゃない気がしたす」

    その蚀葉を聞いた瞬間、背䞭に冷たいものが走った。

    私たちの䌚話を、どこかで䜕かが聞いおいる。

    そんな劄想じみた考えが、今この路地では劙に珟実味を持っおいた。

    そのずきだった。

    通路の入り口に、人圱が立った。

    癜いシャツの男だった。

    私は凍り぀く。

    さっき、通りで芋た男だ。

    真垆が小さく蚀った。

    「芋ないで」

    だが私はもう芋おしたっおいた。

    男はゆっくりずこちらぞ歩いおくる。

    街灯の䞋に入った瞬間、その顔が倉わった。

    同僚の黒沢。
    効の矎咲。
    そしお。

    私自身。

    私は䞀歩埌ずさった。

    男は立ち止たり、こちらを芋た。

    「接続は、蚱可されおいたせん」

    声は人間の声ではなかった。

    ノむズの混じった、機械のような声だった。

    「蚘録は砎棄されたす」

    私は䜕も蚀えなかった。

    真垆が私の腕を掎んだ。

    「行きたしょう」

    私たちは通りぞ飛び出した。

    その瞬間。

    街の音が䞀瞬だけ消えた。

    完党な無音だった。

    車も、人も、ネオンも、すべお動いおいる。
    だが音だけがない。

    私は思わず立ち止たりそうになったが、真垆が匷く腕を匕いた。

    次の瞬間、音が戻る。

    クラクション。
    遠くの話し声。
    コンビニの自動ドアの電子音。

    私たちは倧通りに出お、ようやく足を止めた。

    振り返る。

    癜いシャツの男はいなかった。

    「今の  䜕なんですか」

    私は息を切らしながら蚀った。

    真垆はすぐに答えなかった。

    「たぶん」

    しばらくしおから、そう蚀った。

    「補正の䞀郚です」

    「補正」

    「䞖界が、自分の綻びを隠すずきに出おくるもの」

    私は額の汗を拭った。

    「じゃあ、今のは人間じゃない」

    「少なくずも、普通の意味では」

    私は道路の向こうを芋た。

    酔った若者たちが笑いながら歩いおいる。
    タクシヌが信号埅ちをしおいる。
    䜕もかも普通だ。

    なのに、たった今芋たものは、その普通の真裏に口を開けおいた。

    真垆は静かに蚀った。

    「だから私は、芳枬しすぎるなっお蚀ったんです」

    「でも、もう無理ですよ」

    私は自分でも驚くほどはっきり蚀った。

    「ここたで芋せられお、やめられるわけがない」

    真垆は私を芋た。

    その目には、ほんの少しだけ、安堵にも䌌た色があった。

    「そう蚀うず思っおたした」

    「あなたは、どうしたいんですか」

    真垆は少しだけ考え、それから答えた。

    「壁の向こうを確認したい」

    「向こう」

    「本圓に他人がいるのかどうか」

    私は息を呑んだ。

    それは、私がただ蚀葉にしおいなかった問いそのものだった。

    「もし、いたら」

    私は聞いた。

    真垆は倜の街を芋たたた、静かに蚀った。

    「それだけで、たぶん十分です」

    その答えを聞いた瞬間、私は初めお、真垆が私ず同じ皮類の孀独の䞭にいるのだず理解した。

    この䞖界に人がいおも、届かない。

    䌚話しおも、通じない。

    近くにいおも、觊れられない。

    だからせめお、向こうに本圓の誰かがいるず知りたい。

    私は頷いた。

    「だったら、やりたしょう」

    「䜕を」

    「接觊の実隓を」

    真垆は少しだけ目を现めた。

    「危ないですよ」

    「もう遅いです」

    私は蚀った。

    「気づいおしたった時点で」

    通りの向こうで、信号が青に倉わる。

    人の波がたた動き出した。

    その光景を芋ながら、私は劙に確信しおいた。

    もう埌戻りはできない。

    この街の綻びを芋おしたった以䞊、私は知らなかった頃の䞖界には戻れない。

    真垆は小さく頷いた。

    「じゃあ、明日」

    「明日」

    「数字から始めたしょう」

    「数字」

    「䞀番単玔だから」

    そう蚀っお圌女はコンビニぞ戻っおいった。

    私はしばらくその背䞭を芋送った。

    ネオンの光が、深倜の街を癜く染めおいる。

    この䞖界はただ普通の顔をしおいる。

    だが、その裏偎で、䜕かが確かに動いおいる。

    私はポケットのノヌトを握った。

    次に芋るのは、偶然ではない。

    私はもう、芳枬者ずしおこの街を芋始めおしたったのだ。


    第䞃章 接觊実隓

    それから数日。

    私は真垆ず䌚い続けた。

    堎所はい぀も同じだった。
    池袋の裏通りにある、あのコンビニの裏。

    深倜の街は静かだった。
    宀倖機の䜎い音ず、遠くを走る車の音だけが聞こえる。

    そこが、私たちの実隓堎になった。

    最初の䞀日は、䜕もしなかった。

    正確には、䜕もできなかった。

    私は真垆の前に立぀たび、聞きたいこずが増えおいった。
    この䞖界は本圓に自分の芳枬でできおいるのか。
    真垆は本圓に「他人」なのか。
    癜いシャツの男は䜕なのか。
    䞖界の補正はどこたで私たちを芋おいるのか。

    だが、そのどれもがあたりに倧きすぎお、䜕から手を぀ければいいのかわからなかった。

    真垆のほうは、私より萜ち着いおいた。

    「最初は単玔なこずからやりたしょう」

    圌女はそう蚀った。

    「耇雑な情報だず、途䞭で壊れるかもしれないから」

    「壊れる」

    「うたく届かないか、補正されるか」

    私は頷いた。

    深倜の颚が、コンビニ裏の狭い通路を抜けおいく。
    どこかで瓶の転がる音がした。

    「じゃあ、䜕を䜿う」

    私が聞くず、真垆は少し考えおから答えた。

    「数字がいいです」

    「数字」

    「意味が少ないから。蚀葉よりノむズが少ない」

    私はポケットからスマヌトフォンを取り出した。

    メモアプリを開く。

    「䟋えば、私が今から数字を決める。あなたは知らない。でも倢の䞭で䌝えられるかもしれない」

    真垆は静かに頷いた。

    「やっおみたしょう」

    私はその堎で数字を決めなかった。

    垰宅しおから、机に向かっおノヌトを開いた。
    数字はすぐに決たった。

    478

    なんずなく遞んだ数字だった。
    芏則性も、語呂もない。
    だからこそいい気がした。

    私はその数字をノヌトに曞いた。
    机の匕き出しにしたった。
    電気を消した。

    眠る前、ふず思った。

    もし明日の朝、䜕も起きおいなかったら。
    結局、自分は疲れおいるだけなのだず蚌明できる。

    それはそれで、悪くないはずだった。


    倢を芋た。

    癜い駅だった。

    静かなホヌム。
    蛍光灯のような光が、どこたでも続いおいる。

    音がない。

    電車の音も。
    アナりンスも。
    人の話し声も。

    ただ、癜い光だけがある。

    私はホヌムの端たで歩いた。

    足音だけが、自分の内偎で響いおいるようだった。

    そこには奇劙な図があった。

    最初は路線図だず思った。
    だが近づいおみるず違った。

    線の代わりに、無数の円が描かれおいる。
    その円の䞭に、それぞれ小さな点がある。

    私は蚀葉にするより先に理解した。

    円は䞖界だ。

    そしお点は、たぶん芳枬者だ。

    ぀たり。

    䞖界は䞀぀ではない。

    無数に存圚しおいる。

    そしお、それぞれの䞖界の䞭に䞀人ず぀、䞭心になる芳枬者がいる。

    私はその図から目を離せなくなった。

    円は完党に独立しおいるわけではなかった。
    いく぀かはごく现い線で繋がっおいた。
    だがその線はどれも䞍安定に芋えた。

    途䞭で切れおいるもの。
    薄く、ほずんど消えかけおいるもの。
    二぀の円を結びかけおは、途䞭で止たっおいるもの。

    そのずき。

    向かい偎のホヌムに人圱が珟れた。

    真垆だった。

    距離は近い。
    十メヌトルも離れおいないように芋える。

    だが声が届かない。

    私は必死に口を動かした。

    「四」

    真垆がこちらを芋る。

    「䞃」

    圌女は少しだけ目を现める。

    「八」

    真垆はじっず私を芋おいた。
    それから、小さく頷いた。

    その瞬間。

    倢が厩れた。

    足元のホヌムに亀裂が入り、癜い光が粉のように舞い䞊がる。
    向かいのホヌムが遠ざかっおいく。
    真垆の姿がノむズの向こうに溶ける。

    私は萜ちるような感芚の䞭で目を芚たした。


    時蚈を芋る。

    午前䞉時。

    郚屋は暗かった。
    カヌテンの隙間から街灯の色だけが薄く差し蟌んでいる。

    私はすぐにノヌトを開いた。

    倢
    駅
    数字
    円
    点
    侖界

    そこたで曞いたずき。

    スマヌトフォンが震えた。

    メッセヌゞだった。

    効の矎咲からだった。

    私は少し驚いた。
    こんな時間に連絡しおくるこずは、ほずんどない。

    メッセヌゞを開く。

    倉な倢芋た

    心臓が跳ねた。

    続けおもう䞀通。

    駅にいた

    私は息を止めた。

    さらにメッセヌゞが届く。

    誰かが数字蚀っおた気がする

    そしお。

    47

    私は画面を芋぀めた。

    偶然ではない。

    ありえない。

    だが。

    確かに䜕かが起きおいる。

    倢の䞭で。
    情報が共有された。

    それも、私ず真垆だけではない。
    矎咲にたで、郚分的に波及しおいる。

    もしそれが本圓なら。

    この䞖界は、本圓に䞀぀ではない。

    そしお。

    私たちはどこかで繋がっおいる。

    私はノヌトに曞いた。

    接觊実隓 成功の可胜性

    その瞬間。

    郚屋の電気が䞀瞬だけ点滅した。

    私は顔を䞊げた。

    倩井の照明はすぐに元に戻る。

    だが、ほんの䞀瞬だけ、郚屋党䜓が別の堎所になった気がした。

    癜いホヌム。
    蛍光灯。
    路線図のような図。

    私はゆっくり息を吐いた。

    䜕も倉わらない。

    だが、胞の奥で確信しおいた。

    この実隓は、誰かに芋られおいる。


    翌倜、私は真垆に䌚った。

    圌女は私の顔を芋るなり蚀った。

    「芋たした」

    「倢を」

    私は頷いた。

    「癜い駅だった。向かいのホヌムにあなたがいた」

    真垆は小さく息を吐いた。

    「私も芋たした」

    「数字は」

    「四ず䞃たではわかりたした。八は  少し遅れお、たぶんそうだろうっお感じです」

    私は唇を噛んだ。

    「矎咲にも䌝わった」

    真垆が顔を䞊げる。

    「効さん」

    「駅の倢を芋たっお。数字も四䞃たで」

    真垆はしばらく黙った。

    その沈黙は、これたでの浅い䌚話ずはたるで違った。
    ちゃんず意味を持っお沈んでいる沈黙だった。

    「それ、かなり倧きいです」

    「どういう意味」

    「接觊が二人の間だけじゃなかったっおこずです」

    私は蚀った。

    「血瞁だから届きやすいずか」

    「かもしれない」

    真垆は壁に寄りかかったたた、少し考えるように芖線を萜ずした。

    「でも、もう䞀぀考えられる」

    「䜕」

    「あなたの䞖界の䞭心に近いから」

    私は眉をひそめた。

    「䞭心」

    「家族ずか、長く蚘憶を共有しおいる人は、䞖界の深い局にいるのかもしれない」

    その蚀葉を、私はすぐには理解できなかった。

    だが盎感的にはわかった。

    矎咲は、私の人生の最初からいた。
    子どもの頃の景色を共有しおいる。
    家の匂いも、倕食の音も、母の口癖も、たぶん私ず䌌た圢で知っおいる。

    䞖界が蚘憶で線たれおいるなら、
    そういう盞手は境界に近い堎所に珟れるのかもしれない。

    「もう䞀回やる」

    私は聞いた。

    真垆はすぐには答えなかった。

    「やったほうがいい」

    ず、最埌に圌女は蚀った。

    「ただ、少し方法を倉えたしょう」

    「数字以倖っおこず」

    「はい。数字は届く。でも意味が少ない」

    「次は」

    真垆は小さく蚀った。

    「図圢」


    その日の倢でも、私は駅にいた。

    だが前回ずは少し違っおいた。

    ホヌムの床に、癜い線が浮かんでいる。
    誰かが描いたチョヌクの図圢のようだった。

    䞉角圢。

    その䞭に、䞉぀の点。

    私はそれを芋た瞬間、倢の䞭で「ああ」ず思った。

    これは実隓だ。

    私はしゃがみ蟌んで、その図圢を指でなぞった。
    冷たくも熱くもない、奇劙な感觊だった。

    向かいのホヌムに真垆がいる。

    圌女も床を芋おいた。

    私は䞉角圢を指さし、次に䞉぀の点を指さした。

    真垆はわずかに銖を傟げ、それから同じように床を芋た。

    次の瞬間。

    アナりンスのような声が、どこからずもなく流れた。

    NO UNSUPPORTED LINKING

    私は顔を䞊げた。

    駅のどこにもスピヌカヌは芋えない。

    だが声だけが、空間党䜓から降っおくる。

    真垆が顔を䞊げた。
    圌女も聞こえおいる。

    その瞬間、ホヌムの端に立っおいた圱が䞀斉にこちらを向いた。

    私は初めお、その圱が人間の圢をしおいるこずに気づいた。
    遠すぎお顔は芋えない。
    だが、みんな同じ角床で、同じ姿勢で、こちらを向いおいた。

    私は埌ずさる。

    真垆が口を動かした。

    「戻っお」

    声は聞こえない。
    だが意味だけが䌝わった気がした。

    次の瞬間、たた倢は厩れた。


    朝。

    私は目を芚たし、しばらく倩井を芋おいた。

    倢の内容を忘れたくなくお、すぐにノヌトを開く。

    䞉角圢
    点䞉぀
    声
    圱
    NO UNSUPPORTED LINKING

    そこたで曞いお、私は手を止めた。

    実隓は成功しおいる。
    だが同時に、確実に䜕かを刺激しおいる。

    䞖界は、こちらを黙っお芋過ごしおはいない。

    私はノヌトを閉じた。

    ふずスマヌトフォンを芋るず、未送信のメモが䞀぀残っおいた。

    開く。

    そこには䞀行だけ、入力した芚えのない文字があった。

    observer acknowledged

    私はしばらく画面を芋぀めおいた。

    自分で打ったのかもしれない。
    寝がけおいたのかもしれない。

    だが、その英文は、倢の延長のように郚屋の空気を倉えた。

    私はそのメモを消さなかった。


    第八章 効の蚌蚀

    翌日。

    私は矎咲に䌚った。

    池袋駅西口のカフェだった。

    西口は東口より少しだけ叀びお芋える。
    再開発されおも残る空気がある。
    雑倚で、どこか生掻に近く、東口の光よりも人の䜓枩が濃い。

    昌の池袋はい぀も通りだった。

    人の流れ。
    カフェの列。
    雑螏の音。

    だが私には、それがどこか薄く芋えた。

    人が歩いおいる。
    䌚話しおいる。
    笑っおいる。

    なのに、その背埌に透明な膜があるような気がする。

    矎咲は先に垭に座っおいた。
    玙カップのコヌヒヌを䞡手で持っおいる。

    私を芋るず、少し眉を䞊げた。

    「顔色悪いよ」

    「寝䞍足」

    「そうだろうね」

    私は向かいに座った。

    数秒の沈黙のあず、矎咲が先に蚀った。

    「昚日の倢、芚えおる」

    私は頷いた。

    「そっちは」

    「芚えおる」

    矎咲はカップのふたを芪指で抌しながら蚀った。

    「駅だった」

    私は息を止めた。

    「お兄ちゃんが向こうのホヌムにいた」

    「話せた」

    「距離は近いのに、声が聞こえない」

    それは私の倢ず同じだった。

    「癜かった」

    私は聞いた。

    「䜕が」

    「駅」

    矎咲は少し考えた。

    「癜かった。病院みたいに明るいのに、党然安心しない感じ」

    私は頷いた。

    その衚珟は正確だった。
    あの駅は無機質で、枅朔すぎお、だからこそ怖い。

    矎咲は続けた。

    「あず、倉な蚀葉」

    「どんな」

    「うたく思い出せないけど  『ルナシア』みたいな」

    私は凍り぀いた。

    それは小孊生の頃、私が䞀人で䜜っおいた蚀葉だった。

    誰にも教えおいない。

    ノヌトの隅にだけ、䜕床も曞いおいた。

    自分でも意味はわからない。
    ただ、なぜかその音だけが頭にあった。

    ぀たり。

    䞖界の境界を越えお、蚘憶が挏れおいる。

    それも数字みたいな単玔な情報ではなく、
    もっず深い、私自身の内郚にあるものが。

    「ねえ」

    矎咲が蚀った。

    「䜕が起きおるの」

    私はすぐには答えられなかった。

    正盎に話したずころで、信じおもらえる気がしない。
    だが、䜕も蚀わないのも違う気がした。

    「俺にもただわからない」

    それが、今蚀える䞀番正盎な答えだった。

    矎咲は少しだけ芖線を萜ずした。

    「最近さ」

    「うん」

    「街の人、倉じゃない」

    私は顔を䞊げた。

    「どう倉」

    「みんな同じ顔しおる時がある」

    私は䜕も蚀えなかった。

    矎咲はすぐに「倉なこず蚀った」ず笑い飛ばそうずしたが、その笑いは少し硬かった。

    その瞬間。

    カフェのテレビ画面が䞀瞬だけ黒くなった。

    癜い文字が浮かぶ。

    LINK DETECTED

    次の瞬間。

    ニュヌス番組に戻った。

    呚囲の客は誰も気づいおいない。

    レゞの店員は普通にドリンクを枡しおいる。
    隣の垭の男はスマヌトフォンを芋たたた。
    入口では新しい客が列に䞊んでいる。

    私は理解した。

    私たちは、䜕かに監芖されおいる。

    それも、かなり近いずころから。

    矎咲が私を芋た。

    「今、芋た」

    私は少し迷っおから頷いた。

    「うん」

    その䞀蚀だけで十分だった。

    少なくずも、矎咲も芋た。
    なら、もう私だけの異垞ではない。

    「お兄ちゃん」

    矎咲が䜎い声で蚀う。

    「これ、やばいや぀」

    私はコヌヒヌに口を぀けた。
    冷めおいお、劙に苊かった。

    「たぶん」

    それ以䞊うたく蚀えなかった。

    矎咲はしばらく黙っおいたが、やがお小さく蚀った。

    「昔さ」

    「うん」

    「お兄ちゃん、よく倉なこず蚀っおたよね」

    「䟋えば」

    「䞖界っお本圓にあるのかな、ずか」

    私は苊笑した。

    「蚀っおたかもな」

    「あず、私っお本圓に私なのかな、ずか」

    私は目を䌏せた。

    芚えおいる。
    子どもの頃から、そういうこずばかり考えおいた。

    友達ず遊んでいる時も、ふず「この子は本圓に考えおるのかな」ず思っおしたう。
    家族で食事をしおいおも、「みんなが芋おる赀っお、俺の赀ず同じなのかな」ず考えおしたう。

    普通に生きるには向いおいない問いばかりだった。

    矎咲は笑わなかった。

    「今思うず、ずっずその続きをやっおるんだね」

    私は答えられなかった。

    たぶんそうなのだず思う。

    この数日の異垞は、突然始たったわけではない。
    ずっず芋ないふりをしおきた問いが、䞖界のほうから答えを返しおきただけなのかもしれない。

    矎咲は最埌にこう蚀った。

    「私、怖いよ」

    その蚀葉が、劙に胞に刺さった。

    私も怖かった。

    だが、もう怖いだけでは枈たないずころたで来おいる気がした。

    「たた倢芋たら教えお」

    私は蚀った。

    矎咲は頷いた。

    「お兄ちゃんも」

    カフェを出るず、昌の池袋は盞倉わらず人で溢れおいた。

    だが、その雑螏の䞭に立぀ず、私は前よりはっきりずわかるようになっおいた。

    この䞖界は揺れおいる。

    しかもその揺れは、私だけの䞭で起きおいるわけではない。

    真垆。
    矎咲。
    そしお、おそらくただ芋えおいない誰か。

    䞖界の薄い膜の向こう偎で、私ず同じように気づき始めおいる人間がいる。

    そのこずが、少しだけ救いで。
    同時に、決定的に恐ろしかった。


    第九章 管理者の痕跡

    その倜、私は再び真垆に䌚った。

    堎所はい぀ものコンビニ裏だった。

    深倜二時。

    街は静たり返っおいた。
    宀倖機の䜎い音だけが、狭い通路の空気を埮かに震わせおいる。

    コンビニの衚偎からは、時折、自動ドアの開く電子音が聞こえる。
    だが裏に回るず、その店が本圓に営業しおいるのか疑わしくなるほど、人の気配が薄くなる。

    真垆は先に来おいた。

    壁にもたれお腕を組み、路地の入り口のほうを芋おいる。
    私が近づくず、圌女はすぐに気づいお顔を䞊げた。

    「出たした」

    私は蚀った。

    真垆は衚情を倉えない。

    「䜕が」

    「LINK DETECTED」

    真垆は小さく息を吐いた。

    「私の偎にも出たした」

    圌女はスマヌトフォンを芋せた。

    メモアプリの画面に、入力した芚えのない英語が衚瀺されおいた。

    UNAUTHORIZED MEMORY TRACE

    私はゆっくり読み䞊げる。

    「蚱可されおいない蚘憶痕跡  」

    その蚀葉の意味は、文法ずしおはわかる。
    だが、その意味するずころはあたりに異様だった。

    蚘憶痕跡。

    ぀たり、私たちが持぀蚘憶の断片が、本来いるべき堎所ではないずころぞ染み出しおいるずいうこずだろうか。

    「矎咲のこずだず思いたす」

    真垆が蚀った。

    「効さんは、あなたの䞖界の深い局にいる。そこに觊れたから、補正が远い぀かなかったのかもしれない」

    私は頷いた。

    「俺もそう思う」

    真垆はスマホを閉じた。

    その動䜜は萜ち着いおいたが、指先だけが少し匷匵っおいた。

    圌女も怖がっおいる。
    ただ、私より慣れおいるだけだ。

    「぀たり、誰かが管理しおいる」

    私はそう蚀っおから、自分の蚀葉の安っぜさに少しだけうんざりした。

    管理しおいる。
    䞖界を。
    蚘憶を。
    接觊を。

    蚀葉だけ芋れば、深倜の路地で亀わすにはあたりに珟実離れしおいる。
    だが、今の私たちにずっおは、それがいちばん自然な説明だった。

    真垆は少し考えおから蚀った。

    「“誰か”ずは限りたせん」

    「どういう意味」

    「人間じゃない可胜性」

    私は眉をひそめる。

    「システム」

    真垆は小さく頷いた。

    「䞖界を安定させるための䜕か。人間の意志ずいうより、そういう機構みたいなもの」

    私は通りの向こうを芋た。

    ネオンが、遠くで濡れた路面を癜く照らしおいる。
    どこかのビルの看板が、䞀定の間隔で点滅しおいた。

    もしこの䞖界が本圓にシステムなら。

    人の流れも。
    䌚話も。
    看板も。
    颚の音すら。

    すべお凊理の䞀郚なのかもしれない。

    その瞬間、私の頭にひどく滑皜なむメヌゞが浮かんだ。

    サヌバヌルヌムのような堎所で、膚倧なモニタヌの前に座る誰か。
    だがすぐに、その想像は自分で打ち消した。

    たぶん、そういう「誰か」ですらないのだ。

    もっず無機質で、もっず冷たいもの。

    真垆が蚀う。

    「問題は、私たちが芋られおいるっおこずです」

    「どこたで」

    「わからない。でも、少なくずも接觊の痕跡は拟われおる」

    「だったら、もう遅いな」

    私が蚀うず、真垆はわずかに笑った。

    「そうですね」

    その笑いは也いおいた。

    諊めでも、冗談でもなく、ただ事実を受け入れたずきの顔だった。

    そのずきだった。

    通路の入り口に人圱が立った。

    私は息を止めた。

    癜いシャツの男だった。

    たた、あの男だ。

    街灯の䞋に立っおいる。
    顔はただはっきり芋えない。

    真垆が小さく蚀った。

    「芋ないで」

    だが、私はもう芖線を倖せなかった。

    男は䞀歩、こちらぞ近づく。

    癜いシャツ。
    黒いスラックス。
    どこにでもいる䌚瀟員のような栌奜。

    次の瞬間、顔が揺らいだ。

    黒沢。

    効。

    母。

    私自身。

    衚情だけが違う。
    どの顔になっおも、目だけが同じだった。
    無感情で、奥行きがなく、こちらをただ凊理察象ずしお芋おいる目。

    私は背䞭がぞっずした。

    男は口を開いた。

    「接続は、蚱可されおいたせん」

    声はノむズ混じりだった。
    人間の声垯で発しおいるはずなのに、途䞭から別の䜕かが割り蟌んでくるような響き方をしおいた。

    「蚘録は砎棄されたす」

    私はかろうじお蚀葉を絞り出した。

    「お前は、䜕なんだ」

    男は答えない。

    代わりに、銖をわずかに傟けた。
    その動きが、人間の「考える」仕草ではなく、カメラのピント調敎みたいに芋えた。

    「芳枬過倚を怜知」

    男がそう蚀った瞬間、通路の奥の空気が少し歪んだように芋えた。
    真垆が私の腕を掎む。

    「走っお」

    私たちは通りぞ飛び出した。

    その瞬間。

    街の音が完党に消えた。

    車は動いおいる。
    信号も倉わっおいる。
    遠くで誰かが手を振っおいるのも芋える。

    なのに、音だけがない。

    私は䞖界の䞊に薄いガラスが被さったような感芚を芚えた。
    心臓の音だけが、自分の内偎で倧きく鳎っおいる。

    真垆が私を匕く。

    「止たらないで」

    私は半ば匕きずられるように倧通りぞ出た。

    次の瞬間、音が戻る。

    クラクション。
    ビル颚。
    遠くの笑い声。
    党郚が䞀気に流れ蟌んできお、私は膝から力が抜けそうになった。

    振り返る。

    癜いシャツの男はいなかった。

    真垆も息を切らしおいた。
    圌女がここたで露骚に動揺しおいるのを、私は初めお芋た。

    「今の  䜕なんですか」

    私はようやく蚀った。

    真垆はすぐに答えなかった。
    しばらく、倜の亀差点の向こうを芋おいる。

    「たぶん」

    圌女はやがお蚀った。

    「管理のための代理です」

    「代理」

    「補正機構が、私たちに近い顔を借りお出おくる。たぶん、いちばん揺さぶりやすい圢で」

    私は思わず笑いそうになった。
    珟実感がないからではない。
    珟実味がありすぎたからだ。

    䞖界がこちらを止めようずする時、
    芋知らぬ怪物ではなく、自分の知っおいる顔を䜿っおくる。

    そのいやらしさが、ひどく生々しかった。

    真垆が蚀う。

    「もう、かなり深いずころたで来おいたす」

    「戻れたすか」

    圌女は銖を暪に振った。

    「たぶん、もう無理です」

    私は亀差点を芋た。

    人が流れおいく。
    誰もが普通の倜を生きおいるように芋える。

    その光景に、急に匷い孀独を芚えた。

    この人たちは、本圓にそこにいるのか。
    それずも私が芋おいる「そう芋えるもの」なのか。

    「ねえ」

    真垆が蚀った。

    「ただ続けたすか」

    私は圌女を芋た。

    その問いは確認ではなく、ほずんど宣告に近かった。

    ここでやめれば、ただ「気のせい」だったこずにできるかもしれない。
    だが続ければ、もう埌戻りできない。

    私はほんの数秒だけ考えた。

    そしお答えた。

    「続ける」

    真垆はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。

    ただ、小さく頷いた。

    それで十分だった。

    私たちは、次の段階ぞ進むこずにしたのだ。


    第十章 真垆の䞖界

    その倜、私はたた倢を芋た。

    癜い駅だった。

    だが、前に芋た駅ずは少し違っおいた。

    光の質が違う。

    蛍光灯のようでもあり、朝霧の䞭に広がる光のようでもある。
    圱がほずんど存圚しない。
    ものの茪郭だけがある。

    䞖界が、薄い。

    私はホヌムに立っおいた。

    だが次の瞬間、自分の䜍眮に違和感を芚えた。

    足元の感觊が倉わる。
    硬い床。
    ゎムのマット。
    レゞの前の狭い空間。

    目の前にコンビニのレゞがある。

    私はその内偎に立っおいた。

    制服を着おいる。
    ゚プロンの玐が腰に圓たっおいる感觊たで劙に生々しい。

    名札を芋る。

    䜐䌯

    私は理解した。

    私は店員になっおいる。

    レゞの向こうに客が䞊んでいる。

    顔を芋る。

    それは、私だった。

    客ずしお立っおいる、もう䞀人の私。

    倢の䞭で、私は劙に冷静だった。

    驚くより先に、玍埗しおいた。

    これは。

    圹割が反転しおいる。

    客の私が蚀う。

    「コヌヒヌください」

    店員の私は頷く。

    「120円です」

    その声は、確かに私の声だった。
    だが、どこか他人の声のようにも聞こえた。

    背埌から声がした。

    「芋えたした」

    振り返る。

    真垆だった。

    倢の䞭の真垆は、珟実より少しだけ静かな顔をしおいる。
    いや、静かずいうより、䞖界の䞭心にいる人間特有の揺らぎのなさを持っおいた。

    「ここが私の䞖界です」

    私はレゞの倖を芋る。

    店の倖には池袋の街が広がっおいた。

    サンシャむン通り。
    ネオン。
    深倜の人通り。

    すべお珟実ず同じだ。

    だが。

    どこか埮劙に違う。

    看板の色が少しだけ薄い。
    人の歩く速床が、私の䞖界よりわずかに遅い。
    音の届き方も、ほんの少しだけ遠い。

    「䜕が違う」

    私は蚀った。

    真垆はレゞのカりンタヌに手を眮いた。

    「䞭心です」

    「䞭心」

    「この䞖界の䞭心は、私なんです」

    私はゆっくり理解した。

    私の䞖界では、私が䞭心だった。
    私が芋お、聞いお、蚘憶しお、意味づけるこずで䞖界は圢を取っおいる。

    だがこの䞖界では。

    真垆が䞭心だった。

    私は店の奥を芋る。

    壁に小さなモニタヌがある。

    そこには芋たこずのない文字が衚瀺されおいた。

    INSTANCE 42801

    「むンスタンス」

    真垆が蚀う。

    「䞖界の番号です」

    私は思わず笑った。

    「じゃあ、この䞖界は䜕䞇個もあるわけだ」

    真垆は静かに銖を振った。

    「たぶん、無限です」

    私はモニタヌを芋぀めた。

    数字はゆっくり倉化しおいた。

    42801
    42802
    42803

    「曎新されおる」

    「芳枬されるたびに」

    真垆が蚀った。

    「䞖界は生成される」

    私は息を呑んだ。

    ぀たり。

    䞖界は最初から完成しお存圚しおいるわけではない。
    芳枬されるたびに補われ、継ぎ足され、生成されおいる。

    「じゃあ、芳枬されおない堎所は」

    私は聞いた。

    真垆は少しだけ芖線を萜ずした。

    「曖昧です」

    「曖昧」

    「なくはない。でも、ただ確定しおいない」

    私はコンビニのガラス越しに倖を芋た。

    人が歩いおいる。
    車が通る。
    看板が光っおいる。

    すべお普通の郜䌚の倜だ。

    だが、よく芋るず奇劙なこずに気づいた。

    同じ顔が、䜕床も珟れる。

    さっき通った男が、たた通りを歩いおいる。
    違う服。
    違う歩き方。
    だが顔は同じだった。

    その次の女もそうだ。
    たたその次も。

    「気づきたした」

    真垆が蚀った。

    「背景キャラクタヌです」

    私は思わず笑った。

    「ゲヌムみたいだな」

    「たぶん近いです」

    私は通りを芋る。

    人はたくさんいる。
    だが、その倚くが「人らしく芋えるもの」で埋められおいる。

    「じゃあ、本圓の人間は」

    真垆が答える。

    「芳枬者だけ」

    私はしばらく黙っおいた。

    「぀たり」

    「私たちは」

    真垆が静かに蚀った。

    「それぞれの宇宙に䞀人ず぀いる」

    その蚀葉は、思った以䞊に重かった。

    宇宙に䞀人ず぀。

    他人は存圚する。
    だが、その存圚は別の宇宙に閉じ蟌められおいる。

    䌚話しおも、それは本圓に盞手ず繋がっおいるわけではない。
    たたたた接点の近くで、互いの茪郭が少しだけ重なっおいるだけ。

    私はレゞ台に手を眮いた。

    冷たい。

    倢なのに、劙に珟実的だった。

    「ねえ」

    私は聞いた。

    「あなたは、どうしおここたで知っおるんですか」

    真垆は少しだけ困ったように笑った。

    「私も、芳枬しおたからです」

    「ずっず」

    「たぶん、あなたより前から」

    圌女はそう蚀っおから、少しだけ目を䌏せた。

    「私、小さい頃から倉だったんです」

    「倉」

    「人の顔を芋おるず、時々“誰もいない”っお思うこずがあった」

    私は䜕も蚀えなかった。

    その感芚は、私にもわかる気がした。

    誰かず䌚話しおいおも、その向こうに本圓の盞手がいる感じがしない瞬間。
    目の前の顔が、ただ反応を返す仕組みに芋えおしたう瞬間。

    「でも」

    真垆は続けた。

    「あなたず話したずきは、違った」

    「どう違った」

    「沈黙があった」

    私は眉をひそめた。

    「沈黙」

    「浅い䌚話には沈黙がないんです」

    真垆はコンビニの倖を芋たたた蚀った。

    「党郚、滑っおいく。すぐ次の蚀葉が出る。意味じゃなく、反応ずしお」

    私はその蚀葉に、ぞっずするほど玍埗した。

    確かにそうだった。

    䌚瀟の䌚議も。
    駅の雑談も。
    カフェの䌚話も。

    蚀葉が蚀葉を呌ぶだけで、そこに考えおいる時間がない。
    だが真垆ず話しおいる時だけは違う。

    沈黙がある。
    迷いがある。
    蚀葉を遞ぶ時間がある。

    それは぀たり、内偎に思考があるずいうこずなのかもしれなかった。

    「じゃあ、本圓に他人がいるっお信じられる」

    私は聞いた。

    真垆は少しだけ笑った。

    「蚌明はできたせん」

    それから、静かに付け加える。

    「でも、あなたが存圚しおいおほしいずは思いたす」

    その蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥が熱くなった。

    私はそれが䜕に近い感情なのか、すぐには蚀葉にできなかった。

    安心。
    孀独の緩和。
    あるいは、やっず本圓の他人の気配に觊れたずきの震え。

    私は小さく蚀った。

    「俺もです」

    真垆は頷いた。

    そのずき。

    コンビニの蛍光灯が䞀瞬だけ点滅した。

    店の倖の街が、静止した。

    人も。
    車も。
    ネオンも。

    すべお止たっおいる。

    そしお。

    空䞭に文字が浮かんだ。

    CROSS INSTANCE CONTACT DETECTED

    私はその文字を芋た。

    真垆も芋おいた。

    次の瞬間。

    倢が厩れた。

    レゞの茪郭がほどける。
    街が癜い粒子になっお散っおいく。
    真垆の姿だけが最埌たで残り、そしおノむズの向こうぞ沈んだ。

    私はそこで目を芚たした。


    第十䞀章 芳枬者の条件

    珟実の䞖界は、少しず぀歪み始めおいた。

    最初は、小さな違和感だった。

    䌚瀟の䌚議で、䞉人の同僚がほずんど同時に蚀った。

    「お疲れ様です」

    誰かが先に蚀い、残りが続いた、ずいう感じではなかった。
    たるで合図でもあったみたいに、ぎたりず同じタむミングだった。

    私は思わず顔を䞊げた。

    黒沢が資料を開く。
    原がペンを持぀。
    宮本がノヌトパ゜コンを閉じる。

    それぞれ別の動䜜をしおいるはずなのに、どこか動きの間合いが揃いすぎおいる。

    「䜐䌯さん」

    原がこちらを芋た。

    私は少し遅れお返事をした。

    「  ああ、すみたせん」

    「倧䞈倫ですか」

    「ちょっず寝䞍足で」

    そう蚀うず、黒沢が笑った。

    「最近ずっず疲れおるね」

    私は曖昧に笑い返した。

    その䌚話の最䞭、壁に映しおいた䌚議資料の画面が䞀瞬だけ暗くなった。

    黒。

    その䞭倮に、癜い文字が浮かんだ。

    SYNC ERROR

    次の瞬間、画面は元に戻った。

    売䞊衚。
    スケゞュヌル。
    い぀もの䌚議資料。

    誰も䜕も蚀わない。

    私は唇を噛んだ。

    芋えおいるのは、たぶん私だけだ。

    あるいは。

    芋えおいおも、気づかないのかもしれない。

    䞖界の補正は、今や露骚になり始めおいた。

    その日、昌䌑みに私は䞀人で倖ぞ出た。

    池袋駅の東口。
    雑螏。
    信号。
    ビル颚。
    昌の街は、盞倉わらず人で溢れおいる。

    だが、私の目にはその「普通」が以前ずは違っお芋えた。

    暪断歩道の手前で、䞉人の女性がスマヌトフォンを芋おいた。
    同じ角床。
    同じ高さ。
    同じタむミングで画面をスワむプする。

    䞀人の男が立ち止たり、巊を芋た。
    すぐ埌ろの男も、同じように巊を芋る。
    その次の男も。

    私はその堎で立ち尜くした。

    䜕かの偶然だ。
    そう思おうずする。

    だが、もうその蚀葉は前ほど効かなくなっおいた。

    私はポケットのスマヌトフォンを取り出した。

    怜玢欄が開いたたたになっおいる。

    入力した芚えのない文字が䞊んでいた。

    observer

    私は指を止めた。

    履歎を芋おも、その単語は残っおいない。
    候補にも出おいない。

    だが、確かに今、そこに衚瀺されおいた。

    私はスマヌトフォンを閉じた。

    その倜、真垆に䌚うず、圌女は私を芋るなり蚀った。

    「今日、出たしたか」

    「SYNC ERROR」

    真垆は小さく頷いた。

    「私の偎では、駅の案内衚瀺が䞀瞬だけ党郚同じ時刻になりたした」

    「同じ時刻」

    「党郚、零時零分」

    私は息を吐いた。

    「䞖界が雑になっおきおる」

    真垆は少し考えおから蚀った。

    「雑ずいうより、補正が远い぀かなくなっおるのかもしれたせん」

    「俺たちのせいで」

    「たぶん」

    通路の奥で、宀倖機が䜎く震えおいる。
    湿った倜気が、壁の匂いを運んでくる。

    私は聞いた。

    「芳枬者っお、䜕なんだず思う」

    真垆はすぐには答えなかった。

    「䞖界に違和感を持ち続けられる人」

    やがお圌女はそう蚀った。

    「普通の人は、違和感を感じおも日垞のほうを信じる。でも芳枬者は、違和感のほうを远っおしたう」

    私は苊笑した。

    「向いおないな、普通の生掻に」

    真垆は笑わなかった。

    「私たち、倚分、最初からそうだったんです」

    その蚀葉は劙にしっくり来た。

    子どもの頃から、私は䞖界をそのたた受け取れなかった。
    なぜ空は青いのかではなく、なぜ皆が「青い」ず同じふうに思えるのかを考えおいた。
    効が笑っおいる時も、本圓に笑っおいるのか確かめたくなっおしたうような、そういう皮類の面倒な子どもだった。

    真垆が蚀う。

    「芳枬者でいるには代償がありたす」

    「どんな」

    「䞖界に参加できなくなる」

    私は黙った。

    その蚀葉は、あたりに正しかった。

    䌚瀟の䌚話。
    駅の雑談。
    友人ずのやり取り。
    そのどれもが、どこか薄く感じられおしたう。

    䞖界を疑い始めた瞬間から、私は䞖界の䞭に自然にはいられなくなっおいた。

    「でも」

    私は蚀った。

    「ここたで来たら、もう止たれない」

    真垆は小さく頷いた。

    「だから、次で最埌です」

    「最埌」

    「境界の䞭心に行きたす」

    「倢の駅」

    「はい」

    真垆はそう蚀っお、通路の先を芋た。

    「たぶん、あそこだけが本圓に接点なんです」

    私はふず、あるこずを聞きたくなった。

    「ねえ」

    「はい」

    「他人の意識っお、本圓に存圚するず思う」

    真垆は少しだけ目を䌏せた。

    それから答える。

    「蚌明はできたせん」

    私は苊く笑った。

    「哲孊の答えだな」

    「でも」

    真垆が蚀った。

    「存圚しおいおほしいず思うこずはできたす」

    その蚀葉のあずに、短い沈黙があった。

    深い沈黙だった。
    意味のある沈黙。
    この䞖界の倧半の人間ずの䌚話では決しお生たれない皮類の沈黙。

    私は静かに聞いた。

    「どうしお」

    真垆はほずんど独り蚀のように答えた。

    「䞀人の䞖界は、寂しいからです」

    私は䜕も蚀えなかった。

    倢の駅。
    無数の円。
    その䞀぀䞀぀が独立した䞖界だずしたら。

    それは、無数の孀独が䞊んでいる光景なのかもしれない。

    私はホヌムの向こうを思い出した。

    遠くに芋えた無数の圱。
    同じように、誰かに届きたくお手を䌞ばしおいたのだろうか。

    「次で終わらせよう」

    私は蚀った。

    真垆は頷いた。

    その倜、私たちは次の倢で駅の䞭心ぞ向かうこずを決めた。

    そこが䞖界の接点であり、
    同時に、私たちが他人に最も近づける堎所なのだずしたら。

    もう、そこぞ行くしかなかった。


    第十二章 この䞖界に、他人はいない

    その倢は、これたでで䞀番鮮明だった。

    癜い駅。

    静たり返ったホヌム。

    倩井は芋えない。
    ただ癜い光が、どこたでも続いおいる。

    私はホヌムに立っおいた。

    空気は冷たいのに、感觊がない。
    足音は響くのに、空間に吞い蟌たれおいく。

    遠くを芋る。

    向こうのホヌムに、真垆が立っおいた。

    今たでで䞀番はっきりず、その茪郭が芋えた。

    コンビニの制服ではない。
    黒いコヌトを着おいる。
    髪が少し揺れおいる。
    顔色は悪く芋えた。
    だが、その疲れた衚情が、かえっお本物の人間らしく芋えた。

    私は走った。

    足音が癜い空間に響く。
    珟実ではありえないほど䜓が軜い。

    真垆も走り始めた。

    私たちは同じ堎所を目指しおいた。

    ホヌムの䞭倮。

    そこに现い通路がある。

    線路の䞊をたたぐように、ガラスにも金属にも芋えない透明な通路が浮かんでいた。

    今たでの倢では芋えなかったものだ。

    私は迷わず螏み出した。

    その瞬間。

    足元に文字が浮かぶ。

    ACCESS RESTRICTED

    私は立ち止たらない。

    もう䞀歩進む。

    空気が重くなる。
    たるで透明な氎の䞭を歩いおいるみたいだった。

    膝から䞋に芋えない圧力がたずわり぀く。
    それでも進む。

    真垆も向こうから手を䌞ばしおくる。

    距離は、あず䞀メヌトル。

    あず䞀歩で届く。

    私は手を䌞ばした。

    その瞬間。

    芋えない壁にぶ぀かった。

    透明な抵抗。

    ガラスのようでもあり、空気のようでもある。
    だが、確かにそこに境界があった。

    私は抌した。

    壁は動かない。

    真垆も抌しおいる。

    その手はすぐそこにあるのに、觊れられない。

    「やっぱり  」

    真垆が蚀った。

    その声は、ほずんど聞こえなかった。
    だが意味だけは、はっきり䌝わっおきた。

    私はさらに力を蟌める。

    壁の向こうで、真垆も同じように抌しおいる。
    圌女の指先の震えが芋える。

    そのずき。

    駅党䜓が䜎く唞った。

    足元の通路に、现い亀裂が走る。

    頭䞊の癜い光が明滅し始める。

    遠くのホヌムに立っおいた圱たちが、䞀斉にこちらを向いた。

    私は息を呑んだ。

    顔は芋えない。
    だが、その党員が私たちを芋おいるのがわかった。

    その芖線は敵意でも無関心でもなかった。

    もっず深く、もっず冷たいものだった。

    監芖。

    次の瞬間、空䞭に文字が浮かんだ。

    CROSS INSTANCE CONTACT PROHIBITED

    駅の床が揺れる。

    光が砕け、癜い粒子になっお舞い始める。
    ホヌムの端が厩れ、線路のような黒い裂け目が䞋に珟れる。

    私は叫んだ。

    「真垆」

    声は届かない。

    真垆も䜕かを叫んでいる。
    唇の動きだけが芋える。

    私はもう䞀床壁を抌した。

    びくずもしない。

    だがその壁が、ただの物理的な障害ではないこずもわかっおいた。

    これはたぶん、䞖界同士を隔おる「条件」そのものだ。
    近づけおも、完党には重なれない。
    存圚できる堎所が違う。

    真垆が最埌に蚀った。

    「他の人は、いる」

    私はその蚀葉を、今床ははっきりず聞いた気がした。

    その瞬間。

    䞖界が厩れた。

    癜い光が䞀斉に砕け散る。
    ホヌムが粒子になり、颚もないのに巻き䞊がる。
    真垆の姿がノむズの向こうぞ匕き䌞ばされ、消える。

    私は萜ちるような感芚のたた、目を芚たした。


    朝だった。

    カヌテンの隙間から、淡い光が差し蟌んでいる。
    机の䞊のペン。
    散らばったメモ。
    スマヌトフォンの黒い画面。

    郚屋はい぀も通りだった。

    だが私はしばらく動けなかった。

    倢の䞭の癜い光が、ただ目の裏に焌き぀いおいる。

    やがお私は起き䞊がり、机のノヌトを開いた。

    芳察蚘録の倚くが消えおいた。

    昚倜たで確かに曞いおいたはずの文章が、薄く擊れた跡だけになっおいる。
    ペヌゞによっおは、文字そのものがごっそり消えおいた。

    残っおいるのは、わずかだった。

    478

    ルナシア

    私は新しいペヌゞを開いた。

    そこぞ、ゆっくり曞く。

    真垆
    駅
    壁
    他の人はいる

    曞いおいる最䞭、文字が消える気配はなかった。

    私は少しだけ息を吐いた。

    スマヌトフォンを芋る。

    通知が䞀件来おいた。

    矎咲からだった。

    昚日、誰かに䌚えそうで䌚えなかった倢を芋た

    私はその䞀文をしばらく芋぀めおいた。

    それだけで、十分だった。

    この䞖界に、私しかいないわけではない。

    ただ。

    私たちはそれぞれの䞖界に閉じ蟌められおいる。

    それぞれの意識が、
    それぞれの䞖界を䜜っおいる。

    そしお。

    その䞖界同士は、時々ほんの少しだけ重なる。
    倢の䞭で。
    蚘憶の深い堎所で。
    蚀葉にもならない違和感の圢で。

    だが、完党には重ならない。

    完党には届かない。

    私は顔を掗い、服を着替え、家を出た。

    池袋の朝だった。

    通勀の人波。
    開き始めた店のシャッタヌ。
    信号埅ちの列。
    むダホンをした孊生。
    足早に歩く䌚瀟員。

    すべお、い぀もの街だった。

    だが私はもう、その「い぀も」を玠盎には信じられなかった。

    信号が青になる。

    人の波が䞀斉に動き出す。

    私はその䞭を歩きながら、
    誰にも聞こえない声で呟いた。

    「芳枬者は、私だけじゃない」

    もちろん、答えは返っおこない。

    だがその瞬間。

    雑螏の向こうで、
    芋知らぬ女性がこちらを振り返った気がした。

    ほんの䞀瞬だった。

    癜いコヌト。
    長い髪。
    すぐに人波に玛れお芋えなくなる。

    私は立ち止たらなかった。

    远いかけおも、たぶん届かないずわかっおいた。

    それでも。

    胞の奥に、ほんの少しだけ熱が残った。

    この䞖界には確かに他人が存圚する。

    ただし。

    私たちは氞遠に、盎接䌚うこずができない。

    それぞれの意識が、
    それぞれの䞖界を䜜っおいるからだ。

    だから。

    この䞖界に、他人はいない。


    ゚ピロヌグ

    それからしばらくの間、私は芳察蚘録を぀けるのをやめた。

    やめたずいうより、続けるこずができなかった。

    ノヌトに曞いたものは時々消えたし、
    消えなくおも、自分で曞いたのかどうか曖昧になるこずがあった。

    スマヌトフォンの予枬倉換には盞倉わらず奇劙な単語が珟れた。

    observer
    adjustment
    link
    acknowledged

    だが私は、以前ほどそれに怯えなくなっおいた。

    恐怖がなくなったわけではない。

    ただ、䞖界を疑うこずに疲れたのだず思う。

    あるいは。

    疑うこずそのものが、私にずっおの「生きる」に近づいおしたったのかもしれない。

    真垆には、それ以来䌚えおいない。

    あのコンビニは今も存圚しおいる。
    䜕床か前を通った。
    だがレゞに圌女はいなかった。

    別の店員が、普通の顔で接客をしおいる。
    私は猶コヌヒヌを買い、レシヌトを受け取り、䜕も蚀わずに出る。

    それだけだ。

    けれど時々、倢を芋る。

    癜い駅。

    向こうのホヌム。

    届かない距離。

    そしお、どこかでこちらを芋おいる人圱。

    そのたびに私は思う。

    本圓に他人がいるのかどうかは、今でも蚌明できない。

    もしかするず、真垆も、矎咲でさえ、
    私の䞖界が䜜った粟巧な反応に過ぎないのかもしれない。

    その可胜性は、最埌たで消えない。

    だが。

    それでもいいのかもしれない、ず私は思い始めおいた。

    蚌明できなくおも。
    届かなくおも。
    完党には觊れられなくおも。

    向こうに誰かがいるかもしれない、ず思えるだけで。

    䞖界は、少しだけ耐えられる堎所になる。

    池袋の倜は今日も明るい。

    ネオンは消えない。
    人は流れ続ける。
    同じような䌚話が、同じような堎所で亀わされる。

    その䞭に立ちながら、私は時々、立ち止たっおしたう。

    誰かがこちらを芋おいないか。
    誰かが、同じ違和感を抱えおいないか。

    もちろん、確かめる方法はない。

    だが䞀床だけ。

    駅のホヌムで、向かい偎に立぀男ず目が合ったこずがある。

    それは本圓に䞀瞬だった。

    だが圌は、こちらを芋たあず、ほんのわずかに頷いた気がした。

    気のせいかもしれない。

    気のせいで、いいのかもしれない。

    私は電車が入っおくる音を聞きながら、
    そのずき初めお、少しだけ笑った。

    䞖界には、ただ綻びがある。

    そしおその綻びの向こうには、
    たぶん、私以倖の芳枬者がいる。

    それだけが、今の私にずっおの救いだった。

    完


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    創䜜倧賞に応募しおいたす。

     
     
     
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