ばあちゃんと蛍 #6|入院した日
五歳のころ、智は一週間ほど入院したことがある。
きっかけは、たしかお腹が痛くなったことだったと思う。
病院へ行った時には、母とばあちゃん、それから、ばあちゃんの妹も一緒だった。
どういう説明をされたのか。
なぜ入院することになったのか。
そのあたりのことは、もうほとんど覚えていない。
ただ、病院が嫌だったことだけは覚えている。
特に嫌だったのが、注射だった。
看護師さんが来るだけで身構えた。
「やだ」
「すぐ終わっから」
ばあちゃんが横で言う。
「やだ。痛い」
「しゃあねぇべ。治んなくなっちまうぞ」
そう言われても、五歳の智には怖いものは怖かった。
それでも、昼間はまだよかった。
ばあちゃんがいたからだった。
食べるものを持ってきてくれる。
ベッドのそばにいる。
何か話しかけてくれる。
智が眠くなるまで、そばにいてくれる。
入院している間、一番近くにいた記憶があるのは、やっぱりばあちゃんだった。
問題は夜だった。
いつまでも一緒にいられるわけではない。
帰る時間になると、ばあちゃんが立ち上がる。
「んじゃ、明日また来っからな」
「やだ」
「明日来っから」
「帰らないで」
昼間は我慢していても、その時間になると泣いた。
知らない部屋。
知らない音。
夜の病院。
その中で一人になるのが怖かった。
「ばあちゃん……」
「大丈夫だ。寝て起ぎれば、また来っから」
そう言われても、なかなか手を離せなかった。
それでも次の日になると、ばあちゃんは本当に来た。
だから智は、ばあちゃんが来るのを待った。
入院して何日目だったのかは覚えていない。
ある日、病室に母が一人で来た。
智は母の顔を見るなり聞いた。
「おばあちゃんは?」
母が何か答えた。
けれど、その時の智が欲しかった答えは一つしかなかった。
ばあちゃんが来ることだった。
「おばあちゃんは?」
もう一度聞いた。
母だけがそこにいる。
智はだんだん泣き出した。
そして言ってしまった。
「お母さんはいいから、おばあちゃん連れて来て」
五歳の智には、
母を傷つけようなんて気持ちはなかった。
ただ、ばあちゃんに来てほしかった。
夜になると一人になるのが怖くて、
注射も嫌で、
病院そのものが嫌で、
いつもそばにいてくれたばあちゃんに会いたかった。
それだけだった。
母は帰った。
そして、そのあと病院には来なかった。
智はすぐに後悔した。
ひどいことを言ってしまった。
そう思った。
母が来なくなったのは、自分があんなことを言ったからだ。
五歳の智は、そう考えた。
寂しいというより、
悪いことをしたという気持ちの方が強かった。
謝りたいような気もした。
でも、母は来ない。
どうしたらいいのかも分からない。
ばあちゃんは、たぶん事情を知っていた。
けれど、何も言わなかった。
母のことを悪く言うこともなかった。
「なんであんなこと言ったんだ」
と智を責めることもなかった。
次の日も普通に病院へ来た。
食べるものを持ってきて、
ベッドのそばに座って、
智が眠くなるまでいてくれた。
「今日はどうだ?」
「もう痛くない」
「ほんとか?」
「うん」
「んじゃ、もうちっとだな」
それだけだった。
一週間ほどして、退院する日が来た。
迎えに来たのは、
ばあちゃんと、ばあちゃんの妹だった。
母はいなかった。
智は花をもらった。
誰からだったのか、その細かなところまでは覚えていない。
ただ、その花を持って、
病院の外へ出られることが嬉しかった。
家へ帰れる。
それだけで嬉しかった。
車の窓から見える景色が、
入院する前と同じはずなのに、
少し違って見えた。
家に帰れば、
いつもの部屋がある。
姉がいる。
じいちゃんがいる。
外へ出ればムクもいる。
そして、ばあちゃんもいる。
五歳の智は、
病院で母に言った言葉を、
しばらく忘れることができなかった。
「お母さんはいいから、おばあちゃん連れて来て」
本当は、
母がいらなかったわけではない。
ただ、
怖い時に一番会いたかった人が、
ばあちゃんだった。
そしてばあちゃんは、
何も聞かず、
次の日もまた来てくれた。
五歳の智にとって、ばあちゃんが来てくれることだけが、病院の中で唯一の「いつも通り」だった。
