
与えられた人生を、自分で使う
久しぶりにハーフマラソンを走った。
今回はタイムではなく、「止まらずに走り切る」ことを目標にした。
いつもなら1キロ何分というペースを聞きながら走る。でも今回は、それもやめた。
数字に一喜一憂するより、夜の景色や海辺の風を感じながら、ただ前に進もうと思った。
結果、一度も止まらずに走り切れた。
走るとき、ときどき自分に言う。
「自分に自信のご褒美を」
自分で決めたことを、自分でやり切る。
その積み重ねが、「自分なら大丈夫」という感覚を少しずつ作っていくのだと思う。
その夜、テレビで戦争の最前線を見た。
地雷のある場所を進み、ドローンを警戒し、仲間を失いながら戦う若い人たち。
それを安全な場所から見ていると、自分がずいぶん恵まれた環境で生きていることを思う。
仕事がどうだとか、これからのキャリアがどうだとか。
そんなことを考えられること自体が、平和の上に成り立っている。
では、自分はこの与えられた人生を何に使うのか。
何を大切にし、何に時間を使い、何を残していきたいのか。
世界の出来事も、自分が見ているものだけがすべてではない。
だからこそ、自分で見て、自分で考えて、自分で選びたい。
そんなことを考えたあと、馴染みの店では会社員らしき人たちが、組織や人事の話で熱くなっていた。
誰が誰を取ったとか、会社は現場を分かっていないとか。
人は大きなことを考えながら、目の前の小さなことにも腹を立てる。
たぶん、それも人間なのだろう。
人生は、そんなに格好よくはできていない。
それでも、自分に与えられた時間くらいは、自分で選び、自分が大切だと思うものに使っていきたい。